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第転話 【不定期連載】「アウグストの大冒険 ~ 皇太子の憂鬱」

「だいたい、なんであんなオバはんと結婚しなきゃならないんだよ!!」


その男は悪態をつきながら街道をずんずんと突き進んだ。


城を飛び出したのは夜半過ぎで、今は太陽が中天へ差しかかろうとしていた。


途中で何度か休息を取りはしたが、追っ手がかかる前に何とか安全な所まで逃げのびようと無理を押して歩き続けた。


もっとも、どこまで行けば安全だと感じられるかは皆目分からない状態だった。


男の名はアウグスト・ヴァン・キングストーン。


ヌオロ獣王国の第一皇子にして皇太子・・・元皇太子であった。


「まったく・・・これじゃ、何の為に異世界転生したか分からないよ!」


実は、アウグストは異世界からの転生者だった。




日本でデブのオタク中学生だった金谷(かなや) 信之(のぶゆき)は、不幸にも交通事故で命を落とした。


信之が意識を取り戻したのは辺りが真っ白な何もない部屋の中だった。


先程までの記憶が曖昧で、自分が何故この場にいるのか訝しんでいると、突然目の前に一人の少年が現れた。


どこから来たか全く分からなかったが、気づけば既にそこにいた。


少年はロキと名乗り、自分が神だと名乗った。ロキと名乗った少年は信之に彼の死を告げた。


初めは新手の詐欺かと疑ったが、目の前で自分が死ぬ際のグロい映像を見せられ、葬式の際に泣き崩れる両親の姿を見た時に、「あぁ、ホントに死んだんだな」と理解した。


もちろん、女の子と仲良くした記憶は皆無だし、周囲からはキモオタ扱いであったため、自分が死んでしまった事を知った時も、そうなんだ程度の認識で特段の感情は沸かなかった。


だが、自分の目の前に現れた少年神は、なんと自分を異世界へ転生させてくれると言うのである。


巷で流行りの異世界転生である。


正真正銘の中二病患者である信之は狂喜乱舞し、二つ返事で異世界転生を承諾した。


「念のために聞くけど、転生したら君の魂はもう二度とこの世界には戻れないけど、いいんだね?」


そう問われた信之だったが、


「この世界は俺には窮屈すぎる。別に未練になるようなものは無いから、異世界転生、よろしくお願いします!!」


そう言って目の前の少年神に頭を下げた。


その実、両親に会えなくなる事は少し寂しい思いがしたが、意識は既に未知の異世界での生活に飛んでおり、様々な妄想が頭の中を駆け巡った。


もちろん、神たるロキはその内容を余すところなく覗き見したところで、信之にこう言った。


「分かった。君の要望に全部応える事は出来ないけど、ある程度融通を利かせてあげるよ。破格だよ?」


そう言って、信之にいくつかのスキルとギフトを与えた。


魔法や身体能力等はBクラスの冒険者程度の能力だったが、一つだけ突出した能力が与えられた。


それが、【全知識検索ワールドディクショナリ】とロキが言う能力だった。


あらゆる世界の全ての知識を調べる事が出来るこの能力は、智の究極と言えた。


勿論、普通の人間がそんな能力を与えられても処理出来ずに宝の持ち腐れなので、「思考加速」「並列思考」等のギフトも同時に与えられた。


「いや、出来ればもっとチートな俺TUEeee系の能力がいいんですが?…」


確かに与えられた能力は破格だが、自分が考えた力とは少々違った方向に能力が振られている事に若干の戸惑いを見せる信之に対して、


「あんまりチート過ぎると人生楽しくないよ?程々がいいんだよ」


と少年神が嘯く。


「はぁ…」


目の前の神の言葉に納得がいかないものを感じる信之に、ロキは続けてこう言った。


「実は君にお願いがあるんだよ」


「お願い…?」


神が突然お願いである。


信之は、やはりこれは新手の詐欺でツボか何かを買わされるのか、と身構える。


その様子を見たロキはため息をついて、


「ツボなんか売りつけないから心配しなくていいよ」


と信之に告げた。


一方の信之は自分の頭の中を覗かれた事に唖然としたが、さっきもっとエゲツない想像をした事を思い出し、急速に顔を赤らめた。


そんな信之の様子に頓着した様子も見せず、ロキは話を続ける。


「この世界はあまり発展してないんだ。君らの世界でいう所の中世よりも更に前の段階で止まっている。モノによっては、もう少し進歩しているものもあるけどね」


「そうなんですか…」


あまり興味の湧かない話題に曖昧な返事を返す信之だったが、次のロキの言葉に耳を疑う。


「君にはこの世界をその力で発展させて欲しいんだよね」


「えっ?…はぁ!?」


初め、何を言われているのかよく理解できなかったが、言われた言葉が脳に浸透すると、思わず間抜けな叫びが口から出た。


「ちょっと待ってください!俺、ただの中学生ですよ!?そんな知識与えられても、やり方も分からないし、そもそも一個人で世の中変えられないですよ!!」


信之が必死の形相でそう訴える横で、ロキは「まぁ、そう思うよねー」と軽い調子て相槌を打つと、


「心配しなくても大丈夫。相応の地位を約束するし…」


等と宣った。


何が大丈夫なのかさっぱり分からないが、しかし、ロキの発した次の言葉は信之の心をグッと鷲掴みにした。


「君、ケモ耳に囲まれて暮らしたいんだろう?」


身体をピクンと跳ねさせると、掴みかからん勢いでロキに詰め寄った。


「そげな生活が手に入るとですか!?」


信之の勢いに若干引き気味にロキが答える。


「あ、ああ、そうだよ。ついでに、ケモ耳幼女もいっぱい居ると思うよ〜」


信之、二度目の狂喜乱舞である。


同年代の女の子からはキモがられ全くいい思い出のない信之は、隣の家に住むみよちゃん(10歳)と大変仲が良かった。


本気かどうかは分からないが、


「大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになってあげる」


と言われて興奮したのは、つい数日前の事だ。


その夜は思わず、その事をネタにいたしてしまった。


みよちゃんとのやり取りを思い出して、少し遣る瀬無い気持ちになったが、もう死んでしまった以上どうしようもないと、将来の嫁かもしれなかったみよちゃんに心の中で手を合わせた。


「君の嗜好は理解してるつもりだから、まぁ、大船に乗ったつもりでいてよ」


ロキの言葉で我に返った信之は、


「分かりました。何が出来るか分からないけど、やれるだけはやってみます」


そうロキに言葉を返した。


「ありがとう。そう気負わなくていいよ。何か一つ、娯楽とかを新しく作るとかでもいいからさ。

新風を巻き起こしてくれないかな?」


寧ろハードルを上げられてる気がしなくもないけどと考えながら、ロキの言葉に従って信之はヌオロ獣王国に転生する事となった。


転生の為に信之がその場から姿を消した事を確認した後、一人残ったロキは独り言ちる。


「さて、これまでとは毛色の違う者を送り込んでみたが、どうなるものかな?」


その面には、様々な種類の愉悦が混じりあった異様な表情が浮かんでいたが、その事を信之が知る事は無かった。




「まさか自分がケモ耳になるとは思わなかったけど、まぁ、それも悪くないか」


転生した時から前世の記憶があった信之改めアウグストは、ロキの言葉通りに獣王国の皇太子たる地位でこの世界に生を受けた。


しかし、そこは見た目は赤ん坊でも意識は多感なお年頃。


おしめ交換時に綺麗なお母様や世話をするメイド達にあそこやココを散々見られる羞恥プレイも無心の面持で乗り越え、人前に出て注目された事ないのにお披露目の席で多くの貴族達の注目を浴びるなどの過酷なイベントを無事に通過したアウグストは、スクスクと成長した。


ロキが言った通り、周りにはケモ耳に溢れており、貴族の同世代の子供達には勿論ケモ耳幼女が多数いた。


一つの誤算は、獣人族は成長が早い為、ケモ耳幼女は人族よりも早く幼女から少女、大人の女性へと変わっていく事だった。


「ちくせう。何で、みんな成長するんだよ…あぁ、どこかにずっと見た目が幼女の可愛いケモ耳娘がいないかなぁ~…」


アウグストの真実を知っているものからすれば正真正銘の変態発言だが、そもそも自分からして幼子なのだから、周りの反応も何言ってるのかしら程度で済んだのは幸甚だった。


そんなある時、転機が訪れる。


それはアウグストが5歳になった時のこと。



その日は珍しく父である国王も同席して夕食をとっていた。


近頃は国内でも色々と問題があるようで、なかなか一緒に食事をとる機会が無かったが、たまには子供たちと一緒に食事をして欲しいという王妃の願いを聞き入れて食事を共にしているのである。


ただ、今の国王の頭の中の大部分を占めているのは解決の糸口すら見つからない国政の大問題であり、

ふとした瞬間についつい考え込んでしまっていた。


また、ぶつぶつと呟きながら、ハッと我に返ると子供たちに笑いかけて話をするのである。


国王の様子に少々呆れ気味の王妃も、現状の問題がかなり大きい事は聞いていた為、致し方ないとあきらめるのであった。


そんな中、国王の近くでその独り言を聞いていたアウグストは、ついこんな事を言ってしまった。


「父上。先程仰っていた事なら、こうは出来ませんか?」


そう言ってアウグストはいくつかの方法を提示した。


己の息子の発言を何気なく聞いていた父王は、その言葉の意味する所を次第に理解し表情を変えていった。


「ちょ、ちょっと待て。」


そう言った国王は、自分の息子に否定的な見解を述べたが、論理的に論破され、その意見の有用性が証明された。


自分を含め、各大臣をはじめとする大人達が頭を悩ませていた問題を完全に解決する方策を、わずか五歳の子供が示してみせたのである。


驚愕の表情を浮かべたまま、


「私の息子は天才か!?」


と呟いた国王はやおら立ち上がると


「こうしてはおられん!すぐに大臣達を集めよう!アウグスト!お前も来るんだ!」


と叫んだ。


「えぇー!?」


自分の発言がそんな大事になるとは思わなかったアウグストだったが、まだ幼い皇太子を伴っての執務など母たる王妃が許すわけもなく、その件は翌日に持ち越される事となった。



翌日、父王と共に会議に出席したアウグストを見た各大臣達は一体何事かと訝しんだが、国王から促されてアウグストが話した内容を聞いた瞬間に硬直した。


それは、さながら前日の夜に国王が見せた反応と何ら変わらなかった。


各大臣から上がる質問に的確に答えを返すその様を見るに、何故国王がこの場に5歳の子供を連れて来たのか誰もが理解した。


たったそれだけの事で、その場にいた大臣たちはアウグストに心から心服したのだった。


その後、前世の記憶と【全知識検索】を駆使してアウグストが父親である国王に様々な献策をし、

獣王国の歴史を塗り替える男と呼ばれるようになるまでそれ程長い時間はかからなかった。


しかし、己が名声が高まるにつれアウグストは気持ちが沈み込んでいくのを感じた。


「皆んなの期待が重い…そもそも、これ全部チートスキルのお陰だし、俺、別に政治がしたいわけじゃないしなぁ〜…なんか、引きこもりたくなってきた…」


そもそも、人前に出て何かをする事に苦手意識のあったアウグストは、ロキが言っていた何かの娯楽を作る事でその役目は果たせるだろうと安易に考えていた。


異世界転生と言えばリバーシかなぁ、等と気楽に考えていたのに、自分が思い描いていた人生とは違う方向に進み始めた運命を若干疎ましく思っていた。


だが、元々周りの空気を読んで対応する事に長けた元日本人の上、前世ではその空気を読む能力を最大限駆使してイジメにも遭わず比較的平穏に暮らしていた経験が仇となり、周りとの軋轢を生まないよう立ち回った結果、アウグストの国政に対する貢献度が高くなると同時に将来に対する期待はいやがうえにも高まったのである。


年の離れた弟が出来た時、一縷の望みを託して父王にさりげなく弟が王位を継ぐ可能性について聞いてみたところ、何を馬鹿な事を言っているのかと言わんばかりに流され、絶望感に打ちのめされた。


それから十数年。


アウグストは押しも押されもせぬ獣王国の皇太子であり、他国へもその名声は鳴り響いていた。


その名声に恥じぬようと何とか頑張るアウグストだったが、心がストレスを感じると一人籠って昔の漫画のような絵をかいていた。


また、時間が出来ると弟のフィリップの元を訪れ、政治とは全く関係のない趣味の話をして心を和ませた。


弟であるフィリップはまだ幼いながらも自分の兄を尊敬していたし、兄が自分に話してくれる色々な話を目を輝かせて聞いていた。


フィリップが勢い込んで「自分が大きくなったら必ず兄上を助けられるよう頑張ります」と言った時に、兄にはホントはやりたい事が別にあって、芸術の道に進みたかったという話をしたらきょとんとした顔をしていた。



こんな感じで、いずれ父上の地位を継いで国王になるのかなぁ、等と流されるままになっていたアウグストに、再び転機が訪れたのはつい先日の事である。


これまでにも皇太子と言う立場から幾度も縁談の話はあったが、のらりくらりと躱して今に至ったアウグストに対して有力な侯爵家から婚姻の打診があったのだ。


相手の侯爵家の娘はアウグストよりも10歳も年上で完全な行き遅れだった。


本来なら丁重にお断りする流れなのだが、


「皇太子が20代半ばになっても妃候補がいないのは大問題である」


と言われれば反論が難しい。


しかも、家格の合う貴族家に丁度年齢的に釣り合う独身の娘がいなかった事も大きな痛手であった。


申し出をしてきた侯爵家は、普段から黒い噂が実しやかに囁かれるような家系であった為、国王としても断りたいところではあったが、地位と立場のある相手を噂を根拠に裁くわけにもいかず、事の次第をアウグストに話したのである。


国王から話を聞いたアウグストの決断は早かった。


皇太子は弟に譲る、自分は国を出る、といった趣旨の書置きを残すと、皆が寝静まるのを待って城を出たのである。


当然、警備担当がいるのだが、以前国王に教えられた秘密の避難通路を使って難なく外へ出る事に成功した。


だが、時間が経てば自分の出奔はすぐに知れる。


急ぎ安全な場所へ移動をしなければと考え、足早にその場を離れた後に冒頭に至るのである。




「まったく、あの自称神様にいっぱい食わされたとしか思えないぜ!」


ようやくある程度落ち着ける位置までたどり着いたと考えたアウグストは、自分をこの世界に送り込んだ神に悪態を吐くと、あとに残してきた家族や、自分に期待を寄せてくれた父である国王の事を思った。


また、後の事を無理やり押し付けた形になった弟には申し訳ないと思ったが、


「まぁ、ファリップには悪いけど、アイツなら上手くやるだろう」


と気持ちを切り替えて先を急ぐことにした。国境はもうすぐだった。



後にこの世界に漫画という文化を根付かせ、「漫画の神様」と呼ばれた大漫画家アウグストのスタートはこの逃避行から始まった。


だが、この若者がそのような偉業を成し遂げる事など、この時はまだ当の本人すら知る由もなかった。


「あぁ~あ!どっかで可愛い獣耳幼女と仲良くなれないかなぁ~!!」

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