第零話「プロローグ(2)〜伝説との邂逅」
それは静かにその森に身を潜めていた。
そこは森の民であるエルフが治める森…決してそれがいて良い場所ではない。
だが、それはそこに居続けた。いや、正確にはそれはそこを離れる事が出来なかった。
何故なら、それは致命的な程に弱っていたから…地上最強の生物と言って過言ではない【ドラゴン】という種であるそれは、本来であれば何よりも強靭なその肉体と持って生まれた強大な力、そしてその個体のみが持つ能力によって、ドラゴンの中でも抜きに出て強力であったのに、今はその面影も感じられない程に衰弱しきっていた。
それは【エンシェント・ドラゴン】と呼ばれる特別な存在。
彼がこの地に来て既に半月ほど経過していた。彼にはここに来る然るべき理由があった。
だが、彼の目論見は脆くも崩れ去り、伝説のドラゴンの命数は風前の灯であった。
そんな彼の元へ足しげく通うものがあった。そして今日もまた、彼女は現れた。
「良かった。まだくたばってなかったね」
『小さきものよ。何故に我を助ける?』
この森へ身を潜めて暫くした頃、そのエルフは突然現れた。
初めは驚き、そしてそのドラゴンが生命の危機に見舞われている事を察すると、治療の為の手段を講じてくれた。
もしそれが無ければ、もっと早い段階で彼の命は尽きていたかもしれない。
献身的とまでは言わないまでも、見ず知らずの、しかも実在する事は一般に知られていないドラゴンの世話をするこのエルフの心持が不思議で思わず聞いてしまった。
「さぁ?何でだろう?……理由なんて特に思い浮かばないね。ただ、物語の中だけの存在だと思っていたドラゴンが目の前に居るっていう事だけで、あたしはすごく興奮してるのさ。それが理由じゃダメかい?」
その答えを聞き、思わず苦笑する。
『変わっているな、小さきものよ』
「あぁ、皆にそう言われるよ。でも、それがあたしなんだ」
そう言って今日も気休めにしかならないと分かっていながら、回復系の魔法をかけていくそのエルフの言葉に思わず笑みがこぼれる。
『……そうか。手数をかけるな、小さきものよ』
「その“小さきもの”っての、止めてくれるかい。あたしには“フィオナ”っていうちゃんとした名前があるんだよ」
若干不満げな顔をしたその女性エルフ…フィオナは、そう言って抗議の声を上げたが、しかしその表情と言葉とは裏腹に真剣な眼差しで目の前のドラゴンの様子を観察する。
人種の類であれば、ある程度の傷はハイヒールをかけて安静にしていれば回復する。
しかし、そのドラゴンの症状は明らかに現在進行形で進んでいる何かがあった。
いったん回復した体力も、明日にはまた減っている。
それも、毎日回復する分よりもほんの少しだけ多く減っている。
このままではいずれ命が尽きてしまうと分かっていても、原因を特定する事は出来なかった。
初めはドラゴンと人種の違いかと思ったが、回復系魔法の効果については人種とドラゴンに左程の差はない、と当のドラゴンが教えてくれたのでその線は消えていた。
『それは済まなかったな、小さ…フィオナ。我が名はニーズヘッグと言う。ワシの事もそう呼んでくれ、フィオナ』
「分かった。ニーズヘッグね。あんた、物語に出てくる伝説のドラゴンと同じ名前なんだね」
そう言ってニカッと笑ったフィオナは、
「あんたは食べ物はいらないって言ったけど、やっぱり何かを食べた方が良いと思うよ。ドラゴンが何を食べるか知らないけど、取り敢えず近くでウサギでも狩って来るから暫く待ってな」
そう言うや使い慣れた弓を片手に森へと消えて行った。
『…多分、それはワシの事だと思う…って、せっかちな奴よ。我の話を聞きもしない』
そう言って溜息をつきながら、フィオナが消えた先へと視線を投げた。
『しかし、世界樹の力で少しは力が戻るかと思ったが当てが外れたものだ。まぁ、そろそろあちらへ行って古馴染みに会うのも良い頃合いとは思うが、しかし…』
ニーズヘッグはそう呟くと暫し考えを巡らせていたが、
『これだけ世界樹の力が弱まっていると言う事は、この森には何か異変が起こっているのかも知れんな…まぁ、今のワシではどうする事も出来んが…彼奴が居ればこんな事にもなるまいに…』
そう言って辺りを見回した。
『【アールブの魔女】と呼ばれた彼奴も、今頃どこで何をしているのやら…』
ニーズヘッグは再び軽く溜息をつくと、ゆっくりと体を横たえて目を閉じた。




