第4話 礼名とお兄ちゃんの百万円狂想曲!(そのに)
今日は朝からうきうきしてる。だって百万円なんだもん。
「明日はわたしたちの百万円が豪快に火を噴くよっ!」
「いや燃やしちゃダメだろう、所詮は紙だし」
昨日は夜遅くまでお兄ちゃんと一緒にパソコンで欲しいものを調べまくった。
その後も興奮でなかなか寝つけなかった。
「ちょっと早く来すぎたな、まだお店開いてないや」
「そうだね、わかってたけどねっ!」
ふたりは顔を見合わせて苦笑い。
「礼名、そこのカフェで時間潰そうか」
喫茶店をやっている割にこの一年、店の前のムーンバックスとすみれちゃんのメイド喫茶以外に行った記憶がない。
見ると入り口の横にメニューが掛けてある。写真の生ストロベリーミルクってのが凄く美味しそう! だけど580円もする。やっぱりここは290円のアイスコーヒーかな……
「僕はアイスコーヒーにするよ」
「ちょっと待ってよお兄ちゃん! 百万円だよ、好きなの頼んだらいいんだよ!」
「あっ、そうだったな。ははっ、いつものクセで一番安いの選んでたよ」
お兄ちゃんは笑いながら店へ入っていく。
「礼名は何にするんだ?」
「えっと、アイスコーヒー」
「僕と一緒じゃん、今日は百万円だぞ!」
笑いながらわたしを振り向いたお兄ちゃんはちょっと考えて。
「じゃあこうしよう。互いに相手の飲み物を注文しよう。僕は礼名の飲み物を、礼名は僕の飲み物を」
「あっ、それ面白いね」
わたしはお兄ちゃんのためにダッチコーヒーとチーズケーキを頼んだ。お兄ちゃんはわたしに生ストロベリーミルクを注文してくれた。
「お兄ちゃん凄いね、よくわたしが飲みたいのが判ったね」
「だって、さっき入り口のメニューにじっと視線ビームを飛ばしてたじゃないか」
げっ! わたしってそんなに物欲しそうに見てたんだ……
「あはは…… じゃあさ、わたしのチョイスはどうだった?」
「凄いよ、パーフェクト。ここのダッチって評判だし、ちょっと小腹も空いてるし」
そんなこんなで百万円豪遊デートは始まった。
先払いでまずは1320円なり。
「十時になったら礼名の洋服を見に行こう」
「うんっ!」
今は夏の真っ盛り、今日も白のタンクトップにショートパンツというラフな格好。もっと可愛いコーデしたいけど、着れる服って限られてるのよね。だから今日はちょっと嬉しい。
「礼名もケーキ一口食べるか?」
「わたしはいいよ、それよりこのイチゴミルクすっごい美味しい!」
まるで仲の良い夫婦のような会話。
勿論わたしたちはまだ結婚していない。お兄ちゃんは将来を約束してくれて、居間にはふたりのサインが入った婚姻届が飾られているけど、ふたりでバージンロードを駆け抜けるのはもう少し先になる予定。
「お兄ちゃんもイチゴミルク飲む?」
「い、いいよいいよ」
ストローを反対に向けて差し出すとお兄ちゃんがテレて面白い。
お兄ちゃんは昔っからこうだった。
公園で遊んだ帰り道、わたしがお兄ちゃんと手を繋ごうとすると「よせよ」と言って振り解かれた。初めて手作りして渡したチョコレートもすぐ自分の部屋に仕舞い込んでわたしの前で食べてくれなかった。最初は嫌われているのかと思っていたけど……
「さあて、そろそろ行こうか」
お兄ちゃんの声にイチゴミルクを飲み干すと、わたしはトレイを持ち立ち上がった。
* * *
このピンクも綺麗だけど、こっちの赤も可愛いし……
「なあ、ふたつとも買ったらどうだ?」
「うう~ん、そんな贅沢したら神さまが怒らないかな。そうだ、お兄ちゃんはどっちが好き?」
わたしは薄いピンクのスカートと深紅のスカートを手に持って腰に当ててみる。お兄ちゃんは暫く考えて。
「今日のタンクトップにはピンクの方が合いそうだね。だけど柄物だったら赤の方がしっくり来そうだし……」
いやいや、評論じゃなくてお兄ちゃんの好みを聞いてるのにっ!
「じゃあさ、白にピンクの組み合わせと柄物に赤の組み合わせ、お兄ちゃんはどっちが好き?」
「えっと、そうだな…… 礼名が着たらどっちも似合うよ」
「そうじゃなくってっ! お兄ちゃんはどっちが好きなのよっ!」
もう、お兄ちゃんのばかっ!
だけど、昔っからそうだった。お兄ちゃんはわたしに命令なんかしたことなかった。でもねわたし、お兄ちゃんが礼名の演奏が好きだって言うからピアノ頑張ったんだよ。バカな礼名はイヤだなって言うからお勉強も一生懸命だったんだよ。気付いたときから礼名はずっとお兄ちゃんが好きだったんだよ。そしてずっと幸せだった……
「僕はこっちの赤が好きかな。せっかくだから似合うトップスと一緒に買ったらどうだ?」
「うん、そうするね!」
さすがお兄ちゃん。
決めるときは決める。
ここぞと言うときは決めてくれる。
だからずっと大好きだった。
だけどあれはいつの時だったか。
わたしはお兄ちゃんをただ「好き」なんじゃない、ずっと一緒にいたいんだって気がついたとき、わたしの幸せは絶望に変わった。自分の運命を怨んだ。だってお兄ちゃんとは結婚出来ないんだから……
わたしはカジュアルな外着を決めると部屋着も買った。勿論お兄ちゃんの好みもちゃんと確かめて。
「じゃあ次はお兄ちゃんの服を探そうね」
「いや、フォーマルっぽいのも買ったらどうだ? ほらこんなの」
店を出ると、隣の店のショーウィンドウを見るお兄ちゃん。
「あっ、可愛いね。でもこう言うのすっごく高いんだよ」
「だから今日は百万円じゃないか!」
マネキンが着ているのはシックな大人服だ。きちっとした黒っぽい上着にタイトなスカート。お兄ちゃんってこんなのが好きなんだ。
店に入ってその服を探す。やっぱり高いな。上下で五万円……
「うん、絶対似合うよ」
「でも五万円だよ。さすがにちょっと……」
「今日は百万円の大金持ちだぞ。それに礼名はそんな服持ってないだろ」
よし、決めた。
これ買って、早くお兄ちゃんの服を買って回ろう。
「じゃあ次はお兄ちゃんの服を探すからねっ!」
そんなこんなで。
お昼を回る頃にはふたりとも両手に大きな紙袋を提げていた。
「すっごい買ったな! もう満足だ」
「えっ? お兄ちゃんもっと買ったら?」
お兄ちゃんったら自分で買おうとしないから、全部わたしが選んであげたのに。
でも、とっても楽しい。
「取りあえず腹減ったからメシにしようよ」
「そうだね。何にする?」
「ハンバーガーとかどうだ? 今ならハンバーガー5個は喰えそう」
「動き回ったからお腹空いてるんだね…… って、今日は百万円じゃない!」
「あっ、そうだった…… そうだ、岩本がお勧めの美味しいって店があるんだけど、行く?」
「うん、行く行くっ!」
わたしは笑顔で肯いた。