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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
第四章 神々の邂逅と偽りの錬金術師(アルケミスト)
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第十一話「その成れの果て」

 そこは岩肌をくり抜いただけの洞窟のような所だった。


 外気を避ける為の簡素な布の仕切りを抜けると、そこには古いテーブルと奥にベッドが一つあるだけで、本当にここで人が生活しているのかと考えるような場所……それが、ハンスがやってきた場所だった。


「……エルミーナ」


 ハンスはベッドに近づくと、ベッドに横たわるものに呼び掛けた。


 そうしてしばらくベッドに中を眺めるハンスだったが、ふいに背後に人の近づく気配を感じた。


「それが、エルミーナさんなんですか?」


 ハンスの背後から声をかけたアリスの声に、ハンスは特に動揺することも無く答えた。


「……あぁ、そう言う事になってるな」


 アリスに追跡される事は想定内だったらしく、その後のアリスの問いにも淡々と答える。


「……ハンスさん、あなたさっきエルミーナさんはその石に吸い込まれたのを見たと言ってましたね。それはどういう事ですか?」


 アリスに再び問われ、ハンスはこれまでの経緯を銀髪の少女に話した。


エルミーナと結婚を決めた直後に男爵の手にかかってしまった事、金髪の男に復讐を手伝うと言われ他の仲間たちと引き合わされたこと、そしてその男に協力すればエルミーナを自分の手元に取り戻すことが出来ると言われた事など、既に何かを隠し立てするような気持ちはハンスには無かったため、ありのままをアリスに話した。


「そうですか……それで、その男に協力するというのは?」


「先日、町の広場で騒ぎがあったのを知っているか?あの騒ぎを起こすことが奴の頼みだった」


 その話を聞いて、アリスはその騒動を自分も目撃したことを告げた。


 そしてその内容が教会批判になることも告げると、


「あれも頼まれたとおりだ。言葉もその男が言ったとおりなぞったに過ぎないんだよ。俺達に教会や教会の教えを批判する気はないし、そんな事は天地がひっくり返ろうが普通ならしない。普通ならな」


 そう言ってハンスは乾いた笑いを浮かべると、


「あの騒動の後、奴が俺にこの場所を教えた。そして、ベッドには眠り続けるエルミーナが横たわっていたと言うわけさ」と言葉を続けた。


 それを聞いたアリスは、ベッドに横たわるソレを見て、ハンスに再び問いかけた。


「ハンスさん、それが何だか分かってるんですか?」


 そう問われたハンスは、静かにベッドに腰を下ろすと、ベッドの中にいるモノの顔と思しき部分をやさしく撫でた後、アリスの方に顔を向けた。その目からは静かに涙が頬を伝っていた。


「あんたにはどう見えるのかは知らないが、俺にはエルミーナに見える。エルミーナに見えるんだよ」


ハンスはそう言って再びベッドの主に目を向け、その顔を撫でながら、


「エルミーナが眠っているその姿が俺には見える。だけど……俺の本能は、これがエルミーナじゃないって言ってるんだ!どういう事なんだよ!」


 そう叫んでアリスを見たハンスの瞳には、悲しみと怒りとそれ以外のナニカがない交ぜになった感情が現れていた。


 その様子を見たアリスは、少し悲し気な表情を浮かべると、


「ハンスさん。あなたの感覚は正しいです。それはエルミーナさんではありません。いえ、そもそも人ですらありません」


そうハンスに告げ、こう続けた。


「おそらく、あなたは幻覚の魔法をかけられています。この魔法は、視覚はもちろん、触覚や嗅覚などの人間の五感全てに効果が出ます。あなたに魔法をかけた人物は、それがエルミーナさんに見えるように魔法をかけているんです」


 それを聞いたハンスは、一度ベッドの方へ視線を投げると、取り乱すことも無く静かに目を閉じた後、再びアリスを見た。


 そこには先ほどまでの感情の発露はうかがえず、むしろ安堵の気持ちが見て取れた。


「そんな魔法があるんだな。俺は魔法は使えないし、これまでも魔法なんかとはあまり縁のない生活を送ってきたんで知らないが、そんな人を騙すような魔法が世の中にはあるんだな……」


 今のハンスの気持ちを推し量ることはアリスには出来なかったが、今この瞬間こそがハンスを立ち直らせる機会だと感じたアリスは、再度ハンスに語りかけた。


「ハンスさん、先ほど他の皆さんにも言いましたが、エルミーナさんを取り戻すことはもう出来ません。あなたがこれからの未来を生きる事を考えて欲しいのです。その為にも、その石は邪魔です。私に渡してください」


 そう言われたハンスは、静かな眼差しでアリスと石を交互に見て、アリスに語りかけた。


「ありがとう。自分には関係ないのに、俺達のことを心配してくれて感謝するよ。だが、もう俺にはこの先を生きていく気力も希望も一欠片も残ってないんだよ。それに、あんたはコレをどうするつもりだ?」


 そう言ってベッドの中のモノを目線で指し示すとアリスの方に視線を戻した。


「……残念ながら、そのままにしておくわけにはいきません。処分せざるを得ないのです」


 そう切り出したアリスの言葉を聞いたハンスは、目を閉じて二、三度頷くと、静かにこう告げた。


「あんたには悪いが、コレがエルミーナに見える以上、俺はエルミーナを守るよ。あんたが俺達の事を本当に心配してくれてるのはありがたいが、俺にはもう二度とエルミーナを失うような真似は出来ないんだ」


 そう言って、ベッドの中のソレにそっと口づけした。


 アリス達にはおぞましい肉の塊にしか見えなかったが、一応人型のような形になっており、呼吸をするかのように胸は上下に動いていた。その口と思しき部分からは、時折キシュー、キシュー、という異音が発せられ、目と思しき部分は、完全に落ち窪んで単なる空洞と化していた。布団をかけられて見えない部分がどうなっているのか、アリスは想像もしたくないと思った。


「ハンスさん!思い直してもらえませんか?」


 アリスは最後の望みをかけてそうハンスに語りかけたが、その言葉を聞いたハンスは穏やかに微笑んで首を横に振った。


「あなたにそんな事をさせた男というのは誰なんですか!?」


 アリスは、ここまで話に出てきたハンスに手を貸した男の名を聞いた。


「スマンな、金髪の若い男としか説明できんよ。名前は知らないんだ。奴は自分のことをレンキンジュツシとか言っていたが何のことか分からんし、お互いに名前を知らない方が良い場合もあるとか言っていた。つまりこういう事なんだろうな」


 そう言って悲しげな笑みを浮かべたハンスだったが、ふと思い出したように、


「そう言えば、仲間が偶然、奴の名前を聞いたと言っていたな。確か、フラ…フラ…あぁ、そうだ、フラメルと言ってたか」


 その名を聞いたタロは目を見開き


『フラメル?……錬金術士……そうか!そういう事か!!』


 そう叫びを上げた。主の言葉を聞いたアリスが主人に目を向けると、


『アリス、今回の一連の騒動のシナリオを書いた奴の見当がついた』

とタロが告げた。


「分かりました」

 

 主人の言葉にそう短く答えた銀髪少女は、改めてハンスに視線を戻した。


 ハンスはアリスが自分の方を向いたのを確かめると、


「あんたも諦めるつもりは無いようだし、俺もさっき言ったとおりだ。これも仕方が無かったと思ってくれ」


 そう言っておもむろに石に向かって呪文らしきものを唱えた。


「メタモルフォーゼ」



《ドクンッ!》



 ハンスの言葉に呼応するかのように、石からひときわ大きな鼓動音が聞こえたと思った瞬間、ハンスの体は大きな光りに包まれ、次第にその姿を変えていった。


 それが、最後の手段としてフラメルがハンスに教えた呪文……自らを変化させて戦う究極の方法だった。


 ハンスの体が放つまばゆい光を手で隠しながら、アリスは急速に増大するハンスの威圧感を感じていた。


 キュッと唇をかんだアリスはその手に小さな魔法陣を描くと、青白く輝く魔法陣から二本のショートソードを取り出し、その両手に握った。図らずも戦うことになった相手への同情がその表情には見て取れた。


 光が収まり、その中心にいたハンスであったものに目を向けると、そこには異形の者が立っていた。


 先程までのハンスの体とは明らかに違う体躯、少なくとも身長は二倍ほどになり、体表は紫に変色していた。上半身は分厚い筋肉で覆われ、太い二本の腕がその力を表すかのように存在していた。また、頭には二本の角が生えており、目も金色に変色し、猫のような縦長の瞳孔が見て取れた。体からはその変化に伴うものか、行く筋かの白い煙が立ち上っていた。


 そのような変化があったにも関わらず、まだハンスとしての意識は残っているらしく、


「アンタトハ……デキレバ…タタカイタク……ナイ。コノママ……カエッテ……クレ」


 そうアリスに告げた。


 だが、アリスが、


「そういう訳にはいかないんです。ハンスさんも、今ならまだ戻れるはずです。こんな事はもう止めてください!」と答えると、


「シカタガ……ナイカ」


 そう言って、ハンスは戦闘態勢を取った。対するアリスも、それに呼応するように戦闘態勢を取る。


 次の瞬間、ハンスの体が一瞬にしてその場からかき消えた。ハンスは目にも止まらぬ速度でアリスの側面に移動すると、その豪腕を叩きつけた。しかし、ハンスのパンチがアリスに当たった瞬間、そこにいたアリスの姿はまるで幻影のように消え失せて、ハンスのパンチは虚空を舞った。


 全力のパンチを躱された事によって態勢を崩したハンスの足元に姿を現したアリスは、ハンスの軸足を蹴りつけて転倒させようと試みたが、ハンスも間一髪その蹴りを躱し、アリスから距離を取った。


「あまり荒事に通じているような感じはしませんでしたが、なかなかいい動きをしますね。先程の男爵の部下より、よほど使えますよ」


 自身の攻撃を躱されるとは思っていなかったアリスは感嘆の声を上げる。


 その声を聞いてもハンスに特に変化は無いように見えたが、わずかに口元が笑っているように見えた。


 それを見たアリスは、そっとため息をつくと、


「ハンスさん、あまり手荒な真似はしたくなかったのですが、あまり長引かせるわけにもいきません。行きますよ」そう言って、一気に攻勢に出た。


 アリスは瞬間移動のようにハンスとの距離を詰めると、手に持ったショートソードで足元への斬撃を放った。


 ハンスも後方へ飛んでその剣を躱そうと試みた、ハンスの動きに合わせてアリスもそのまま移動し、狙い通りに足元への攻撃を成功させた。ただ、体表は見た目通り強化されているようで、大した傷にはならなかった。


「なかなか硬いんですね」


 アリスはそう呟くと、先程よりも更に高速でハンスに近づき、防御の隙をついては斬撃を繰り返した。


 それまでのアリスの動きとはまるで違う動きにハンスは動揺し、アリスに翻弄され続けた。


 アリスの攻撃を寸で躱したつもりでも、躱しきれずに傷を負った。


 また、自らが攻撃を仕掛ければ、先ほどと同じように幻影に惑わされ、その隙にまたアリスの反撃を食らった。


 十数度、そのような事を繰り返したところで、ハンスは膝をついてその場にうずくまった。


 その様子を見たアリスは、ハンスに再び語りかける。


「ハンスさん、そこまでやればもう十分です。あなたは決してエルミーナさんを見捨てたことにはなりません。どうか、生きる事を選んでください」


 そう語りかけるアリスを、その金色に変色した目で見つめたが、再び首を横に振ると、


「モウ……イキルコトニ……ツカレタ……モウイインダ」


 そう言って、ハンスは再び手元に石を取り出した。


 それを見たアリスが叫ぶのと、ハンスが再び呪文を唱えるのは同時だった


「やめて!」


「……メタモル……フォーゼ……」



《ドクンッ!》



 再び響く鼓動音と同時にまばゆい光がハンスを覆った。


 先ほどと同じ変化が再び訪れようとした瞬間、だが今度は先ほどとは違う変化が訪れようとしていた。

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