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戦乙女の審判 (仮)  作者: えろきつね
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1 戦争の世界と英雄の罪


 「起きましたか、転生を望みしものよ……」

 眠っていた人々が彼女の声を聞き、目覚め始める。

 「我が名はフレイヤ。転生を補助する女神機関の長である。汝らは現世で死に、他なる世界において、転生を望みし者と聞いている」

 話を聞いて、訳もわからず相談をする者、ただフレイヤをみて呆然とするもの、声を張り上げる者と様々だ。

 ここにいる人たちは、今までの世界で辛くなり自殺した者や、いきなり人生に幕を下ろされ、満足できていない者など、様々な理由で転生を望んでいた者達だ。

 フレイヤは高台の上に昇ると、転生者に向けて言い放った。

 「汝らが望んだ転生の準備ができた。汝らはこのまま転生する世界へ召喚され、新たなる人生を送って貰う。その際に心で望んだ力をやろう、その力を悪用せずに新しい世界での発展に期待する」

 ここにいる人々はこの事を聞いて、大いに喜んでいるもの、何が何だかわからない物、これでゲームの世界に入れると思う者と、反応はそれぞれだ。

 だが、そんな浮かれている転生者にフレイヤは活を入れた。

 「だが、悪用した場合には慈悲は一切無い、悪事が判明したら、貴様らを処刑しに戦乙女が現れる。そのことを忘れるな」

 フレイヤが手を掲げると、転生せし者の前に大きな扉が現れた。

 この扉をくぐると新たなる世界で力を持ち、文字通り転生するのだ。

 「さぁ……いざゆけ! 転生者達よ! 新たなる人生がこの扉の先で待っているぞ!」

 転生者達の目の前にある大きな扉が、ゆっくりと開き始めた。

 転生者達は、扉が開くのを見るや否や、我先にと扉の先へと向かっていった。

 役目を終えたフレイヤは、一息ついて、高台から降りる。

 「ふっ……毎度の事ながら急いでも何も変わらないと言うのに、女神期間の手を煩わせないでほしいものだ。しかも私はヴァルキリー……女神などではないのに」

 彼らを見送ったフレイヤは後ろにある扉を開けると、事務所の様な部屋になっていた。

 フレイヤが部屋に入ると、側近の戦乙女がフレイヤに書類を渡す。

 「フレイヤ様、これが今週の処刑者のリストです。今週は多いです、虐殺や無差別殺人がが34名、無抵抗の人間の殺害が24名、放火が17名、強姦なんて多過ぎですね35名です、その他非人道的犯罪が15名、計125名です」

 「リストの作成、すまないな。それにしても異世界に来れたからといって、何でもかんでも許される訳では無いというのにな、まったく現世の人間は全くもって愚かな人間が多いな、自分さえよければそれでいいとか、異世界は楽園でもなんでもない、ただの世界。その世界の一部だってのに、調子に乗りすぎだ」

 「ですね、今年だけでも転生者の数は10万人以上いるというのに、各世界の発展はあまり進んでいないようです、はい、お茶ですよ指令」

 フレイヤがデスクに座ると、側近の戦乙女がお茶を差し出す。

 それを一口飲むと、カップをデスクに置いて再び書類に目を通した。

 「全くだ、転生者は本来その世界の発展を支える為に転生し、存在を許されているというのに、元々住んでいる世界の住民の事を少しは考えるべきだ。しかも、死んだ上での負債を払わずにのうのうとされていても困るからな。働いて発展してもらわねば、ラグナロクの借りを返すことなどできぬ」

 側近の戦乙女と雑談を交わしながら、書類をチェックすると、書類の中から黒髪の男の顔が写っている書類を一枚取り出し、その書類をじっくりと読み始めた。

 「それにしても、ムスペルスヘイムに転生したユウスケ・マツダか……無抵抗の殺人に虐殺、それに強姦か……これはひどいな、早急に対応をしなければな……ニーベルンゲンの戦乙女は誰が動ける?」

 側近の戦乙女はすぐに映像魔法を使い、ニーベルンゲンのシフトを確認する。

 「はい、ジークルーネとシュヴェルトライネの組がすぐに動けます」

 「そうか、戦闘が得意な二人なら、問題なく戦えそうだ」

 カップに残ったお茶を飲み干すと、取り出した書類を机の上に叩き付けた。

 「ジークルーネとシュヴェルトライネにムスペルスヘイムの世界に転移しろと伝えろ、現時刻をもって、この転生者の処刑を許可する!」

 フレイヤは書類の上に大判のはんこを押した。

 

  


 

 「ふぅ……到着!」

 「定刻通りだな、にしても相変わらずこの世界は汚らわしい、空は暗いし、人の顔も暗い、転生者の志願が減り続けている理由がわかるな」

街の外れに二筋の光が降りると、二人の女性が現れた。

 一人の女性は、黒い髪に青くはっきりとした瞳、凜とした表情をしている。

 腰元には剣を携えている。

 また、もう一人の女性は青い髪に赤く子供の様な無邪気な瞳、好戦的な表情をしている。

 背中には女性の身の丈ほどの斧が携えている。

 「着いたからには、まずは指令に報告をしなければ」

 黒髪の女性は映像魔術を展開すると、フレイヤ指令が映像越しにあらわれた。

 「こちら女神機関本部のフレイヤだ。二人ともムスペルスヘイムの世界に着いたか」

 「はい、シュヴェルトライネ、ジークルーネの二名、現時刻を持ってムスペルスヘイムの世界に到着しました」

 「報告、感謝する。では、早速だが、今回の任務について一回確認する」

 「あいよ、ちゃっちゃと終わらしたいから、早く話そうぜ」

 黒い髪の女性が青い髪の女性の態度に呆れ、ため息をついた。

 「少しは人の話を聞け、ルーネ。フレイヤ指令の御前だぞ」

 「はいはい、相変わらず優等生だよね、シュヴァってさ」

 話を聞かない二人を見て、フレイヤは映像越しに苛立ちの態度を見せた。

 「説明するぞ、二人とも」

 仕切り直したフレイヤが、二人に説明を始める。

 

「一応、知っていると思うが、一応、この世界の話をしよう。今回の案件はこのムスペルスヘイムの世界だ。この世界は、現在も人類と魔王軍との戦争状態が続いている。また、この世界の長きにわたる文化として、男尊女卑が発生している、なので、情報を集めるときは周囲の人間との接触気を付けろ。そして、今回処刑してもらうターゲットの名前はユウスケ・マツダ、転生してから一ヶ月しかたっていない駆け出しの転生者だ。こいつは人類軍に加入して、手に入れた能力を最大限に生かしているが、どうやら味方も敵も無差別に殺しをしたり、暗殺もしているとのことだ」

「なんでそんなことをしているんだ? 味方も殺してしまう傭兵など、軍にとってはただの膿だ」

シュヴァはフレイヤにユウスケ・マツダの動機を尋ねた。

「生存者は彼一人だけになるので、所属の街では英雄扱いだ。それに酔いしれているのだろう。とにかく、ユウスケ・マツダを探し出し、迅速に処刑すること。いいな?」

 「了解した」

 「あいよ、わかったぜ」

 二人はフレイヤの説明を理解する。

 「それでは、この任務の期限は4日だ。健闘を祈るぞ」

 フレイヤが画面から消えると、シュヴァは映像魔術を消した。

 「今回のやつも面倒くさそうだ、顔もそんなに格好良くないし。シュヴァ、パッパと処刑して、早く天界に帰ろうぜ」

 ルーネは事前に渡されたユウスケ・マツダの書類を見て、文句を吐いた。

 「だな、とりあえず、あの街で情報収集をするぞ、なにかあるのかもしれない」

 シュヴァが指を指す方角には、灯りがともっている町並みが見えている。

 「それじゃ、とりあえずはあの街に向かいますか!」

 二人は灯りが点いている街に向けて、歩みをすすめ始めた。

 

 到着地点の丘からは歩いてすぐ、暗闇の空の下に、一つの灯りが点いた街が見えてきた。

 「どうやらここのようだな、書類の情報だと、ターゲットが所属している駐屯地に一番近い街のようだ」

 「にしても、相変わらずこの世界は暗くてジメジメしてほんと、嫌になるぜ。早く終わせないとな、シュヴァ」

 二人が話しながら歩いていると、街の入り口に着いた。

 街を行き交う人々は屈強な戦士や荷馬車、その戦士に媚びを売っている娼婦しかいない。

 また、行き違う荷馬車の隠れている荷がわずかに見えると、そこには娼婦の様な女性が数人が乗っていた。

 そう、ここの世界は女性は道具として扱われることが多い世界だ。

「にしても、胸苦しい世界だぜ。この世界の男尊女卑はいくら何でもひどすぎる。あの荷馬車に乗っていた女の子だって、これから前線に行って、ガキどものおもちゃだろ? アタシだったら、もっと親切にしてあげて、ハートを落とすんだけどな」

 「だが、私達が文句を言っても、干渉どころか話すら聞いてもらえないからな、我々のことがばれてしまう訳にはいかない、事を荒立てるなよ、ルーネ」

 「はいはい、わかってますよ。とりあえず、優先すべきは仕事だな」

 「そういうことだ、とりあえず、あそこの酒場で何か情報を得よう。なにかあるのかもしれない」

 シュヴァが酒場を指さすと、大きな男達の笑い声と情婦の嬌声が辺りに響き渡っている。

 どうやらここの酒場は、風俗と酒場を併設しているようで、戦争状態が続き、男尊女卑が激しいこの世界ならではの文化だ。

 戦いで戦果を挙げたり、闘技場で勝利したり、賭博で勝利を得たものが、こういった酒場で酒と女を買う。

こういった施設はこの世界では珍しくも無く、当たり前の様に存在している。

 なので、200年が過ぎている今も、この世界の環境は進歩していないのだ。

 二人は酒場のドアを開けると、すでに店内は酒の匂いで充満し、酔った大柄の男が酒を飲みながら、給仕している女を口説いている。

 「こんな酒場に情報なんてあるのか? シュヴァ」

 「0じゃないはずだ」

 「おい、片っ端から行くっての?」

 「ああ、そうだ」

 「そんじゃ別々にいきましょうか、アタシは女の子。シュヴァはそのあたりにいるおっさんで聞き込むのは」

 「如何せん不公平だとは思うが、いいだろう、聞き込みをしてくる」

 二人は一旦別れ、それぞれ聞き込みを開始した。


 「すまない、ちょっといいか?」

 シュヴァが声を掛けたのは、すでに飲んでいる老戦士だ。

 「おっ? なんだぁ、嬢ちゃん」

 「この紙に書かれている男を捜している、こいつの名前はユウスケ・マツダだ、聞き覚えはないか?」

 「そうか、そいつを知っているのか、ならば嬢ちゃん、取り引きといこうじゃねぇか」

 シュヴァが男の提案に顔をしかめる。

 「取り引き? なんだ、私は情婦じゃないから身体は売らぬぞ」

 「違うぜ嬢ちゃん、俺は一途なんだ。あの紅色の服を着ている、青髪のウェイトレスだ。他の女は抱きたいとも思わないぜ」

 男が指を指す方向には、今現在も給仕している女性がいた。

 どうやら、この男は彼女に片思いをしているらしい。

 「恋路の応援をするために、私は貴様と話している訳では無い」

悪かったな、話が逸れて。そいつの情報は酒一杯でどうだ。俺もあの若造には変だと思っている節があってな、何か探りを入れているのだってあれば、協力する」

 シュヴァは近くにいた別のウェイトレスを呼び、男性の元に酒を注文する。

 「この者に酒を一杯」

 注文を終えると、ウェイトレスは裏へと行った。

 「嬢ちゃんは飲まないのかい?」

 「生憎、ここには情報を求めてきただけだ、悪いが遠慮させてもらう」

 そんな話をしていると、先ほど注文をしたお酒がウェイトレスの手によって届けられた。

 男がウェイトレスに届けられたお酒をぐいぐいと飲み始めると、あっという間に酒を飲み尽くしてしまった。

 「私が質問を終えるまで倒れるなよ?」

 「俺は酒には強い方さ、安心しな、情報はちゃんとやる」

 開いたグラスをテーブルの上に置くと、男は頬杖をついてゆっくりと語り出した。

 「ユウスケはここの部隊に最近来たばかりだが、前のギルドで仲間が全滅してしまって敵討ちがしたいって言ってたな、俺達のギルドに入ったがいいが、あまり態度が良くねぇのは気にはなっていた」

 「問題児なのか? ユウスケは」

 「ああそうだ、言うことは聞かねぇ、訓練はサボる、本当に敵討ちがしたいなら、もっと練習に励んでいないとおかしいんだ。しかもだ、体つきも他の戦士と比べればヒョロいのに、態度だけはでかいんだ」

 「ある意味目立つやつなのかもな、ユウスケは」

 「そうだな、あの軍勢の中なら、特に目立つだろう。俺から他に情報をもっと知りたいならば、もう一杯だ、嬢ちゃん」

 シュヴァは席を立ち、机の上に金貨を叩き付けた。

 「これ以上聞くことはないが、この金貨は礼だ、これであの女に思いを伝えるんだ」

 そう言い放つと、シュヴァは相方の様子を見る為に、店内へと消えていった。

 「悪いねぇ、それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうとするか、なぁ嬢ちゃん! まだ開いているか?」

 男は片思いしているウェイトレスを呼び、二人で上の階へと昇っていった。

 

 「あいつ、男から聞いてんよ、アタシはぁ……」

 一方、ルーネは店内のウェイトレスに次から次へと声を掛けていた。

 「ねぇねぇ、そこの君さ!」

 「ごめんね、今私は忙しいの」

 ウェイトレスはルーネを適当にあしらって、仕事に戻っていく。

 「今度こそぉ……」

 次から次へとウェイトレスにナンパ感覚で話を続けるも、なかなか立ち止まってはくれない。

 そんな時に、一人の女性がルーネに話しかけた。

 「貴女? さっきからなんで女の子相手に声を掛けているの?」

 その女性は紺色の髪で、胸も大きく、そして紅色の服を着ている。

 「珍しいんだ、そういう人って」

 「こんなところで、女性に声を掛ける女性なんて、シスターでレズビアンの子か何かを探っている為の聞き込みのどっちかなのよ。それで、貴女はどっち?」

 「どっちも……と言ったらどうする?」

 すると、紺色の髪の女性はルーネに利き手を指と指が交わるように手を繋ぎ、どこかに移動しようとする。

 「そこまでだ、ルーネ」

 ルーネが呼びかけられ、後ろを振り向くと、そこには冥王の様な顔つきのシュヴァが仁王立ちをしていた。

 「いや、そのさぁ……情報をくれるっていう人と別なところでお話ししようって話でさ……だからシュヴァはここでさ……」

 シュヴァはルーネの顔から冷や汗が流れているのを見ると、ため息を吐いた。

 「ルーネ、また、いつものか……私も情報を手に入れたから、これから宿を取りに行く。申し訳ないが、そこの貴女もユウスケ・マツダについての情報があるというのならば、我々に着いてきてもらいたい」

 「あら、お持ち帰り? いいわよ、その代わり、代金は頂くわ。いつもなら一晩で金貨300枚だけど、お姉さん達は100でいいわよ」

 情婦の女性は指で10を示すと、ルーネが即決して、経費から金貨100枚を袋で渡す。

 ルーネの迷いの無い判断にシュヴァは頭を抱えた。

 「もう少し慎重に行動してくれルーネ、予算の10分の1を持っていくとなると、洒落にならない」

 ルーネは女性に100枚分の金貨の袋を渡すと、女性は袋を受けとった。

 シュヴァは再びため息をついた。

 「いいのよ、100枚で。こんな男尊女卑の社会なんて、さっさと狂ってしまえばいいなんて思っているから」

 娼婦の女性は二人の間に入ると、二人の肩に手を伸ばす。

 「だから、今日は楽しみましょう? サービスも情報もたっぷりよ!!」」

 「おうよ!!」

 「ああ……フレイヤ指令、申し訳ありません……」

 三人はそのまま、街の宿屋へと入っていった。

 

 三人が宿屋に入った後、三人で情報をボトルのお酒を飲むことになった。

 「大丈夫よ、お値下げしても、情報もプレイもちゃんとしてあげるから、だから飲みましょ?」

 娼婦の女性がお酒をグラスに注ぎながら、ターゲットのユウスケ・マツダについて、怒りを込めながら、語り始めた。

 「つい最近よ、ユウスケという男と寝たのは、テクが下手くそで童貞で、気持ちよくなかったけど、私に対して優位を取ろうとしてね、もう、実質無理矢理みたいなもんよ。しかも、最終的には中で勝手に出したのよ」

 「本当なのか? 酷い男だな」とシュヴァは同情しながら、グラスに入っている酒を飲み干した。

 「えぇ、しかも、俺は英雄になりたいって、へこへこと腰を振りながら言っていたわ。悪いけど、女をうまく抱けないオトコなんて、礼儀知らずでスキになれないし、英雄にはほど遠いわ」

 娼婦は気を配り、空になったシュヴァのグラスに酒を入れる。

 「あたしらは基本的に男に抱かれないからなぁ、抱くなら女の子にしたいし」

 「私もこういったことには興味は無いな、色恋沙汰をしているよりも、剣の腕を磨いている方が好きだ」

 二人は、カップに入ったお酒を一気に飲み干した。

 「あらあら、二人とも早いわね、もう一杯飲むかしら?」

 「私はいただこう、それにしてもユウスケはなにか言ってなかったか? 魔王軍の事とかこれからの任務についてとか、小さな情報でもいい」

 娼婦はシュヴァのコップに再びお酒を注ぐと、ゆっくりとしゃべり始める。

 「そうね、彼なら今日の昼から前線に向かったわね、ピロートークでそんなこと言ってたわ、新しい部隊での初めての遠征だって張り切っていたわ」

 「すまないな、貴重な情報をくれて」

 「これぐらい構わないわ、リップサービスよ、それに……」

すると、まるでなにか思い出したように、娼婦の顔つきが一気に暗くり、涙を流し始める。

 「どうしたんだ? 急に顔色が悪くなって」

 ルーネは娼婦を介抱し、ソファにゆっくりと座らせた。

 娼婦は顔を伏せ、落ち込みながら語り出した。

 「最近の話よ……弟はユウスケが前にいた隊で遠征に行ったわ、でも……遠征先で戦死した。でも、変なのよ。ユウスケだけが無傷で遠征先から戻ってきた」

 「やっぱりおかしいと思っているのか? 弟が死んだ事とユウスケだけが帰ってきたことが」

 シュヴァは空になっているグラスにお酒を入れると、弟の事についてゆっくりと語りだした。

 「うちの弟はいい子だったのよ、姉思いの優しい子。だけど、私の両親がこの戦争で死んじゃってから、生活が苦しくなってしまった。だから、少しでも生活を楽にするために私は春を売って、娼婦の仕事をしているの。だから、それを見た弟も稼ぐ為に人類軍に入ったわ。でも、遠征先で弟が戦死した事が最初は理解できなかった。だけど、同じ隊だったユウスケだけが生き残った。その時、生き残ったユウスケが戦ったけどみんな死んでしまったなんてお涙ちょうだいの話を広げるものだから、怪しいと思ったわ」

 語り終えると、娼婦はグラスに入っていたお酒を一気に飲み干した。

 「だから、ユウスケってやつが、君の弟を殺したに違いない、という訳か」

 「そうよ、そういうこと。それで、街に戻ったユウスケに弟はどうなったかを聞いたら、路地裏に連れ込まれて、「教えてやる代わりにヤラせろ」と脅されたわ、しかも殺すなんて言われて、首元に刃を当てられたものだから」

 「なんということか……脅して犯したというのか?」

 娼婦は弟の事を思い出し、顔を涙でぬらした。

 気がついたらルーネとシュヴァのお酒は減らなくなってしまうほど、話に聞き入っていた。

 「そうか……最後に一つ聞こう、ユウスケが最近、派遣された駐屯地はどこにある?」

 「えっ……向かうつもりなの? だめよ! 女性が駐屯地に足を踏み入ったら、兵士に捕まるし、しかも、その近辺には魔物だってたくさんいるわ!」

 ルーネとシュヴァは腕を組んで、娼婦の方を見る。

 「大丈夫だ、私はそんなそこらの兵士や魔物には負けない」

 「あたしら二人一緒なら無敵だ。ユウスケにあって確かめてくるからさ、安心して待っててくれ!」

 二人の気迫に押された娼婦はゆっくりと口を開き始めた。

 「北よ……この街の北。そこにユウスケがいる駐屯地があるわ、でも危険よ、気を付けて……」

 「わかったぜ。ならちゃんと帰ってきたなら、また一緒に酒でも飲もうぜ! だから、安心して待っていろってんだ!」

 ルーネが娼婦の頭を撫でると、娼婦は頷いた。

 「我々は準備の為に私達はもう寝させて貰うが、もうかなり遅い時間だ。ここの宿屋で寝ていけばいい……」

 シュヴァが娼婦を気遣うと、二人は寝室に入っていった。

 部屋には泣き崩れている娼婦がただ残された。

 「神様……信仰していなくてすみません……どうか、彼女らに加護を……」

 娼婦は誰もいなくなった部屋で泣きながら、一人祈りを捧げていた。



 翌朝、外は一定して暗く、まぶしい太陽も、澄み切った空もない。

 まるでまだ夜だと錯覚してしまいそうなぐらい空は暗くなっている。

 二人は起きてすぐに支度を終えると、娼婦がソファで寝ていたので、毛布を掛けた。

 「これでいいだろう……そろそろいくぞ、ルーネ」

 「あいよ、シュヴァ。早く処刑して、またあの子と酒でも飲もうぜ」

 二人は宿屋を出て、北に移動し、駐屯地を目指す。

 宿屋から少し歩くと、北の街の出入り口に着いた。

 街の出入り口は大きな門になっており、門の前には兵士が駐屯している。

 現在、門は閉まっており、出ることができない。

 二人は建物の影から門の様子を見張っていた

 「ここからは出してくれなさそうだな、門を開く気配も無い……どうする?」

 「跳躍魔術を使って、一気に上昇すればわからないだろう。それでいいな?」

 「あいよ、タイミングは任せるぜ」

 二人は同時に術式を唱えると、タイミング良く大きく天へ上昇すると、そのまま、空中を飛びながら門を超えた。

 「このまま飛びながら、ユウスケの駐屯地を探すとしますか」

 「そうだな、魔物と遭遇せずに済むからな」

 二人は空を飛んだまま、北へ飛び続けて駐屯地を探す。

 しばらく飛んでいると、地上に建物が一棟見えてきた。

 「もしかするとあれか? まだ朝の時間なのに、誰もいない感じだぜ」

 「ちょっと調査してみるか、降りるぞ、誰もいないと思うが周囲に警戒しろ」

 二人は建物の近くで降下し、武器を構え、周囲を警戒する。

 「こちらルーネ、人の気配も魔物気配もしないねぇ」

 「こちらもだ、周囲を警戒しながら建物の調査をするぞ」

 周囲に誰もいないことを確認すると、二人は建物の中へと入っていた。

 建物は休む為の兵舎と馬を休ませる厩舎、そして捕虜を入れる牢屋の3つの構造になっているようだ。

 兵舎の建物の中は灯りも無く、かなり暗く、ジメジメしていた。

 どうやら、人はすでに出払っているようで、気配を感じないようだ。

 「なんだよこれ、人がいていい場所じゃないな」

 「こんな不衛生な環境において、この戦争に勝とうとしている人類軍は愚かだな。このまま二人で捜索していても効率が悪い、一回分かれるか?」

 「そうだな、アタシは厩舎を調べてみる。それじゃ何かあったら呼んでくれ、シュヴァは兵舎を頼む」

 「了解した、ルーネ。なにかあったらすぐに呼んでくれ、15分ぐらいしたら、牢屋で落ち合おう」

 二人は建物内を捜索するために二手に分かれることにした。

 シュヴァは兵舎をルーネは厩舎に別れ、情報は無いか捜索していくことにした。

 

 「それにしても、ひどい場所だな……ここで疲れなぞ取れるわけ無いというのに」

 シュヴァは先ほどルーネと別れた兵舎を引き続き捜索していた。

 どうやら、兵士練にはすでに兵士は出払っているようで、誰もいないようだ。

 足音もシュヴァが歩いている音しか聞こえない。

 周囲を警戒しながら、少しずつ移動すると、大きな食堂のような部屋に着いた。

 「これはひどいな……食べた後がそのままだ」

 食堂の机の上には、食べ終わった食器やお酒の瓶がそのままで放置されていた。

 また、床には、飲み過ぎて嘔吐した後や、賭博をしてそのままのトランプなどが置きっぱなしだ。

 この部屋で食事や飲酒をしていたのだろう。

 「乱れているな……ここは」

 また、食堂の隣の部屋は寝室になっており、そこへ向かうと、何人かの兵士がまだ眠っているようだった。

 「兵士が誰もいないというのに、まだ寝ている兵士がいるというのか? ……」

 シュヴァは兵士達の寝室へ入る。

 兵士達はシュヴァが入った事に気づいていないようだが、それどころか、寝息を立てている様子も無い。

 「息が無い? ……まさか?」

 シュヴァは恐る恐る、寝ている兵士に触れてみると、兵士の身体はすでに冷え切っていた。

 「死んでいるな……」

 首を触って脈を診ても、動いている気配はない。

 その時、肘が少し濡れたような気がした。

 「まさかな……」

 死んでいる兵士の下腹部を見ていると、腹から血を流している。

 血が毛布の生地に染みこみ、毛布を染めている。

 血で濡れているところから、ナイフで刺したような穴が開いている。

 血がまだ固まっていないところもあるから、まだ殺害されてからそんなに時間は経っていないのだろう。

 「刺殺か? ……なぜ、こんなところである兵士が刺殺されているんだ? これは一回、ルーネに合流して報告をすべきだな」

 シュヴァは寝室を後にすると、ルーネと合流すべく牢屋に向かった。

 

 「にしても、なんもねぇな、厩舎なんて調べるなんて言わなきゃ良かったぜ」

 シュヴァと別れたルーネは、兵舎とは反対にある厩舎を調べに行っていた。

 厩舎にはすでに馬は無く、すでに兵士が使用しているようだった。

 「どこを見ても、ユウスケの情報なんてありゃしない……まったく、面倒くせえな」

 ルーネは周囲を見渡しながら、厩舎を探っていると、厩舎の裏で何かが倒れているのを見つけた。

 「あれはなんだ? 人か? とりあえず近づいて見てみよう」

 ルーネが倒れている者に近づいてみると、全身血だらけの兵士が倒れていた。

 兵士はすでに何カ所か魔物に噛まれたような形跡があり、すでに息絶えている。

 「あーあ、こんなところで死んじまってさ……って、ん? どうして、死体が刺されているんだ?」

 死体には噛まれた後の他に腹部に刺殺されたような傷がついていた。

 血の様子をみるにまだ殺されて間もないようだ。

 「まさか、人に殺されたってのか? ……その後、血のにおいを嗅いだ魔物が群がって、この傷って感じだけど、普通、こんな兵舎の近くまで魔物の侵入なんて許すか?」

 ルーネは、兵士を再び地面に置き、待ち合わせの牢屋へと向かった。

 「とりあえず、シュヴァに相談するためにも合流しないと……」

 

 「ルーネ、そっちはどうだ? なにかあったか?」

 「ああ、やばいもんがあった。あんなのがあれは兵舎だってなにかあったに違いないなありゃ」

 ルーネとシュヴァはお互い、見た者を報告して相談するために牢屋の前で合流した。

 「ここに残っている兵士みんな死んでいるな、しかもほとんどが刺殺だ。傷もまだ新しいものだと思われる」」

 「ああ、こっちもだ、監視に当たっていた兵士が死んでいた。しかもその兵士は、刺殺されまくった上に魔物に噛まれまくってる。惨たらしい死に方だよほんと」

 「それにしれも妙だ……なぜ味方が殺されている?」

 「今この時点でわかることはほとんど無い……、とりあえず、後は牢屋だけだ。入るぞ」

 「あいよ」

 牢屋には鍵が掛けられておらず、シュヴァは鉄でできた頑丈なドアを開ける、すると、ルーネが周囲を警戒するために先に牢屋に入った。

 中は鉄格子で囲まれており、死臭がひどい、先ほどの兵舎以上に人がいられる環境ではない。

 また囚人牢のいくつかの部屋はすでに白骨がそのままで置いてあり、中には腐りかけの痛いもある。

 そんな気味の悪い牢屋の中を歩いていると、小さい女の子のような子がすすり泣く音が聞こえてきた。

 「誰かいるぜ、シュヴァ」

 「見てみるぞ、ルーネ」

 先頭に立ったルーネが一歩ずつ慎重に近づいていく。

 一歩、一歩鳴き声がする方へ歩いて行く。

 すると、ルーネの目の前には驚くべき光景が広がっていた。

 「おい、シュヴァ! 生きているぞ。女の子が一人!」

 「本当か、今すぐ向かう!」

 ルーネの呼びかけにすぐに答えたシュヴァは、牢屋の光景を見て、驚愕した。

 「ひどいな……これは」

 牢屋の中には桃色の髪の少女が全身に体液を掛けられた状態で、すすり泣いていた。

 少女は衣服を何も着けず、牢屋の中で藁の上に座り、一人ですすり泣いていた。

 「こんな若い子が慰安婦か……なんて酷いことをするんだ、この世界の人間は」

 「ああ、まったくだ。こんな少女をなんだと思っている。シュヴァ、開けられるか?」

 「任してくれ、ルーネ」

 シュヴァが剣を構え、檻の鍵に向けて剣を振るうと、檻の鍵が粉々に砕け散った。

 鍵を壊したことにより、扉が開くようになる。

 ルーネが扉を開けると、中にいる桃色の髪少女に手を差し伸べる。

 「大丈夫か?」

 桃色の髪の少女は、手を握ろうとするが、自分の手を見て、手を握るのを拒んでしまう。

 「アタシのことは気にしないでくれ、立てるかい?」

 ルーネの声に少し戸惑いながらも、桃色の髪の少女は恐る恐る手を握った。

 「その女の子はなんとか出られそうか?」

 「ああ、でもまずは身体を拭くなり、洗うなりで綺麗にしてやらないと、歩けるかい?」

 桃色の髪の少女はコクリと頷いた。

 「ルーネ、兵舎の寝室まで連れて行こう、そこなら毛布がある」

 「わかった、とりあえずそこまで行こうか」

 ルーネとシュヴァは桃色の髪の少女を連れて、汚らしい牢屋を後にした。

 

 桃色の髪の少女を牢屋から連れ出したあと、兵舎に戻り寝室にあった毛布で身体を拭き、余った毛布で身体を覆わせた。

 少女の身体を拭くと、首やお腹に殴られたようなアザができていた。

 「それにしても、ひどいな……こんな女の子が、あんな牢屋で慰安婦なんてさせられて、しかも身体中アザだらけだ」

 「さすがにこの世界の男尊女卑は尋常だけど、ここまでとは思わなかったな、この子に傷の手当てをしてやらないと」

 「なら、ルーネ、私に任して貰おう」

 シュヴァは両手を組み、治癒魔術の詠唱を始めた。

 詠唱が終わり、シュヴァが少女のアザに触れると、アザが徐々に消えていく。

 首の締め付けられたアザもお腹の殴られたアザもあっという間に消えていった。

 アザが消えたことで、少女の表情も段々落ち着いて表情になっていく。

 「段々、良くなってきたようだ。会った時よりも顔色が良くなった」

 シュヴァが少女の頭を撫で落ち着かせている。

 「でもよ、シュヴァ、このままだとユウスケの位置がわからないままだ。聞き出さないと」

 ルーネの言うとおり、駐屯地に着いてから時間はかなり経っていた。

 「少なくとも、方角がわかればいいのだが……なぁここにいる人はどこに行ったかわかるかい?」

 シュヴァは少女に尋ねてみると、少女はなにも語らず壁に向けて指を指した。

 少女が指を指した方向は魔王軍の前線がある方角だ。

 「もしかして、そっちの方向か?」

 ルーネが訪ねると、少女はコクと頷いた。

 「ありがとうな、あたし達はこれからそっちに行かなきゃならないんだ」

 少女はルーネの言葉に泣きそうになる。

 一人になるのが怖いのだろう。

 「たしかに一人になるのは怖い、けど、ここの外は魔物がたくさんいてとても危険なんだ。だから、アタシが必ず迎えに来る。約束だ」

 ルーネが少女の頭を優しく撫でるながら、少女を落ち着かせた。

 「それじゃ、ここの中で待っててくれ、いいな?」

 少女は小さく頷いた。

 「それじゃ、いくかシュヴァ!」

 「だな、早く終わらせて安心させてあげよう」

 二人は兵舎を後にすると、再び跳躍魔術を詠唱し上空へ飛んだ。


 二人は桃色の髪の少女が教えてくれた方角に向かって飛び始めた。

 「それにしても、この世界は狂っているな……あんな歳の女の子が慰安婦なんて、世が末だな」

 シュヴァは顔を下に向けながらルーネに語りかけた。

 ルーネはあの少女の事に対して強い憤りを感じていた。

 「だな、正直言ってこの世界の人間軍はイカレている。生き残った無能がいつまでも古い考えで動かしている軍だ、正直、アタシはこの世界の人間軍は負けて欲しいな」

 「もうエインフェリアを集める必要もないからな……私達は転生者に罰を与えるだけだ」

 「だな、それぐらいしか、今は存在理由がないんだ……って、シュヴァあの軍団を見てみろ」

 ルーネが指さすところに、兵隊の一団が魔物と交戦しているのを見つけられた。 

 兵隊の一段は足を止め、敵と交戦しているようだ。

 「あの近くに潜伏するか? シュヴァ」

 「そうだな、様子を見て、落ち着いたらターゲットを狙おう」

 ルーネの提案にシュヴァは賛成し、交戦している場所から少し離れたところで降下して、森の陰から交戦の様子を覗く。

 人類軍に一人だけ、別次元の動きをしている兵士がいた。

 一人だけ力強く、一人だけ俊敏で、一人だけ英雄のように動いている。

 「もしかして、あいつがターゲットか?」

 「だな、この書類に書いてある顔にそっくりだ。間違いないだろう」

 そう、今回の処刑対象であるユウスケ・マツダが兵隊の一団の中で一番前に出て、魔物の群れを、身の丈程の大剣を振るい、片っ端から倒している。

 「雑魚がぁ!! 俺はこの世界で英雄になるんだよ!! 邪魔するんじゃねぇ!!」」

 ユウスケは威勢をあげながら、魔物を次々と切っていく。

 次から次へと魔物を切っていくので、他の兵士は手も足もでない。

 やがて、ユウスケの活躍によって魔物の群れは逃げ、ユウスケ達だけが残った。

 あまりの無双っぷりに、兵士達はただ立ち尽くしているだけだ。

 兵隊の一団の周りに魔物がいなくなったが、兵士達は剣をしまうがユウスケは剣を仕舞わない。

 「役立たずばかりだな……この隊も、俺強えからこのまま一人で魔王倒せるし、おまえらと違って英雄だから、おまえらはいらないな……」

 ユウスケは剣先を兵隊の一団に向ける。

 「なっ、なにをするんだ! 新参者が!」

 「お、俺達を殺そうとしてるんじゃないんだろうな?」

 これをみた兵隊達も一斉に剣を取り出し、襲いかかったが、

 「間引いても、所詮は雑魚だし、ここで死んで俺の英雄伝説の一部になってくれ」

 ユウスケは大剣を振るい、味方であるはずの兵士達を次から次へと切っていく。

 まるで、魔物を相手にするかの用にユウスケは味方を殺し続けた。

 大剣を大きく振ると、襲いかかった兵士の腹がまっ二つに切れる。

 大剣を振るう早さは、まともな人間には出せない程早く、一瞬で兵士の命を狩っていくまるで、レベル上げのように、サクサクと効率良く味方を殺していく。

 狂戦士のように見境無く、善悪もなく味方を殺していく。

 「おまえらみたいな雑魚はこの世界で無用なんだよ!! 俺一人で魔王なんて倒せる! だから弱いおまえらは必要無いんだよ!! 死ねぇ!!」

 自分が英雄としていられるために、ユウスケは弱者を殺戮していく。

 「おいおい、いきなり味方を切り始めたぞ、あいつ!」

 「同士討ちを止めに行くぞ! ルーネ!」

 シュヴァとルーネは、武器を抜き、ユウスケの前に現れた時には、兵士はすでに全員殺されてしまっていた。

 「こんなところに女? ……なんでいるんだよ!? こんなところに女なんていちゃいけないんだよ! 雑魚のくせにさぁ!」

 ユウスケはシュヴァとルーネの姿を見ると、女性であることを軽視し、侮辱した。

 「あたしら、あんたをこの世界に送り込んだ、女神機関のもんだ。あんたはこの世界で無実な人を殺しすぎた。よって、あんたに機関から処刑命令がでている」

 ルーネがユウスケに向け警告をするが、ユウスケは聞く耳をもたない。

 「はぁ? なんで、英雄の俺が処刑されなきゃいけないんだ? ていうか、これから神様がくれたチート能力を使って、この世界を救う勇者サマなんだ。雑魚の女はとっと失せろ! それとも犯されたいってのか?」

 「この男……歪んでいる。こんな奴が英雄なぞ、ほど遠い!!」

 シュヴァはユウスケの態度に怒りを露わにする。

 「はぁ? ……結果を出せば英雄として認められるんだ!! そしたら、地位も名誉も女も金も好き勝手できるんだよっ!!」

 ユウスケはシュヴァを目掛けて突進してくるが、シュヴァは余裕の表情でかわす。

 「ふっ、能力がなければ、なにもできないような弱者に言われる筋合いはない。全力でかかってこい、英雄になり損ねたもの」

 シュヴァはユウスケを相手に挑発を噛ます。

 「ふざけんじゃねぇ!! このクソアマがぁぁ!!」

 ユウスケはまんまと挑発に乗り、刃をシュヴァに向けるが、これも余裕の表情でかわされる。

 「能力はあっても、戦闘のセンスがない。諦めろ、おまえの負けだ」

 「俺はまだ負けてない……負けてねぇ!!」

 冷静さを失ったユウスケはシュヴァに向けてひたすら攻撃を繰り返す。

 だが、どの攻撃もシュヴァにかすりさえしない。

 「諦めないことに関しては筋がいいが、周りを見ることは兵法の基礎だ。ルーネェ!!」

 シュヴァが叫ぶとユウスケの背後から好機を窺っていたルーネが、手持ちの斧を振り回す。

 「無視してるんじゃ――ねぇ!!!」

 ルーネが放った斧は背後からユウスケの両脚を切断した。

 経つことができなくなり、身動きが取れなくなったユウスケは地面に倒れ込む。

 「そんな……力も俊敏も……カンストしているはずの……俺がぁ……」

 両足を切断され、地面に這いつくばることしかできないユウスケは、ただ吠えることしかできない。

 「どうして、どうして俺なんだよ……他にもこういう事している奴がいるんだろ? ……なぁ?」

 ユウスケの情けない言葉に、腹を立てたシュヴァは剣の刃をユウスケの首元に当てた。

 「それだけ愚かなことをしたんだ、人の命と性別を軽視し、自分の良くへの礎としようとした。その罪に慈悲も救済もなし」

 「やめっ……やめろ……」

 「残念だけど、おまえはもう償うことすらできないんだ、無の中で悔いるといい!!」

 シュヴァは剣でユウスケの首を勢いよく刎ねた。

 すると、ユウスケの骸は灰になり、そして消えた。

 転生者は死んだ場合、骨や死体は残らず、灰となる。

 また、転生者は再び転生することができない、これで本当の死を得るのだ。

 そして、二人は周囲を確認すると、周りには死体しか無く、戦場の真ん中に二人だけが残っていた。

 「愚かなやつだったな、シュヴァ」

 「まったくだ。報告を終えたら、あの女の子を迎えにいくぞルーネ」

 「だな、それに昨日の娼婦にも奴が死んで、敵討ちをしたと報告しないといけないしな、とっと終わらせるぜ」

 二人は映像魔術を展開させると、女神機関の長であるフレイヤが出てきた。

 「ユウスケ・マツダの消滅を確認した。ご苦労だった、二人とも」

 「今回も自己中心的なやつでしたよ、指令」

 ユウスケのあまりに身勝手な殺人にルーネはフレイヤに愚痴をこぼす。

 「人として未熟なやつに強大な力が渡ってしまい、今回の暴走となってしまった。どうにかならないですかね? 指令」

 「どうにかできたら行動はできるのだが、我々には転生者の能力を決める権利は無い」

 この世界に転生する者は基本的に好きな能力、才能を選んで転生することができる。

 だが、この能力を暴走させてしまうと、元々の世界の住人には止められる術はほぼないので、世界が破滅してしまう。

 なので、能力を無効できる戦乙女が直接転生者に手を下すしかないのだ。

 「転生してからは、転生者の良識に委ねるしかないのだ」

 「できればですが、我々がこうやってそれぞれの世界に赴き、直接手を下さないような世界になって欲しいものですね、指令」

 シュヴァが話を纏めた頃には、ルーネは飽きたような表情をし始めていた。

 「では、この世界での任務はこれで終わりだ、帰還まであと丸1日ある、帰るときになったら転送魔術で帰還せよ。お疲れ様だった、二人とも」

 フレイヤが映像魔術を解除する。

 「それじゃ、報告も終わったし、迎えに行きますか!」

 「だな、一刻も早く、街に返そう」

 二人は、再び術式を唱え、空に飛び上がり、駐屯地を目指した。


 駐屯地の付近に降下し、桃色の髪の少女と別れた兵舎に向かう。

 兵舎の中に入ってすぐ、女の子が二人の姿を見かけると、勢いよく向かってきた。

 「待たせたな、いい子にしてたか?」

 ルーネは少女の頭をそっと撫でると、少女は満面の笑みを浮かべた。

 最初に会った時よりも、顔色が良くなってきており、時折笑顔を見せられる様になってきた。

 「さっき会った時よりも顔色が良くなってきているな、これで少しは安心できるだろう、だが我らの力を見せていいのか? ルーネ」

 「きっと、この子は素直だ。秘密にしてくれって言ったら、だれにも言わないだろう」

 ルーネは少女の顔を見て、言い聞かせる。

 「いいかい? 今から帰るけど、このことはみんなに内緒にしているんだ。いいね?」

 少女は小さく頷き、笑顔を見せた。

 「よしっ、いい子だ!」

 ルーネは再度、少女の頭を撫でると、手を繋いだ。

 「それでは、帰るぞ二人とも」

 少女を連れて兵舎の外に出ると、シュヴァとルーネは跳躍魔術の詠唱を始めると、二人と一緒に少女も大きく空に飛び上がった。

 「どうだ? 怖くないか?」

 シュヴァは少女を心配するが、少女は首を横に振った。

 「下を見ないで、アタシたちから手を離すなよ!」

 ルーネの言葉に頷く少女。

 生まれて初めて空を飛んだ少女の顔は驚きと感動に満ちあふれている表情をしていた。

 空はとても暗く、星空や太陽は見えないが、少女にとっては空を飛べるということだけで感動しているのだろう。

 少女は色々な景色をキョロキョロと見回しながら、空の旅を楽しんでいた。

 「空を飛んで喜んでいるなあの子は」

 「ああ、この世界には魔術なんてものは魔物しか使わないからな、珍しいんだろうな」


 やがて、街の近くの森林まで来ると、シュヴァとルーネは降下の準備を始めた。

 「そろそろ街が見えてきたな、ルーネ、降りるぞ」

 「あいよ、ほらそろそろ街に着くからな、降りないと色々と面倒だ」

 ルーネは少女に呼びかけると、少女は少し残念そうな顔をした。

 「街に戻りたくないのか?」

 少女は少し迷いながらも、小さく頷いた。

 「もしかして、この街が嫌いなのか?」

 ルーネの問いに少女は小さく頷いた。

 少女の答えに二人は顔をしかめる。

 「なぁ、シュヴァ……この子はこのクソみたいな世界で一生こういう目に遭わないといけないのか? まだ全然若いんだ。これからいろいろなことを見たり聞いたり、学んだりすれば、素晴らしい世界が待っているというのに」

 「ああ……この世界で生き続けるとなると、男尊女卑が付きまとう、街に戻ったとしても、このまま彼女は娼婦として生きていくしか無い。それぐらいこの世界の人間ってのは愚かなものなのだ」

 そう、少女に残された道ほとんど無く、この町に戻れば戦争が終わらない限り、彼女は娼婦、慰安婦として働き続けるだろう。

 戦争が終わったとしてもかなりの時間がないと男尊女卑は無くならない上に、彼女の娼婦としての時間も帰ってこない・。

 それまで、この喋ることができない少女は、ずっと、男性に奉仕をしなければならないのだ。

 彼女は女性だから学ぶ事も許されないので読み書きを学ぶ事も許されない。

 この喋ることができない少女は自分の意思を他人に伝えることができない。

 「この世界から抜け出すには、あの女の子に加護を受けてもらって、転生をさせるしかないんだ、ルーネ」

 「だよな……でも、それはアタシが決められることじゃない、女の子が決めることなんだ」

 二人の話を聞いていた少女は何か言いたそうにルーネの顔を見つめる。

 「ん? なにか言いたいのか?」

 少女は小さく頷いた。

 「転生……したいのか?」

 少女は小さく頷いた。

 「転生をするということは、一回死ななければならない。本当にいいのか?」

 少女は強く頷いた。

 「その少女に強い意志があるというのならば仕方ない。あとはブリュンヒルデ様やフレイヤ指令が導いてくれるだろう」

 「わかった、そこまで言うのならば仕方が無いな、死んだ後はブリュンヒルデ様やフレイヤ指令が助けてくれるさ。なに、怖いことはないさ、あたしらは戦乙女、導くのは得意だからな」

 少女は瞳に涙を浮かべるが、覚悟を決めた。

 ルーネは少女をぎゅっと抱きしめた。

 「怖くないさ……こんなクソッタレた世界と別れられるのだから、完全に死んだわけじゃ無いし、また別の世界で転生してもう一回人生を始められるさ。大丈夫、心配しなくていいさ、きっと女神様が見てくれているから」

 すると、桃色の髪の少女はにっこりと笑顔を見せた。

 どうやら、少女はこの世界に別れを告げ、新たなる人生を歩むことにしたようだ。

 そして、桃色の髪の少女がルーネとシュヴァの身体から離れると、小さな声で呟いた

 「ありがとう……さようなら……」

 少女はルーネから手を離し、生まれ変われる為に森林の中へ落ちていった。

 段々と少女の身体は見えなくなり、やがて、少女は木々の間に隠れていった。

 「転生するというのはわかってはいるけど……なかなか辛いな、あんな歳の女の子を身投げさせなきゃいけないなんてさ」

 「ああ、でもきっと姉上が導いてくれる。あとはフレイヤ指令に転生して貰って、新しい世界で、自力でやっていくしかないんだ」

 ルーネとシュヴァは少女の落ちていく様を見届ける。

 シュヴァはうつむいて無言になり、ルーネは瞼に薄らと涙を浮かべていた。

 「ここで立ち止まっている訳にはいかない、街に向かおうかルーネ」

 二人は少女が落ちたところから離れると、街の近くの丘に着陸した。 

 

 「あら、二人とも……帰ってきてたの?」

 街に入ってすぐに、出発前に情報をくれた娼婦に再会した。

 どうやら娼婦は一仕事を終えたようで、綺麗なドレスには少しシワができていた。

 「ああ、ただいま」

 「貴女の情報が役に立って、ユウスケに会うことができた。感謝する」

 シュヴァが娼婦お辞儀をして礼を言うと、娼婦はユウスケについて聞いてきた。

 「お役に立てて光栄だわ、それより、ユウスケのやつに会えたんでしょ? ユウスケがいた小隊ってどうなったのか知らない?」

 「ああ、それなのだが、全滅した。魔物の大軍に襲われててな、ユウスケの姿を見つけた時にはすでに死んでいたよ。それに、ユウスケは自分より弱い兵士を暗殺して間引きをしていたり、戦闘中に無差別攻撃をしていた、恐らくその時に……」

 娼婦はシュヴァからの報告を聞くと、両手を組み、祈りを捧げる。

 すると、娼婦のまぶたに涙があふれ出した。

 「終わったわ……安らかに眠ってなさいよ……」

 娼婦はその場で泣き崩れ、天に祈りを捧げた。

 「おいおい、こんなところで泣いていても仕方が無いぜ、とりあえず宿屋に入って今日も飲もうぜ、な?」

 「そうだな、まだ値段分のお酌をして貰っていないし、娼婦がこんなところで泣き崩れていたら品を落とすからな、宿屋でお酒を飲みながらゆっくり話そう」

 「ええっ、そうね……今日は飲むわ、もちろん、今日はただでいいわ……」

 ルーネとシュヴァで娼婦の肩を持ち、三人は宿屋に入っていった。

 

 次の日になり、ソファで寝てしまっていたシュヴァは眠りから覚め、目を擦った。

 「ううっ、昨日は飲み過ぎた……」

 昨日宿屋に向かった後は、ユウスケのことや兵舎で出会った少女のことなどを話しながら、娼婦と三人でお酒を飲み続けていた。

途中からルーネが寝室で寝始めたので、シュヴァは一人でちびちびと飲み続け、最終的にはシュヴァ一人でボトル一本を飲み尽くしていた。

 そして、そのころにはシュヴァも記憶がなくなり、朝になったらソファで寝てしまっていた。

 「帰還の時間だ……ルーネを起こさないとな」

 二日酔い状態のシュヴァは寝室にいるルーネを起こしに行く、部屋のドアをノックするが、反応が無い。

 「まだ寝ているのか? 入るぞルーネ」

 シュヴァは寝室のドアを開けると、そこには裸で寝ているルーネと娼婦の姿だった。

 「なっ、なぁ、破廉恥なぁああああ!!! 起きろぉぉっっ!! ルーネぇぇ!!!」

 シュヴァは驚きのあまり、大声でルーネの名を叫ぶ。

 「うわぁああああ!!! ……ってシュヴァか……おはよう」

 あまりの大声に驚き、ルーネはベットから勢いよく身体を起こした。

 目が大きく開いて、まるで悪夢から目覚めたようにルーネは飛び上がった。

 「うわわ! ……じゃないぞ、ルーネ。まさか酒の勢いで娼婦と寝てたのか」

 「だってよ、寝室でお酒を飲んでたら、娼婦の子がキスしてきてさ、そのまま押し倒してさ……そのまま、しちゃった♪」

 「しちゃった♪。じゃないだろおおおおおおおおお!!!!!」

 シュヴァはルーネの両肩を掴んで、大きく揺さぶった。

 「おはよう、二人とも。朝から元気ね、それにしてもルーネ、昨日の夜は激しかったわ、あんな気持ちいいの初めて味わったわ……」

 その二人を様子のみていた娼婦も起きると、爆弾発言を繰り出した。

 「な、ななっ……」

 娼婦のあまりの破廉恥な発言に真面目なシュヴァは完全に言葉を失った。

 そして、シュヴァは右手でルーネの頬を全力でビンタを放った。

 痛々しい音が部屋全体に響き渡り、ルーネはベットから吹っ飛ばされた!!

 「これにこれたら早く服を着ろ、すぐに出るぞ、ルーネ」

 「は、はあい……」

 ルーネに警告すると、シュヴァは寝室を後にした。

 「貴女の相棒、私と一緒に寝たから嫉妬しているのかしらね? ふふふ……」

 吹っ飛ばされたルーネをクスクスと笑いながら、娼婦はベットから出て、紫のパンティを穿き始めた。

 「まぁな、あいつとは昔から一緒だけど、いつものことだ」

 ルーネは娼婦と話しながらブラジャーを着け、パンティを穿いていく。

 「ふふっ、大切にしていくことね、唯一無二の相棒なんでしょ?」

 「そんなの、心から理解しているつもりさ、もう一つの半身みたいな感じだからな」

 「大切にしなさいよ?」

 娼婦はルーネの唇にやさしくキスをした。

 「大切にするよ、ありがとう」

 ルーネは足早に着替えを終えると、部屋を後にした。

 「ほんと不思議ね、まるで人間じゃないみたいだわ」

 娼婦はルーネ達がなにものかを考えるが、思いつく節が無かった。

 「でも、また会いたいわ、あの二人。ふふふ……」

 

 ルーネは着替えを終わらせ、旅支度を終わらせると、宿屋を後にする。

 すると、宿屋の入り口にはすでにシュヴァが待っていた。

 「遅いぞ、どれだけ待たせる気だ? あの娼婦と破廉恥なことをしていた訳ではあるまいな?」

 「悪かったって、あのあとからは何もしていないって!」

 ふっ、と笑うとシュヴァは街の外に向けて歩き出した。 

 「いくぞ、そろそろ帰還をしなければならない」

 「あいよ、シュヴァ」

 二人は宿屋の前から街の外に向かって歩き出した。

 

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