冬の訪れ
季節は秋。燃えるように真っ赤な紅葉が鮮やかに彩る山々が並び、たくさんの恵みをもたらす秋。
人々は冬に備えて食料や薪を蓄え、動物達は冬眠の準備を始める。
もうすぐ冬に切り替わる、そんな秋の一時……
「ふう、ふう」
冬の女王はもみじの木が並ぶ山道を歩いていた。もうすぐ冬にならなくてはならないこの時期、本来ならば城で交代の日を待たなければならないというのに、冬の女王は、そこに居た。
「はぁ……着いた!」
やがて、森の小路にポツンと建っている小さな小屋に辿り着くと、冬の女王は小屋の前に立ち、扉をコンコンと叩く。
ギィィ……と音が響き、立て付けの悪い扉が開かれると、中から一人の魔法使いが顔を出した。
「なんだい、もう冬も始まるって時期に……」
魔法使いは、気だるげな声を出しながらも、渋々といった感じで目の前の少女を一瞥する。
「……こりゃあ、驚いた。まさか冬の女王であるあんたがどうして、今ここに?」
魔法使いは少しばかり驚いた様子でそう問うた。
冬の女王は決意の篭った顔で魔法使いに言葉を返す。
「あのね、わたし、魔法使いさんにお願いがあって来たの」
「……まあ、こんな所で立ち話もなんだし、あがりな」
魔法使いは少し考えこむが、やがて扉をいっそう開いて小屋の中へと手招きし、奥へと入っていった。
「ありがとう!」
冬の女王もそれに続いた。
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美味しそうな紅茶が二つ、湯気を立てていた。
「ほら、お茶だよ。お菓子もあるけど、食べるかい?」
「食べる! あたしお菓子大好きなの!」
魔法使いはクッキーを出してくれた。冬の女王は早速とばかりに一枚つまむ。
程よいバターの香りと砂糖の甘さが混ざり合い、絶妙なバランスを引き出している。それは冬の女王がこれまで食べた事のあるお菓子にも引けを取らないくらいに美味しかった。
「どうだい?」
「おいしい!」
「そうかい、それは良かった。実はそれは僕が作ったんだよ。気に入ってもらえて嬉しいねえ」
魔法使いは、無愛想だった顔を少しだけ緩めて言った。
「え、そうなの!?」
「おっと、男がクッキーを焼くのは可笑しいかい?」
「そんなことないよ! だってとってもおいしいもん!」
そんなことを言いながらも、冬の女王の手はお皿のクッキーの方に伸びていて、魔法使いは思わず苦笑した。
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紅茶とクッキーを堪能し、ひと心地ついたところで魔法使いは切り出した。
「さて、それじゃあ本題にはいろうかい」
「ほんだい?」
冬の女王は首を傾げる。
「馬鹿言っちゃあいけないよ。あんたが僕を訪ねてきた理由だよ」
「……あ、そうだった!」
冬の女王は、今思い出したとばかりにハッとした表情になる。
「えっとね、あたしは冬の女王なの」
「ああ、知ってるさ――」
むかしむかし、この国は何も無い、よく言えば平凡、悪く言えば退屈な国だった。
一年、という概念は無く、暑すぎず寒すぎず、食べ物もいつも同じものばかり。国の人々はそんな生活に飽き飽きしていた。
そんな国にある日やって来た旅人は、国の人々に「季節」の話をしてくれる。
春、夏、秋、冬。それぞれ違った特徴を持ち、退屈とはかけ離れた、その「季節」の話に、国の人々はすっかり羨ましくなってしまった。
そこで、国王はこの国一番の魔法使いに頼み込み、旅人の言う「季節」を再現してもらう事にした。
そして、国一番の魔法使いは、国中にある呪いをかける。
「四季の胤」と名付けたその呪いの力により、数十年に一度、春夏秋冬どれかの四季の力を宿した子供が生まれるようになった。
その、四季の力を宿した者達を四季の女王とし、交代でこれまた国一番の魔法使いが創り出した「塔」に住み込むことで、旅人の言う四季が再現されることになった。
そう、言い伝えられている。
そして、冬の女王もその一人だ。生まれてすぐに国に引き取られ、それからずっと「冬」の役目を担っている。
「――それで、それがどうかしたのかい?」
「あのね、塔の中からは外がまったく見えないの、窓もないし。……だから冬がどんなものなのか知らないの――」
冬の女王はゆっくり、言葉を選ぶ様にそう伝える。
「――あたしも冬を過ごしてみたい」
今まで黙って聞いていた魔法使いだが、冬の女王が喋り終わると、おもむろに口を開いた。
「……そうかい。そんなに冬を過ごしたいかい?」
「うん! だって、雪って雲みたいに白くてふわふわしてるんでしょ! あと葉っぱが無い木っていうのも見てみたいし、それとね、あとは――」
「わかったわかった、わかったから少し落ち着かないか」
冬の女王が早口でまくしたてると、魔法使いは困ったようにそれをたしなめる。
「あ、ごめんなさい」
冬の女王は少しシュンとなり、謝罪を口にする。
「……そもそも、僕にそんな事が出来ると思うのかい?」
「ええ! できないの!?」
冬の女王はひどく落胆した風に叫んだ。
「いや、できないことは無いんだけどもね」
「な、なんだ、よかったー」
冬の女王はホッと胸を撫で下ろした。
「ただし、とても難しい魔法だからねえ。七…………いや、十回。十回日が沈むのを繰り返す位の時間が限界かねえ」
「お願いします!」
冬の女王は立ち上がると、テーブルに頭が付くのではという位に頭を下げた。
「……ああ、わかったよ。引き受けてあげようじゃないか。他でもない四季の女王様のお願いだしねえ」
「ありがとう!!」
こうして、冬の女王の願いは叶えられた。