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【番外編】お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第4話 礼名とお兄ちゃんの百万円狂想曲!
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第4話 礼名とお兄ちゃんの百万円狂想曲!(そのさん)

 夢みたい。

 こんなに楽しい日が来るなんて。


 新装開店して間もないレストラン、案内された窓寄りの席でメニューを覗くお兄ちゃんを見ていると、あの日のことを思い出す。

 あの日、桂小路から聞かされたあの言葉。

 わたしとお兄ちゃんは本当の兄妹じゃない……


 本当はうすうす気がついていた。

 心惹かれたって気がついて、わたしはいつもお兄ちゃんを見てきた。お兄ちゃんは誰にも似ていない。お父さんにもお母さんにも勿論わたしにも。昔のアルバムも変だった。生まれてすぐのお兄ちゃんの写真には「悠也くん 2ヶ月」って書いてあった。わたしの写真は「礼名」って呼び捨てなのに。お母さんの態度も変だった。小さい頃、お兄ちゃんのお嫁さんになりたいって言ったわたしに、何故かお母さんは嬉しそうだった。兄妹は結婚出来ないけれど自分に素直になりなさい、なんて妙なことも言った。

 そしてトドメはお母さんの昔の写真だ。できちゃった婚だって言うお母さんはどれもスラリと美しかった。お兄ちゃんを産んだはずの年の写真でさえも。


 わたしの推論はどうしても「ある結論」に辿り着く。それは信じたくない結末。

 しかしあの日、桂小路はその残酷な事実をわたしに突きつけた……


「おい、礼名は何にするんだ?」


 今に引き戻される。


「あっと、えっと…… お兄ちゃんは何にするの?」

「僕はこのランチセットBにする」


 舌平目したびらめのムニエルか、すっごく美味しそう。


「じゃあ、わたしも同じの!」


 店員さんを呼ぶといつもなら絶対に注文しないソフトドリンクも付けて頼んだ。


「今日は100万円だしな」

「そうだね、豪遊デートだもんね」


 そうだ、豪遊デートだった。

 二番目に安い1000円のランチにしなくても良かったんだ。


「だけどさ、すっごい高そうなお店だね」

「雰囲気はそうだけど案外リーズナブルだよ」


 メニューを見ながらお兄ちゃんはそう言う。だけど、右手にはナイフ、左手にはフォークが並んでいる。


「こんなラフな格好で良かったのかな?」

「みんな似たような感じだよ、お昼の有閑マダム会って感じのおばさまばかりだし」


 店をぐるり見回すと中年女性のグループがやけに多い。


「みんなお金持ちなのかな?」

「そうかもな。少なくともうちよりはみんな金持ちだ。あ、今日だけは互角に戦えるかもだけど」


 にやりと笑ったお兄ちゃんはポケットから財布を取り出すとレシートの束をテーブルに載せた。そうしてその紙切れと睨めっこする。


「今まで使った合計が………… 九万八千円ちょっと…… って、まだ十万円も使ってないんだ」

「えっ! あれだけ頑張って買ったのに? わたし五万円の服も買ったじゃない!」

「アレは三万五千円になっただろ! 麻美華に貰ったって言う優待券出したら三割も引いてくれたじゃないか!」

「……まずいね」

「……かもな」


 倉成壮一郎さんは百万円を預けるから生きた使い方をしなさいと言った。余ったら土曜日に回収すると言った。これがどう言う意味かわかるだろうとも言った。

 使い切れと言うことだ。

 残った金は回収するって言ったけど、そんなつもりは我が家の貯金ほどもないと思う。色々口実をつけて受け取らないに違いない。いや、それどころかミッション失敗を責められて更にお金を追加されるんじゃないかとわたしは睨んでいる。なのに、そこまでわかっていて使い切らないというのは何とも格好悪い話だ。


「ねえ、お昼食べたらまたいっぱい買って回ろうね!」

「ああ、明日からは色々用事も立て込んでるし、今日で使い果たす予定だしな」


 ポタージュスープが運ばれてくると、すぐに舌平目のムニエルも現れた。

 わたしが右手にナイフを、左手にフォークを握るとお兄ちゃんと目が合う。


「どうかしたの?」

「あ、ううん。何でもない」


 お兄ちゃんの視線はナイフを持つわたしの右手に。

 もしかして……


「お兄ちゃん、あの時のこと思いだしたの?」

「あ、ああ、ちょっとね。あんな礼名は初めてだったからね」


 あの時のことはわたしも時折思い出す。

 お父さんとお母さんが死んだ時、混乱してしまったわたしをお兄ちゃんは優しく包んでくれた。お兄ちゃんの言葉だけがわたしの中に染みてきた。わたしにはお兄ちゃんがいる、これからもあのお家でお兄ちゃんと一緒に暮らしたい。だってそれが今までと変わらない生活なんだ…… 


 だけど桂小路はわたしの気持ちを踏みにじった。

 今の生活を捨て桂小路に来いと言う。そして何度もイヤだと繰り返すわたしからお兄ちゃんさえも奪おうとした。お兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんじゃない。だからふたりで生活なんてしてはいけないと。今思えば正論かも知れない。だけどその言葉はお父さんとお母さんを失ったわたしからお兄ちゃんまでも奪うように聞こえた。


 だから。

 お兄ちゃんが桂小路のお世話になろうって言ったとき、思わず自分の喉元にナイフを突き立ててしまった。


「絶対にイヤ。あの家に行くくらいなら、わたしは今ここで自害する!」


 お客さんは少なかったと言ってもそこはファミレスの中、口を開けて驚くお兄ちゃんの顔は今でも忘れない。だけどヤツの言葉の端々からわたしは直感していた。桂小路はお兄ちゃんを大切にしてくれない。お兄ちゃんはあそこに行っちゃいけない。絶対にいけない。そんな想いがわたしを突き動かした。


 数瞬の後。


「礼名が自害したら僕も生きちゃいけないな」


 お兄ちゃんがゆっくり語った言葉。

 わたしの手から力が抜けた。

 そうして何度も謝った。


「あの時は驚いたでしょ!」


 舌平目を頬張るお兄ちゃんに笑いながら聞いてみる。


「頭が真っ白になったよ。まさか礼名が僕を脅迫するなんてな」

「えへへ…… あっ、この料理も驚く美味しさだね」

「だな。出来て間もない店だけど繁盛するのも頷けるな」

「いらっしゃいませ!」


 ふと顔を上げるとメイドカフェ・シルキードレスのメグちゃんこと白井恵しらいめぐみさんが給仕姿で立っていた。


「あれっ、白井さん!」


 春、彼女は毎日のようにウィッグの営業方針を弾劾だんがいするビラを撒いていた。そして六月、ウィッグの経営が変わると同時にそれは終わった。今、目の前に立つ恵さんはとっても幸せそうな顔をしている。


「シルキードレスはやめたんですよ。あ、紹介しますね、この店のオーナーシェフです」


 横に立っていたのは若いけど誠実そうなお兄さん。

 白いコック帽を取って頭を下げる。


「恵が色々お世話になりました。出来て間もない店ですけど贔屓にしてください」


 恵が?

 白井さんの嬉しそうな顔を見てピンと来た。


「すっごく美味しいです。絶対また来ますねっ!」

「実はこの店、喫茶店のリベンジなんですよ。以前お話ししたでしょ、ウィッグに潰された喫茶店。彼はそこのマスターだったんです」


          * * *


「見た? あのふたりお揃いの指輪してたよねっ!」


 何も付いていないわたしの左手をお兄ちゃんに見えるようにして言ってみる。

 だけどわたしの掛けたプレッシャーにお兄ちゃんは全く気がつかない。


「ああ、婚約指輪してたね。それにしても美味しかった!」


 もう、お兄ちゃんったら。


「さあて、お腹も脹れたし次は日用品を見に行こうか」

「うん」


 ふたりはデパートに入ると新しい鍋やフライパン、調理小物なんかを見て回る。


「大きめの鍋もいるよね」

「そうだったな」

「お店のポット、もうひとつあると便利だし」

「買っておこう」

「そうそう、洗濯物干しも古くなってるんだ」

「なあ礼名、そう言うのはまたにしよう。もうこれ以上は持てないよ」

「あ、そうだね……」


 洋服だけでもたくさん買っちゃった。その上に鍋やポットや欲しかった陶器も買い込んじゃって手が二本では足りなくなっていた。

 その後回った本屋とCDショップではどちらかが荷物番になり交代で買い物をするハメに。


「失敗したな、礼名が行きたがっていたファンシーショップに寄って今日は終わろうか」

「そうだね、荷物が持てなくなるなんてオチは想定外だったね」


 可愛い小物やアクセサリーを取りそろえたファンシーショップ、わたしは鮮やかなグリーンの髪留めを買った。髪が伸びてきて可愛い留めピンが欲しかったから。お兄ちゃん気に入ってくれるかな? ちょっと聞いてみる。


「どう? お兄ちゃん」

「うん、すごく似合う。可愛いよ…… 髪留めが」

「もうっ!」


 結局、今日の買い物はこれにて終了となった。


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