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冬の遅りもの  作者: アノマロカリス
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冬の過ち

「いいかい、この魔法は「変幻の(まじな)い」と言って、姿を変える魔法だ。その効果で僕の姿、そして存在そのものををあんたに変えている。これで、僕が塔に入っても冬はちゃんと始まるだろうね。

 そして、この魔法はあんたにもかかっている。あんたの場合は髪色を変えただけだが、それでも大分印象が変わるさね。バレることは無いだろうけど、くれぐれも気をつけるんだよ。 それと、あんた泊まる所がないだろう。僕の家を好きに使いな……良いんだよ、どうせ何も無い家だしさ」


 冬の女王は魔法使いの言葉を思い出していた。

 もうすぐ冬が始まる。今は季節の変換式が執り行われている。国王のありがたいお話が終わると、いよいよ交代のときだ。

 冬の女王はその時を今か今かと待っていた。


 やがて、冬の女王に扮した魔法使いが塔の中に入り、秋の女王が塔から出てくると、今まで真っ赤だった山が塗り替えられるように茶色くなっていく。そして、ポツポツと雪が降り始めた。


「うわぁ……きれい」


 しんしんと降り積もる雪が、街の灯に反射してキラキラと輝く。そんな幻想的な光景に、冬の女王は思わず見とれてしまう。


「これが……雪」


 冬の女王が、はぁ、とため息を零すと、そこから白い息が漏れた。


「うわあ! 息が白い!」


 冬の女王は嬉しくなって、すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、と深呼吸を繰り返す。

 何度か繰り返していると、強い風が吹いてきて、冬の女王は思わず身震いした。


「うう、寒い。秋も寒かったけど冬は比べ物にならないくらい寒いわ」


 もう日が沈みそうなこともあり、冬の女王は「マフラー」と魔法使いが言っていた温かい布を首に巻き、魔法使いの家へと急いだ。



.+*:゜+。.✩



「えっと、こうやるんだっけ……」


 冬の女王は、魔法使いに言われた通りに暖炉に薪を焚べていた。

 やがて、暖炉に火が灯り、部屋は暖かい熱気に包まれた。


「わぁぁ、あったかい……」


 春や夏とはまた違う、優しい暖かさが部屋中を包み込む。そこで暖かい紅茶を飲みながら、魔法使いが作ってくれていたクッキーを頬張る。自然と、冬の女王の頬は緩んでいた。

 彼女は今、冬を謳歌していた。


「今日はもう寝て、明日から冬を満喫しましょ」


 冬の女王はベッドに横になり、明日からのことを思いながら眠りについた。


 それからというもの冬の女王はたくさんの事をした。

 朝になると山を降り、近くの家の子ども達と日が落ちるまで遊んだ。みんなで協力して大きな雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり。


 ほかの季節の女王がみんな歳上だったこともあり、同年代の友達があまりいなかった冬の女王にとってみんなで遊ぶという行為も初めてのことだった。


 日が落ちて夜になると、暖かい家に入り、窓から雪をずっと眺めていた。

 雪は、はらはらと静かに落ちる日もあれば、びゅうびゅうと激しく落ちる日もあった。

 いつも違った表情を見せる雪に、冬の女王が飽きることは無くいつまでも見ていたいと思った。


 日が昇り、そして沈む。冬は何度も何度も繰り返された。けれども、冬の女王は塔には行かなかった。


 5日が過ぎ、7日が過ぎ、そして10日が過ぎても、冬の女王はずっと野山を駆け、雪を眺め、暖炉にあたっていた。


 楽しい。ずっと遊んでいたい。


 そんな気持ちでいっぱいになっていた冬の女王は、魔法使いとの約束の日をすっかり忘れてしまっていたのだった。


 ――そして、30日が経った今、遂に冬の女王は気づいてしまった。


「あれっ?」


 きっかけは髪の色だった。


 魔法使いに魔法を掛けてもらい、目立たない色に変わっていたはずなのに、その日ふと鏡を見ると冬の女王の象徴である美しい白髪(しろかみ)に戻っていたのだ。


「いけないっ!!」


 冬の女王は焦った。

 魔法使いが言っていた期限は10日。そして今は30日が立っている。誰の目から見ても明らかな程の遅刻に、冬の女王は泣きたいほどの気持ちに襲われた。


 しかし、今はそんなことをしている場合ではない。


「とにかく、早く塔に行かないと、そして魔法使いさんに謝らなくちゃいけないわ!」


 冬の女王は山を転びそうになりながら駆け下り、周りの目も気にせず街を駆け抜けた。


 当然、街の人々は冬の女王が塔から出ていると大騒ぎになったが、冬の女王にはそんなことを気にしている余裕は無かった。


 そして、ふらふらになりながらも、ようやく塔の入り口に辿り着いた冬の女王は、自らの姿を見て困惑する見張りの騎士を他所に塔の内部へと入っていった。


「魔法使いさん!」


 冬の女王の必死な叫びが塔にこだまする。

 息を切らしながら螺旋階段を駆け上がり、各部屋を開け放っていく。しかし、どの部屋を見ても魔法使いはいなかった。


 もしかして魔法使いは消えてしまったのでは、いつまでたっても来ない私に愛想を尽かしてしまったのでは。そんな突拍子もない想像が冬の女王の頭の中を駆け巡る。


 ――そして痛む脇腹を押さえながら辿り着いた最上階。


「おや、随分と遅かったじゃないか」


 その身を氷に包まれた魔法使いは、そこに居た――

 

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