第3話 麻美華がアイドルになってあげてもよろしくってよ!(そのに)
「今日の主役は麻美華先輩ですからねっ!」
あの日から、お兄さまの計画通り礼名ちゃんと練習を重ねた。
綾音も私のために可愛らしい衣裳を設えてくれた。
オリジナル曲も作った。作詞は私で曲は礼名ちゃんだ。
そして今。
土曜の夕方は中吉商店街のゴールデンタイム、通りはたくさんの人達で溢れかえっている。親子連れに若者たち、シルバー会の皆様方、みんな買い物に食事にと楽しそうだ。
そんな中、礼名ちゃんと一緒に通りへと出た。
「いよっ、麻美華ちゃん! 今日はグッと可愛いねえ!」
よく澄んだ春空の下、高田さんの声援が迎えてくれる。見ると学校で見知った顔もたくさん待っていてくれた。
私はみんなに手を振ると定位置へと向かう。
タンタタタタ~ン
タタ タタタタタ~ン
礼名ちゃんがリズミカルに前奏を奏でると弾けるようにステップを踏み出した。
さあ、ストリートライブの始まりだ!
マイクに向かってハイテンションのサビから入る。
通りを歩く人達が、何だろう? と言う目で私を見る。
立ち止まってくれる人もいるけれど、無視するように立ち去っていく人が大多数。中にはダメだとばかりに苦笑する人も。だけどそんなこと気にしない。目の前には二重にもなった人達が熱心に私の歌声を聞いてくれている。南峰の友達に聖應院の生徒、いつもここで演奏している礼名ちゃんのファンも私に手拍子をくれる。
実は、今日ここにお母さまも来るはずなのだ。
勿論私を見るために……
しかしまだ、お母さまの姿はどこにも見えない。
「今日のステージで大切なことは麻美華が最高に輝くこと。ただそれだけだよ」
お兄さまはそう言った。
そうすればお母さまもわかってくれるはずだ、と。
「麻美華先輩、すっごくキラキラしてますっ! 可愛くって別人みたいですっ!」
間奏を弾きながらそんなことを言う礼名ちゃんに私は笑顔を返す。
「ありがとう、礼名ちゃん!」
今日の私に上から目線はない。
だってあれは作った私。
少しずつ増えていくオーディエンスに私の心は素直に嬉しくなっていく。
一曲目が終わると軽くMCを挟んで。
「もしかして、あれがお母さまですか?」
礼名ちゃんの声に視線を追う。
真っ赤なドレスに白い日傘。
聴衆の輪の後方に執事を従え金持ちオーラを撒き散らす長い金髪のお母さま。
恥ずい! 場違い感ハンパない!
でも、今はライブに全力投球!
二曲目はオリジナル曲。
心の震えを感じながら全力で歌い終えると、お母さまは赤毛のツインテールと何やら談笑していた。何やってるのよ綾音!
三曲目はしっとりバラードを歌い上げる。
見るとお母さまの横にもうひとり、スーツ姿の紳士が増えている。あれって朝日さんじゃないの? 芸能事務所モニサン社長の。
「麻美華が最高に輝けば、みんなに麻美華の本当が伝わるから」
お兄さまの言葉を思い出す。だけど、きっとその裏で色んな画策をしてくれてたんだ。
お兄さま、麻美華は信じていますね。
そうして。
熱い想いを胸に、私は迷いなく全力でステージを務め終えた。
* * *
その日、家に帰るとお母さまに呼ばれた。
厳しい顔のお母さまは私を座らせると静かに言った。
「あんな姿を人前に晒して、あんな低俗な音楽に酔いしれて、麻美華は恥ずかしいとは思いませんか?」
部屋にはそこはかとなく重厚なバッハが流れている。
やはり生粋のお嬢さまだったお母さまにはわかって貰えなかったのかしら?
だけど私は胸を張る。
「はい。恥ずかしくはありますが、素晴らしいことだって信じています」
「はあっ! もうこの子は誰に似たのかしら……」
お母さまは溜息混じりに立ち上がる。
「今晩お父さまにも聞いて貰います」
そう言い残すと部屋を出て行った。
そしてその夜。
私は荷物をまとめて家を飛び出した。
* * *
あれから三ヶ月と少し。
授業が終わるといつものように生徒会室へと向かう。
私の在任期間ももうすぐ終了だ。後輩の礼名ちゃんも笹塚さんもしっかりしていて、もう私がいなくても大丈夫。少し寂しいけどこれでいいんだわ。
生徒会室に入るとみんなは次の選挙の話をしていた。
次期会長は会計の笹塚さん押しで進んでいた。本当は礼名ちゃんが一番の適任だけれど、家の方が忙しくなると言うことでみんな納得している。礼名ちゃんは補佐役として残る予定だ。
「あっ、会長! お話は聞きましたよ、明日初ステージなんですって?」
部屋に入った私に笹塚さんが寄ってくる。
「聞いたのね、別に隠していたわけじゃないんだけど……」
綾音も礼名ちゃんも、お兄さまも私をニヤニヤと見ている。
「芸名・中吉まみって言うんですね」
「そうそう、それで愛称は「まみたん」!」
「もう冷やかさないの! お茶でも飲みましょう」
私は湯沸かしポットのスイッチを入れるとカップの用意をする。
「あっ、麻美華先輩、お茶はわたしが淹れますからどうぞ座ってください!」
「大丈夫よ礼っち、任せておいて。サイトにも書いてあったでしょ? 中吉まみのキャッチコピーは「あなたの可愛い妹」、特技は茶道って事にしてるんだから」
ポットを温め紅茶の葉の準備をする私の耳に彼女たちの声が聞こえる。
「会長、変わったわよね」
「ですよね。あの上から目線も捨てがたい魅力だったんですが……」
私は自分が変わったなんてこれっぽっちも思ってない。
だけど最近よく言われる。
「ほら、紅茶が入ったわよ。ありがたく飲むといいわ」
「さすが堂に入った上から目線ですね! やっぱり明日のステージもドS風でいったらどうですか?」
「他人事だと思って勝手な事言わないの! 私は必死なんだから!」
「そうだよな、僕もまさかこんな事になるとは思ってなかったから。ホントごめんな」
「いいえ、これは私が決めたことですから」
三ヶ月前、家を飛び出した日のことを思い出す。
あれは夜も十時を回る頃だった。
お母さまから話を聞いたパパは先に軽く風呂を済ますと私を部屋に呼んだ。
パパは私の味方をしてくれる、一緒にお母さまを説得しなくては。
そう考えていた私の横にお母さまが並んで。
「お父さん、麻美華ったらアイドルになりたいとか言い出して。倉成家の長女として恥ずかしい事ですし、この子の将来にも影響しますし、それに高三でアイドルとか遅すぎますし……」
「しかしお母さま!」
「麻美華は黙っておいで」
お母さまの強い声に私は口をつぐむ。
パパは難しい顔をしたままだ。
「それで今日、中吉商店街でライブアイドルって言うんですか? そんなことをするというので見て来たのです……」
そこでお母さまは言葉を切って。
「それで、わたくしはやらせてみてはどうかと思うんです。成功しても失敗しても」
「お母さま!」
お母さまが認めてくれた?
あの厳しい厳しいお母さまが?
「そうか」
話はわかったとばかりに私の顔を見たパパは厳しい表情そのままで。
「麻美華、人前で芸を披露するのは生半可な覚悟じゃ出来ないぞ」
「はい、わかっています」
「やるからには失敗は許さない」
「は…… はい勿論です」
「覚悟は出来ているんだろうな?」
「も…… 勿論です!」
「じゃあ麻美華の覚悟を見せてみなさい」
「あの、お父さん、何もそこまで……」
「わ…… わかりました」
そしてその夜、私は荷物をまとめて黙って家を出た。
「何考えてるんですか、先輩?」
ふと我に返る。
いつの間にか生徒会の面々がティーカップを手に持って私の前に差し出していた。
「明日、みんなで応援に行きますからねっ! 麻美華先輩、乾杯しましょっ!」
「乾杯は飲み干すものよ! 熱い紅茶でするものじゃないわ!」