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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)
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第一話「ブックマークの誘い」

魔法についての話をしよう。


まず、魔法とは人智を超えた技や現象の事を指す。


あり得ないはずの場所から炎や雷、氷や土砂を呼びだし使役する。

天変地異を操り、病や怪我を癒し、生ける者や死者さえも惑わす。


それが魔法。


そもそもこれらの力は本来「神」の御業であった。


我々人の目から視れば「奇跡」としか表現のしようのないこれらの「御業」も、神という存在にしてみれば普段通りの行動による副産物でしかない。

先の大戦でより戦に特化されたその副産物は、秩序という信仰の名の元に栄えた人間にとって初めて存在を知り、そして手に入れんと望んだものであった。


そして我々人間はその「御業」を手に入れることになる。


長い時間をかけ神々への信仰を育て上げた恩恵なのか、飽くなき力への渇き故か、やがて訪れる終末の鐘に対する贖いか。


この世に生を受けた人間の中に、稀にではあるが「魔力」と「素質」を持つ者が誕生した。

「魔力」と「素質」の両方、もしくは片方を持って生まれた者は神々の御業を手にする「資格」を手にする。


ただあくまで「資格」であり、魔力と素質の両方を持つ者でさえ「魔法」を使えるようになる為には多くの試練に勝たねばならない。


それ故に「魔法」を使える人間は人智を超えた存在となり、多くの国家やギルドに所属し高い地位を与えられる。


争いと切っても切れぬ組織にとっては尚更。


しかしそんな「魔法使い」が一握りの貴重な存在であった時代も長くは続かなかった。


人間は知恵を使い、「神々」の「奇跡」と言える「御業」である「魔法」を手に入れるため様々な努力を行った。


結果、先に述べた二つの条件のうち片方しか持ちえない者は手に入れたい力を「アイテム」で補う手法を手に入れる。

更に魔法とは縁遠い何も持たない存在も魔法が使えるアイテムも誕生した。


これらのアイテムはどれも稀少で高額なため、結局のところ誰にでも手に入れることが出来る物では無いのだが、「魔法」がより近い存在になったことに変わりはない。


いつの日か、誰もが望めば魔法が使える様になる時代が来るのかもしれない。


現にその魔力を使い、大きな物を運ぶ装置や熱や光を作り出す装置が生み出され一部の組織に運用されている。


私は断言する。


近い未来、自然の力をコントロールし人々が神に代わりこの世の理を創造する時代が来ると。


神々から押し付けられた「秩序」ではない、私はそれを生物カテゴリーの上位、そして生物のidaeを表す言葉「科学」と名付けたい。




「だ、そうですよ。クズ猫様」


『クロ猫な。やんわり悪口を混ぜるな』


それまで読んでいた本をパタリと閉じ、小休止代わりについた悪態を詫びる様子もなく、銀髪の美少女はジッと黒猫の抗議を聞いていた。


「失礼、言い違えました。申し訳ありませんグロ猫様」


少し楽しんでいる様に見える表情にからかい先の主は更に抗議を続けた。


『普段から使わない呼び方をしてまで言いたかったの?』


黒猫は自分に対して益々毒吐く従者にかなりの不安を感じながら、その見目美しい所有物を眺めていた。


「そろそろ……快楽を享受したくて待ちわびる様になってません?」


『そんな特殊な調教は受けていない』


相変わらずの会話を続ける一人と一匹は突然吹いた潮風に軽く身構えた。一人と一匹は船の上にいた。

10人位が乗るので精一杯の舟にはそれぞれ特徴の異なる人種が乗り込んでいた。職業も貧富の差も善悪も種族さえ異なる乗客は、それぞれが思い思いの過ごし方で時間を潰している。


側からみれば独り言呟く少女とそれに応えてにゃーにゃーと鳴く黒猫にしか見えなかったが、この腰まであろうかいう長さの銀髪に見る者の溜息を誘う美少女と、身の丈程はあろうかという尻尾を振る黒猫はお互いの言葉を理解している。


この二つはそういう風にできている。


「まあ、そんな戯言はともかく」


『戯言て……』


潮風が思い出させた一応の主従関係は話を本題に戻す。


「この本の作者なんですが、面白い見解をもっているな……と。これだと魔法の根源は神様みたいな言い方ですが」


少女は人差し指を伸ばし黒猫の額にあてると指先が僅かに青白く光を放つ。

それが魔力であると分かるものは同じく魔法の素養があるものだけだが、どうやらこの舟には乗船してはいなかった。


黒猫はその長い尻で光る指先を隠すと視線で従者を軽く諌めた。


『見解としては間違ってはない。魔法なんて大層な呼び方をしているが、要は神々の特技だったのさ。それが人間には理解し難く特殊な技の様に見えたのだろうね』


銀髪の少女は思い出話を振り返る様に空を見上げ主人の後に続く。


「確かに、私が初めて神々の御技をこの目にしたときには驚きました。ですが、これは人間で言う所の手先が器用だったり足が早かったりというものとなんだと……」


『まあ、人間のそれと比べれば桁違いな現象だが。それ故にこれまで呼称の無かった神々の個性に初めて名前をつけたのが人間だ』


海風は少しだけ強さを増し、銀髪の少女は膝を抱え、かつてその強大な個性を持ったものの成れの果てを見つめていた。


「羨望と恐怖…故ですね…分からない、届かない物だから、名前をつける事で自分達が理解出来た気に成っている…」


『それも、人間の個性だと思うがな』


風の冷たさ故か、それぞれの境遇故か、黒猫と少女はいつのまにか身を寄せ合っていた。


「あなたの個性を私という形で残すことが出来てよかった…」


少女の手が恐る恐る黒猫の首に触れる。


後悔は無い。

それでも間違いでなかったとは、今でも答えを出しきれない。


そんな従者に対して、主人はただ優しく見つめる。


主人もまた答えなど持ち合わせていないのだから。


「まあ、幼い少女に卑猥な服を着せて淫語を言わせる様な個性は残さなかったですけどね。」


『メイド服を着せて言葉を教えただけだがな』


少女と黒猫の軽口は他人には一切聞き取れない。

ただ猫の鳴き声に少女が相槌をしている様に見えるだけ。


ただ一人を除いては……。


「おっとこれはこれは」


少女と黒猫の世界に軽薄で馴れ馴れしい声が割り込んでくる。


男性にしては長めの髪を無造作に後ろで束ね、手入れのされていない髭はこの男により一層の軽薄さを醸し出していた。


「あなたは」


アリスは少しの驚きをいつもの表情で隠し、チラリと主人に目をやったが黒猫はいつものように知らぬふりを演じ身を丸くして寝たふりをしていた。


「愛しのアリス。我が最愛の少女にして最大の顧客」


そう言うや否やアリスの手を取り、その白い陶器の様な手の甲に唇で挨拶を行うとする寸前で乱暴に払われた。


「スパイク……奇遇ですね……ということでよろしいのでしょうか」


スパイクは払われたその手を慣れていますと言わんばかりに軽く振り、不敵な笑みを浮かべてアリスに詰め寄る。


「奇遇とは寂しい事を……私は探索家の本屋ブックマーク。お姫様の好奇心と御心を満たすために甲斐甲斐しく働く私との逢瀬を……」


「もういいですから……でも、という事はこの船の行き先に目的の本があると?」


スパイクは束ねた髪から漏れた髪をかきあげ、アリスの興味がこちらに向いた事にいやらしい笑みで応える。


「……」


アリスは自らの好奇心を手玉に取られた事に屈辱を感じ一瞬だけ目を細めた。


この場所が二人だけなら即その軽薄な髭を顔ごと剃り落としてやるのに……とその殺意にも似た感情が相手にも伝わったのかスパイクは溜息交じりに一言呟く。


「グリモワール」


黒猫は一瞬片目を開け、再び微睡へ落ちる振りをした。

だがいつもと異なり隠しきれなかった魔力の変動を従者は見逃さなかった。


「何の本です?それは」


昔々、神々の御技を目の当たりにした人間は、その渇望と欲望の虜になり研究を始めた。あらゆる奇跡や薬物、モンスターの生態などヒントになる物は全て調べ上げ、そして危険な研究に没頭していった。あまり危険で凄惨な実験の数々に壊れた研究者たちはついに禁断の召喚術を用い、御技を操る神と対話する事に成功した。その秘技に費やした対価と引き換えに研究者は神々の御技の全てが記された本を手に入れた。それが「魔導白書グリモワール」である。だがその本は手にいれた者に大いなる力を授け厄災を産むとされこの世のどこかに葬られた。


「そのグリモワールが最近発見されたとの情報があってね」


ブックマークと名乗った男は一言々を少女の反応を楽しみながら唱える。


「神々の御技の全てが記された魔導書……」


「我々の間では都市伝説並みの噂話で誰もまともに信じちゃいないけどね。だが存在すればそれは間違いなく世界を変える力を持つ事になる。神でも人でもなく……本がだ」


スパイクは楽しそうに存在するかどうかも分からない本に思いを馳せていた。おもちゃを喜ぶ子供の様でもあり、異教に狂う信徒のように。


一方でアリスは一通り話しを聞いた後うつむいたまま思考の海に潜っていた。それを黒猫はただ見つめる。何を考えて居るかは手に取る様に分かる。だがそれは無理だと言うことを黒猫は知っている。それを伝えても従者が悲しむだけだと言うことも含めて。知っている。



「では、その様な本が実在するとして。この船の向かう先、“エゴイスト”にそれはあるというのですか?」


「その通り。今までどこの誰にも探すことができなかった最古の秘書、最大の禁忌である魔術全書。それが今エゴイストに、いや、エゴイストの総帥である女王の手にある」


「これまで誰にも探すことが出来なかった物が今更なぜ?」


スパイクは目の前の美少女に顔を近づけ囁きかける。


「我々は存在している事にのみ興味があるのさ、どうやってそこにあるのかは問題ではない」


そういうと黒猫にウインクし軽く右手を振りながら背を向けた。


「グリモワールはエゴイストで開催される、“ある”催し物の景品らしい。俺はギャンブルには向いてなくてね。どこかにイカサマでもいいから勝ち残れる御仁はいないものかね」


スパイクはそう言いながら、タバコの匂いを残しその場を後にした。


軽薄な背中が遠くに行ったのを確認して、アリスは直ぐに主人へ問いかける。


だが黒猫の主人は一言。


「追うな」


とだけ告げるに留まった。

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