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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
第7章 生命の樹と闇の魔導士(ダーク・ソーサラー)
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第四話「エルフ氏族国」

エルフ氏族国。


アルタニス大陸中西部に位置するその国は、その名が示す通りエルフの国であった。


その領土はティラーナ聖王国や神聖ミケーネ帝国には遠く及ばないものの、十六国連邦全体と同じ程度の面積を有する一大国家である。


だが、その国の地理的特徴はその広さではなく、その構造にこそあった。何故なら、その国は広大な森に覆われた森林国家だったからである。


大陸の地続き部分から北に伸びる形の半島を形成するこの地域は、南側以外の三方には海岸線が在るものの、少し内陸へ入れば直ぐに森が広がり、普通の人間が迷い込めば簡単には抜け出せない無限回廊と化す【魔の森】と一般には認識されていた。


だが森の民として知られるエルフにとっては、人間が町に暮らすかのごとく、どこよりも安全で自分達が守るべき場所として日々の生活を重ねていたのだ。


この広大な土地には現在二十四の氏族、総数およそ二万人余りのエルフが暮らしていた。


かつては他に二氏族が暮らしていたが、それぞれの理由でこの森を追われて久しい。


他にも自分の意思で森を出て人の世界で暮らすものも居たが、それを合わせても、この世界に生きるエルフの総数は三万人には及ばない数であった。


また、この森の北方には聖域があり、中心近くには【ユグドラシル】と呼ばれる世界樹がその巨大な姿を見せていた。


世界樹【ユグドラシル】…この世界を安定させる為に神々が地上に植えたとされる神木で、その樹齢は万年をも超えるようになると伝えられて居る。


伝承によれば今のユグドラシルはまだ幼木で樹齢も三千年程だと言うが、それでもその幹の直径は150ペテル(約120m)を超える大樹であり、その周辺は神域としてエルフたちの上位種族であるハイエルフによって管理されていた。


また、その神木を守るための守護獣もおり、何人たりとも簡単には近づくことは出来なかった。


しかし、そのような中で少しづつ異変が始まった。


青々と茂るユグドラシルの枝葉に黄色い葉が混ざり始めたのはおよそ二か月前。


一般に【アマレク地方】と呼ばれるこの半島周辺は、年間を通して温暖な気候が続く所であり、森の木々も含め常に緑の葉を茂らせていた。


黄色い葉が付くのはその木が枯れ始めている兆候と言われていた。


もちろん森の民であるエルフであれば木々の状態回復については方法を熟知していると言って良かったし、その中でもハイエルフが対応するのだから直ぐに状態は改善すると思われた。


だが、予想に反して症状に変化は見られず、彼らの持つ最大限の知識と技術、そして森に棲まう精霊達の力を借りても状態が改善する事は無かった。


その事実は、ハイエルフから各氏族の族長には伝達されたが、それと呼応するかのように、それまでこの森では見かけることの無かった低レベルの魔物が跋扈し始めた。


年若いエルフたちは一体何が起こっているのか分からず不安に駆られ、年かさの者はかつてこの森を襲った厄災を思い返し顔をしかめた。


黒猫主従とエルミア達がこの国を訪れたのは、そんな折であった。






「ここ、どの辺りになるんですか?」


そろそろ目指す目的地に着くというので、アリスはエルミアに話しかけた。


だが、当のエルミアからの返答は無かった。


訝しんでエルミアの方へ目を向ければ、緊張した面持ちで眼前の街道を見つめている。


「エルミアさん!」


「えっ?…あ!どうかした?」


アリスの再度の問いかけで我を取り戻したエルミアは慌ててそう返すが、明らかにいつものエルミアとは雰囲気が違っている事にアリスは気づいた。


「どうかしたのはエルミアさんの方ですよ。どうしたんですか?」


「いやねぇ、どうもしないわよ」


アリスの問いにそう返すエルミアだったが、アリスはジト目でエルミアを見つめると、


「そんなの、占い師相手に通ると思ってませんよね?」


と言って、器用に馬車の荷台からエルミアの隣へ席を移した。


「…別に占い師でなくても通らないわよね…」


そう言ってエルミアは観念したように、銀髪の少女へその胸の内を語った。


「あまりここにはいい思い出が無いから、少し緊張してるのよ」


エルミアの語る所によると、自分がほんの小さな子供だった頃、そして成人して冒険者になりたてたての頃に暫く暮らした事があるそうだが、自分に向けられる奇異と侮蔑が入り混じった視線は耐え難かったという。


中には母の知り合い達のように好意的に対応してくれる人達もいたが、多くのエルフ達は自分を半端者と呼び、同胞とは認めてくれなかったという。


全ての人間がそうでは無いものの、エルフをはじめ人間以外の人種を「亜人」と呼び差別の対象としている風潮がある一方、エルフもまた自分たち以外の人種よりも自分達が優れていると考えるものは多かった。


その為、エルフの事も「亜人」と呼ぶ人間に対しては殊更に敵対心を持つ者も少なくはなかったのだとか。


「それでも人間と接する事の多い氏族では、そういう風潮を表で感じる事は無いの。実際に心でどう思っているかは分からないけど、表面的には良好な関係を築いているわ」


でも、と言って話を続けるエルミアは、人間とあまり接する事のない氏族は人間に対する敵対心が強いと話した。


「母の氏族は丁度その境目にいると思ってもらっていいわ。人間に対する好意を持っている人と同じぐらい、いえ、それよりも少し多いかもしれないけど、敵意を持っている人たちもいる。だから、もしかしたら気分が悪くなる思いをするかも知れないの。ここまで来てこんなこと言うのも何だけど、巻き込んでごめんなさい」


自分にもその血が流れているにも係わらず、敢えて“母の”氏族と言ったところでエルミアの心情を慮ったアリスは、


「ほんとに今更ですね」


と、口ではそう不満を言いつつも、


「この件が片付いたら、今回、堪能出来なかった海産物を盛大に奢ってもらいましょうか」


と言って笑顔を浮かべた。


「…アリス」


アリスの言葉を聞いたエルミアは苦笑を浮かべ、


「そうね、報酬とは別に盛大にご馳走してあげるわ」


と言っていつもの笑顔を浮かべた。


エルミアがいつものエルミアに戻ったと感じたアリスは、その視線を馬車の進む方向へ向けると、


「気にしなくても大丈夫ですよ。ある程度の事は我慢しますし、一線を超えたら相応の報いを受けてもらいますから」


そう言って黒い笑顔を浮かべた。


「…あなた、やっぱり怖い子ね…」


アリスの事はある程度分かっているつもりではいたが、ほんとのところは何も分かっていなかったのかもしれないと、エルミアは少し冷や汗を流す。


「こんな可愛い美少女捕まえて酷くないですか?」


そう言いながらエルミアの反応に頬を膨らませて抗議をするアリスを、エルミアは笑顔で宥めすかしていた。


その二人のやり取りを、タロは再び陣取った幌の上から眺めていが、


「アリス…お前、やっぱり…」


そう呟くと、少し遠い目をして出会ったばかりの頃のアリスを思い出していた。


だが、その思いは幾ばくもなく、馬車の急停止と馬の嘶きによって打ち消された。






その時、突如聞こえた矢の風切り音に反応して馬のたずなを引いたエルミアが馬車を急停車させると、目の前の道に数本の矢が突き刺さった。


怯えた馬が嘶きを上げて恐慌状態に陥りそうになるのを、巧みなたずな捌きで落ち着かせると、エルミアは声を張り上げた。


「誰!?出てきなさい!」


エルミアは周りを警戒しながら、荷台の住人に対しては、「まだ動かないで、そのままでいて」と小さな声で指示を飛ばした。


程なく弓を構えたエルフと思しき数人の男たちが馬車を囲むように姿を現した。


「ここはエルフの土地だ。人間はすぐに立ち去れ!さもなくば我らの弓の餌食となるぞ!」


そう吠えたエルフは、ご多聞に漏れず美形で長髪ブロンズの偉丈夫だったが、その面には人間への強い敵対心が見て取れた。


「あんた、確か、イェービクのエルドラじゃないか?」


エルミアはそう言いながら、目深にかぶっていたフードを外し、その姿を周囲に晒した。


「…お前、エルミアか!?…何しに来た?半端者が我が物顔で出歩いていい場所ではないぞ!」


エルドラと呼ばれた男は馬車を駆っていたのがエルミアだと知ると、手にした弓は下げたが、より一層顔を顰めて言葉を続けた。


「お言葉を返すようだけどね、エルドラ。この辺りは、あんた達イェービク氏族の土地ではないはずよね?またぞろあんた達の勝手な行動で迷惑する人たちが出るのではなくて?相変わらず、頭の固いエルフね!」


エルミアの言葉を聞いたエルドラはあからさまに顔を赤くし、


「舐めた口を叩くなよ!混じり物が!我々はエルフを守るために活動をしているのだ!多くのエルフが我々の活動を認めている!貴様ごときが知った風な口を利くな!」


と怒りを滲ませた声を張り上げた。


馬車を囲む他のエルフたちも怒りの表情を浮かべていたが、特に声を上げる事はなかった。


「…前々から思ってたけど、どうしてあんた達はそう頭が固いの?この世界はエルフ以外の人族もいるし、そもそもエルフの数は多くない。共存して生きていくようにしないと、いずれ大変な事になるわよ?」


そう言うエルミアの言葉を聞いたエルドラは、「ハッ!」と吐き捨てると、


「魔法も満足に操れん人間などとの共存など必要ない」


と言って、再び弓を番えてエルミアに通告した。


「もう一度言う。このまま立ち去れ!そうすれば危害は加えない。」


本来、出会うはずのない場所で面倒な事になったとエルミアは考えていたが、それ以上に荷台から何やら2つのプレッシャーがヒシヒシと感じられ、エルミアの気持ちとしては、まさに前門の狼、後門の虎の心境で、どうしたものかと考えあぐねていた。


と、そこへ。


「エルドラ、あんた、あたしの客に何しようとしてるの?」


そう言葉が降ってくると同時に、一人のエルフと思われる女性が樹上から馬車の前に降り立った。

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