第六話「ギルドの憂鬱」
アリスと黒猫は鍛冶師のエルと別れた後、双子と共に街の中心へ向かった。
「自分たちの仕事も見てもらいたい」
そんな理由でアリスはあべこべ双子からは解放してもらえなかった。
せっかく収入が入ったのだ。昨日飲み損ねた分を早めにリベンジしたかったのだが、それはさすがに主人が許さず不本意ながら双子と行動を共にした。
その時のアリスの表情は黒猫曰く、
「先の大戦時、自陣が劣勢に追い込まれた時よりも悔しい顔」
だったらしい。
街の中心には大きな教会が建っていた。
その教会の中には鍛冶ギルドの中枢が機能しており、この街の全権を治めている。
黄金の鐘やステンドグラスなどの華美な装飾品は一切見当たらないが、総レンガ造りで強大な建築物は、この街において絶大なる権力が存在することを示している。
「私たちトレジャーハンターは冒険者ギルドだけでなく、鍛冶ギルドとも契約し資格をえているのです」
ラインは教会までの道すがら、自分たちの本来の目的を説明してくれた。
「この時期、この街は鍛冶神の祭りに奉納する為、さまざまな素材を手に入れようとトレジャーハンターに注文が殺到します。私たちも稼ぎ時であると同時に姉御が欲する素材を手に入れるため様々な場所へ足を伸ばしました」
「ははっ、だけども中々姉御のお眼鏡に叶う物が見つけられなくてね。子猫ちゃんを素材屋で見つけたときは運命だと感じたよ」
アリスは運命を感じたのは石の方ではないのかと、とのツッコミを辛うじて胸の内へ留めた。
「しかし、ライン様、ライラ様。どうして鍛冶ギルドとまで契約を結ぶ必要が?」
その質問にはライラが率先して答えた。
「ははっ、そこは両ギルドのナワバリ争いがあったからさ。」
「ナワバリ争い?」
アリスの問いに今度はラインが答える。
「鍛冶に使用する素材の収集は昆虫や動物がほとんどですが、やはり良い素材はモンスターから得られます。ですが、そんなモンスターの情報を欲するのは鍛冶ギルドだけではありません。ダンジョンの開拓やモンスターの討伐などを管理する冒険者ギルドにとっても大変価値の高い情報なのです。討伐するための情報は冒険者ギルドが欲しい、討伐した後の素材の情報は鍛冶ギルドが欲しい。私達にとってやることは一緒なんですけどね」
「ははっ、まあお互い情報を独占されないようにって事で各ギルドはこの件に関しては情報を共有、冒険者に至っては情報を一方だけに流されないように両ギルドに登録を余儀なくされたわけさ」
そこでアリスはふと疑問に浮かんだことを質問する。
「それでは、冒険者ギルドと鍛冶ギルドが統合すればよろしいのでは?」
「それは出来ないんですよ」
ラインはアリスの肩から離れまいと踏ん張る黒猫を何とかしようと頑張りながらそう答える。
「ははっ、どうしてだと思う?子猫ちゃん」
ライラはアリスの腕に絡みつき耳元で囁くように問いかける。アリスはの全身に鳥肌が立つのを覚えながらも必死に思考を重ねたが答えらしきものは出てこなかった。
「パワーバランス……ですよ」
ラインはついに観念した黒猫を両手で抱き上げ静かに語り続けた。
「一つのギルドが大きくなり力を付けることを他のギルドは良く思いません。下手すれば勢力争いが始まってしまいます。今は危なげながらも均衡がとれた状態なのですよ」
「ははっ、それに目を付けられたくない所に喧嘩を売るのは得策じゃないしね」
そういったライラは立てた親指で建物を示す。
道行く三人の前に大きなレンガ造りの建物が現れた。
「中央教会……」
アリスは教会の十字架を見つめ、悟ったかのように口を開いた。
教会の扉を開けると中は礼拝堂……ではなく、横に長いカウンターの中にスタッフが並んでいて受付の対応に追われていた。
狩ってきたきた素材をより高く買い取ってもらおうと交渉する者。
鍛冶師として独立すべく店舗を持つ申請をする者。
職場の待遇改善を訴え出る者。
モンスターが出たと騒ぐ者。
教会の中には神に祈る者は無く、鍛冶ギルドの事務所がそのまま機能していた。
ラインは空いている受付の女性に何やら耳打ちをし奥から誰かを呼び寄せた。
耳打ちされた女性の顔が真っ赤だったのは深く追及するまいとアリスは思った。
「ライン!ライラ!こっちだ!」
受付から妙齢の女性の声が聞こえてきた。
双子はその声に従い、受付の奥にある個室へ向かう。
その間、アリスは両腕を双子にとられた形となっており、否が応にも部屋に連れていかれる羽目となった。
「なんだい?今日は女連れかい?」
そう言ってニヤリと笑った声の主は、黒く長い髪を後ろで束ね、すらりとした体を白シャツにベスト、黒のパンツといったギルドの制服で綺麗にまとめ上げた才女だった。
忙しさからか纏めた髪の一部は額に垂れ下がり、光り輝く細身の眼鏡と相まって独特の色気を醸し出している。
「ははっ、こちらの子猫ちゃんはアリス。流浪の占い師だそうだ。街で偶然知り合ってね。行動を共にしている所さ」
「ほう、占い師とな?そりゃ私もいつ天使に巡り合えるか占ってほしいねえ……っと、紹介が遅れた。私は鍛冶ギルドの鑑定士でアルテシア。ご贔屓に頼むよ」
アリスは軽く会釈をしながらも「この街は何でこうも天使に会いたがる人ばかりなのでしょうか?」と主人に問いかけ、主人もまた「実際、天使なんて融通の利かない頑固な奴らでつまらないんだけどな」と返す。
「では、ご依頼いただいた品を鑑定していただけますか?」
ラインはそう言うと、中央にあるテーブルに次々と素材を並べ始めた。
「ふむ……ジャイアントスパイダーの糸玉と二本鼻の象から取れる牙、赤苔の苔玉と……お、サラマンダーの皮か!よく手に入れたな!」
鑑定士のアルテシアは徐々に興奮しながら、双子の戦利品を品定めしていった。
その様子を自慢げに見つめる双子を見る限り、依頼があった品は完ぺきに収集し成果を上げたに違いない。
稀少動物のみならず、モンスターの素材まで手に入れるということは、この双子がランクB以上の冒険家と同等の力を持つこと証明している。
「ははっ、どうだいアルテシア?過不足ないうえに質も最上級だ。値段は弾んでくれるかい?」
「ああ、さすがに即答はしかねるが、これだけの品だ。顧客も付くだろう。期待してくれていい」
双子は軽く拳を突き合い、成功の余韻を感じていた。
「それと……だ、実は今回新たに頼みたいことがある」
アルテシアは双子から譲り受けた素材を鑑定の箱にしまいながら、一枚の羊皮紙を取りだしラインに渡した。
「モンスターの討伐依頼?」
姉の読み上げた内容に兄の目付きが鋭く光る。
「……アルテシア?私たちはハントする為に多少のモンスターは狩る事があるわ。でも依頼に上がる程のモンスターを退治するのは・・・・・・」
「分かってる、正確にはモンスターの群れからこの街を守ってほしいのだよ」
アルテシアの話はこうだった。
近年、鍛冶神の祭りが近くなると近くの山々でモンスターの暴動が起こるという。
ダンジョンから出てきたのか、もともと地上に潜伏していたのか、狂ったように暴れまわるモンスターは無差別に旅の商人や狩りを行うトレジャーハンター、鍛冶師を襲うことがあるのだという。
「この騒動は毎年規模が拡大している、そこで今年は冒険者ギルドと連携して祭りの警備に当たることになった。そこに参加してもらえないかということさ」
双子は依頼書を一通り眺め、目線を合わせて何かを示し合わせるとライラの方が口を開いた。
「ははっ、了解だアルテシア。どれだけ力になれるかは確約できないが、報酬の条件が“討伐”ではなく“参加”というところが気に入った。その方が僕らも気が楽だしね」
「そう言ってもらえると一つ肩の荷が降りるよ。なんせ条件が条件だ。受けるだけ受けて逃げ出す輩がいるだろうから、この依頼の勧誘はギルドが行う様になっているんだ」
「信頼ありがたく思うよ」とライラはアルテシアと硬く握手を交わす。
冒険者ギルドとの連携ということはどちらにも面子がかかっているということだ。だとしたら推薦するギルド員も自らの進退がかかっていると言える。心底ホッとした顔で笑う目の前の鑑定士を眺めながら、アリスは祭りやギルドの背景にある複雑さに眉をひそめた。
「さて、せっかくご縁だ。旅の占い師さん、私たちが抱える悩みの種、どうなるか分からないかね?」
アリスは少し表情にでてしまったかと、少し警戒しつついつもの冷静な表情で問いを返す。
「申し訳ありませんが、私は一介の占い師ですので。ただ……」
「ただ?」
「モンスターは何に怯えているのかと……」
アルテシアの表情は明らかに変化し、双子もその空気を感じ取りこちらへ視線を向ける。
だがアリスは先ほどから変わらず、黒猫を撫でながら目の前の鑑定士を見つめていた。
「モンスターが怯えているとは、また面白いことを言うね。何故そう思うんだい?」
「モンスターが“狂ったように暴れまわる”事はありえません」
ダンジョンから生み出されるとされているモンスターの素性は“凶”。
己の生存欲求のため人を襲うことはあれど、自我を無くし暴れまわるという行動は理に反するのだとアリスは語った。
「そもそも持ち得ている闘争本能が上書きされるほどの原因、それは“恐怖”ではないでしょうか?」
興味深く、だが敢えて傍観する姿勢を崩さないアルテシアと、絵本を読み聞かされている子供の様な目で見る双子に急かされる形でアリスは持論を展開した。
「一介の占い師……ねぇ、面白いことを言うじゃないか。相手はモンスターだ、“例外はある”と言いたい所だが」
そう言いアルテシアは更にもう一枚の羊皮紙を取り出し、今度はアリスに見える様にテーブルへと置いた。
「出てるんだよ。それの依頼も」
【モンスター討伐依頼】
レア種:未確認モンスターの為、詳細は無し
特徴:赤い炎を身にまとう鬼
成功報酬:金貨百枚
※生死問わず だが生け捕りなら報酬額加算
「こっちの方は街に実害はない、今のところな。だがモンスターの暴動が始まりだしてから、この未確認モンスターの目撃情報も出始めた。因果関係を語るには十分なタイミングだ。我々ギルドはこれが原因だとみている」
しばらくの沈黙の後、差し出された討伐依頼書を仕舞い込んだアルテシアは、先程までの見定める様な表情を解きアリスに手を差し出した。
「ありがとう占い師さん。楽しい時間だった。トラブルの種はあれど祭り自体は楽しいものだ、旨い料理や酒も振る舞われる、どうか楽しんでいってくれ」
そう言いつつアリスと握手を交わし部屋を後にした。
窓から外を覗くと早くも陽が落ちかけている。
アリスと黒猫、そして双子もギルドを後にした。
ギルドが入っている教会の最上部、教会を治める神父の部屋がそこにはあった。
重厚な造りの机に、動物の皮で仕立てられたイス。
そこに神父のいでたちをした老人が腰かけている。
その部屋には街を見下ろせる程大きな窓があり、そこから街へと帰るアリスたちの姿が見えた。
「ご安心下さい神父……といってもどこまでご安心して良いかは測れませぬが……」
窓際に立ち、神父の方を見る鑑定士は自らが触れた者に対しての率直な感想を語った。
「とりあえず件の鬼ではなさそうです。オーク一個小隊を全滅させた手腕は……間違いないのでしょうが……」
夕日に照らされた高齢の神父はどこか楽しそうに話すアルテシアに一言二言のみ告げ、礼拝堂へと席を立った。
「仰せのままに」
アルテシアは部屋から出る神父に対し頭を垂れたままで見送り、扉が閉まると同時に顔を上げた。
シャツのボタンを外し髪を降ろした女性は、窓から街の様子をずっと眺め胸元に指を這わせていた。




