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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
第五章 闇ギルドと猫耳の姫君(プリンセス)
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第十八話「ブラックオパ-ルという男」

その後、いくつかのやり取りと情報共有をしたところで、二人と一匹は屋敷を後にした。


不安そうな表情でそれを見送る辺境伯夫妻だったが、だからと言って何が出来るわけでもなく、結果として彼女達に全てを委ねなければならない現状を忸怩たる思いで見ていた。


ただ、息子も含め、彼女達の無事を祈るのみであった。




『どうも解せんな』


暫く言葉を発しなかったタロが呟いた。肩口の声に応えるようにアリスも小さく呟く。


「どうしました?」


アリスの歩くリズムに合わせて尻尾をユラユラと揺らしながら、タロは先ほどまでの話での疑問を口にする。


『目的が見えん。この娘をどうにかしたいのなら、寧ろ一人で来るように仕向けるのが上策だろう?お前の戦闘力を見たヤツなら、絶対に外すはずだが…』


主人の言葉を受けて、アリスも「そうですね」と同意する。


ふと隣に目をやれば、イリスが歩を進めながら、真剣な表情で進む道の先を睨みつけていた。


「イリス、大丈夫ですか?」


アリスの言葉を聞いたイリスはハッとした様子を見せると、苦笑を浮かべてアリスの方へ顔を向けた。


「いや、エイボンに何かあったら許さないって思ってたら、ついね…」


「それは仕方ありません。気にしなくていいのですよ」


アリスはそう言ってイリスを気遣った。


二人のやり取りを何気なく見ながら、タロはこの数日の出来事を反芻する。


イリスの命の危機を救ったら、ならず者集団に襲われた。


その次は冒険者崩れの手練れ集団。確か、元Aランクとか言っていた。


そして、最後はおそらく【闇ギルド】の構成員達・・・アイツらは中々に手強い存在だった。


アリスだから難なく対処してはいたが、普通の人間では生半には対処出来まい。


おそらく依頼元はイリスが口にしていたどこぞの侯爵とやらだろう。


だが…と、タロは考え込む。


この誘拐事件も侯爵の指示だろうか?


侯爵としか分からないから断言は出来ないが、そんな指示を出すだろうか?


コイツらは今、危ない橋を渡ろうとしている。


もし同じ獣王国内の話なら尚更、秘密裏に事を運ぼうとしないだろうか?


辺境伯に事の次第がバレかねない今回の事は、タロにとって違和感しか無かった。


だが、情報が不足しすぎてこれ以上の考察は無意味だった。


結局のところ、実際に相対して見ない事には何も分からないと、タロは考えるのを放棄した。


指定された場所は辺境伯の館から少し離れた場所にある山の上だった。


イリスは弟の事をただひたすらに考え、アリスとタロは辺りの警戒を怠る事なく目的の場所を目指した。


日はとっぷりと暮れ頭上には星がきらめき始めていたが、その事に気を配るものは誰もいなかった。




ゴサロの元にブラックオパールから繋ぎがあったのは、あの日から5日後の事だった。


その時ゴサロは、辺境伯の領都にほど近い小都市の安宿に身を潜めていた。


特に何をするわけでもなく、ただ連絡を待つこの数日。


いっそ、もう連絡など来なければ…と淡い期待を抱いていたが、食事を終えて部屋に戻るとテーブルの上に見慣れぬ書置きが一枚置いてあった。


部屋には鍵も掛けていたが鍵が壊された様子もなく、どこから入り込んだのか皆目見当もつかなかったが、それはあった。


「…もう、何があっても驚かねぇや」


半ば呆れとも取れる言葉が口をついて出たが、ゴサロの素直な反応であった。


部屋に入ると書置きを手にして内容に目を通したゴサロは、怪訝な表情を浮かべて書置きをテーブルに置いた。


その書置きには日付と場所が書いてあり、時間通りにその場所へ来るようにとのみ記してあった。


そして、最後に「お前には重大な役目をやってもらう」と書いてあった。


「隊長…何やるのか先に教えといてくれよ…」


猛烈に嫌な予感しかしないゴサロだったが、書いてある事に逆らえるはずもなく、早々に宿を引き払いにかかった。




そこはあまり広くはないが平らに開けた台地だった。


一部には切り立った崖があり、下を覗くと暗闇のためにまるで底は見えなかったが、昼間に見れば遥か眼下に谷間を流れる急流が目に入った事だろう。


指定された場所についた二人と一匹は日が落ちる頃に火を入れたランタンを手に辺りを見回した。


「来たぞー!!どこにいるー!!」


イリスが暗闇に叫んだが、それに応える声は無かった。


「少し、早すぎたのかなぁ?」


イリスはアリスの方へ振り向くと不安そうに尋ねた。


「どちらにしろ、こちらは待つしか出来ないですね」


表情を変えないアリスの答えに若干肩を落としつつも、イリスはパンパンと顔を二回たたいて気合を入れなおして目前の暗闇を睨みつけた。


頬にはきれいな赤い紅葉が出来ていた。


しばらく待つと、やおら暗闇から声が飛んできた。


「ふーん、黒猫を連れた美少女メイド、ね」


その声とともに「ライトボール」という魔法を唱える声が響くと、ソフトボール大程の光球が現れ、中空へと飛び上がった。


ライトボールは初級の生活魔法とも呼べる魔法で、効果は辺りを照らすだけのものだった。


一つの光球で照らされるのはせいぜいが半径5m程度とあまり広くは無かったし、一番明るい光球の真下から外に向かっては次第に暗くなったので、今、光の届く縁辺りに立つ人物の姿は、ほぼアリス達には見えなかった。


暫し対峙した二組だったがすぐにイリスが痺れを切らした。


「弟をどこへやった?!」


イリスの顔は忿怒に燃えており、今にも飛びかからん勢いだったが、愛する弟の姿が見えない事に不安を感じているようだった。


「これはこれは、オッターバーン辺境伯閣下のご令嬢にこんな山奥までお越しいただき感謝の極み」


芝居掛かった物言いで敬意のまるでこもらない言葉を吐く男の声に、イリスは苛立ちを隠さず声を荒げた。


「俺たちは約束通り来ただろう!!早く弟を返せ!!」


未だ暗闇の中に姿を隠す男は「くっくっ」と笑いながら、


「お姫様、心配しなくてもちゃんとお返ししますよ。俺の目的は弟君では無いですからね」


と言って光の中に姿を現した。


そこに姿を現したのは、どちらかと言えば優男然とした男だった。


170cmを少し超える程度の身の丈と、然程筋肉質とは言えない中肉中背の中年男、というのが初めの印象だった。


だが、その顔には左上から右下にかけて大きく袈裟懸けに刀傷が走り、一気にその人相を凶悪なものへと変えていた。


そこには真っ当な生き方をしてきた人間には決して纏うことのできない危険な雰囲気があった。


そこに姿を現した男・・・ブラックオパールは目の前の奇妙な取り合わせの三人組(?)をしげしげと眺め、「なるほどねぇ」と何に納得しているのか分からない呟きを口にすると、


「おい!」


と後ろの暗がりに声をかけた。


そこから現れたのは、ぐったりとした少年を横抱きにしたゴサロだった。


「エイボン!!」


弟の姿を見たイリスは最悪の事が頭を過り思わず大声をあげたが、ブラックオパールはそれを宥めるように優しい声音でイリスに声をかけた。


「あぁ、お姫様。心配しなくても眠ってるだけですよ。返して差し上げろ」


ブラックオパールがそう言うと、ゴサロはイリスに近づき抱えた弟を引き渡した。


その際、びくびくとアリスの様子を伺い、アリスの視線が動くと慌ててブラックオパールの側へ退散した。


アリスがイリスの様子を伺うと、


「大丈夫、ちゃんと生きてる!息してるよ!」


そう言って「良かった、良かった」と言いながら涙を流していた。


アリスは改めて目の前に立つ男に視線を移すと疑問を口にした。


「それで、貴方の目的は何なのですか?何がしたのかさっぱり分からないのですが?」


アリスの言葉を聞いたブラックオパールは、フッと苦笑を浮かべると、


「生きてる事を実感したい、って事かなぁ〜」


と言い、答えとも取れない答えを返した。


アリスは首を左右に振ると、


「言ってる事の意味が分からないのですが?」


目の前に立つ男の掴み所のなさをどこかで見知っているような錯覚を覚え、アリスは警戒レベルを一段階引き上げる。


この男は、ここ数日アリスが相手をしてきた連中とは明らかに違っていた。


ただ、何がアリスの心に引っかかっているのかは分からなかった。


「そもそも、貴方、誰なんですか?」


アリスの問いかけに、自分が名乗っていなかったと気づいた男は、大仰に驚いて様子を見せ、目の前の少女に名乗った。


「これはこれは失礼。俺はブラックオパールと言う。よろしく頼むよ」


そう言ってニヤリと笑った。


ブラックオパール…その名を聞いた黒猫主従は自分が知っている複数の情報と、先日確認した情報を照らし合わせ、慎重に男に尋ねる。


「ブラックオパールと言えば、有名な奴隷商人だと思いましたが?…」


「おっ!俺の事知ってるのか?まぁ、比較的名前が知られてるからな」


そう言いながら面白そうに自分を見やる男から視線を外さず、アリスは次の問いを口にする。


「それで、貴方は【闇ギルド】の関係者、という事ですね?」


その問いを聞いた男は顔に浮かんだ笑顔を更に深くし、


「なんでそう思うのかな?」


とアリスに問いかけた。


「私の調べたところでは、関係者には色と宝石を組み合わせた呼び名が存在するようです。そして、貴方は今、ブラックオパールと名乗った。まさか、世間にその名が広く流布する正規の奴隷商人もその関係者とは思いませんでしたが」


アリスの答えを聞いたブラックオパールは、若干困ったような表情を浮かべて、こう答えた。


「なるほどね。じゃ、いくつか情報提供してやろう。あくまでも噂だ」


そう前置きして男は話し出した。


「まず、【闇ギルド】の関係者全員が色と宝石を組み合わせた呼び名を持っているわけではない、らしい。その呼び名を持つのは幹部連中、らしい。そいつが関係者かどうかを調べるなら、体を調べろ。幹部から末端に至るまで関係者であれば、体のどこかにそれを示す刺青がしてある、らしい」


そこまで話した男は、さあどうだと言わんばかりの表情でアリスを見た。


男の意図が読めず、若干困惑気味にアリスは質問続ける。


「では、貴方は【闇ギルド】の幹部、と言う事ですか?」


その答えを聞いたブラックオパールは、あからさまに落胆の表情を浮かべると、


「いや、そこじゃなくて。さっき言っただろう?関係者には体のどこかに必ず刺青がある、らしいと」


そう言って、面白そうにアリスを見た。


ようやく男の考えている事が分かったアリスは、一気に冷めた表情となり目の前の男を見据えた。


「・・・つまり、知りたければ貴方の体を調べろ、と?」


「正解!何事も楽に手に入るものに価値は無い」


そう言ったブラックオパールの表情には、次第に暗い影が差し始める。


「俺はな、これでも一端の商人なんだよ・・・扱う商品は奴隷だがな」


そう言いながらアリスの姿を上から下まで舐めるように見回して言葉を続けた。


「儲かるぜ?奴隷商人は。動く金額が違うからな。違法奴隷も扱えば、そりゃあ濡れ手に粟なんだよ。法律?そんなものは、金さえ払えばどうにでもなる。そんな奇麗ごとを言うのは教国のお偉いさん達の一部と聖王国のお偉いさんだけだよ」


暗に教国にも不心得者がいると暴露しながら、ブラックオパールの述懐は続く。


「この仕事は、金になる。女も酒も最高級のモノが手に入る。だが、それだけだ。こんなのは豚の仕事だ。俺達のような狼はこんな仕事じゃ生きられないんだよ。ゴサロ、お前はそう思わないか?」


突然話を振られたゴサロは、自分に向けられる男の昏い視線をを正面から受け止めたが、目の前の男が何を言ってるのかさっぱり理解できなかった。


金があればいいだろう。いい酒が手に入るなら文句もない。いい女が手に入るなら万々歳だ。


なのに、この人はそんなモノには価値が無いと言っている。俺は違う。俺はそういったモノにこそ価値を見出す男だ。


そう思って返答出来ずにいるゴサロを、哀れむような目で見ていたブラックオパールは、


「まぁ、お前は違うんだろうな」


と言って突然ゴサロに手を翳した。


あまりの素早さにアリスも直ぐには動けなかったが、見ればゴサロの頭部は何かモヤのようなものに覆われ声を発する事もなくその場に崩れ落ちた。


頭部を覆ったモヤは直ぐに無くなったが、ゴサロはピクリとも動かなかった。


「・・・なぜ仲間を殺したのですか?」


ブラックオパールの行動が理解できず、その真意を問うアリス。


「心配しなくても、殺してはないぜ。あんたが俺に勝てれば、こいつは景品だ。好きにしていいぜ」


底意地の悪そうな笑みをその面に浮かべながら、ブラックオパールはそう口にした。


「別に必要ありませんが?」


そこに横たわる男に価値を見出せず、困惑気味に答えを返すアリスに対して、


「厚意は素直に受け取っといた方がいいぞ?」


とだけ返したブラックオパールは、


「じゃ、始めようか」


と言いながらどこからともなく取り出したバスタードソードをその手に握りしめた。


その様子を見ていたアリスは最後の問いを男に投げた。


「つまり、私と戦うために、こんな手の込んだ事をやった、と言う事ですか?」


アリスの問いを聞いたブラックオパールは暫し考えるそぶりを見せると、教え諭すような口調でアリスに答えた。


「本当の計画は違ったんだがな。そこのお姫様は獣王国の皇太子妃になる予定らしいじゃないか。そんなお姫様が帝国の貴族か王族に奴隷として買われたら大問題だろう?火種が燻っている帝国と獣王国の戦争が始まるのは火を見るより明らかだ」


そこまで語った男は昏い笑いをその顔に浮かべると、


「俺は本当の命のやり取りをする場を生み出そうとしただけだが、それよりもあんたに興味が湧いた。だから計画を変えたのさ」


そう言ってアリスを面白そうに見やった。


「それがあなたの雇い主の計画なのですか?」


「あぁ、それは違うな。あのおっさんは自分の保身と地位の為にそこのお姫様が邪魔だっただけだよ。その事が原因で戦争になったと知ったら、泡吹いて死んだかもしれんな」


そう言ってクックッと笑う男の目はまったく違う表情を見せていた。


「話が長くなったが、取りあえず俺はあんたと戦う事に興味を引かれたって事だ。まぁ、ついでもありはするがな」


ブラックオパールはそう言いながら、


「もちろん、俺が勝ったらそこのお姫様はこのまま攫って行って帝国に奴隷として売りつける。予定通り、血で血を洗う戦いが幕を開ける、っていう寸法だ」


さも、面白いだろう?と言わんばかりの表情でアリスを挑発した。


アリスは軽くため息をつくと男の誘いに乗った。


先程男が呟いた”ついで”の内容を知りたいと思ったが、男は既に答える気はなさそうだった。


イリス達に例の如く防壁を展開すると、アリスは男との戦いに身を投じた。

次話「ふたりの戦い」 9月5日(木)21:00 投稿予定

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