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子犬殿下視点・第2話

リチャード兄上は病死してしまった。家の処断の比喩でなく、本当に病死。春先に風邪をひいた…と思ったらこじらせて、あっけなく。盛大な葬儀が催された。あまり頻繁にお会いしていたわけではないけれど、リチャード兄上は、僕にお優しくしてくださったので、亡くなってしまった時は幾ばくかの喪失感を覚えた。リチャード兄上の体の弱さを思えばいつかは訪れる事態だったとは知っていたけれど。これでヴィクトル兄上は名実ともに第一王位継承権を持つことになった。ヴィクトル兄上がシルヴィア嬢を穏便に手放さない限り、僕の陰謀は止まらないけれど。

若草祭の晩。王宮で開かれる若者向けの夜会。ここで社交界デビューするものが多い。基本は16くらいが目安だが、幼くして爵位を継ぐことになってしまった11歳の少年伯爵がデビューした記録もあるし、何年も闘病していたご令嬢が20代になってから病が完治し、デビューするなどの例もあるので、絶対に16と決まっているわけでもない。今年はシルヴィア嬢が16の年だから、シルヴィア嬢のデビューだ。ロッテ嬢は去年デビューされた。エスコートはトリスタ殿がされておられた。僕はまだデビュー前なので、お姿は拝見できなかったが、中々お可愛らしくて機知にとんだレディと噂されていた。『中々』だってさ。ロッテ嬢はこれ以上ないくらいお可愛らしいというのに見る目がない。勿論見る目があったら僕が困ってしまうので見る目などなくても良いのだが。幸いにもロッテ嬢はシルヴィア嬢と兄上に何くれと構う日常に必死で新しい男が甘く忍び寄る隙などほとんどない。デビューの時はシルヴィア嬢がいらっしゃらないので少し不安だったが、「あまり楽しくありませんでしたわ。」とあっけらかんと仰っていて安堵した。ロッテ嬢は恋には少し鈍感そうだとも思うが、そこも魅力的に思えてしまうから末期だ。

僕はまだデビューを許されていないから会場には行けないけれど、少しでもロッテ嬢の近くに居たくて庭の噴水の縁に腰掛けた。月が明るい夜だ。2つの大きな月が地上を照らしている。夜会の賑やかな音楽が漏れ聞こえてくる。ロッテ嬢は楽しくなかったと仰ったが、遠目に見る夜会はキラキラと輝いて、なんだか楽しそうな雰囲気である。どうか今回の夜会もロッテ嬢の心を盗む男性が現れませんように…。ロッテ嬢が夜会に出席されるたびに捧げる祈りを、今回も捧げた。


「クリス様。」


幻聴かと思った。が、しかし月明かりに照らされたロッテ嬢が立っていらした。優雅なドレスを身につけている。お綺麗…というより、やはりお可愛らしく感じてしまう。


「あ、ロッテ嬢。お散歩ですか?」


極めて平常心を装い、にこりと微笑んだ。「王子たるもの容易く心を乱すさまを見せてはならない」と仰ったのはロッテ嬢だ。


「ええ。少し人に当てられてしまったから星でも見ようかと。」


そうは仰るが、恐らく夜会に退屈して抜け出してこられたのだろう。若しくは少し嫌な思いをされたとか。


「そうですか。でもこんなに月が明るいんじゃ星はよく見えませんね。」

「まあ、月も嫌いではないです。クリス様はどうしてここに?」


「少しでも貴女の傍に居たくて。」と素直にお答えするのは、今のロッテ嬢との関係からすると少し重い気がする。


「舞踏会の夜って何となくわくわくしてしまって。ここなら会場から遠くないので音楽もかすかに聞こえるし。人知れず楽しんでいたのです。」


フェイクのお話をして少し照れた顔を見せた。まだ僕は子犬の弟の皮をかぶっている。


「クリス様が社交界デビューしたら一曲踊っていただきたいですわ。」


それは大変魅力的な申し出だけど…


「それも良いんですけど……今、一曲踊ってくださいませんか?」


月明かりの下、二人っきりでなんて、ロマンチックなシチュエーションで踊ってみたいと思ってはいけないだろうか。


「え?」

「ロッテ嬢と踊りたいです。」


甘えるようにおねだりした。


「では一曲お願い致します。」


会場から漏れ出てくる音楽を頼りに二人でステップを踏んだ。ロッテ嬢のステップは優雅で洗練されたステップ。大好きなロッテ嬢と踊れて僕は夢見心地。なんてお可愛らしく愛おしい…熱の籠ったうっとりした視線をロッテ嬢に注ぐ。珍しいことにロッテ嬢も僕を異性の一人として意識してくれているような顔をしている。これがロッテ嬢が「異性に向ける顔」…僕はこの顔を向けられたかもしれない異性にみっともなく嫉妬した。でも「王子たるもの醜い感情をお顔に出してはなりません。」と仰ったのはロッテ嬢だ。僕は微笑んで一曲踊りきった。身体を離してしまうのが名残惜しく感じてしまう。ロッテ嬢の体は年頃の少女らしい丸みを帯びて抱き心地が良かったし、愛しさもあいまって極上の触れ心地に感じていたから。


「ありがとうございます。ロッテ嬢。とても楽しかったです。」

「こちらこそ。」


ロッテ嬢は、すぐに僕に向ける視線を可愛い子犬に向ける視線に戻してしまった。二人で噴水の縁に座ってお喋りする。最近のドレスの流行のこと、最近読んだ軍記のこと、スターフィア王国からいらっしゃった外交官のこと、シルヴィア嬢のこと。話題は尽きない。

随分時間が経過しているのはわかっていたが、ロッテ嬢を独占できる誘惑には中々抗いがたい。


「クリス様、もうお休みになりませんと。」


遂にロッテ嬢に注意されてしまった。


「まだ眠くないですよ。」

「夜更かししていると背が伸びませんわよ?」

「う。それは困ります……ロッテ嬢も背の高い男性が好きですか?」


ロッテ嬢を射止めたいとは思っているが、ロッテ嬢の好みのタイプの男性の見目を僕は知らない。僕の見た目は悪いとは思わないけど、身長は確かにほんの少しロッテ嬢より低い。ロッテ嬢は165cmと意外と身長が高いから。


「そうですね。自分より高いと良いですね。」


まだ14の身。多分これからロッテ嬢の身長を追い抜くことは難しくはないだろうけど、身長が思ったように伸びず、今日の夜更かしを悔やむような事態にはなりたくないので、大人しく寝るとしよう。


「そうですか…名残惜しいですが本日はもう休みましょう。おやすみなさい、ロッテ嬢。夢でもあなたにお会いしたいです。」

「おやすみなさい、クリス様。わたくしも夢でもクリス様とお会いしたいですわ。夢でお会いできたらまた踊りましょう。」

「はい。」


なんだか少し恋人っぽいやり取りだった気がして、嬉しくてニコニコ微笑む。名残惜しげに振り返りながら、自室に戻った。

夜会にまつわるちょっとハッピーな出来事。

兄上は婚約者でもないのにペティル・セレスなる男爵令嬢と3度も踊ったとかで、噂になって株を下げていたが、兄上の株が下がるのは一向にかまわない。ペティル嬢は大変な色好みで兄上だけにとどまらず複数の男性、トリスタ殿にも手を伸ばしていると聞く。トリスタ殿のお心がフローレン嬢から動くことなどないだろうけど。徐々にペティル嬢を取り巻くコロニーが出来始めているというから、ペティル嬢のたらしの腕は中々のものと思われる。



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