第1話
私より一つ下の、4歳になる妹、シルヴィアの顔を見てふと思う。
『ここは乙女ゲームの世界なのでは』と。
唐突だが私には前世の記憶がある。前世では地球という星の日本という国の住民だった。小中高と順調に育ち、志望大学の合格証書を貰いルンルンの時に交通事故にあって死亡した。志望大学に通えなかった…無念なり。長生きして親孝行しようと思ってたのに…パパン、ママン、ごめん。
それはさておき、前世の私は隠れオタクという人種だった。BLこそ手出ししてなかったもののゲームに漫画、ウハウハだった。現実で恋人を作る事を放棄し、乙女ゲームの中に俺の嫁を作っていた。プレイした乙女ゲームの数々。その中の一つ『君こそ僕のプリンセス』の悪役令嬢、シルヴィア・グラシアに妹がそっくりだと思ったのだ。幼いせいかまだ産毛のように柔らかい髪質の髪は銀色。長い睫毛に縁どられた釣り目がちの大きな瞳はまるでアクアマリン。肌は染み一つないミルク色。唇は薔薇色。色素のせいか顔立ちのせいか少し冷たい印象のするとびきりの美幼女である。これをこのまま16歳まで引き延ばすと悪役令嬢のシルヴィアとぴたりと重なる。名前もシルヴィア・グラシアだし。公爵令嬢だし。この国の名前もゲームと同じレミッシュ王国。ゲームと同じならシルヴィアと婚約するはずの第二王子の名前もゲームと同じヴィクトル・レミッシュ。これってやっぱり…ってことは今は超絶プリチーな我が妹は我儘、高飛車、意地悪の3拍子揃った悪役令嬢になるってこと?そんでもって将来はヒロイン苛めて婚約者である王子に断罪されて修道女として寂しく暮らすってこと?
……冗談じゃない。
そんなクソゲーじみた運命許せるはずがない。まずは両親に直談判だな。
「お父様、お母様。」
父と母がくつろいでいる居間へ殴り込みをかけた。
「まあ、ロッテちゃん。どうかしたの?」
母が不思議そうに尋ねる。ロッテとは私のことだ。正式名称はシャルロッテ。お母様は私と同じく柔らかなミルクティー色の髪と黒々と濡れた大きな瞳をしている。その可憐さと上品な仕草で今でも社交界の華とされている。
「わたくしとシルヴィのことですが…」
「うん?」
「もっと躾を厳しくなさってください。今のように願えば何でも叶う状況は教育的に好ましくありません。将来わたくしやシルヴィが我儘に育ってしまったら取り返しがつきません。」
父と母は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をした。
「現時点でそのように言える娘なら将来の心配はいらないと思うが…」
ダンディな声のお父様はシルヴィと同じ銀髪にアクアマリンの瞳。その怖いほどに整った美貌に惹かれるご婦人は多かったらしく母との結婚が決まった時は枕を涙で濡らすご令嬢もいたという。
「わたくしはともかくシルヴィはどうなります?シルヴィが我儘で、高飛車で、意地悪なご令嬢に育ってしまったらわたくしは泣きますわよ?かと言ってシルヴィの躾だけ厳しくするのはいただけません。わたくしが甘やかされ、シルヴィだけが厳しく躾られたりしたらシルヴィはどう思うでしょう?『どうしてわたくしだけ?』って思いますよね?シルヴィをグレさせないためにもわたくしにも厳しく躾をお願い致します。別に愛情を注がないで冷たく接しろって言ってる訳ではありませんのよ?愛情はたっぷり注いでくださいまし。その上で人の範となれるような人間に育ててほしいとお願いしているのです。」
真剣にお願いした。真剣さが伝わったのか二人も真面目に聞いてくれる。何より溺愛する娘からの初めてのお願いである。
「ロッテの気持ちはわかった。愛情と緩さをはき違えないよう気を引き締めていこう。」
お父様が頷いてくれた。
「ありがとうございます。お父様、お母様、大好きですわ!」
「ふふっ。私達もロッテちゃんが大好きよ。」
お母様が撫でてくれる。
「まあ、ロッテとシルヴィについてはわかったがトリスタはどうする?」
私達にはトリスタという名の兄が一人いる。私の一つ上だ。6歳児にして女の子大好きという末恐ろしい子どもだ。因みにゲームの攻略対象でもある。属性はチャラ男。
「トリスタお兄様のことはお父様にお任せしますわ。将来の当主でもありますし、そちらの教育もあるでしょう。しいて言うなら将来可愛らしい皮を被ったろくでもない女性に騙されないような方になっていただきたいですわ。」
ヒロインちゃんが一途型なら良いですがビッチ型だと困りますから。
「……わかった。」
お父様は重々しく頷いた。
***
お父様とお母様はお約束通り愛情たっぷり、でも躾は厳しく私達を育ててくれた。そして妹が5歳になった頃、第二王子殿下との婚約の話が持ち上がった。私とシルヴィに。私達は年も一つ違いの姉妹。第二王子のヴィクトル殿下は私の一つ上の7歳。どちらが王妃になっても問題ないのでお互いを会わせて決めようと言う事になったらしい。と言っても王子にお目見えするのは私達だけではない。王家がこれ!と思う家の王子と釣り合う年頃の女の子が集められてくるのだ。名目上は立食形式の昼食会。因みに第一王子にはリチャード様という方がいらっしゃるが現在9歳でとても身体が弱いらしい。お医者様曰く成長してもご公務に耐えられるほどお身体は強くならないそうだとか。よって第二王子が王位を継ぐ予定だ。つまり第二王子の妻イコール王妃な訳だけど。
「ロッテお姉様。ヴィクトル王子殿下ってどんな方かしら?」
城に向かう馬車の中でシルヴィは無邪気に微笑んでいる。お父様とお母様と世話係の甲斐もあって実に良い子に成長している。私も時々含蓄のある童話などを話して聞かせている。今のシルヴィはまさにピュア。
「…あまり良いお噂は聞かないわね。」
噂によると王妃が甘やかしたせいで我儘放題。兄を押しのけて自分が王太子になる事から更に増長して兄を見下す程だとか。因みにヴィクトル王子殿下のコンセプトは“俺様”だ。今の王子は“俺様”と“自己中”を履き違えてる気がする。
「そうなの…」
シルヴィはがっかりしたように肩をおろした。
「でも大層お綺麗な方と聞くから目の保養にはなると思いますわよ。」
「まあ!」
「だからと言って無暗に恋に落ちると痛い目を見ますわよ。」
「はい……」
ころころと表情を変えるシルヴィを眺めて溜息をついた。第二王子、シルヴィを選んでくれるなよ?
馬車で城に着き、ホールに集められる。続々とあどけない幼女たちが搬入される。中には落ち着きなくはしゃぎまわる者、泣きだす者、色々だ。私は幼い幼女たちを見て思う。
ヤバい。
身贔屓無しに見てもシルヴィが一番可愛い……これじゃあ自己中王子に目をつけられてしまう…私はそっとシルヴィを背後に隠した。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。ささやかではありますが昼食を用意いたしましたのでお召し上がりいただければ嬉しく存じ上げます。それとわたくしの息子、ヴィクトルを皆様に紹介したく思います。ヴィクトル、前へ。」
王妃様に促されて王子が前に出る。噂通り綺麗な子どもだ。キラキラ輝く金色の髪にサファイアのような深い青の瞳をしている。顔の造形も人形のように整っているが浮かべる笑みは冷ややかだ。
「ヴィクトル・レミッシュだ。将来はこの国の偉大な王となる。我が妻となる人間にはそれ相応の美しさと教養を要求する。以上だ。」
偉そうに。くそガキが。
「それでは皆様、どうかおくつろぎください。」
王妃様の開会の挨拶も終わって昼食会が始まる。
来たからには食うか。下品にならない程度に。
やはり王宮のシェフは優秀と見える。どれも美味しい。
「ロッテお姉様、こちらトマトと茄子がとても相性が良いですわ。」
「あら美味しそう。」
二人でちびちび上品に料理を啄ばむ。
「グラシア公爵家令嬢方、食事会は楽しんでいただけてるかしら?」
3歳になる第三王子クリストファー様を連れた王妃様に声をかけられた。王妃様は輝く金髪にぱっちりとした青い目をした華やかで美しい方だった。
「ええ。とても。」
「美味しく頂いておりますわ。」
「それは良かったわ。」
にこにこ顔の王妃様。とんっと軽い衝撃を受けるとクリストファー殿下がぎゅうと抱きついてきた。
「まあ、可愛い。」
「おねーしゃんかわいい。」
舌ったらずに褒めてくれる。思わず撫でてしまう。
「まあ、クリストファーはシャルロッテちゃんを気に入ったのね。」
「おねーしゃんしゅき。」
熱烈に告白してくれる。幼児可愛いなあ。
私はクリストファー殿下と目一杯遊んだ。シルヴィもクリストファー殿下と戯れて楽しそうにしている。クリストファー殿下は私に懐いたが、シルヴィのことも気に入ったようだった。3人で遊んでいると突然シルヴィの腕を引くものが居た。ヴィクトル殿下だ。
「お前、名前は?」
「シルヴィア・グラシアですが…」
「気に入った。お前を妻にする。」
やっぱり目を付けられたか…
「まあ!ヴィクトルはシルヴィアちゃんが良いのね!グラシアご夫妻に連絡しなくちゃ。」
王妃様がはしゃいだ声を出す。
「シルヴィアちゃんみたいな可愛らしい子が将来娘になったら嬉しいわあ。」
うっとり喜ぶ王妃に私もシルヴィも何も言えずにいた。このお話、お父様から断れるかしら…?
***
「断れる訳ないだろう?王直々に勅命を受けたんだぞ。娘を未来の王妃にって。」
ダメでしたー。
私はマジで頭を抱えた。将来婚約破棄とかされたらどこに嫁に出せると言うのだろう?王子が「ダメなやつ」と判断した娘を妻に迎えたい家などあるのだろうか?婚約破棄されなかったらされなかったで我儘王子に振りまわされるシルヴィ…可哀想過ぎる…
どうしたらいいんだろ…
***
シルヴィが王妃教育を受けることになった。その傍らで私も同じ内容を学ぶことになった。理由は私が妹離れできていないから。事実だけど…事実だけど…!
まあ王城に上がれるからいいかな。第二王子の洗脳を開始しなくては…