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子犬殿下視点・第3話

急展開したのは数日後。ロッテ嬢からお手紙を頂いた時だ。「スターフィアの外交官であるエルヴィス・ポートアーツ殿に本場の発音をお聞かせいただきたい。シルヴィアと共に。是非。可能でしょうか?」というおねだりの手紙だった。すぐにピンときた。夜会でエルヴィス殿がロッテ嬢か、シルヴィア嬢かのどちらかに接触したのだと。「シルヴィアと共に」と記されているので、お相手はシルヴィア嬢である可能性は高い。僕はフットワーク軽く、大使館へ行き、エルヴィス殿に尋ねた。「夜会で、シルヴィア嬢か、シャルロッテ嬢と接触しませんでしたか?」と。こんなアポなしの無礼訪問が許されているのはそれだけ僕が頻繁にここを訪れ、信頼を得ているからだ。


「夜会で、シルヴィア嬢に、横恋慕を…」


とエルヴィス殿は真っ赤になって蚊の鳴くような声で告げた。


「その恋は本物なのですか?シルヴィア嬢を得られるなら一国の行く末に一石を投じる覚悟はありますか?」


と尋ねた。エルヴィス殿も、流石に「一国の行く末」という言葉は重かったらしく、懊悩しつつ「はい…」と答えた。僕の予定としてはあと2年くらいの間に…と思っていたが、好機が転がるならそれは攻める時だ。「シルヴィアと共に」お会いしたいとロッテ嬢が望んだということは、多分シルヴィア嬢がエルヴィス殿にお会いしたく、またその様子をロッテ嬢がご覧になりたいという意味だと思う。シルヴィア嬢はエルヴィス殿に好感を持っていて、ロッテ嬢はエルヴィス殿を見定めたいということだと思うから。シルヴィア嬢の心が動き、兄上の株が下がっている今は攻め時だと思う。シルヴィア嬢が切ない思いを抱えれば抱えるほど、シルヴィア嬢の兄であるトリスタ殿を動かしやすくなる。ペティル嬢はトリスタ殿に気がある様子だし、ペティル嬢を取り巻くコロニーには兄上がいる。トリスタ殿が動いてくれて、ペティル嬢に接触すれば内偵しやすいはずだ。もう兄上の周りの使用人は全員僕の手駒に入れ替わってるし、僕が死ぬ確率は低い。

僕はエルヴィス殿に、僕自身の身を餌とした暗殺を誘う罠のお話を打ち明けた。僕が死ぬほどロッテ嬢を欲していることも。エルヴィス殿はすごく渋い顔をされた。ロッテ嬢が欲しいから愚かな兄上に自ら罪を犯させて、失脚させる…なんていうのはあまり美しいことではないから。でもそうでもしなくてはエルヴィス殿はシルヴィア嬢を得られないし、僕もロッテ嬢を得られない。綺麗事では欲しいものなど得られないのだ。それに冷静に考えて兄上と僕のどちらに王の資質があるか見てみて欲しい。


「しかし、万が一本当にクリストファー殿がお亡くなりになっては、元も子もない。知りながらそれを放置した我々にも責任が…」


重大な国際問題になっちゃうよね。死ぬつもりなんて毛ほどもないけど。


「その可能性は出来るだけ低くなるようにいたします。どうか、僕の生涯唯一の我儘にお付き合いください。ロッテ嬢が欲しいのです。愛しているのです。身が焦がれて死んでしまうほどに。」


若いエルヴィス殿には僕の激しい恋情は随分心を打ったようだ。


「…協力いたしましょう。ただし、本当にクリストファー様がお亡くなりになってしまった際は、我々はこの事を知らなかったことにさせていただきます。」

「ええ。切り捨てていただいて結構です。」


僕も国際間に要らぬ波を立てるのは本意ではない。


「具体的にはどのような形で協力すれば…?」

「しつこく何度も狙われれば僕ももしかしたら死んでしまうかもしれません。兄上が本気の一撃…具体的には刺客を放つようなことがあれば、僕はそれを生け捕りにして、証拠固めをします。ああ、生け捕り方法はこちらで手配するのでご心配なく。ただ、兄上に証拠を消されてしまっては厄介なので、一度失踪して死んだ振りをしようと思うのです。証拠固めをしている間に、失踪した僕を大使館で匿っていただきたい。大使館内には兄は手を伸ばせませんから僕を見つけられないはずです。」

「ハミルトン殿の許可が必要ですね。」

「はい。一緒にお願いしてください。もし僕が本当に死んでしまったら、僕の暗殺がある可能性があったことは知らなかったことにして良いので。」


寧ろそのつもりでいて欲しい。将来「クリストファー様は策略を持って兄上を失脚させたのですよね?このことを黙っていて欲しくば…」なんてスターフィアに言われたら、「スターフィアは本当にクリストファーが死んでしまうかもしれないと知っていたのに黙っていたのですよね?これを国際問題にしてほしくなければ…」とチクリと言い返せるから(僕が頼んだことなのにと思うとなんとも理不尽だが)、立場が崩れない。

2人で熱心にハミルトン殿を口説いて何とか了承の返事をもらった。僕たちの熱意に心打たれた…という態だが、本当はハミルトン殿が駐在大使だからこそ、我儘で無能な兄上を王位につけられると自分が困るから…という理由が隠されているのを知っているが、知らん顔で、『厚意で』手を貸してくれることになったハミルトン殿にお礼を言う。

ロッテ嬢に「エルヴィス殿からスターフィアの本場の発音を聞かせてもらう約束が頂けました。明日だと何かと急だと思うので、明後日の14時ごろにスターフィア大使館へおいで下さい。僕も同席いたしますので、そこで落ち合いましょう。明後日が都合が悪いようでしたら、都合のいい日をお手紙で教えてください。」とお手紙を送った。

僕は自分の伏兵てごま達についに動く旨伝えた。具体的にどう兄上を失脚させるか。伏兵たちは皆僕の信者で、お互いがお互いを監視し合ってるので、僕を裏切るのは難しいと思う。他人を完全に信じるのは難しいことだが、この10年弱自分が積み重ねてきた人望を信じて皆に打ち明けた。皆「遂にクリストファー様が王になるんだ!!」と密かな興奮を押し殺して、「絶対に絶対にクリストファー様のお命をお守りする!!」と言ってくれた。

一気に攻める。ロッテ嬢も戦とは、「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く」だと言っていた。

まずは噂のばら撒き。庶民から貴族まで「素行と成績の芳しくないヴィクトル様を排し、クリストファー様が王になられると小耳にはさんだ」というような噂を出所を慎重に隠してばら撒くことにした。兄上の焦りを誘わねば。

トリスタ殿も陣営に加えたいところだが、それなら、シルヴィア嬢には自宅でもっと切ないご様子を見せていただかねばならない。エルヴィス殿に会わせてやればきっともっと想いは募るだろう。

僕は数セットの着替えを買い込み、そっとスターフィア大使館に搬入した。スターフィアの侍従、侍女にはハミルトン殿が、伝達済みで誰も情報を漏らさない、堅い守りだ。

何事もなかったかのようにハミルトン殿と、エルヴィス殿と、お茶を飲む。エルヴィス殿は若さゆえか、事の重大さに緊張気味だが、ハミルトン殿は流石の狸だ。どっしりと構えている。

ロッテ嬢たちが到着してきた。


「やあ、魅力的なレディたちの到着だね。」


ハミルトン殿が笑って出迎えた。おーおー。もうエルヴィス殿はシルヴィア嬢に目が釘付けだ。わかりやすいです。兄上はシルヴィア嬢にあまり興味が無いからいいけど、これが通常国家の仲の良い婚約者の片割れへの横恋慕だったら大問題だったところだ。


『初めまして、エルヴィス様。お久し振りです、ハミルトン大使。クリス様。本日は本場のスターフィア語を聞かせていただきたく参上仕さんじょうつかまつりました。シャルロッテ・グラシアと申します。』


ロッテ嬢が丁寧にスターフィア語で挨拶する。流石にきれいな発音である。才媛と言われるだけある。


『お久し振りです、皆さま。同じく本場のスターフィア語をお聞かせ願いたく参上仕りました。シルヴィア・グラシアでございます。』


シルヴィア様も後に続いた。エルヴィス殿の前へ出て、ドキドキと照れている様子なのを微笑ましく見てしまう。

ハミルトン大使はうんうんと頷いた。


『そうだね。僕の口調は大分レミッシュの訛りが移ってしまってるから、エルヴィス君の喋り方を参考にするといいよ。彼は発音がきれいだからね。』

『恐れ多いことですが、私でよろしければお話し相手を務めさせていただきます。』


エルヴィス殿は生真面目に頭を下げた。ロッテ嬢が侍従に手土産のお菓子を渡していた。ハミルトン殿は喜んで、ロッテ嬢たちに友好的に席を勧めた。

僕の隣がロッテ嬢で、僕と反対側のロッテ嬢の隣がシルヴィア嬢、その隣がエルヴィス殿…という席の並び。

エルヴィス殿はシルヴィア嬢にメロメロだった。うっとり見つめて話を振っている。まさにその視線は恋する者のそれだ。シルヴィア嬢もエルヴィス殿を好意全開で見つめてお話に興じている。ちゃっかりハミルトン殿も加わっている。もし僕の策略が全てうまくハマれば、この話はスターフィアにとって悪い話ではない。僕がきちんとロッテ嬢を射止められることが前提だけれど、レミッシュの未来の王妃の妹君を自国の貴族が娶るのだから、強固な縁が出来る。我が国は安定した大国だから、縁はあるに越したことはないはずだ。シルヴィア嬢本人もレミッシュの白百合と言われるほどの美しき才媛で、自国に招いて恥ずかしくない令嬢だし。


『クリス様はスターフィア語はお得意?』


ロッテ嬢に尋ねられた。


『得意というほどでもないですけれど、難しい話でなければできます。書く方も程々。中々ロッテ嬢たちのように6ヶ国語ぺらぺらとはいかないですね。僕はまだ4ヶ国語しか話せないです。』


頑張ったんだけど、情報操作に、勉強に、手駒づくりに、体作りに、ロッテ嬢へのアプローチとやることが多すぎて。優雅にまったりしている兄上を見て「今に見てろよ。」と歯軋りしてしまったのは内緒だ。


『クリス様は語学以外の部分にも力を入れてるから時間が取れないのでしょう?わたくしたちは帝王学も剣も学んでいませんもの。』


あと、純粋に14歳だから、ロッテ嬢より学んだ年数が少ないというのもあるけどね。そんな言い訳しないけど。僕は自分本位な理由で王位を取ろうとしてるけれど、その代わりに絶対に民にとって良い王であろうと思っている。そのための勉強は欠かせない。でもそれも言い訳になるから言わない。代わりに軽く茶化して笑った。


『それを言ったら僕だって刺繍なんて学んでないですよ。』


つい先日、ロッテ嬢に刺繍の入ったハンカチをプレゼントされたのだ。愛するロッテ嬢からのお手製のプレゼントとあって僕はものすごく舞い上がった。嬉しすぎて「使うのがもったいない」衝動に駆られ、ハンカチは未使用なまま僕のポケットに潜んでいる。

今日もロッテ嬢はすごく愛らしい。僕が今まで見たこともないような、不思議な髪形をされている。髪がリボンの形に形成されているけれど、あれはどうやったのだろう…。他のご令嬢が見たら絶対に「どうやったんですの!?」と聞かれそうな可愛らしい髪形だ。


『ロッテ嬢、今日の髪形可愛いですね。』

『ふふっ。わたくしの自作なのですよ。三つ編みリボンハーフアップ。自分で結うのは少し難しかったですが、頑張りました。』


ロッテ嬢自ら…すごいな。母上など髪はいつも侍女任せで、自分で髪形を作られている姿など見たこともないのに。


『凄く似合っています。かわいい…』


うっとりするほど可愛くて、よく似合っている。テンション爆上がりする。ロッテ嬢があんまりにも可愛いから、僕も「まだ子犬のままでいいかなあ…」なんて思っちゃうんだけどね。

和やかにお茶をしていたら、突然兄上が乱入してきた。片腕に噂の男爵令嬢が絡まっている。確かに容姿はまあまあだけど、兄上に目をつけるとは男を見る目がない令嬢だ。内心エルヴィス殿と楽しげに会話していたシルヴィア嬢になんか一言言うだろうか?と思ったが、全く関心を寄せていないようだった。


「おい。ハミルトン。ペティルが鉄の薔薇を見たがっている。ペティルに一つ贈れ。」


僕はあまり詳しくないけれど鉄の薔薇とは赤鉄鉱が薔薇の形状になっているものらしいね。希少な鉱物らしく愛好家は多いと聞く。というか他国の大使館にアポなしでやってきて、いきなり希少品を贈れ(贈れってことは販売ですらない)と発言するとか、兄上は正気なのだろうか。心臓に毛でも生えているの?僕は絶対真似できないな。したくもないけど。


「希少なものなのでお譲りするわけにはいきません。お見せするだけなら構いませんが。」


当たり前だけど、ハミルトン殿は断った。兄上は舌打ちした。


「チッ。これだから小国は…」


うわっ。なんてこと言うの。これをスルーしたら「クリストファーもその意見に反対ではない」って取られちゃうじゃん。巻き込まれは絶対拒否ですよ。


「兄上。外交上差し障りのある発言は避けてください。スターフィアは国土は少なくても資源豊かな裕福なお国です。」

「鬱陶しいな。父上のようなことを言うのはよせ。クリストファー。誰に口をきいている。俺は未来のレミッシュ王だぞ。」


そんなおバカ発言していて、本当に自分に国が治められると思っているのだろうか。兄上が無事王位に就いた日にはあっという間に民からクーデターを狙うものが現れると思うよ。


「ヴィクトル様、未来の王なればこそ、慎重な発言を心掛けるべきです。『父上のようなことを言うのはよせ』と仰いましたが、ヴィクトル様が見習うべきは御父上であるホレス王でしょう。陛下の仰られるようなことをあえて進言してくれたことを感謝すべきです。」


ロッテ嬢がまともな注意を促した。


「相変わらず蠅のように五月蠅い女だ。」


可愛いロッテ嬢を蠅に喩えられてちょっとムッとするが、兄上にはロッテ嬢の魅力は一生理解されない方が良いこともわかっている。


「ねえ、ヴィクトル様、鉄の薔薇はぁ?」


ペティル嬢が甘えた声を出した。目の前で繰り広げられたやり取りになんて全く興味なさげだ。普通に兄上が王位を継ぐと信じて疑いもしないのだろう。

ハミルトン殿が別室から丁寧に標本にされている鉄の薔薇をとってきてペティル嬢に見せた。


「わあ!きれい!薔薇の花びらみたいになってる!ペティルこれほしいなー。」


他国の大使の私物を兄上にねだるとか…この女もあんまり頭は良くなさそうだな。


「ハミルトン。幾らなら売るんだ?」

「売る気はございません。」


ハミルトン殿はきっぱりと言い切った。当たり前だよね。他国の大使の私物を「贈れ」だの「売れ」だの正気とは思えない要求だもの。


「お前、誰に対して口を…」

「兄上、口を慎んでください。外交問題になったら、代わりのきく兄上の首程度では到底賄えないのですよ?」


兄上を軽く挑発しておく。お前の代わりはいるんだぞ。ということを兄上の意識に刷り込んで焦りを誘いたい。兄上は真っ赤になって怒った。


「クリストファー、お前…!」

「この国のだあれも、兄上がいなくなったって困ったりしないんですよ?ちゃあんと代打ぼくがいるんですから。」


兄上を見下した目で見ると、ばしっと頬を強くぶたれた。殴られた勢いで椅子から転がり落ちる。


「クリス様…!!」


ロッテ嬢が庇ってくれるが、僕など庇わないで欲しい。ロッテ嬢に万が一怪我などさせたらと思うと、平常心ではいられない。


「不愉快だ。行くぞ、ペティル。」


兄上はペティル嬢を連れて出て行った。


「クリス様。少しお言葉が過ぎたのではないですか。」


ロッテ嬢に諫められた。諫める…というより心配している素振りだが。


「いいのです。計画通りですから。」


兄上に「お前の足元は危ういんだぞ?」と伝えられて満足だ。

大使館の侍従が水で冷やした布を持ってきたので、ロッテ嬢がそれを僕の頬に当ててくれる。


「痛みますか?」

「少し…。でも大丈夫です。」


にこりと微笑んだ。


「ロッテ嬢もシルヴィア嬢も何も心配することはないのです。心安らかに落ちてきてください。」


僕とエルヴィス殿に。煩わしいことは僕らでみんな片付けておくから。




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