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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
寄り道Ⅳ(スクリームテラー)
66/142

第怖話「グリニッジの影」

『何にもないじゃないか!』


 タロはアリスをそう問い詰めた。


 ここはグリニッジの町のメインと呼んでいい通りで、今二人は宿に向かっているところである。


 時間は既に午後三時を回った所だった。


「何もありませんねぇ~……」


 アリスも若干バツが悪そうにつぶやく。


『これだけ調べれば、どんなに隠しててもその痕跡ぐらいは見つかるはずなのに、何も出ないってどういうことだよ!?』


「……さあ?」


 自分が収集した情報が元になっているだけに、今回はアリスも反論の余地がなく、若干うなだれた。


 アリスのその姿を見たタロは少し言い過ぎたと感じたのか、


『……まぁ、誰でも失敗はあるし、今回は誤報に踊らされたって事で決着かな。すこしきつく言い過ぎたようだ。すまない、アリス』


 そう言って従者を労った。


 一方のアリスは、


「申し訳ありませんでした、タロ様。今後は情報収集の際は飲む量を少し控えるようにしますね」

と悪びれずに主に告げるとにっこり微笑んだ。


『それ、全然反省してない奴ね!?』


 タロは少し頭痛を感じたが、これもアリスの個性と諦め苦笑した。


 この町の調査は終了する事にしたが、今日の馬車の便は既に出ているので、明日町を離れる予定で今夜は何を食べようか算段しようとした時である。


 ふいにアリスの様子が戦闘モードに切り替わる。


『どうした、アリス!』


「タロ様!振り落とされないようにしっかり掴まっててくださいね!」


 そう言って短いスカートの裾がめくれ上がるのも構わず、アリスが突然疾走した。


 辺りにはあまり人は居なかったものの、そこにいた人々は目を大きく見開いてすごいスピードで走り去るゴスロリ少女を見ていた。


 アリスはいくつかの建物の角を曲がると、丁度ギルマンハウスの裏手に位置する少し開けたところにたどり着いた。


 そこで二人が目にしたものは、異様なモンスターの姿だった。


 巨大なその姿は丸い頭に鋭く光る両の目、そして人間の口に当たる部分にいくつもの長い触手のようなものが生えていた。そしてその触手には何やら円いものがいくつもついているようであった。


 アリスは初めて見るその姿に驚きを隠せず、一言も発する事が出来なかった。


 一方のタロはその姿を見た瞬間、


『これは……まさしくダゴン……まさか、こんな……』


 そう言って、こちらも言葉を失った。もう既に奴らが復活していたとは、そして何故自分はこの事に気づけなかったのか、いろいろな考えがタロの思考を混乱させていた。


 アリスは、タロがダゴンの言葉を口にした事で言葉を回復してタロに問いかけた。


「タロ様!これがダゴンなのですか!?」


 既に自分達が手遅れであった事を悔やみつつも、どうやってタロをここから逃がすかに思考をシフトさせていたアリスに、横合いから緊張感の無い声がかかった。


「おっ!嬢ちゃん、よくこれの名前知ってるな!他所ではデビルズフィッシュって呼ばれてて誰も見向きもしないらしいんだが、この“タコ”はこの辺りじゃ昔からよく喰われてる名物なんだぜ」


『へっ!?……タコ??』


「えっ?タコですか??」


 そう間抜けな声を発した主従は、声の聞こえた方へ顔を向ける。そこには髭面の五十台と思しき男性と、他にそれより若干若い男性が二人こちらを見ていた。


「そうだよ、“タコ”。 今、嬢ちゃんもそう言ったじゃねーか」


そう言われて、先程見ていたモンスターをよく見てみれば、それは精巧に書かれた巨大な絵であった。


『「これは……⁇」』


 そう言って現状を把握しきれない様子のアリスに、先程の髭面の男が近寄りながら


「このタコはさ、ちょっと見た目はグロテスクだが味は最高なんだぜ。ほら、作り立ての揚げ物食べてみな」


 そう言って手に持った皿に乗せてあるフライを食べるように促した。


 少し落ち着きを取り戻したアリスは、男に勧められるままそのフライを恐る恐る口に運ぶ。


 すると、


「あ、ありがとうございます……!美味しい!これ、美味しいです!!」


 そう言ってアリスは、皿に乗った残りのフライを凝視した。


「そうだろう?タコは旨いんだよ。これでエールでも食らえばもう言うこと無しなんだがな」


「ああ、分かります、それ。ホントにエールに合いそうですよね」


『……おっほん!』


 そのまま飲み会談議に入りそうな雰囲気を察して黒猫が耳元で大きく咳ばらいをすると、アリスは慌てて目の前の男に問いかけた。


「あっ!……あの、これは一体?」


「ああ、この絵?すごくリアルに描けてるでしょう?僕が書いたんですよ」


 そう答えたのは、後ろに控えていた別の男性だったが、少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 アリスの目の前でその様子を見ていた髭面の男が後の話を引き取った。


「この町も昔は魚がたくさん捕れてかなり栄えてたらしいんだが、今じゃすっかり寂れちまってな。そこで、俺達青年団で他所では食べられないこのタコ料理を名物にして、この町にもっと人が来てくれるようにPRをしようって事になったのさ。この絵はイベントの時に使う宣伝用に作ったものを今日お披露目してたところなんだよ」


 そう言われたアリスは、そこに集まっている面々を眺めてつい聞いてしまった。


「スミマセン、皆さんはこの町の青年団の方なんですか?」


「ああ、そうだが?何か問題でもあるかな?」


 若干目を細めながら聞く五十がらみの男の視線を避けながら、


「いえ、滅相もありません!なんの問題も無いです」

とだけ言葉を返した。


 そんなやり取りをしているアリスとその集団を横目で見つつ、タロは内心まだ焦りをぬぐえずにいた。

『アリス、教団の事を聞いてみろ』


 主の鳴き声でその内容を理解したアリスは、


「つかぬ事を聞きますが、“ダゴン教”もしくは“ダゴンの会”というのをご存じないですか?最近こちらの町に出来たと聞いたのですが?」


と、青年団の面々に聞いてみた。すると思いもかけない答えが返ってきた。


「それ、単なる聞き間違いじゃないのか?俺達は“タコの会”という名前で活動をしているんだが?」


「えっ!?“タコの会”ですか⁇」


 想定していなかった答えを聞き、若干呆気にとられる主従をよそに、先程からアリスに話していた髭面の男が、


「そうそう。タコの魅力を通じて町おこしをする有志集団“タコの会”。あ、ちなみに俺が会長のロレンスだ。よろしくなお嬢ちゃん」


 そう言って握手を求めた。


「えっ!あっ……よろしくお願いします」


 反射的に手を握り返して挨拶を交わしたアリスの肩口で、タロの茫然とした呟きが漏れた。


『……単なる聞き間違い……この数日の俺の焦りは一体……』


 その後、アリスはタコのフライを肴にロレンスたちに振る舞われたエールでいい気分になった事は言うまでもない。


 なお、タロはその近くで少し魂が抜けかかっていたが、誰も気に留めるものは居なかった。


 翌日、午前に町を出る馬車に前日飲み過ぎて若干グロッキー気味の従者とっその横で従者に説教する黒猫の姿が見受けられたが、二人のやり取りが何を現すのか分かる人間は居なかった。


 アリスとタロがグリニッジを離れて三日後。


 その日は新月であった為に辺りは闇に包まれていたが、夜半を過ぎたあたりから、ポツポツを周辺の家々から松明を持った人々がギルマンハウスの前に集まり始めた。皆すっぽりとフードで顔を覆い、さながら秘密結社の集会然とした雰囲気であった。


 集まった人々に中から数人が集団の前に出て頭にかぶったフードを外し顔を露にした。

そこには、アメリ、ミラ、ロレンスと他数名の姿があった。


「アリスはどうしました?」


 アメリが問いかけると、ミラがそれに答える。


「三日前に町を出たと報告を受けています」


「いいでしょう。今はまだ我々の事を知られるわけにはいきません。細心の注意を払うように皆にも伝えなさい」


 はい、と答えたミラだが、重ねてアメリに疑問をぶつけた。


「ですが、アメリ様。あの者に情報を与え過ぎだったのではないですか?何もこの町の成り立ちを教えなくても」


「あなたの気持ちも分かります。ですが、大事な事は核心の情報を与えない事です。どうでもいい情報は過多になるぐらいに与えておけば、むしろ本来必要とする情報からは遠ざかるものです」


 それを横で聞いていたロレンスも話に加わる。


「確かにそうかもしれませんな。誤った情報を持っていれば、尚の事、正解に近づくことは難しいのでしょう。あの主神様の姿を見てダゴン様と間違えているようですし……しかしあの娘、何故ダゴン様の名を知っていたのでしょう?」


 一方ではこちらの思惑通りに事が運んだと思えるが、一方ではこちらの思いもしない情報を相手が握っていた事もあり、想定を超えた何かがあるのではないかという不安を口にするロレンスに対し、アメリは静かに言った。


「分からない事をここで考えても始まりません。今後は今まで以上に慎重に事を進めなければならないという事でしょう」


「ですが、いつになったら私たちは本当の町の名前を取り戻せるのでしょう?グリニッジなどという仮の名前ではなく、私たちの町の本来の名前、【アーカム】を冠した町を早く取り戻したいのです」


 そう苦し気に言葉を絞り出したのはミラであったが、それに対してもアメリは優しく語り掛けた。


「ミラの気持ちも分かります。ですが、焦ってはいけません。【アーカム】の名は、あの方たちにとっても特別なものだそうです。だからこそ、私たちは偶然に選ばれたのではなく、主神様方に選ばれるべくして選ばれた民なのです。主神様方が復活するその日まで、いましばらくの辛抱ですよ」


 そう言ってミラを慰めたアメリだったが、そこに集まった皆にも聞こえるようにこう告げた。


「多少時間がかかっても問題はないのです。私たちには悠久の時間があるのですから。そうですね?フィリップ様」


 そう言って後ろを振り返るアメリをはじめとした面々の視線の先には、司祭の服を身にまとったフィリップの姿があった。


 その顔立ちはまるで魚のように目が離れており、司祭服の首元から見える首筋にはまるで鱗のようなものが見て取れた。


 フリップは何も言わずに後ろを振り向くと、そのままギルマンハウスの中へ入って行った。


 そこに集まった人々もまた、アメリ、ミラ、ロレンスを筆頭に、同じくギルマンハウスの中へと姿を消す。


 その後に続いて中に入る人々の中には、身に着けたフードの裾から見える手や首筋にフィリップ同様の鱗のようなものが見えるものも散見された。


 そこに集まった全ての人が建物の中に入るとその扉は固く閉ざされた。


 そして幾ばくかの時間が流れた後、どこからともなく低く響く詠唱の声が聞こえてきた。



 Ph‘nglui mglw’nafh Cthulhu R‘lyeh wgah’nagl fhtagn ・・・・・・・。



 この町がこの後どうなっていくのは、今はまだ誰も知らない。



〈了〉

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