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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
第7章 生命の樹と闇の魔導士(ダーク・ソーサラー)
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第六話「イメージと現実の乖離に戸惑う事ってありますよね?」

『え~と…なんだ、これ?』


今、目の前で繰り広げられている阿鼻叫喚の地獄絵図を見ながらタロは呟く。


その横では、いつの間にか自分で入れた紅茶を飲みながら傍観者を決め込んだアリスが


「早く終わるといいですね」


等と暢気なことを言う。


『…お前、先ほどまであそこに混じっていなかったか?』


主の指摘にわずかに視線を主に向けたものの、直ぐに目の前の集団に視線を戻すと、


「こういうのは無関係を装って傍で見ているのが楽しいのであって、当事者になるのはおバカさんのする事ですよ?」


などと平気で嘯いて見せた。


『…お前もたいがい酷いな』


とは言うものの、タロもその喧騒の中に入りたいとは全く思わなかったため、大人しく事の推移を見守ることにした。




2人の目の前では4人の男女がそれぞれ好き勝手なことを…というよりは、一人のエルフの暴走をなんとか抑えようと必死になっていたが、思いの外、それは難事業のようだった。


「だっはっはっは!なんだい、ラフル?そんなに慌てて私から離れようとしなくてもいいじゃないか?」


「フィオナさん!離して!あ、当たってる!色々、当たってるから!!」


「なんだい?男のくせにだらしないねぇ~。きれいな女の乳が当たってたら、逆に揉み返してやるぐらいの気概はないのかい!」


「母さん!!もう、いい加減にして!!」


「んー!んっ-!!」


「ほら、クラークも、まだ女を知らないんだろう?私が許すって言ってるんだから、ちょっと私の胸をもんでごらんよ?」


「母さん!!!」


セリフだけを聞けばどんな酒池肉林かという話だが、絵面を見ると大きく期待を裏切られる。


端的に言えば、酒に酔ったフィオナが若い男2人の首根っこに腕を回して引き寄せ、セクハラ行為を行っているところをエルミアが必死で止めにかかっている、という構図である。


大の大人の男性2人が女性の軛から逃れられないのかとも思うが、そこにはあまり無茶な事をしてエルミアの母親を傷つけてはいけないという2人の配慮もさることながら、そもそもA級冒険者とB級冒険者の力量の差も大きく関わっていた。


結果、なんだかんだ言いながら女性への免疫があまりない2人の若き冒険者が、見た目だけは若く豊満な女性と密着する事態の中で、羞恥と理性と本能の狭間で揺れ動く微妙な表情を見せるという愁嘆場が先ほどから展開されている。


なお、二人のパーティメンバーであるイオンは1杯目の酒で既に撃沈していた。


『…その…なんだな。俺は見目麗しいエルフの中に下町の肝っ玉母ちゃんと、更にはおっさん迄同居しているという事を今日初めて知ったよ』


「…奇遇ですね。私もです。」


黒猫主従はいつ果てるとも知れない騒動を眺めながら、全く場違いな感想を共有していた。


「いい加減にしなさーい!!!!!」





それは数時間前、フィオナの家へと到着した一行は、フィオナの用意していた手料理で歓待された。


定期的に街を経由する際は宿へ宿泊していたとはいえ、野宿などの際には簡単な食事で済ませていたこともあり、この歓待を皆一様に喜んだ。


だが、ある程度食事も済んだところで、フィオナが親交を深めるために少し飲もうと言い出すと、エルミアが表情を変えた。


「えっ!?母さん、それは、また別に機会に、という事でいいんじゃない?みんな、ほら、疲れてるし…」


「何を言っているの、エルミア?みんな野宿とかだと夜の警備もあるし、お酒も満足に飲めなかったでしょう?心配しなくても、こっちでお酒は用意しているから」


そう言って笑顔を浮かべる母親を、引きつった笑顔で見るエルミア。


「…いや、気持ちは嬉しいけど、それは「えっ!ホントっすか!うれしいです!!」」


尚も母親へ翻意を促そうと話を始めたエルミアの言葉被せるように、ラルフが賛意を示した。


「確かに、最近はアルコールが足りていなかったので、ありがたいですね」


更に追い打ちをかけるようにアリスからの援護射撃が入ると、


「そう、良かったわ。じゃ、準備をしますね」


そう言ってフィオナは奥へと準備に動いた。


母親が居なくなったところでエルミアは全員へ不機嫌な視線を送るが、そもそも何故反対したのか分からないのだから仕方ないかと諦めてため息を吐くと、


「あんた達、後悔しても知らないわよ」


そう言って、簡単に理由を話した。


曰く、そもそもフィオナは酒に弱く酒乱の気がある。しかも、翌日は全く覚えておらず、どんな失敗をしたか話して聞かせても、覚えてないからそんな事をした覚えはないと言ってきかない。


挙句は、自分は酒に強いという妄想まで抱いているので、以前は出来る限り酒を飲まさないようにしていた、と言うのである。


とは言え、


「しばらく離れて暮らしている間に少しは飲めるようになったかもしれないし、まぁ、あまり飲みすぎないようにこちらで見張ることにするわ」


そう言って諦観の表情を浮かべた。


話を聞いた面々は少し引きつった表情をしていたが、


「ほどほどならいいんすよね?ほどほどなら…」


という共通認識を確認して酒を飲み始めたのだった。


しかし、その選択が誤りであった事に気づくのに、然程時間を要しなかった。


僅か1杯で出来上がったフィオナは、若い男2人に散々セクハラまがいの質問を投げかけた挙句、はじめのような状況へと突入したのである。


2人が解放されたのは、酔って眠気に負けたフィオナが意識を手放した夜半過ぎであった。


「2人とも、ごめんなさい。明日起きたら、母にはよく言っておくわ。…でも、うちの母さんを邪な目で見たら殺すわよ?いいわね?」


確かに、初めての女性の柔らかい感触がまだあちこちに残っている感じはあるが、どちらかと言うと完全に巻き込まれ事故なのに上司に睨まれるという不幸に見舞われた2人は災難と言う他ない。


完全に酔いつぶれたフィオナをベッドに運んだエルミアが戻ったところでアリスが様子を伺う。


「あぁ、まぁ、いつもの事だから大丈夫よ。少しはマシになったかと思ってたけど、全然だったわ」


そう言いながら席に着いたエルミアは、


「少しは手伝ってくれても良かったと思うんだけど、早々に逃げたわね?」


と非難がましい視線をアリスに向けた。


そんなエルミアのプレッシャーもどこ吹く風で気にする素振りも見せないアリスは、


「刃傷沙汰になるならともかく、お互いいい大人なんですし、そのまま放っておいても良かったんじゃないですか?」


と言いながら、手にしたお茶のカップを置くと、左手の親指と人差し指で作った丸の中に右手の人差し指を出し入れする仕草をして見せた。


「…その下品な手の動き、止めてくれない…」


こめかみを抑えなら頭を振ったエルミアは、改めてアリスに視線を向けると、


「もう、そんなのどこで覚えてくるのよ!お願いだから、もう少し自分の見た目に合った品性を身につけて!」


そう言って自分も気に入っている銀髪の少女を窘めた。


アリスも悪ふざけが過ぎたと自覚したのか、「スミマセン」と素直に謝罪した後、


「率先してくだらない事を教えてくる方がいるんですよ…」


そう言いながらタロを見た。


『えっ!?俺?俺、そんなの教えたか!?』


身に覚えのない罪を押し付けられたタロが抗議の声を上げるが、そんな黒猫を放置して話は進む。


そういう人との付き合いは考えた方がいいといったエルミアからの忠告を受けながら、アリスも曖昧な返答を返してたが、ふと思い出したようにエルミアに問いかける。


「フィオナさんって、私の知っているエルフのイメージとだいぶ違うんですが、私の認識が間違ってましたか?」


「あぁ…その事…」


アリスは単に疑問をぶつけただけだったが、エルミアの言葉は歯切れが悪かった。


「その…アリスの認識は間違ってないと言うか…母さんの方がだいぶ変わってるのよ。そもそも変わり者で通ってるしね」


そう言って苦笑を浮かべたエルミアだったが、


「今日はもう遅いし、詳しい話はまた後日しましょう。」


と言って話を打ち切った。そして最後に一言付け加える。


「あの酔った後の姿が母さんの素だから、たぶん、明日からはあれだと思う。」


なんでも、最初に会った時のフィオナはだいぶよそ行きの猫かぶりだったようで、エルミア曰く、あなた誰?状態だったとか。


それを聞いた男性陣2名は戦々恐々となるが、それにエルミアが追い打ちをかける。


「大丈夫よ、普段はあんなにアグレッシブな行動取らないから…たぶん」


「なんで、たぶんなんですか!?」


そう言われたエルミアは二人から視線をはずしつつ、


「正直、あの人の行動は読めないから…」


と何とも頼りない発言をした事で、大の男2人が悲壮な表情を浮かべた。


とは言え、いつまでもそうしているわけにもいかず、それぞれ割り当てられた部屋に向かい、明日を迎える事となった。






その夜、その部屋に集まった面々は一様に顔を覆う仮面をかぶり頭もフードで覆っていたため、その面が誰なのか伺い知る事は出来なかった。また、皆が風魔法の一つである変声の魔法を使っていた為、ここにいるメンバーですらここに集まった面々が誰なのかを容姿や声で判別する事はほぼ不可能だった。


誰一人として口を開く者はおらず、ジリジリと沈黙の時間が流れる。


どれほど時間が経っただろうか。


おもむろに部屋の扉が開くと、そこにいる人々と同じ格好をした一人の人物が部屋に入って来た。


「いやぁ、遅れてスンマセン」


それまでその部屋を支配していた緊張感が一気に崩れ去るような呑気な調子の一言に、参加者の一人から叱責が飛ぶ。


「遅いぞ!何をやっているのだ!」


「いやぁ、いろいろ忙しくてね」


相変わらず呑気な調子で言葉を返しながら件の人物は空いている席へ体を納めたが、その様子に別の人物からも指摘が飛ぶ。


「貴様!この会合がどれ程重要か理解しているのか!?」


だが、そう言われた当の本人はあまり気にしている風でもなく、


「あ、わりぃわりぃ。遅れたのは悪かったけど、ちゃんと会合には間に合ったんだからいいだろう」


と先程までと変わらぬ態度で言葉返しながら、叱責の言葉を投げた人物に無表情な仮面の面を向ける。


だが、その声音に隠しきれない侮蔑の色がにじんでいる事を察したその人物は、


「貴様ー!」


と叫びながら座っていた席から立ち上がった。


剣呑な雰囲気が一気に二人を包んだその時、


「止めんかー!!」


上座に座っていた人物から怒号が飛ぶ。


怒りに任せて席を立ち上がった人物は我を取り戻したのか、


「も、申し訳ありません…」


と言うや、静かに席に戻った。


「Z、貴様もいい加減にしろ!」


上座の人物は騒動の発端となった人物をそう言って嗜めるが、当の本人は悪びれた風も無く、


「スミマセンね。育ちがあんまりよろしくないもんで、ついつい出ちゃうんですよ」


と返した。


上座の人物は軽く溜息をつくと「もういい」と短く言って改めて話し始めた。


「いよいよ計画も最終段階に差し掛かる。当初の取り決め通り、事が動き出したら皆は自分の責務を果たしてもらいたい」


「いよいよなのですね!」


「これで我らエルフの新しい時代の幕が明けますな」


「なに、本来あるべき姿になるだけだ」


などと参加者が口々に期待を込めた言葉を口にする中、Zと呼ばれた人物の隣に座っていた人物が「これでようやく…」と絞り出すように言葉を吐き出した。


程なく会合は終わりを迎え、参加者はそれぞれ夜に闇に紛れて消えていった。


その場に最後まで残ったZは周りに誰も居なくなると、それまで着けていた仮面を外し、軽く伸びをする。


仮面を外したZことブラックオパールは先ほどの会合を思い浮かべながら、


「面倒くさい役回りを押し付けられたと思ったが、これはこれで面白くなってきたな」


と独り言ちた。


そして、


「なんで、エルフってのはああ単純なのかね?まぁ、エルフに限らず狂信的な奴はバカなんだろうが、扱いやすくはある。せいぜい踊ってくれよ」


と言いながら、その面に黒い笑みを浮かべた。











そこは鬱蒼と茂る森の中。少女は何かに引き寄せられるように奥へ奥へと進んで行く。


この先にはとても怖い事が待ち受けていると分かっているのに進む事を止められないもどかしさを感じながら、それでも何故かある種の安心感をもって先へと進んで行く。


しばらく進むと突然、三体の巨大な何かが目の前に降り立った。自分では絶対に抗う事が出来ない強大な力を感じて、少女はその場に立ち尽くす。涙も出ないほどの恐怖。声を出す事も出来ず立ち尽くす少女に、目の前の何かが手を伸ばした瞬間、どうという音と共にその何かは三体同時にその場に倒れた。


何が起こったのか全く分からなかった少女は、その倒れたものの近くに一人の人物が立っている事に気づいた。


黒い衣装をまとい銀髪の長い髪を揺らしながらこちらに近づいて来る一人の女性。顔はよく見えないが、女神のように美しいと分かっていた。その人の肩には黒い何かがあるがよく分からなかった。その人は、少女の目の前まで来ると腰を落として目線を合わせ、ニッコリ笑った。


「お嬢ちゃん、こんな所にいると死んじゃうよ?」




ガバッと跳ね起きたフィオナは瞬間的にあたりを見回し、自分が自宅のベッドで眠っていた事を思い出す。


ガクガクと震えだした自身の体を抱くように手を回すと、普段では考えられない程の寝汗をかいている事に気づき改めて驚きに目を見開いた。


「夢…よね?…でも、あの感じ…何となく覚えがあるような…?」


今まで自分が見ていた夢、だがその中身は時間と共に霞のように記憶の彼方へ消えて行く。


何か大事なモノを思い出しそうだったのに、今、自分がどんな夢を見ていたかすら既に思い出せずにいたフィオナ。


釈然としないものを感じつつも、明日からの事を考えてフィオナは再びベットで横になった。






「さすがにハッキリとは覚えていないようですし、問題は無いかと思いますが?」


宛がわれた1人部屋に落ち着いたアリスは、昼間の事を思いだしながら、タロに話しかける。


『まぁ、そうだろうな。しかし、あの時の娘がエルミアの母親とは、意外と世間は狭いという事かな?』


自身の毛づくろいしながら、アリスの言葉に言葉を返すタロ。


「そう言うものですか?それにしても、フィオナさんの話からすると、あれからもう340年近く経つんですね。あの少女、あの当時で4、5歳ぐらいでしたか?」


『それぐらいの年だったな。人間の世界でも《三つ子の魂百まで》というが、小さい頃の記憶は意外と忘れないものなのかもしれんな。ともあれ、よっぽどマズい事態になれば対処を考えるが、取りあえず放っておいても問題あるまい』


そう言いながら、タロは世間が狭いというよりも、自分たちが誰かの掌の上で転がされているのではないかという疑念を心に抱いたが、それに対する回答を見出すことは出来なかった。

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