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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
第四章 神々の邂逅と偽りの錬金術師(アルケミスト)
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第十二話「等身大の奇跡」


《ドクンッ!》


 先ほどと違い、二度目の鼓動音が周囲に響いた時、突然ハンスの口から苦悶の叫びが上がった。


「グワァー!!」


 その様子を遠巻きに見ていたタロがアリスに叫ぶ。


『アリス!距離を取れ!石の許容量を魔法が超えた!そこでは巻き込まれるぞ!距離を取れ!』


 主人の言葉を聞いたアリスは、しかしハンスの方を見て、


「タロ様!でもハンスさんが……」


 そう叫んだが、


『もう無理だ!間に合わん!急げ!!』


 という主の言葉に従い、その場から離れた。


 その場に残されたハンスは薄れゆく意識の中で、再びエルミーナの姿を見ていた。


「なんだ、エルミーナ。そんな所にいたのか?これからはずっと一緒だ。もう二度と離さないよ」


 そう囁くハンスをエルミーナが笑顔で見つめる。二人はようやく安息の時を得たようだった。


 ハンスの意識が無くなると、ハンスを包む光がその範囲を広げ、ベッドに横たわるものも含めて眩い光りに包まれた。


しばらく続いたその光が次第に収束して消えた瞬間、


《コォーン》


という音を残して、ハンスが手にしていた【賢者の石】が床に落ちた。


 あたりにはハンスの姿は見えず、またベッドの上にいたナニカも無くなっていた。


 残された石に近づいたタロとアリスは、淡い紫の光を発して怪しく光る石を眺めて、言葉を交わす。


「タロ様、今のは何なのですか?」


『簡単に言うと、あの男とついでにベッドにいたものは石に食われたって事だ』


「……いわゆる、糧になったということですか?」


『まぁ、そうなんだが……』


 そう言ってタロはこの石のあらましをアリスに説明した。


 この石が【賢者の石】と呼ばれているが本物の【賢者の石】では無く、その生成過程で誤って生まれた擬似生命体であること。その能力は本物の【賢者の石】に劣るとは言え同じような事が出来ること、ただし生きとし生けるものの生命力を糧にしてしかその能力を発揮することが出来ないこと。そして生命体である以上、その生命維持に危険が及ぶ使用に直面すると、近隣にいる生命体を強制的に吸収し、その生命を維持しようとする事などをアリスに話した。


「こんな物、何のために作ったんですか?」


 話を聞くだにコレの必要性を感じないアリスは素朴な疑問としてタロに尋ねた。


『まぁ、コレは副次的に生まれたものだから、本物の【賢者の石】がなぜ生まれたかで答えよう』


 そう言ってタロは、アリスの問に答えた。


 そもそも神であるタロたちにはそんなものは必要なかったのだが、人間に授ける恩恵の一つとして【錬金術】と呼ばれる技術を与えることにしていた。これは卑金属から貴金属を生み出すことが出来る技術で、研究が進めば魔法とは違う技術体系を人間が編み出せるかもしれないと考えられていた。その際の究極アイテムとして創りだされたのが【賢者の石】であり、使うことに魔力が必要ではあったが、ソレを使うことによってどのような物質も思い通りに変質させる力を持つアーティファクトとしていずれ地上に落とされる予定だった。


 だが、ここで思わぬ事態が発覚した。それは【錬金術】の研究は新しい生命を誕生させてしまう可能性を持つ、というものだった。新しい生命の創造は神の領域に類する事であり、それを人間が行えるように成る事は論外だった。その為に、【錬金術】を人間に与えることは現在凍結されていたはずであった。


「人間にそんな事が可能なんですか?」


 あまりの内容に思わず疑問を呈する従者に、苦笑を浮かべながらタロは疑問を引き取った。


『アリスがそう思うのも無理はない。生命を産み出すという事は、実際そう簡単ではないんだよ。おそらく、さっきのあれもその技術を応用してそのフラメルって奴が作ったんだろう。ただ、入れ物は出来ても、魂の創造が完全でなければ、ああなるって事だろうな』


 そう言う主人の言葉を聞いて


「先ほど、ご主人様はその名前を聞いて誰がこのシナリオを書いたか分かったとおっしゃいましたが……?」


とアリスはタロに返したが、そう問われたタロは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、


『あぁ、思い当たったよ。誰なのかがな。お前も知ってるやつだぞ?』


 そう言われたアリスは、えっ、っという表情を浮かべ更に主人に問を重ねようとしたが、


『まぁ、とりあえずここの後片付けをしてからそいつには会いに行くことにしよう』


 と言われ、意識を足元に転がる”石”に向けた。


「後片付けって……どうするんですか?いつぞやみたいに封印します?」


 そう聞く従者に黒猫は首を横に振ると、


『うまく行くかは分からんが、試したいことがある。俺もこいつに関してはあんまり触れる機会が無かったからやってみなければ分からんからな』


 そう言って従者の耳元で何事かを告げた。


 タロの言葉を聞いたアリスは、一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに表情を改めて、足元に転がる”石”に魔力を流し始めた。


 口元では今タロに授けられた呪文を小さく何度も繰り返し唱える。


 すると、アリスの手から光の輪が生まれ、その石を囲むように次第に収束していく。


 怪しい紫色の光を仄かに放っていたその石を光が包んでいき、次第に光は石に吸い込まれるように消えていった。


 光が終息した次の瞬間、石から弾けるように新たな光が溢れ、一つの大きな光の塊と一つの小さな光の塊が石から飛び出した。光の塊が飛び出した後の“石”は、もう何の力の脈動も感じさせないようにすべての光を失って、ただの石になり果てていた。


 二つ光の塊はアリスとタロの前に飛来すると、次第に人の姿をかたどっていった。

そこには、半透明で淡く光を纏ったハンスとその横に立つ美しい女性の姿があった。


「その方がハンスさんの思い人なんですか?きれいな方ですね」


 そうアリスがハンスに告げると、頭を掻きながら照れた表情を浮かべるハンスと、それを見て笑うエルミーナの姿がアリスの目に映った。


「また会う事が出来て、本当に良かったですね」


 そう言ってほほ笑む銀髪の少女を見て、ハンスとエルミーナはお互いに目を合わせて笑顔を交わした後、アリスに向き直って頭を下げた。


と、アリスの横からのっそりと姿を現したタロは、おもむろに二人に話しかけた。


『その姿なれば、俺の声も聞こえるな?』


 いきなり黒猫が人の言葉をしゃべった事に驚愕の表情を浮かべるハンスとエルミーナだったが、


「この方は私のご主人様で、今はこんな姿をしていますが以前はとても偉大な方だったのですよ」

というアリスの言葉を聞いて納得したのか、神妙な顔でタロに頭を下げた。


『今回の件は、お前たちには不幸な出来事だった。失ったものは返ってはこんが、失ったものを嘆くよりこれから訪れる明日を信じることが大事な事だ。お前たち二人が、どれほど相手の事を想っているか、その思いの丈が強ければ強いほど、次にお前たちが迎える生に反映されるだろう。まぁ、俺が知ってる運命の女神は優しい奴だった。きっと、お前たちの望みも聞いてくれるさ』


 いきなり黒猫に人生論のような事を聞かされるとは思わなかった二人だったが、その言葉に込められた思いは伝わったらしく、またお互いの顔を笑顔で見つめ合った後に、アリスとタロに深々と頭を下げると、再びその姿を光に変えて天へと昇って行った。


 その光の軌跡を見送りつつ


「あの二人、再会できて良かったですね……まぁ、魂としてではありますが……。でも、あの相手の女性の魂魄が少しでも残っていて良かったです」


 そう感慨深げに話す従者の言葉を聞きつつ、タロもまたある種の感慨を感じていた。


『確かにそうなんだが、ある意味、これは奇跡と言っていいかもしれんな』


 黒猫の“奇跡”という発言に、アリスは驚き尋ねた。


「タロ様、それはどういうことですか?」


『考えてもみろ。あの石、最後は魔力が枯渇しかけてあのハンスを取り込んだんだぞ。普通に考えれば、その前に取り込んだ連中は全て魔力として消化されたことになるな。つまり、エルミーナとか言ったか。あのハンスの相手の魂魄は残っているはずが無いんだよ』


 そう言われて、初めてアリスはその事が尋常ではない事だと理解できた。


「えっ!?じゃ、あの魂は??」


 そう従者に問われたものの、タロも明確な答えを出すことは出来ず、


『いや、たぶん、そのエルミーナの魂なんだろう』

と曖昧に答えるのが精いっぱいだった。


「……よく分かりません」


 そう言うアリスの言葉に苦笑をうかべて、


『あぁ、俺にも分からん。だが、あの娘の魂は残っていた。そして二人は再会を果たした。だからこそ、奇跡だと思うんだよ』


 と、自身にも何かを言い聞かせるようにタロはその光の軌跡を追いながら呟いた。


「……思いの丈が奇跡を起こす、ですか?」


『あぁ、そうらしい』


 そう漏らす主人の言葉を聞いたアリスは、小さく、本当に小さく呟く。


「……なら、私の願いが叶う事もあるかもしれませんね」


 そう言って頬をほんのり赤らめながら笑顔で空を見上げた。


『んっ?アリス、何か言ったか?』


 そんなアリスが何か言ったような気がしたタロは何気に聞いたのだが、


「いえ、何も言っていませんよ!ホントですよ!」


 と少し焦り気味に否定するアリスをジト目で見て、


『……そう念押しされると気になるんだが?』

と続けた。


 それに対してアリスは、これ以上追及されては今はまだ知られたくない自分の願望を暴露されると思い、伝家の宝刀を抜き放った。


「女の子には人に言えない事もあるんです!それを暴こうとするなんて、タロ様のスケベ!」


『スケ!?……おまえ、言うに事欠いてそれは……はぁ、もういいよ。こちらもデリカシーに欠けてたし……』


 ただでさえ今日はアリスのご機嫌を損ねているので、これ以上追及して面倒事になるのはゴメン被りたかったタロは、適当に返事を返した後に咳ばらいをし、


『とりあえず、あいつに会いに行こうか?』


と銀髪の少女に告げた。


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