鏡像迷宮 25
いや、たしかにカサンドラでした。カサンドラ以外の何者だと言うのでしょう。
ピタリと。
カサンドラのように、
僕の背の、文身の図柄をまで言いあてた彼女を。
「息子の刺青と似た絵なんだ、葉山クンのセナカの絵」
そう、クスクスと。艶まめかしいように笑うのです。
「建さん、中学生だったのでは…、彫り物を入れてるなんてハズが…」
「いいえ、ああなってからね、消耗するのかしら、中学生というのに、おどろく位、老けてしまった。成人式を通りこした大人みたいに見えたわ。からだ其の物も膨れあがるみたいに逞ましくなったし…。ホルモン・バランスが異常になったのかもしれない。GH分泌量過多であるとか。そう考えると、やっぱり内分泌系の疾患だったのかしら…」
でも、採血データには出なかったんだけど、と付言します。
まるで大人のような身体をそなえた彼は、ある日突然、彫り物を背負って帰ってきたのだと言う。
勿論、関東彫などは、短期に彫りきれるモノではありません。
僕の場合はヌキといってキャラクターだけを彫り抜いており、いわゆるモンモンらしさを醸すガクという紋様の密生をまとうてはいないのですが、それでも二年は掛かりました。
建さんの場合には、スジ、つまりアウトラインが彫られたくらいだったそうです。
嘘のようなハナシです。担がれているのかもしれません。しかし、なにゆえに。僕は頭がグルグルとしました。
「なんで分かるか、解る? 葉山クンの背中のことなんて。まるで見てきたみたいに」
なんとなく日本語の構文としてオカシな問いかけでした。それだけにシチュエーションの異様さが際立ちます…、
…妖女のような憧憬の美姫。彼女はそうして、タネ明かしをするのでした。
「それは本当に見たからなのよ、夢で見たの。鏡の夢の中で。ねえ、葉山クン」
タネ明かしされた予言。それはやっぱりカサンドラのように理解しえない錯語なのでしたが。意味を汲もうとしても、汲みがたいのです。
ひと心地ついた、というふうに呼吸をゆるめた夢野さんの声は、再び平静なものへと転じました。
「ねえ、葉山クン。キミはね、建にソックリなのよね。初めから思っていた。顔も話し方もソックリで、私は死霊やマボロシを見たのかと思った。キミが病棟に配属されてきたとき、思ったの」
輪廻。そんな話を、目の前の女はしているのでしょうか。マトモではない。
「建はよく言ったの。譫言みたいなものかと当時は思っていたけどね。こう言ったわ」
シンとした間。
永遠に近い長さの一秒間。
「お母さんもいつか、鏡の中が見えるようになるよ、って」
美女は嫣然とほほ笑むのでした。




