第八話「ダンジョン〜幕間〜」
その後、数回の魔物の集団との遭遇があったが、四階層で遭ったほどの数の集団は無く、危なげない対処でその集団を殲滅していった。
それらの魔物の集団にも多くの魔物に抉れた傷があった他、中には足や手を食いちぎられたような傷もあり、また火傷のようなもの負った魔物も存在した。いよいよ魔物を襲う何かが居る可能性が高まったのだった。
調査隊は十階層フロアマスターの部屋へとたどり着いていた。
「とりあえず、今日はここで野営しましょうか」
エルミアがそう告げると、各々分担して野営の準備が行われた。
部屋の中央に焚火を用意すると、それを囲むように調査隊のメンバーは腰を下ろした。
今日の食事は携行用の干し肉と固いパン、そして焚火の火を使って暖められた簡素なスープであった。
「アリス、あなた彼方此方を旅しているなら、今回のような事をどこかで聞いていない?」
食事をしながらエルミアはアリスに今回の異常と似たことを聞いた事が無いか尋ねた。
「スミマセンが聞いたことないです。冒険者では無いのでダンジョンの事に詳しいわけでは無いですが、
立ち寄る町でそのような事があれば何かの情報は耳に入るものです。特に、占い師の耳にはお客様のいろんな情報が入ってくものですからね」
「そうよね。私も長く冒険者をやっていたけど、聞いたことないわ」
そう呟くエルミアに続いて、レイシャも疑問の声を上げる。
「でもさ、あの傷ってなんの魔物の傷なんだろうねぇ?あたしもいろんな魔物を狩ってきたけど、あの大きさであんなに抉れる爪と牙とか持ってる魔物って思いつかないんだよね。しかも、なんか火傷してるのとかいるし、火を吐く魔物なんかドラゴン以外思いつかないんだけど?」
「それ、おとぎ話の話ですよね?」
レイシャのつぶやきにラルフが返す。
この世界にもドラゴンは存在する。ただし、人間とは接触しないよう、海の彼方にドラゴンだけが住まう孤島が存在すると語られるだけで、実際にドラゴンを見たものはいない。現在の常識では、ドラゴンは物語の中にだけ存在する最強の魔物であった。
他の面々もあんな傷をつける魔物に心当たりはなく、謎は深まるばかりだった…一匹と一人を除いては。
おもむろに立ち上がるアリスにレイシャが何気に話しかける。
「アリスちゃん、どうした?お花摘みに行くの~?」
とにやけ顔で聞くレイシャに
「そんな事、人前で言わないでください」
と、若干低いトーンで話し、その場を離れる。
「何ですか?お花摘みって?」
と不思議な言い回しをするレイシャに尋ねるラルフとレイシャ本人をたしなめるエルミアの声を後ろに聞きながら、アリスとタロは皆の視線から隠れる小さな岩の陰にかがみこんだ。
「あの傷、やっぱりアレですよね?」
そうアリスが黒猫に問うと、
『ほぼ間違いなくアレだな。ただ、普通には生まれないし、この世界にはいないはずだがな』
そう主人は答えた。
かつての神々の戦いでも投入された生物兵器と言っても過言ではない強力な魔物。その口からは強力な火炎が吐き出され、辺り一面を焼き尽くす死への導き手。あらゆる魔法に対する耐性をもち、強靭な肉体で敵を打ち倒す力を宿すもの。
その名は『キマイラ』。
肉食獣の頭と前足、山羊の胴体と毒蛇のしっぽを持ち、グリフォンの翼を身につけていた。
タロとアリスでも、通常の方法では倒すのがかなり骨の折れる相手ではあった。ましてや、普通の人族やハーフエルフでどうにか出来る相手では無かった…キマイラであれば。
『どちらにしろ、現物を見んことには始まらんな』
「どうしますか?みんなを連れて戦うのは難しいと思いますが……?」
しばし黙考した黒猫はおもむろにアリスを見やると、
『あまり俺たちの力を見られるわけにもいかないが、エルミアもとりあえずここで帰るとは言わんだろう。ここまで何かがある証左があるんだから、何かの確証が得られなければ帰る事もかなわんだろうしな。行けるところまでこのパーティーで行こう。その後は少し考えがあるから、それまで待て』
「分かりました、タロ様」
そう言っておもむろに立ち上がり、皆のもとへ戻ろうとしたアリスに
『少し長くなったから、レイシャに勘違いされるかもしれんな』
とタロは笑いながら何気ない感じで話したが、
「……乙女に対して言うことが下品すぎますよ。この腐れ黒猫が」
「……スミマセンでした」
汚物を見るような視線を浴びせられたタロは反論の余地なく謝罪の言葉を口にするのだった。




