第二話「鉱山都市」
鉱山都市アラゴン。
タロとアリスが辿り着いたその町は、地理的には二人がここしばらく旅を続けてきたティラーナ聖王国の中心付近に位置する地方都市で、その名が示す通り、近くの山々で取れる鉱石資源が主な産物となっている小さな町であった。
とは言え、この近辺で算出される鉱石は一級品には程遠い三級品程度の品質が多く、この町に住む人々の生活は決して楽なものでは無かった。しかし他にこれと言った産業も無く、三級品とは言えかの鍛冶師の聖地メロウリンクとも取引がある事から、人々は生きる糧を得るために、日々の過酷な労働に身を費やすのである。
町に降り立った一匹と一人は、とりあえず宿に部屋を求めるべく町なかを移動していた。
そろそろ夕刻に差し掛かろうとする時間、辺りには夕食の食材と思しき荷物を抱えて歩く女性や、早めに仕事を終えて家路を急ぐ男性など、多くの人々を目にすることが出来た。
そんな中、町の中心部にほど近い広場に二人が差し掛かった時、ちょっとした異変が起こった。
『んっ?何だ、あいつら?』
初めにその集団に気づいたのはタロであった。
広場の中央には数人の人物が立っていた。皆、灰色のローブを身にまとい、深いフードをスッポリ被っているため性別すら定かでない。
道行く人々も胡乱なまなざしでその集団を見やる。
多くの人々が行き交う広場で、集団の一人がおもむろに叫んだ。
「聞け!市民諸君!我々は今、大きな岐路に立たされている!」
太く響く男の声に一瞬立ち止まりかけた人々も、その集団の持つ異様な雰囲気に、関わりありを避け足早に立ち去っていく。
「我々は神の恩恵により、この地上の支配者たる資格を与えられたと教えられた。神を信じ崇拝する事で、神は我々に大いなる秩序を与えたと教えられた。だが、諸君。果たしてそうだろうか?神は我々に何かを与えてくれたのだろうか?支配者の都合の良い宣伝に踊らされ、我々は飼い慣らされれているだけではないのか?」
男の声は辺りに響き渡り、数人の人間が足を止め話を聞いている。
男の演説は次第に熱を帯び、人々に訴えかけるように続いたが、話を聞いていたタロは険しい表情で彼の従者に問いかけた。
『おい、この内容って……』
「はい、完全な教会批判です。早晩、軍の警邏隊が取り締まりに来るかと。ただ、この話の流れではそれだけでは収まらないかと」
『……教会騎士団か……』
「はい……」
基本、都市の治安維持はその地域を治める領主が有する領軍が行うことになっている。領軍に所属する兵士や騎士で警邏部隊を組織し、交代で街中の見回りを行なっているのが通例であった。だが、教会に関連する事案に対しては些か様相が異なった。
かつて聖王国の王都において、大規模な反教会活動が巻き起こった事があったが、聖王国の精鋭をもってしてもその活動と首謀者達を抑える事は叶わなかった。しかし、しばらく経つとその活動はピタッとなりを潜め、以後再びその活動が日の目を見る事は無かった。
後日、黒装束を身につけた複数の死体が王都近くの森で発見されたが、その後の調べで一連の騒動の首謀者達の死体である事は確認されたものの、誰が手を下したのか等は判らず仕舞いであった。
市井に怪しげな噂話が流布しだしたのは、そんな出来事があってからしばらく後のことであった。
曰く、神の天罰が下った。
曰く、神の御意思を伝えるために、教会騎士団が首謀者達を処断した。
曰く、どんな秘密も教会騎士団には通用しない。
曰く、神への信仰を疑うものには正義の鉄槌が下る……と。
あくまでも何の根拠もない噂話に過ぎないのだが、教会騎士団には其れを成し得ると思わせるだけの根拠はあった。
ともあれ、フードの男が一際声を張り上げた時、タロとアリスの主従が想像したように騒ぎを聞きつけた領軍の警邏隊が広場に到着した。
「間も無くこの街に、真に我々を導く神が降臨される!!あと十日のうちに、世界は大きく変わるのだ!!我々が……」
「お前たち!無許可の集会は禁止されている!速やかに解散しろ!そこのフードの者たちは話を聞かせてもらう。おとなしく我々に同行するように」
男の演説はまさに佳境を迎えようとしていたが、到着した警邏隊の隊長と思しき騎士が少し集まり出していた人々に解散を告げた。騎士が剣を携えて馬上からフードの男とその周りにいる集団に同行を告げると、
「真実を暴かれ慌てふためいて我々を弾圧するか!愚か者どもには正義の鉄槌が下るぞ!」
男はそう叫び胸元から拳大の怪しい光を放つ魔石を取り出した。
『あれは!?』
「タロ様!あれはまさか!?」
二人が同時に警戒を強めた瞬間、男の叫びが辺りに響いた。
「我らが神の御業を知るがいい!! ネガティブ・レイン!!」
次の瞬間、男の叫びに呼応するかのように打ち出された無数の紫色の光弾は、地面に落ちると爆発を起こし、辺りには土煙と大音響が響き渡った。また、運悪く光弾の一つを体に受けた警邏隊の隊士は、
「ぎゃっ!」
という叫びを残し地面に倒れ伏したが、あっという間に身体は萎れ、まるでミイラのようになって息絶えた。
「なんだ!?今の魔法は!?総員散開!魔法攻撃に警戒し、こ奴らを捕らえよ!抵抗するなら迷わず討ち取れ!」
息絶えた隊士を目の当たりにした警邏隊の面々は、隊長の命令に合わせて散開はしたものの、見た事の無い魔法とその威力に警戒を強くし、なかなかフードの集団に近づくことが出来なかった。加えて、辺りにはいた人々が突然街中で始まった戦闘行為に悲鳴をあげて逃げ惑ったが故に、広場はさながら阿鼻叫喚の地獄へと変貌し、周辺は大混乱に陥った。
そんな中、フードの集団は騒ぎに乗じてこの広場からの脱出を行うべく、散り散りに路地裏へと向かった。警邏隊は混乱している市民が邪魔で思うような追跡に移れず、結果集団を取り逃がすという失態を演じたのだった。ただ、一人の少女と一匹の黒猫だけは、広場で演説をしていた男を追跡する事に成功していた。
相手に気づかれぬよう、また相手を見失わぬよう、肩に乗る黒猫の魔力を使いながら探知魔法を併用して男の後を追う二人だったが、路地を曲がった男の気配が突然消えた事に驚き、急ぎ路地を曲がろうとした瞬間、目の前に現れた人物に思わずぶつかった。
「きゃっ!」
「うわっ!?」
ぶつかった二人はお互いが後ろに倒れこみ、思わず尻もちをついてしまった。
アリスはすぐに立ち上がると、自分がぶつかった赤毛の青年の近くに駆け寄り声をかけた。
「あ、スミマセン。大丈夫でしたか?」
相手の青年もすぐに立ち上がりズボンのほこりを落としながら、アリスの問いかけに答えた。
「こちらは大丈夫ですが、そちらも怪我はありませんか?」
青年の答えにホッと胸を撫でおろしつつも、アリスは謝罪の言葉を口にした。
「ありがとうございます。こちらも大丈夫です。前をよく見ていなかったようでスミマセンでした」
そう詫びたアリスに対し、屈託のない明るい笑顔を浮かべた甘いマスクの青年はにこやかに答えた。
「ハハハ、ビックリしましたよ。ああ、申し遅れましたが、私の名前はニコラ、しがない旅の薬師ですよ、美しい方。」
ニコラのセリフを華麗にスルーしたアリスは、愛想笑いを顔に貼り付けたまま、
「私はアリス、旅の占い師をしています。この子はタロと云います」
と自己紹介を返した。
ニコラと名乗った青年は、タロと紹介された黒猫を見ると、
「かわいい猫ちゃんですね。あなたの猫なんですか?」
そう言いながら黒猫を撫でようと手を伸ばしたが、タロに威嚇の声を上げられ慌てて手を引っ込めた。
主人のいつにない反応を訝しみつつ、
「申し訳ありません、うちのタロは人見知りなので知らない相手は警戒するんですよ」
と、当たり障りのない返答を返すアリスに、
「いや、こちらこそ、いきなりスミマセンでした。かわいいものには抗えないんですよ」
赤毛の青年も苦笑しつつ謝罪した。
ところで、そう前置きをしつつ「何かお急ぎのようでしたが、何かありましたか?」
ニコラはアリスに問いかけた。
当のアリスは特に表情を変えることも無く、「いえ、私の勘違いだったようです。不審なものを見たような気がしたので」と無難な返答を返すのだったが、
「それはいけません。貴方のような美しい方が、そんな危ない事に首を突っ込むなど、あってはならない事です。さあ、私が宿までお送りしますから、ここから離れましょう」
と、思いもかけない申し出を受け困惑を露にする。
「いえ、お気遣いなく。この辺りからならまだ私一人でも問題無く帰れますし、大丈夫ですよ」
そう返したアリスの返答をニコラは頑として受け入れる様子もなく、「何を言ってるんですか!こんな路地裏、これからが危険な時間帯ですよ!さぁ、悪い事は言いませんから、私と一緒に行きましょう」
そう言って半ば強引に同行させようとする勢いだった。
あくまでも善意からの言葉に抗しきれなくなったアリスは、致し方なく
「はぁ・・・・・・じゃ、ご一緒させてください」
と申し出るのだった。アリスの返答を聞いたニコラは満足げにうなずくと、
「それが良いと思いますよ」
そう言いながら、二人はその場を離れるのだった。
表通りに出て、人通りも増えてくる辺りまで来たところで、アリスはニコラに暇乞いをした。
「ありがとうございました。ここからなら、何の問題もなく帰れますので、大丈夫ですよ」
本当は、どこから帰ろうが全く問題にはならないのだが、人のよさそうな笑みを浮かべる目の前の人物を無下に扱う事も出来ず、当たり障りのない返答で体よく追っ払おうと考えていたアリスだが、当のニコラはまだ一緒に居たい風で、
「貴方とお知り合いになれたのも何かの縁ですから、良かったらお食事でもご一緒にいかがですか?」
等と言い始めたため、アリスは多少強引に話を切り上げることにした。
「申し訳ありません。知り合いとの約束がありますので、ご遠慮させていただきます。」
取り付く島もないと言わんばかりの返答を聞いたニコラは、若干面食らった表情をしたが、すぐに元のにこやかな表情に戻ると、
「それは残念です。しばらくはこの街に滞在する予定なので、機会があれば是非一度ご一緒しましょう」
赤毛の青年薬師はそうアリスに別れの言葉を告げると背を向けた。
ニコラの姿が見えなくなるのを確認して、タロがアリスに話しかける。
『誰と約束してるんだ?』
「そんなの、あるわけないじゃないですか。さっき、この町に来たばっかりですよ?」
『だよね』
そう言って苦笑する主をジト目で見つつ、アリスは先ほどの主の行動について尋ねた。
「先ほどはタロ様らしくありませんでしたね?やっぱり、若い女じゃなきゃ、撫でられるのは嫌ですか?」
『ゴメン、俺、いつの間に女好きキャラにされてんの?特にそんなキャラ設定、無かったよね??』
そう冗談めかしてアリスに答えたが、それが求められている答えではない事は分かっているので、ありていに返答を返した。
『なんて言うか、生理的にダメだったんだよ。触られるなんて、まっぴらゴメンな感じだ』
そんな事を言う黒猫の主人をまじまじと見つつ、
「ほんとに珍しいですね。男も女も見境なしに愛想を振りまく癖に、あの人は触られるのも嫌とか、今までのご主人様からは考えられないですよ。ツッコミにもいつものキレがありませんし」
と問いかける自らの従者に
『ほっとけ!俺は君と漫才をやってるわけじゃ無いんだよ、知ってるかな?……ったく。まぁ、若干、表現に不満を感じるが、確かに自分でも不思議に思うよ。一体、何なんだろうな?』
自身が一番理解できないと零すタロであった。




