第零話「プロローグ(1)〜 Once upon a time」
「はっ!…はっ!…はっ!……」
少女は全速力で駆けていた。だが、まだ幼き少女の全速力など知れている。
しかし、少女は急いでこの場から逃げ果せねばならなかった。
目を覚ました少女は、昨日まで自分の側にいた見張りが何故かいない事に、すぐさま気づいた。
(お家へ帰らなきゃ)
そう考えたが、一瞬行動を躊躇した。
近づいてはいけないと言われた森に近づき、知らないおじさん達にここに連れてこられて既に何度かの夜を越えていた。
お父さんやお母さんに叱られると考えたが、すぐに頭を振ってその考えを振り払うと、扉に近づいた。
開かないかとも思ったが、豈図らんや扉は何の抵抗もなく開いた。
後は無我夢中で駆け出した。
ここがどこかは分からなかったが、辺りが森である事が知れると、自然と不安は解消された。
森の中なら、森の精霊がエルフである自分に教えてくれると感じたからだった。
どれ程走っただろうか。少女は、もう何時間も走っている様な感覚に囚われていた。
だが、実際にはほんの十分程度走っていたに過ぎなかったので、元いた場所から然程離れた訳では無かったが、それでも自分を日常から遠ざけていたあの部屋から出る事が出来た事は少女にとって大きな事だった。
もうすぐお父さんやお母さんにも会える。
また、あの光に包まれた日常が返ってくる。
そう考えただけで、少女は走る足に力を込める事が出来た。
と、その時…
少女は大きな力の脈動を感じ、慌ててその場に立ち止まった。すると…。
ズシーン!!
ズシーン!!
ズシーン!!
突如少女の目の前に巨大な三つの黒い影が大きな音と共に舞い降りた。
それは少女が初めて目にする三匹の巨大な獣だった。
濃い焦げ茶色の体毛に全身を覆われ、上半身に隆々とした筋肉を身につけた二足歩行の魔物…フォレストエイプと呼ばれる強力な魔物が少女の行く手を阻むように姿を現したのだ。
その光景を見た少女は、あまりの恐怖に泣くことも逃げる事も出来ず、思考停止状態でその場に立ち尽くした。
今からおよそ三百四十年前の出来事である。




