第三話「あべこべ」
鍛冶屋の街“メロウリンク”は今日も槌の音があちこちで響いている。
すっかりお日様がてっぺんに来た頃、ようやくアリスと黒猫は活動を再開した。
「申し訳ありませんタロ様、どうやら少し飲みすぎたようです」
銀髪の少女は申し訳なさそうに目を伏せトボトボと歩いている。
昨晩の酒量が思いのほか“多かった”らしく、従者はらしくない寝坊をしてしまった。
『アリス、全財産をはたく程飲む量を“少し”とは言わない。この石が売れなければ今日の昼食すら怪しいぞ?』
珍しく自分の小言を大人しく聞いているアリスに黒猫は反省の色を見つけフォローの言葉をかける。
『ま、たまには良いか。長い旅路これくらいの楽しみがあった方が良いだろう』
「本当に申し訳ありません……ほとんど記憶がなくて……タロ様が私に一服盛った後いやらしい店に行くところまでしか……」
『記憶を無くすついでに勝手な捏造をするな』
「え!?それでは意識を無くした私をベッドまで運んだ後あんなことやこんなことは……?」
『お前普通に、立って、歩いて、帰って、寝てたよ?』
気付かれないように小さく舌を出したアリスは、まだ少しぼやける頭を振り意識を正常に戻しながら歩く。
そうしてたどり着いた店はこの街の素材屋だった。
武具を作る際に必要なものは主に“鉄”だが、さらに鋭く頑丈である為に、そして鉄以上の力を得るために必要なものがモンスターからとれる素材だ。
爪や牙、鱗や毛皮などといったポピュラーな素材から、“魔法”を発動するコアまで種類は多く未だ発見されていない未知の素材もあると聞く。
一般的にどの町にも素材屋は存在するのだが、あまりにレアの素材になると持てあますらしく買取を拒否されるケースもある。
今回の素材はモノがモノだけに、より専門性の高い所に売りつけるのが一番なのだ……が、
「ごめん、うちでは買い取れないね」
あまりに予想外の出来事に、アリスと黒猫は口を真一文字にして棒立ちになっていた。
「ここは素材屋ですよね?」
「そうだね」
「ここは鍛冶の街メロウリンクですよね?」
「確かにね」
「ここは鍛冶師の聖地ですよね?」
「まったくだね」
アリスは信じられないといった表情で素材屋の店主に詰め寄る。
子供ほどの背丈に屈強な体つき、髪の毛と髭が境界線が分からなくなる程伸びている。
頑固そうな顔立ちと裏腹に出てくる言葉はどこか軽く、冗談半分で言っているようにも聞こえたがアリスを見る眼差しがそうではない事を物語っていた。
ドワーフである素材屋の主人は、キマイラのコアを見るなり明らかな拒否反応を示す。
「お嬢ちゃんね、これね、どこで拾ったか知らないけどね、捨てちまった方がいいね。これ……キマイラとか言ったかね、これはダメだよね」
理由を求めるアリスに店主は話を続ける。
「モンスターのコアはね、取り扱いが難しいんだね。もちろん鍛冶素材として使えるランクの鍛冶師はいるよね。でも前例のない素材は誰も使いたがらないのね、レアではあるけど高価という意味ではないね」
アリスは魂の抜けた顔でパクパクと口を動かす。
「で、では私たちの食事代は……」
「他の素材は買い取ってあげるね、まあたいした額にはならないけどね、これでパンでも買って食べるね」
素材屋の店主は相変わらず口をパクパクさせている目の前の少女を横にテキパキと換金の準備を進める。
「ねぇ、これはとても珍しいものよ兄様?」
「うん、これはとても珍しいものだ姉様?」
ひきつった顔のアリスと引き取った素材の価格を渡す店主の間に、突然少年と少女が現れた。
“兄様”と呼ばれた方は、少年らしい長さの栗色の髪に冒険用のジャケットとズボンが黒一色にまとまっていた。
“姉様”と呼ばれた方は、栗色の長い髪を頭の左側でまとめ、ワンピースにジャケット姿という、これまた黒一色の服を身にまとっていた。
黒の衣装に栗色の髪、そして同じ顔がまじまじと価値のつかなかった石を眺めている。
何故お互いに兄と姉と呼ぶのか、という疑問はさておき、突然現れた双子に黒猫も銀髪の少女もドワーフもあっけにとられていた。
「そこの美しいお嬢さん、お困りならこの素材を引き取りそうなところへご案内しましょうか?」
お兄様と呼ばれた少年は、アリスの手を取り顔を近づける。
何気に美少年の接近に、一瞬戸惑うが“引き取り手”の言葉に反応する。
「ど、どこか買い取ってくれる素材屋をご存知なのでしょうか?」
少年はアリスの手を両手で包みさらに顔を近づける。
「ははっ、素材屋というより心当たりのある鍛冶師がいてね、よければ紹介してあげるよ。その代わり僕と仲良くしてもらえないかな?」
少年のそれとはまた違った色気がアリスの眼前に迫る。
普段ならこのまま突き飛ばし、刃と毒舌を持って拒絶してしまうものを、この少年にいたっては何故だか実行出来ないでいた。
「こっちの猫ちゃんとも仲良くしたいですー」
一方、同じ顔立ちの美少女は黒猫を抱き上げ頬ずりする。
少し苦しいくらいに強く抱きしめられた黒猫は、微妙にもがき嫌がるフリをしてはいるが顔は満更でもない様子で美少女のキスの洗礼を受けていた。
「やめてください!近いです!」
ふと我に返ったアリスは目の前の美少年と同じ顔立ちの美少女に抱擁され、悪い気はしていない黒猫に苛立ちながら少年の体をはねのける。
《ふにょん》
凄まじくふざけた擬音がアリスの手に感触としてこだまする。
その瞬間アリスの頭は思考の渦が巻いていた。
待て、まだ慌てる時間じゃない、私は確かに目の前の少年の胸を押し返した。少年とはいえ身なりからして冒険者だ。多少なりとも体は鍛えられており今の感触はおかしい。そもそも先程の感触は何だ?あれは確かに覚えのある感触だ。私はアレを知っている、知り尽くしているだってアレは・・・
この時アリスの思考は天界まで及ぶ勢いだった。
「おっぱいだー!!!!!!」
及ぶ前に結論に至った。
「「うえぇぇぇぇぇ?」」
カウンターで様子をうかがうドワーフも、片割れの美少女に抱きかかえられたままの黒猫も同様の声を上げた。
まあ、もちろん黒猫の方の声はアリスにしか届いていない。
周囲の動揺をよそに、当の本人は少し困った顔をし、前髪をかき上げた。
「やれやれ、せっかちな子猫ちゃんだ。君がその気なら今晩ベッドまでお伺いしたのに・・・・・・ね」
言い慣れた風に使う間男の常套句を最後はウインクで締める。
「あ、あな、あなたは……どちらなんです!?」
相変わらず混乱するアリスに今度は黒猫を抱えたままの少女が事態を収拾する為の真実を伝える。
「お兄様は呼び方こそ兄ですが、体も心も女性なのですよ?」
笑顔で衝撃的な事実を伝える少女に、バレてしまったかと少年が続く。
「ははっ、いやだなあ。僕は確かに女だけれども、美しいお嬢さんを愛でる気持ちは本物だよ?まあ、僕ら双子は“それぞれがあべこべ”なんだよ」
素材屋の店内が瞬間凍り付く。
「「『それぞれがあべこべ?』」」
ドワーフとアリス、そして黒猫が一斉に同じ人物に目を向ける。
「え?ああ!私には付いてますよ?」
黒猫を片手で抱えたまま注目の主は、顔をほんのり赤く染めながらスカートを腰の辺りまで捲り上げる。
「!」
「!」
「ミギャーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
太陽が真上に昇り切った時間、鍛冶の聖地メロウリンクに黒猫の悲鳴がこだました。
が、瞬く間に鉄を打つ槌の音にかき消された。




