第3話 麻美華がアイドルになってあげてもよろしくってよ!(そのいち)
このお話は、日本屈指の良家のお嬢さまにして本編主人公・神代悠也の腹違いの妹、倉成麻美華が本当の自分の夢を叶えていく、愛と勇気と感動の物語(予定)です。お気楽にお楽しみ下さい。
第3話 麻美華がアイドルになってあげてもよろしくってよ!
アイドルになりたかった。
可憐な衣裳を着て、スポットライトを浴びながら笑顔を振りまき歌って踊って。
だけど私は格式高い倉成家の長女、それに相応しい行動を求められた。
そして一生懸命それに応えてきた。
それは大好きなパパのため、理想が高いお母さまのため、腹立たしいけど可愛い弟たちのため。
だけど、やっぱり憧れていた……
* * *
あれは春休みも終わりに近いある日。
礼名ちゃんから電話で呼ばれ、近くの児童公園へと向かった。
彼女は最近店の前でアコーディオンを演奏しては商店街に活気を呼び込んでいる。
その様は聞いても見ても心躍るものがあって演奏技量だけじゃなく人を楽しませる「才能」を感じずにはいられない。去年ロコドル「中吉らららフレンズ」で活動したときもそう思った。
しかし楽しかったな、らららフレンズ。またやりたいな。
公園に着くと彼女は既に待っていた。
そして私を見るなり深々と頭を下げた。
「麻美華先輩、ごめんなさいっ!」
「どうしたのよ礼っち。いきなりこんなところに呼び出して……」
「お兄ちゃんに聞きました」
そう言うことか。
きっと彼女は私と悠くんの秘密を知ったんだ。
悠くんは私のお兄さまであると言うことを。
「ようやく私と悠くんの席が隣である本当の理由に気がついたのね、礼っち」
「はい、まさか麻美華先輩がわたしの小姑さんだったなんて!」
「誰が小姑よ! そのセリフは悠くんのお嫁さんの言葉よ、お兄さまの結婚はこの私の許可なくしては出来なくってよ!」
「いえ、お兄ちゃんと礼名の結婚は既に確定事項なんですよ! それは朝、東の空にお日様が昇るように、昼、お兄ちゃんが礼名のお弁当を美味しいって食べてくれるように、夜、お兄ちゃんを想う礼名がおセンチになるように絶対に確実なことなんですっ!」
「はいはい……」
彼女のブラコンは一旦火がつくと消火方法が発見されていない。
ここは軽く受け流す。
「だからいつの日か、お兄ちゃんと礼名がパンパカパ~ンとバージンロードを駆け抜けるのは間違いないんですけど」
「駆け抜ける?」
「はい、礼名はいつでも全力疾走ですっ!」
バージンロードを全力で駆け抜けるバカ新婦はいまだかつて見たことないわ。
だけど彼女は本当に駆け抜ける気満々だ。
「話が逸れましたが……」
と、彼女は急におとなしくなる。
「今まで隠してくれて本当に感謝しています。わたし、お兄ちゃんにお兄ちゃんって言えない気持ち、わかります。だから麻美華先輩にお礼を言わなきゃって……」
こういうとこ、本当に律儀だわ。
「心配いらないわよ。ちゃんと悠くんとふたりの時は「お兄さま」って呼んでたから」
「お兄さま、ですか?」
「ええ、お兄さま、よ」
「……なんかわざわざお礼を言いに来たのがバカらしくなってきました。わたしのお兄ちゃんを他の人がお兄さまと呼んでいたなんて」
「じゃあ、礼っちは「元兄」って呼んだらいいわ」
「イヤですっ!」
そんなこんなで「妹」同士、ふたりベンチに腰掛けて色んな話をした。
学校で仲がいい友達のこと、毎晩の夕食メニューのこと、そして彼女のアコーディオン演奏のこと。私だって倉成のお嬢さまだ、ピアノだって習っていた。しかし、彼女と比べるとお恥ずかしいレベルだ。ともかく彼女の技量と才能は凄い。
私は思い切ってずっと疑問だった事を口にした。
「ねえ礼っち、あなた、もう一度本格的に音楽の道を考えないの?」
「はい、まったく」
思った通りの答えだ。
だけど私が知りたいのはその理由だ。
彼女は国際コンクールでの入賞経験がある。きっと相当に打ち込んでいたはず。そんなにあっさり諦めきれるのだろうか。せっかくの才能が勿体ないと思わないのかしら。
「どうして? 好きなんでしょ?」
私の問いに、しかし彼女の答えは明快だった。
「好きですよ。だけど、わたしの気持ちはそこを目指していないんです」
「わたしの気持ち?」
「はい、わたしが心から望むこと。わたしに一番大切なことは違うんです」
* * *
彼女と別れて考える。
一番のためなら二番は捨てられるのだろうか?
私にとって一番大切なことってなんだろう?
部屋に戻るとベッドにどっかり腰を下ろす。
「はあ~っ!」
ピンクの壁にはシャガールのリトグラフ。
その絵の横にはお茶とお花の免状に、ピアノや舞踊の賞状が並んでいる。
飾り棚にはスイミングやテニスで貰ったトロフィーとか、なぎなたの大会で貰った盾とかがこれ見よがしに飾られていて。
どれもこれも理想が高いお母さまは喜んでくれた。私だって何でも出来るように頑張った。
だけど。
去年、ロコドルしようって言われたときの胸のトキメキが忘れられない。
お母さまをどう説得するかは悩んだけど、一時的なことだからとパパを味方に付けた。
弟たちには相当に冷やかされたけど、今思い出しても本当に楽しかった。
ベッドにそのまま横たわり、目を閉じる。
私はやっぱりアイドルになりたかった……
* * *
昔の私なら真っ先にパパに相談したわ。
だけど、今の私が話を聞いて欲しいのはこの人だ。
「あっ、お兄さま、こっちこっち!」
バスから降りてきたお兄さまをわたしは家に案内する。
「初めてよね、私のお家に来るのって」
「そうだね、緊張するよ」
「今日はパパもお母さまもいないの。だから気楽にいいのよ」
「でも緊張するよ、何なんだ、このリゾートホテルばりの豪邸は!」
門が開くとメイドの瑞季が待っていた。
彼女にお茶の用意を言いつけると、お兄さまを私の部屋へと案内する。
「へえ~っ! これが麻美華の部屋なんだ。意外だな……」
壁はピンクで統一されて、私が見ても少女趣味全開なお部屋。
この部屋に来た人は皆、お兄さまのように「意外だ」と言う言葉を口にする。
私は少し躍起になる。
「意外ってどう言うことですか? 麻美華には可愛すぎるって事ですか?」
「あ、いやいや…… しかしまあ、そう言うことかな」
「もう! 私はすっごく女の子してるのに! お兄さまの中の私ってどんなイメージなの?」
「そうだなあ、ムチとかロウソクとか?」
「お望みなら今すぐ縛り上げてやってもよろしくってよ!」
私は怒ったふりをして得意の上から目線でお兄さまを射貫いてあげる。
「あっ、ごめん。冗談だから! そんなに怒らないでよ!」
頭に手をやり困ったように謝るお兄さま。
いけない、こんなことしてたら嫌われちゃうわ。
「冗談ですよ、怒ってませんよ!」
にこり笑顔を浮かべるとお兄さまも安心したようだ。
「しかし、麻美華ってすっごくキャラ変わるよな。今のキャラの方が学校でメチャモテだと思うよ」
「モテるのもウザいでしょ?」
「ああ、なるほどそうかもな……」
私が中学時代モテ過ぎて困った話をしようとすると、お兄さまは壁の方へ歩いて行く。
「すっげえ、シャガールのリトグラフ! サイン入ってる! これ本物?」
「ええ」
「だよな……」
お兄さまは食い入るように絵を見ると、その横にある私の免状や賞状に視線を移していく。
「……麻美華凄いな。お茶にお花に日本舞踊に、これは書道…… ピアノもやってたんだ!」
「ピアノは礼名ちゃんの足元にも及びませんよ。どれもこれも中途半端で……」
「中途半端って? お茶にお花は師範じゃん! あっ、何だこれ? テニス?」
運動は得意な方だ。だからテニスも水泳もそれなりだった。武道の先生にも筋がいいっていつも誉められた。だけど、そんなこんなで忙しくて中学の部活は出来なかった。吹奏楽に興味があったんだけど……
お兄さまは私のトロフィーや盾をひとつひとつ見ては驚いたり笑ったり。
お兄さまに誉めて貰うと少し嬉しい。
気分をよくした私は意を決し本題を切り出した。
「実は私、アイドルになりたいなって思うんです」
「そうかあ、アイドルかあ…… って、今なんて言った?」
上の空で聞いていた風なお兄さまはビックリしたように私を見た。
「アイドルになりたいなって」
「アイドルって……」
暫く私を見つめていたお兄さまはもう一度部屋の中をゆっくりと見回した。
そうして飾り棚のトロフィー達を眺めながら言葉を紡いだ。
「いいんじゃないかな。うん、素晴らしいことだと思うよ」
「そう思いますか! そう思ってくれますか!」
私の心が激しく尻尾を振る。
嬉しい!
「勿論だよ。だってやりたいことがあるって、なりたい自分があるって素晴らしいじゃないか」
「だけど、お母さまはきっとうんと言ってくれません」
「僕に相談したい事って、それだね!」
お兄さまは私の気持ちを見透かしたように微笑んだ。
「はい」
「簡単じゃないか。家を飛び出して朝日さんの事務所に駆け込んだらいいんだよ」
「そこを丸く収めたいから相談してるんでしょ!」
「はははっ、そうだよね。じゃあさ……」
お兄さまが語ってくれた作戦はあまりにストレートで正直気乗りしなかった。
だけどそれは私自身も試されている気がして。
私は意を決した。