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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
寄り道Ⅵ「勇者パーティをクビになった黒猫と美少女占い師」
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第二話 解雇保留

翌日。

 勇者、戦士、魔法使い、僧侶、そして占い師と黒猫は朽ち果てた古城の門へ来ていた。


「ここが今回のクエストだよ」


 そう言った勇者は笑顔だった。


 昨日の諍いなど無かったかの様に、勇者の表情は初めて出会った時と同じ、素直で実直で、好奇心と責任感が滲み出る表情をしていた。


 黒猫は「一番タチが悪い」と評し。

 従者は「頭が悪い」と酷評した。


 他のパーティーは昨日と何も変わらず、魔法使いは機嫌が悪く、戦士は無表情、僧侶は空気の悪さから終始困った顔で同行していた。


 この僧侶は性格からか、あまり積極的には発言する事はなく、勇者の真っ直ぐさと魔法使いの強引さに戸惑いながらも大人しく従っている様だった。このパーティーがどんな経緯で集まり冒険者をしているのかは聞いていなかったが、昔からの馴染みというわけでは無さそうだった。


 そんなパーティーの中で新参者のアリスに僧侶は何かと良くしてくれていた。勇者の突飛な行動は説明し、魔法使いの叱責にはフォローを入れ、表立ってはいないが戦士の邪な目線からも守ってくれていた。


 聖職として彼女はパーティー内での「良心」だった。


「というか、他がひどすぎるのですがね」

『フォローにはなっていないがね』


 ともあれ今回のクエストで最後。これに協力すれば多少の「退職金」はいただけるだろうし、気にもとめていない「悪評」とやらも立たないのだろう。


 でもそれは「これ」が上手くいけばの話。


 城門を前に集まったパーティーの先頭にいた勇者は振り返り今回のクエストを説明する。


「この古城には、いつからか魔物が住む様になった。中央に単眼、体中を黒い触手で覆われた球状のモンスターだ」


 モンスター、と抽象的な表現をしているのには理由があった。


「悪いがそれ以外の情報はギルドですら持ち合わせていなかった。それだけに難易度は高いが城内にあるアイテムは全て到達した者が手に入れる」


 古城の門は閉じられていたため、パーティーは城内へ入るルートを確保しなければならなかった。いつもはアリスが最短ルートを見つけだし、他のパーティーが続くのが定石だったが、今回はダンジョンと違い城外で襲われる確率も低いため手分けして探すことになった。


 アリスは通常通りに微力な魔力を放ちマッピングを試みようとしたが、探索し始めてすぐに魔法使いから招集の合図が送られてきた。


『魔力を使った情報伝達の一種か』


「その様ですね。不便な方々です」


 魔法使いから指定があった場所には、人が通るには狭すぎるがヒビが入った壁があり、戦士の一撃であれば崩す事が出来そうだった。


 「敵に気付かれるのでは?」


 恐る恐る聞いた僧侶に、勇者は顔を引き締め、こう返した。


「多分……既に気付かれているよ」


 戦士の遠慮無い一撃で壁は崩壊し、かろうじて一人なら入れそうな入口となった。そこから戦士を先頭に一人ずつ入り城へ進む。


城とはいえ、地中に潜るダンジョンとは異なりスムーズに目的地へ進むことが出来た。


 場所は城の中央に位置する中庭。既に美しかったであろう彫像は朽ち果て噴水は乾ききっている。手入れする者が消えた花壇には力強い雑草が根を張り、廃墟に一層不気味さを醸し出していた。


「モンスターは伸縮性の触手による物理攻撃以外にも魔法を使うわ、更にこちらの魔法を弾くアンチマジックも展開されている強敵なのよ」


 逃げるな、と言わんばかりにアリスを睨みながら解説を付け加える魔法使いは、一通りの話を済ますと足を止める。


「いたぞ」


 件のモンスターは身を隠す事なく、待ち構えるでもなく、本丸へ続く門の前に鎮座していた。どこを見ているか定かではない大きな目を囲む様に無数の触手がウネウネと蠢いている。


 パーティーはモンスターからの死角になる、ギリギリまで近い壁際まで移動していた。


「話によると、あの目から放たれる魔法の矢は流れ星の様に一直線で向かってくる。触手の攻撃を交わしてもそのせいで近寄れない」


 勇者はモンスターの様子をうかがいながら小声で話す。


「それで魔法も効かない……とのことでしたが、近付けないし魔法による遠距離の攻撃も出来ないのでは手がないのでは?」


 そんなアリスの問いかけに一同は無言を通し、アリスが首を傾むけた後で勇者が一言告げた。


「すまない」


 次の瞬間アリスの体を黒猫ごと三つの金色の輪が縛る。よく見ると文字で綴られた輪で、これは聖職者が使う祝福の刻印である事がわかる。


 チラリと目をやると、辛そうに目を背けながら杖の先端に取り付けられた宝石を向ける僧侶が、そして自業自得とほくそ笑む魔法使いが見えた。


「ああ、なるほど。おとり……ですか」


 光の輪により身動きが取れないアリスは、溜息と共に戦士の腕によって軽々と持ち上げられ広場の中央に投げ出された。だが体は地面に打ち付けられず金色の輪が宙へ浮き逆さ吊りの格好にされる。


「いやーん」

『なぜ棒読み?』


 モンスターの大きな目がアリスを捉えると青い光の玉が浮かび上がり、それは目の大きさまで広がると魔法陣の形になり一つ、また一つと層を作る。それと同時に目を囲んでいた触手が一斉にアリスへ襲いかかった。


「今だ!」


 盾を構えた戦士を筆頭に剣を振りかざした勇者が飛び出す。魔法使いは二人にステータス向上の魔法をかけ従来の速度が増し加速する。


「あっはっはっ!ざまあ無いわね臆病者のエセ占い師!精々私達の役に立って死ねばいい!」


 魔法使いの高笑いが広場に響くと同時に無数の触手がアリスを貫く。黒く鋭い槍が少女の腹を太腿を首を串刺しにしていく。そして勇者の一撃がモンスターの目を貫く数歩前、高笑いを続けた魔法使いは横で辛そうに目を背けていた僧侶の言葉に詠唱を止めてしまった。


「え?僧侶、今何て……」

「アリスさん……いない」


 二人が広場の中央に目をやると、確かに四肢を貫かれたはずの少女の体は姿を消していた。


 詠唱を止め魔法の効果が切れた勇者と戦士に、アリスという標的を失ったモンスターは目に展開された魔法陣を新たな獲物として標準を合わせた。


「戦士ー‼︎」


 魔法陣から放たれた光線は勢い止まる事なくパーティーのはるか後方にある城壁まで貫いていた。間一髪回避した勇者の目には、盾を構えた戦士だったであろう上半身を無くした下半身が惨たらしく鎮座する姿が映ったいた。


 偽りの成果で戦士が購入した自慢の盾が、鎧が雪の様に溶けて落ちる。


「あいつ!どこに!」


 魔法使いが見渡すとアリスと黒猫は遥か上空から見下ろしていた。


「そんな!確かにあいつの体は拘束したはず!」


「私の魔法が破られた⁈」


 目の前の状況が信じられない魔法使いと僧侶に、上空のアリスは表情を変えずに真実を伝える。


「僧侶様の魔法で捕らえられたのは、間違いなく私ですよ?ただし複製ですが」


「ありえません!」


 僧侶が今までに聞いた事のない大声でアリスの話を否定する。


「私は高位僧侶ハイプリーストです!光の呪輪で捉えた肉体は目眩しの幻影なんかじゃなかった!」


「ええ、なので幻影呪文の複製コピーではありません。実体分身ミラーです……あと、あちらは大丈夫ですか?」


 アリスが視線を落とした先、魔法使いと僧侶が振り返った先、今まさに境地に立たされた勇者がいた。


「よくも戦士を!次の魔法攻撃が来る前に貴様を倒す!」


 息つく暇もなく、モンスターを取り巻く触手が黒い矢となって勇者に襲いかかる。だが持ち前の敏捷性と体術で迫り来る触手を交わし、じわじわとモンスターの目に近づく。この手に持つ伝説の剣で貫きさえすれば終わる。戦士を死なせてしまった怒りからか、囮まで使った策が無駄に終わった事にによる責任からか、これが勇者だからか神がかった動きで距離を詰める。


 だが神の判断は残酷だった。


『惜しいな』


 黒猫の呟きの直後に勇者の足元から地面を貫いて無数の黒い槍、触手が突き上げられ勇者の体は大きく跳ね上がった。そして地面に叩きつけられた勇者には雨の様に触手が降り注ぐ。消し炭の如くすり潰された勇者の体は跡形もなく、そこには砕かれた伝説の剣が残った。


「ひぃ……」


 悲鳴にならない声をあげ、魔法使いは膝から崩れおちる。


「な、なんなのよ……勇者が……戦士が……」


 信じられない光景に立ち上がれない魔法使いと、後ろで立ち尽くす僧侶。モンスターは目の前の脅威が取り除かれたからか沈黙を保っていた。


「残念でしたね……このまま退却されますか?」


「退却……?」


 アリスは表情ひとつ変えずに、戦況から退却を提案した。このパーティーに入ってから幾度となく危険な状況を読み取り、伝達し、批判された。その時と全く変わらない表情に、魔法使いの矛先はアリスに向けられる。


「ふざけるんじゃないわよ!あんたが卑怯な真似で私達を騙したからメチャクチャじゃない!」


「騙し討ちしようとしていた皆様から卑怯呼ばわりは流石に理不尽かと……」


「二人は死んだのよ!」


「えぇ、まあ」


「えぇ、まあ……?……だから……ふざけるんじゃないわよ!!!!!!」


 魔法使いの詠唱が始まり、炎の槍がアリスを襲う。だが上空のアリスは避ける事なく体を貫かれその身が炎で焼かれた。


「はあ……はあ、ザマァない」


 息を整え、黒焦げになった占い師を見つめる魔法使いは煙の後ろに信じられない光景を目にした。


「あ……あんた、なんで……」


 こちらへ向かって歩いてくるのは、先程黒焦げにした相手だった。変わらない表情のまま、傷どころか汚れさえない体で、肩に黒猫を乗せている。


 おとりにされた恨みも、攻撃された怒りも見えず、表情を崩さない少女に魔法使いは思わず後退りしてしまった。


「何でと言われましても……私のミラーは一体とは申してませんが……」


「冗談じゃないわよ!あんた魔法使いでも何でもないくせに!しかもミラーだなんて高位魔法、あんたが使えるわけ……」


 先程こちらに向かって来ていたアリスはふと

足を止め、スタスタとモンスターの眼前に歩み出る。


「あんた何を……」


「魔法使い様の説明にあった、魔法が通じないという話……多分嘘ですよ?」


 空気が変わる。

 言語に出来ない何かに、胸がざわつき、不安が、恐怖が体を縛る。


「あんた……いったい」


 魔法使いの言葉を待たずに、その恐怖は正体を現す。


「ミラー」


 無数の光の粒子があっという間に広場に広がり弾ける。一人また一人と姿を現す人の形は次第にアリスへと変わり一同にモンスターに向かって手を差し出す。


「ファイアスピア」


 先程、魔法使いが怒り任せに放った魔法と同じ炎の槍が一斉にモンスターへ降り注ぐ、無限に沸くかと思われた黒い触手を焼き尽くし、丸裸となった目玉から放たれた魔法の光線すらも炎と衝突し掻き消されてしまった。


 「ね?」


 アリスは落ちている折れた伝説の剣でモンスターの目玉を切り裂くと、何処からか耳をつんざく悲鳴が聞こえ目玉は消失した。


「あんた……いったい、ぎあぁ!」


 信じられないものを見た魔法使いが、震えながら搾り出した言葉が断末魔に変わる。


 異変に気付いたアリスは、胸を後ろから貫かれた魔法使いの後方を見つめた。


「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」


 アリスの問いかけに、血溜まりとなった魔法使いを踏み越えた凶行の主は穏やかな笑みを浮かべる。


「僧侶様」


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