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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
寄り道Ⅳ(スクリームテラー)
65/142

第恐話「彼方からの呼び声」

その日はやけに蒸し暑く、まだ夏本番には少し早い時期であったが、タロは宿のひんやりした床に体を密着させてわずかな涼を楽しんでいた。昼を少し回った時間帯で、もうそろそろ自身の従者が戻ってくる頃合いだった。


暫くすると階下から階段を上がってくる音が聞こえ、程なく銀髪の少女が姿を現す。


出先から戻った銀髪の少女…黒猫タロの従者であるアリスは、床に体を投げだす主の姿を見ると、軽くため息をついて


「タロ様、だらしないです」


と自らの主を窘めた。


『そんなことを言っても、暑いんだから仕方ないじゃないか』


自分でも威厳のかけらも無いとは思うが、猫では汗をかくことも出来ない事から、体の構造上、体温を下げる方法が限られるのは致し方ないとタロは自分を納得させていた。


アリスもそこまで目くじらを立てる事では無いとあきらめているのか、それ以上は責めるような事は言わず、


「起きてください。遅くなりましたがお昼ですよ」


そう言って手に持った食べ物でテーブルの上に昼食の用意を始めた。


床に寝そべっていた黒猫がようやくに身を起こしてテーブルに飛び乗ると、そこにはアリスとタロの昼食がそれぞれ用意されていた。


食事を始めたところで、アリスは今日の成果を主に報告していく。


「これといって面白い話はありませんでしたね。意外とこの国は安定してるんでしょうか?」


『だが、確か北側にあったアーレス王国…あぁ、今は帝国になってるんだったか?あそこが何やらキナ臭いという話だったが?』


目の前に置かれた皿からミルクを舐めつつ、タロはアリスに問いかける。


「そういう話もあるようですが、すぐに戦争っていう感じでもないようですよ。他に協力する国があるなら別ですが、今のところ単独で動こうとしてるようですし」


タロのそんな問いかけにも自分の食事を口に運びつつ、アリスは淡々と答えた。


『そうなのか。まぁ、北方の神聖帝国とは違ってなんちゃって帝国だからな、あそこは。じゃあ、あまり興味を引きそうな情報は無かったようだな』


現在タロ達は、十六国連邦の構成国の一つであるムーライ王国を訪れていた。


ティラーナ聖王国の東方に位置する十六国連邦の中で最も東方に位置し、アルタニス大陸の東南端にその領地を有するムーライ王国は農業と漁業をはじめとする一次産業を主産業とした国で、とても穏やかな気候も相まって長閑な国情であった


たまにはあまり行かない所へ行ってみようという話から、これまで訪れる事のなかったこの地を旅している一匹と一人である。


そんな国での情報集めは、大したものは拾えないかもしれないという当初の思惑通り芳しいものでは無かったが、タロ的には想定通りなのでしばらくはノンビリこの辺りを散策するか等と考えていた。


だが、そんな黒猫の様子を気に留める風も無い銀髪の少女の口からトンデモナイ情報が漏れた。


「そうですね。あとは、カリプソ王国の姫様が白痴状態って事ぐらいですか?」


『えっ!?何それ!?それってけっこう重要な情報なのでは??て言うか、そんな情報よく出回ってるな!?それ、普通は絶対に漏れてこない類いの話だろう?』


それはある王室の姫君に関する噂話ということだったが、通常であれば絶対に秘匿される種類の話であったからタロの驚きは正当なものと言えた。


「さぁ?確かに普通は漏れないはずですが、有名な話らしいですよ。少し前までは見目麗しくて聡明な姫君って事で有名だったらしいんですが、何があったのか今は白痴らしいです」


その情報を口にした当のアリスは特に興味を惹かれた風も無く、どうでもいい情報として認識していたようであった。


対するタロの反応は大きく異なり、


『その原因、何となく知りたいけど絶対に関わり合いにはなりたくはない!』


と一人懊悩するのであった。


アリスは自分の食事を終えると、そんな黒猫の主を横目に見ながらお茶の用意をしつつ、


「タロ様がそんなこと言うと、大体フラグが立ちますよね。もう諦めました」


小さくため息をつきながら独り言ちた。


『えぇ~!?そんなに俺、トラブル引き寄せてる!?』


従者の言葉に少なからずショックを受けるタロであったが、そんな主にアリスは慰めの言葉をかける。


「大丈夫です、タロ様。来ると分かっていれば対処できます。備えあれば憂いなしですよ!」


『全然嬉しくないんですけど!?』


全く慰めにならないアリスの言葉にしおしおしながら食事の残りを口運ぶ主へ、アリスが最後の情報を告げる。


「あとは……そう言えば、ここに隣接する港町で怪しい宗教が流行ってるとか言ってる人がいました」


『宗教って…何?新興宗教みたいな?』


どちらかと言えばそちらの情報の方があまり興味を惹かなかったタロは適当に受け流していたのだが、そんな事はお構いなしにアリスは話を続けた。


「それが詳細は分からないんですよ。すごく閉鎖的な町らしくて、断片的な情報しか出回らないのと、その町に行くにはここを通るしかルートが無い関係で、他の町にはほとんどその情報は流れていないそうです」


『だから、ここに来るまでそんな話を聞かなかったのか。で、その町は何というんだ?』


町の名前など特に興味は無かったが、話の流れ上聞かない訳にもいかずタロは話をアリスに振った。


「町の名前は“グリニッジ”って言うらしいです。何十年か前に町の名前が変わったらしいんですが、前の町の名前は誰も知らないって言うんですよ。おかしいと思いませんか?あ、あとその宗教か宗教団体の名前が、ダゴン教?とかダゴンの会?とか言ってましたね」


 アリスがその言葉を口にした時、タロは瞬間的に硬直しまるでゼンマイが切れた人形のようにノロノロとした動きでアリスを見るとこう問いかけた。


『……ごめん、アリス。もう一回、その宗教の名前、教えてもらえるかな?』


「はい。ダゴン教もしくはダゴンの会、らしいです。」


 その言葉を聞いたタロは暫く茫然自失の体であったが、ようやく動き出したと思えば中空を見つめて何やらブツブツと呟きだした。


 主人の豹変に若干引き気味のアリスだったが、主人が何を呟いているのかと思いその言葉を聞いてみれば『サンチが…サンチが…』とか『ショウキドが下がる』とか今一つ意味の分からない事を呟いていた。


「タロ様!!しっかりしてください!!」


 取りあえずタロを現実に引き戻すために発したアリスの声に、ハッと気づいたタロは辺りを見回すと、

『今、俺、何やってた?』


 と全く意識が飛んでいた様子で要領を得なかった。


「大丈夫ですか?今、なんだか変な風になってましたよ?」


 そう言いながら主人を心配そうに眺めるアリスの顔を見たタロは、


『はっ!そうだった!ヤバイぞ、アリス!』


 珍しく慌てた様子で叫んだ。


「落ち着いてください。どうしたんですか?」


 普段見せない主人のそんな姿を怪訝な表情で伺う従者を尻目に、タロはテーブルの上を行ったり来たりしながら、


『これが落ち着いていられるか!奴等が復活し始めているかもしれないのに!』


「奴等??」


 自分の焦りに全く反応しないアリスに若干苛立ちを感じ始めた時、タロはハタと気づいた。


『……そうか!アリスは知らないんだな……』


「何をですか?」


 そう言って小首をかしげる少女に、黒猫は一つの昔話を聞かせた。


 それはどれ程昔の話だっただろうか。


 其奴らが何処からやって来たのか、誰も知らない。


 其奴らがどれ程の数いるのか、誰も知らない。


 そして、其奴らがどのような姿をしているのか、正確には誰も説明できない。


 醜悪という言葉では言い表せない、自分達とは決して相容れない悪意がそこにはあった。


 それは究極の堕落であり、其奴らはこの世界を自分達の世界に作り変えるべく戦いを挑んで来たのだという。


 どれ程の長い間戦っていたのか、今となっては思い出せないとタロは言った。


 なんとか勝ちを収めたものの、其奴らを倒し切ることは出来ず、辛うじて様々な場所に封印したのみであったという。だが、いずれ其奴らは復活を果たし、再び戦いを挑んでくるのは明白だともタロは言った。


 ただ、それがいつになるのかは誰にも分からない、明日かも知れないし、一千年経っても始まらないかも知れない、そう話を締めてタロはアリスを見やった。


「……大変だったんですね」


 実感は湧かないが、タロ達が大変な思いをしたという事は理解できるアリスは、若干引きつった笑みを浮かべながら主人に労いの言葉をかけた。


『大変なんてもんじゃない。彼奴らの力がどんなものか未だに分からんが、あの当時に一緒に戦った連中は格下の方からどんどん正気を失っていくし、俺たちでも一度に長時間相対する事は危険だったからな』


「あぁ、だから正気度」


 先程タロが呟いていた言葉の意味を少し理解したアリスに、『そういう事だな』と返しながら、


『そんな奴等の一人がダゴン。確かダゴンには水棲の眷属がいたように思うし、港町なら辻褄が合う』


 そう結論づけたタロは、


『取りあえず、急いでその町へ行こう!』


 とアリスに告げた。


「どうするんですか?」


 主人の真意が見えないアリスがそう聞くと、


『まだ、復活を遂げていないのなら今の俺達の力でも何とかなるかもしれない。何としても復活を阻止する。あんなのに復活されたら、おちおち旅もしてられんからな』


 タロは目に強い意志を込めて銀髪の少女に告げた。


「復活してたらどうするんですか?」


 アリスはそんなタロに想定以上に事が進んでいた場合の対処を問うたが、


『一目散に逃げる。とても今の俺達では太刀打ち出来ない』


 そう答えを返した主人を驚きの眼差し見つめた。


 神であった頃のアスタロトはとても大きな力を持っていたし、そもそも神をしてそう言わしめる力の存在が信じられないでいた。


するとそんなアリスの内心を感じ取ったのか


『奴らも神の一種らしいよ。俺達とは違う系統の神らしいんだがな。どこから現れたのか分からないし、一説には次元の狭間から現れたという話もある。意思の疎通も出来ないし、そもそも奴らに言葉があるのかすら疑問だ。まだまだ謎に包まれた連中なんだよ』


 と言ってタロは苦笑した。


 ともあれ、事の真偽を早急に確かめて対処する必要があるため、件の港町に向かう事にした一匹と一人は早々に宿を引き払うと、グリニッジ行きの乗合馬車が出ている乗り場へと急いだ。


 聞けば30Km程離れたその町に向かう馬車は日に一本しか便が無く、午後の早い時間に出るという馬車に飛び乗るべく二人は急いだ。なお、グリニッジに行く方法を聞いた宿の主人には何故か奇異の目で見られた。


 何とか目的の馬車に乗る事が出来た主従だったが、その馬車に乗ったとたん、普通では感じない違和感を感じた。


 まず、車内が異様に魚臭い事。特に魚を積み荷としているようには見えず、耐えられないほどでは無かったが、通常では考えられない異臭だった。タロもその長い尻尾で鼻先を抑えていた。


 また、通常よりもかなり大きめの馬車は二頭立てで、荷台には十五名程度が座る事が出来るスペースがあったが、その馬車に乗ったのは二人の他は一人の年配の夫人だけだった。更に、御者に料金を訪ねても一向に返事が無く、また自分の方を振り向きもしないのでどうしたものかとアリスが考えあぐねていると、中の乗っていたその夫人が


「料金は一人銅貨5枚です。そこの箱の中に入れるといいですよ」


 と教えてくれた。見れば、乗り口に四角い木で出来た箱があり、ふたの中程に丸く穴が開いていた。


 アリスはその中に銅貨を5枚入れるとようやく席に収まり、タロはアリスの肩口から降りて車内をうろつき回った。


「先ほどはありがとうございました」


 アリスが料金を教えてくれた夫人に礼を述べると、


「いえいえ。こちらこそゴメンなさいね。御者のフィリップは唖なので、お嬢さんの事も気づかなかったのでしょうね」


 と逆に恐縮された。


「そうなんですか?御者の方とはお知り合いなんですか?」


「みんな町の人間だから顔見知りなんですよ。フィリップの事も、あんな状態では他の仕事もさせられないから、日に一本の乗合馬車の御者を仕事として与えているんです」


 夫人とそう言葉を交わしていると不意にチンチンと鈴が鳴り、ゆっくりと馬車が動き出した。

先程の夫人から何か情報が得られないかと考えたアリスは、


「私は旅をしながら占い師をしているアリスと言います」

と夫人に自己紹介した。


「あら、ご丁寧にありがとう。私はアメリ。どこにでもいる普通のおばさんよ」


 その夫人…アメリはそう言ってにっこりとほほ笑むと話を続けた。


「占い師さんなら、私も何か占ってもらおうかしら?」


「はい、いいですよ。先ほどのお礼に占わせていただきます」


 そう言っていくつかのやり取りをしたところで、アリスがアメリに問いかけた。


「アメリさんはずっとグリニッジにお住いなんですか?」


「生まれてからずっとそうよ。夫とは幼馴染なの。だから町の外に出るのは、たまに買い物で行くさっきのキルヒャーの町ぐらいなものね」


 そう言って苦笑するアメリ。


「アリスさんはどうしてグリニッジへ?何もない港町よ?」


「いろんな国を旅しているんですが、こちらの方には来ることが無かったので、行った事がない所に行ってみようと思いまして…」


 アリスのそんな曖昧な回答も、アメリはそんなものなのねと特に疑問に思うことも無く受け入れたようだった。


「それにしても、大きな馬車ですね。普段は多くの人が利用されるんですか?」


 馬車の大きさに比して今回の利用者の少なさは目に付いたが、いつもは多くの乗客で賑わうのかと思いアリスが尋ねると、


「いえ、普段もこんなもの。一人も利用者が無い日もあるわ」


 とアメリは寂しげな表情で答えた。その答えにアリスが目を丸くすると、アメリは苦笑を浮かべて、


「昔は私たちの町も大層賑わったらしいわ。元々漁師町なんだけど多くの魚が取れてね、近隣の町にも卸したりしてたし、その頃は船で隣町に行くことも出来たから、取れた魚をそのまま売りに行ったりと周りとの交流も普通に出来ていたらしいの」


 馬車の大きさはその頃の名残で、その当時に使っていた馬車をそのまま使っているからだと説明した。


 アメリの話のよれば、その状況が一変したのは数十年前、まだアメリが生まれる前だという話だが、急に全く魚が捕れなくなってしまったのだという。不漁の期間は数年間に及び、たとえ漁に出ても以前のようには魚が捕れず、次第に生活が覚束なくなったものが次々に町を去って行ってしまったのだそうだ。


 町の人口は激減し、ゴーストタウンになるのも時間の問題かと思われた時に、またしても転機が訪れた。


 ギルマンという人物が、漁に出た際、急な時化にあったものか、夜になっても戻らなかったことがあったという。


 翌日、知り合いの漁師たちが周辺を探したが、どこにもギルマンの船は見当たらず、もうギルマンも亡くなったものと思われていたのだとか。ところが、それから四~五日経った日の朝、浜辺にギルマンが打ち上げられたのだ。しかも、まだ生きている状態で戻った事に周辺の人々は奇跡だと喜んだのだとか。そして、その日を境に町は再び大量の魚を捕ることが出来るようになった。


 ただ、いくつか問題はあった。一つは、それまでは取れた魚は船でそのまま近隣の町まで卸に行っていたのだが、グリニッジから少し離れると海が暴風雨となり、他の町へ船で行くことは出来なくなったというのだ。その現象はグリニッジの目の前にある海を囲うように広がっており、一日として止むことは無く、試しにその暴風雨の中に飛び込んだ漁師は、その後戻って来る事は無かったという。実質、船で他の町へ行くことは叶わないという事だった。大量に捕れた魚も町中だけでは消費も追い付かず、傷んだ魚が悪臭を放つ事で町の中全体が魚臭くなる状態もあるのだと言う。


「この馬車も臭かったでしょう?」


 そう問いかけるアメリに苦笑を返すアリスだった。


 もう一つは、捕れる魚の中に、それまでに見たことも無い不気味な生き物が含まれるようになったからだと言う。物語の中に出てくるクラーケンのような醜悪な姿をしており、大量にそればかりがかかる日もある事で漁師を悩ませたと言うが、ともあれ、それまでの不漁が嘘のように漁が出来るようになった事を町の人間は喜び、新しい町の門出にその名を改めるという事になったのも自然の流れだったという。その際、そのきっかけになったギルマンの名を町の名前にしようとしたらしいのだが、当のギルマンが固辞したため今のグリニッジという名なったのだという。御者をしているフィリップは、そのギルマンの直系のひ孫にあたるとアメリに教えられた。 


「あの、前の町の名前ってご存知ですか?」


 アメリの話が落ち着いたところで、アリスは事前の疑問を口にした。


「さあ?私は知らないわ。私が生まれるうんと前の話だから」


 およそ五十歳代と思しき夫人が生まれるうんと前と言われ、それほどの時間が立てば人々の記憶も薄れるモノかと思い、その答えに納得した。


 馬車は、細い街道を順調に進み、そろそろ山道に差し掛かろうという所だった。街道には他に歩く人もおらず、この乗合馬車以外に走るものは無かった。これから向かう山道も、山道というほどの難所ではなく、少し峠を越える程度のものであり、馬車に揺られるアリスは外の景色を少し眺めた。


 街道の脇に広がる森には木々があふれ、それ以外を目にする事が出来なかったアリスは、改めてアメリに視線を向けた。


 思いもかけず町の歴史を知る事が出来たアリスだったが、もう一つだけアメリに聞きたいことがあったのだ。


「あの、ちょっと聞きにくいんですけど……」


「あら、何かしら?私で答えられるなら聞いていいのよ?」


「実は、宿を出る際にグリニッジに行くと言ったら、宿のご主人に変な目で見られたんですけど……」


 アリスは疑問の言葉が尻すぼみになるのを感じたが、それを聞いたアメリは納得したような表情を浮かべて、


「あぁ、それは仕方ないわね。あそこの町に限らず、この周辺の町の人間はグリニッジに来たがらないもの」


 そう言って悲し気な表情を浮かべたアメリの様子を見たアリスは、聞いてはいけない事を聞いたかと恐縮し、


「スミマセン、変な事を聞きましたね」

と言って謝罪した。


 そんなアリスにアメリは首を横に振ると、


「大丈夫ですよ、アリスさん。これはこの辺りに住む人間ならだれでも知っている事なのよ」

そうアリスへ返答を返した。


 アメリの語ったところによると、新しくグリニッジという名前で再出発した町は以前ほどの繁栄は無いものの、人々が生活をしていくには十分な糧を得る事が出来るようになったが、別の問題が現れ始めたというのだ。


 それは、奇形や障害を持った子供が生まれるようになった事だと言う。その症状は様々で、体の一部に変形があるものから、症状の重いものは脳に障害があるのか、大きくなっても言葉を話すことが出来ず寝たきりで過ごすものもいるのだとか。御者をしているフィリップもその一人で、生まれた時から耳が聞こえず話すことが出来ないのだという事だった。


 他の町でもそのようなものが生まれる事はまれにあったが、グリニッジの者に限れば、十人に一人はそのような者が生まれるという事だった。その事が広まると、近隣の町の人間はグリニッジの者との結婚を嫌がるようになったという。原因が分からない事への人間の原初的な反応は恐れであり、グリニッジの人間は何かに呪われているとの噂が広まり、現在のような状況になっているのだと言う。


「原因は本当に分からないのだけど、確かに他所に比べると多いのは分かるわ。幸いうちの子たちは健康に生まれてくれたけれど、そう言った子たちを夫婦だけで育てるのは色々苦労もあるから、町のみんなで協力して育てているのよ」


 そう言ってアメリは話を締めた。


 話を聞いたアリスは、アメリの傍でその女性を見上げる黒猫に視線を送り、二人は軽く頷きあった。

アメリからは思いもしない話を聞いたが、重要な要素が含まれているとタロは強く感じた。

それからは取り留めのない話を続けたアリスとアメリだったが、峠を越えて暫く走った馬車はようやくに目的の港町グリニッジへ到着した。


 町の入り口に近い所に設えられた馬車の乗降所に着くと、アリスとタロ、そしてアメリの順番で馬車を降りた。


「いろいろお話くださってありがとうございます。」

そうアリスが礼を述べると、


「いえ、こちらこそ楽しかったわ。その猫ちゃんも色々災難に巻き込まれて大変ね」

そう言って笑った。黒猫は鋭い視線を銀髪の少女に向けていたが、当のアリスは顔を背けるようにして黒猫の視線から逃れようとしていた。


「もう今夜はここに泊まるしかないのだけど、さっきの話でも分かる通り、宿屋らしい宿屋はこの町には無いの。だから、この町の中央にある集会所に相談してみるといいわ。ギルマンハウスっていう名前だからすぐに分かると思うわよ。この道をまっすぐに進めばすぐだから」


 アメリはそれだけアリスに教えると、それじゃと言って教えた道とは反対の方向に歩いて行った。


 タロはアメリの後ろ姿を見送りつつ自身の従者を問い詰める。


『それで、俺は一体どんな大変な目に遭ったんだ?アリス』


「嫌ですねぇ、タロ様。女子の話を盗み聞きですか?」


『お前が俺をネタにするからだろ!?』


 一度、ちゃんと主人と従者という立場を叩きこまねばならんかと考えながらタロはアリスを窘めるが、


「大丈夫です。実際にあった話しかしてませんから。」


『美少年が好きすぎて、付いていった先で死にそうになったってどんな猫だよ!?』


「男の子に付いて行って死にかけたのは事実ですよね?」


『美少年が好きなわけじゃないからな!!』


「事実ですよね?」


『多分に脚色が入ってる!』


「事実ですよね?」


『……確かに事象だけ見ればそう言う事も……あった……かな?』


「ほら、実際にあった話しかしてないから大丈夫です」


 従者からの思いもかけない反撃に見事に撃沈する主であった。


 そんなやり取りをしつつアメリに教えてもらった道をまっすぐ進むと、程なく町の広場と思しき場所に出た二人は、目の前にデカデカと【ギルマンハウス】と書かれた看板を発見した。


『確かにすぐに目に入るな』


「……て言うか、大きすぎますね」


 確かにアリスの言う通り、その建物は石づくり二階建ての瀟洒な作りだったが、その上に1階層分ほどの大きさでデカデカと看板が立っていた。


「地域の人しか使わないんだったら、あれ、必要ないんじゃないですか?」


『俺に聞くな。誰しも、その場所に住む人間にしか分からないルールもあるんだから、外部の者が口を挟むことでは無いよ』


 アリスの疑問にはそう答えたものの、タロ自身も必要ないだろと心の中で呟いた。


 それはさて置き、その建物の中に入ったアリスは、少しうす暗い内部を見渡しながら声をかけた。


「スミマセン、どなたかいらっしゃいませんか?」


 そのまま暫く待ってみたが特に動きが無いため、再びアリスは声を張り上げた。


「スミマセン、どなたか……」


「聞こえてるよ!うるさいな!誰だい!?」


 そう言いながら奥から出てきたのは痩せぎすの背の高い中年の女性だった。


「おや、見ない顔だけど、どちらさま?」


 その女性は見知らぬ人間が立っていた事で少し言葉使いを改めてアリスに問いかけた。


「私は旅の占い師をしているアリスと言います。アメリさんに教えられてここに伺ったんですが、今夜泊るところが無くって……」


 そうアリスが告げると納得がいったのか、その女性は少し表情を和らげて、


「ああ、アメリさんに聞いたのかい。確かにこの町には宿屋なんて気の利いたものはもう無いからね」


 そう言いながら入り口横の部屋に入るとのカーテンを開けて外の明かりを取り込んだ。


 うす暗い雰囲気だった入り口は外光で明るくなり、部屋から出てきたその女性はアリスに簡単な説明をした。


「ここは町の集会所なんだけど、たまに来る旅人に宿として部屋を提供してるのさ。食事は無いから寝るだけなんだけど、それでいいかい?食事については、通りに行けば、食堂が何軒かあるからそっちで頼むよ」


「ありがとうございます。それで大丈夫です。それで、費用はおいくらですか?」

そう聞かれた女性は費用は一泊大銅貨一枚だと告げ、自分はミラだと名乗った。


「その猫ちゃんも連れかい?本当は動物は断ってるんだけど、そうもいかないんだろ?大目に見とくから粗相だけはさせないでくれよ」


 そう言って、ミラは部屋のカギをアリスに手渡した。


「部屋は一階の一番奥の右側だからね。まだ暫くいるけど、夜は私も自分の家に帰って居ないから勝手にやっといておくれ」


 それだけ告げるとミラは、自分の用事があるのかまた奥の方へと引っ込んでいった。


「何だか自由気ままというか……いいんでしょうか?」


『いいんじゃないか?あちらがそう言ってることだし』


「タロ様……お粗相しないでくださいね?」


『俺は子供かよ!?』


 そんなやり取りをしながら当てがわれた部屋を確認した主従は、早々に部屋を飛び出して町の中を調査する事にした。


 時刻は既に夕刻が近づきつつあったが、他の町で見られるような夕方の喧騒はここでは聞かれず、人通りも疎らな寂れた町の雰囲気を二人に強く印象付けた。


『この町で奴らの復活が……』


 そう呟いたタロは、知らずその表情が強張るのが分かった。


 その様子を見ていたアリスは、


「タロ様。見ている限りは特に他の町を変わったところは見えません。きっとまだ手遅れになった訳ではありませんよ。」


 と主人に告げて笑いかけた。


『ありがとう、アリス。そうだな。まずはこの町の様子を調べないとな』


 そう言って、タロも気持ちを切り替えた。その日は早々に食事を済ませると宿に戻って体を休めた。


 次の日からは、早朝からあちこち歩きまわってタロとアリスの二人はこの町を徹底的に調べた。時にはタロはその体を活かして、家の屋根裏や床下から侵入し、町の人々の様々な話も聞いて情報を集めた。


 ……そして3日が経った。

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