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名と炎

 ある一本の獣道を、一人の少女が歩いていた。

 その背に籠を背負っており、中には稲や山菜がこんもりと積まれていた。

 その道の途中。

「・・・・・・?」

 道の途中に、小さな女の子が倒れていた。しかも、この時代にしては上等な着物を着ている。

 少女はハッとして駆け寄り、女の子を揺する。

「もし、もし?だいじょうぶですか?」

 少女がしばらくそうしていると、女の子の手がぴくりと動く。そして、女の子はゆっくりと起き上がった。

「・・・・・・あんた・・・・・・?」

 女の子は訝しげに少女を見つめる。

「だいじょうぶですか?」

 そう聞いてくる少女に、女の子は立ち上がって着物に付いた汚れを払う。

「平気よ。あんたたちと違って私は・・・・・・」

 女の子が何かを言おうとした時、女の子の腹が鳴った。

「・・・・・・」

「・・・・・・クスッ」

 少女は笑い、女の子は顔を赤らめてそっぽを向く。

 そんな女の子に、少女は稲を差し出した。

「・・・・・・ばっかじゃないの、あんた。それ、領主に納めるやつなんじゃ」

「わたしはかまいません。それに、きっとわかりませんよ」

 心優しい少女に、女の子は複雑そうな顔をして、一株だけ受け取る。

「やっぱり馬鹿ね。今渡されたって、米は食えないわよ」

 女の子が苦笑しながら言うと、少女は口を軽く抑えて目を開く。

「あんた、名前は?」

「・・・・・・?なまえ、って、なんですか?」

 少女が困惑すると、女の子は心底驚いた顔をする。

「・・・・・・ふぅ〜ん、そういうもんなのね」

「え?」

「いや、こっちの話よ。じゃあ、私が名前を教えてあげる」




 今の世よりも二百四十年近くの昔。過去話。

 高い山にそびえ立つ大樹に、近づく一人の影。

『・・・・・・狐火(キツネビ)か』

 大樹から直接響いてくる声。一つの影は、綺麗な艶のある茶髪の女性だ。

「・・・・・・この子、どうにならない?」

 大樹に「狐火」と呼ばれた女性は、綺麗な布に包まれた“誰か”を抱えている。

『・・・・・・無理だな。そんなになっていては。少なくとも、ワタシには・・・・・・』

 その声に、狐火は歯噛みする。

「・・・・・・っこの子は・・・・・・まだっこの先を生きられるのよ!この子の死を知ったら、きっと、頑張っているあの子も・・・・・・!」

 悲痛な声に、大樹は軽く発光する。

『方法が、無い訳では無い。しかし、運が悪ければ、或いは・・・・・・』

「っ構わない!例え、この命を使ってでもいいからっ!だからお願い!もう誰も・・・・・・!」

『了解した・・・・・・。だが、お前の命は使う必要は無い。お前はまだ、皆に必要とされているのだから・・・・・・』

 大樹はその言葉とともに、強く発光する。

 その場は太陽のように眩く光に包まれた。



 

 多種多様な鳥の鳴き声が響き渡る古都。東西南北にはその古都を領域とした“四大守護者”の殿が構えられている。

 その内の一つ、東の殿には谷崎家があった。



「お待ちくださいっ!羅菜(ラナ)さま!」 

 ドタバタと忙しく走り回る小さな子供を、女房たちが必死に追おうとするも、教養が付いており、単を着ている彼女たちは走ることが出来ない。

 走り回って殿の外へ駆ける子供は、この家の次期頭首、谷崎羅菜という。見た目は十にいかないが、これでもその歳十五である。

 原因不明の呪いにより、五年(いつとせ)前から精神面以外の一切の成長が見られないのだ。

「へっへーんだ!そう簡単に捕まるかよ!」

 これでも貴族の部類なのだが、そんな類の礼儀は彼女には無い。

 羅菜は庭へ飛び出し、池を軽々と飛び越えて塀によじ登る。

「お止め下さいっ、羅菜さま!!はしたない!」

 そんな女房たちに羅菜は塀の上から見下ろしてにやりと笑う。

「日暮れには帰るって!羅雨にもそう伝えといてよっ」

 羅菜は塀を降り、道を走って行ってしまった。




「・・・・・・行ってしまったのう」

 縁側の柱に寄りかかり、紫煙を吹く現頭首の谷崎羅来が、部屋の中に向かっていう。

「あの子は、わたくしと違って元気にごさいますから。チカラも、あの子が持っておりますし」

 羅来に答えたのは、清潔な蒲団に入って身を起こしている少女だった。

 名は谷崎羅雨。羅菜の双子の姉である。生後より心の病を患っている。

「御前がさみしいじゃろ。わしも小さい頃、姉さまがわしを置いていった時は、それはもう心底さみしかった」

 羅来は煙管を咥え、どことなく去って行った。

 羅雨は床に入り、額に手の甲を当てる。

「・・・・・・さみしい、などと・・・・・・言うものではありませんよ。御祖母様」




 殿を抜け出した羅菜が向かった先には、子供たちが集まっていた。

「あ、おっせーぞらなさま!」

「まちくたびれちゃったよぉ」

 口々に文句を言ってくる子供たちに、羅菜はニヤリと笑う。

「ばぁか!お前らと違って抜け出すのに一苦労してるんだよ。さて、今日は何して遊ぶんだ、大将」

 羅菜が子供たちの真ん中で胡座をかいている男子に言う。すると、大将は笑う。

「きょうはおにごっこだっ!らなさまがおにな!」

 大将の掛け声に、羅菜ともう一人以外は走って行った。

「ん、よね、お前行かねえの?」

 残ったもう一人は羅菜によねと呼ばれ、同い年だ。

「・・・・・・らなさま、おにならかわりますよ」

 よねの言葉に羅菜は口を開けるも断る。

「それじゃつまんないだろ。よねはじゃあ、私が捕まえてきた馬鹿どもの面倒見てなよ」

 羅菜はそう言うと、逃げて行った子供たちを追い回し始めた。




 この時代、名前のある人間なんて、一握りだろう。貴族の男には名前があるが、女には無い。

 まず、羅菜たちに名前があるのは、外から渡来して来た羅菜たちの祖母、羅来の配慮である。一人一人に名が無いことに、羅来は驚きを隠さなかったという。

 それだけでなく、よねや他の子供たちにも名前がある。子供たちに名前があるのは、羅菜が出会い頭に付けていったからだ。

 例えば、

「おまえ、この前内緒で米くれたから、よねな!」

 といったふうに。

 羅菜からすれば、一人一人に違う名前が付いてなかったり、名前という存在(ことば)すら知らない子供たちにもどかしさを覚えてしていったことである。

 子供たちは喜んでおり、羅菜を貴族の部類だと知っていながら、変わらず接しているのである。

 この事は、大人たちは知らない。知っているだろう大人は、殿の中や他の四大守護者くらいだ。




 木陰で休む子供たちは、全員息を切らしている。

「らなさま、あし、はやい・・・・・・」

「うぅ〜つかれたぁ・・・・・・」

 その隣では、よねが小さめの葉っぱで扇いでおり、子供たちの熱を下げてやる。

 羅菜はどうしているのかというと、子供たちが休んでいる木の上にいる。羅菜が見つめる先には緑の山々が連なっているだけであるが、羅菜はそこから聞こえてくる生き物の声に耳を傾ける。



 羅菜には思うことがあるのだ。それは、姉である羅雨の事。

 羅雨は、外を自由に駆け回ることは愚か、布団から出ることも許されない。羅菜は最初のうちは、羅雨の隣でお喋りをしたり、歌を読み交わしたりしていた。

 しかし、羅菜も羅雨も、いつしか外ばかりを見つめるようになった。二人は、ただ純粋に「外に出たい」と思った。

 そんなある日。

「羅雨っ!外に出ようよ!」

 羅菜は羅雨にそう提案したのだ。

「・・・・・・だめですよ、羅菜。私たちが外に出られる機会など、四大守護者の会合の時のみ。私たちのような者が・・・・・・外を求めては天罰が襲いますよ」

 優しく諭す羅雨に、羅菜は悔しさで一杯だった。

 どうして羅雨は、そんな事を言うようになってしまったのだろう。

 その次の日から、羅菜は外に出かけるようになった。

 貴族同等の扱いである羅菜は、家族や四大守護者の面々、女房以外には見られたことがなかったので、服装を下着だけにするだけで身分を隠せた。

 以来、こうして外に出ては子供たちと遊び、駆け回り、時には山に入って山菜を摘みに行ったり。

 こんなに楽しいのに、どうして姉はだめだと言うのか。

 もちろん、病を患っているのは百も承知。無理をさせることは羅菜自身が絶対にさせないと心に誓っているし、もしものことがあれば・・・・・・その時は、羅菜が能力で守ってやれる。

 羅菜の家、谷崎家の守護する事象は「武器」である。とはいえこの時代、極東の方の武器など限られている。よってこの時代、「武器」ではなく「操術」と呼ばれていた。

 羅菜は、羅雨のこと全てが、もどかしかった。




「またなー!らなさま!よねねぇちゃんも!」

「またみんなで、いっしょにあそぼっ!」

「おーう、もちろんよ!また一緒に遊ぼうなぁー!」

「またねー!」

 羅菜は帰路の途中で子供たちを見送る。よねは子供たちの住む村と少し離れた集落に住んでいるため、殿が近い羅菜がよく送ってあげている。

「きょうもたのしかったね」

 夕陽を受けてにこにこと笑うよねに、羅菜はため息を吐く。

「なぁに言ってんだ。お前何もしてなかったのに、どうして楽しいだなんて思えるのかね?」

 羅菜が聞くと、よねは立ち止まる。

「わたし、らなさまにおあいするまで、ほかのこたちとあそぶなんてこと、ありませんでしたから」

 よねはそう言うと再び歩き出し、羅菜は「ふ〜ん」と呟く。

 そこへ、羅菜に別の人物から声がかかる。

「羅菜さん」

 呼ばれた羅菜はある一点を見つめる。後ろを歩いていたよねは、キョロキョロと辺りを見渡す。

「羅菜さん、凝りませんね」

「・・・・・・天院さん、雫さん」

 姿を現したのは、四大守護者の他の二角、土岡家女性頭目の天院と、詞家男性頭目の雫という者たちであった。

「そちらの女子は、わたしがお見送り致しましょう」

 そう申し出たのは雫の方である。

「雫さん、よねに変な事すんなよ?」

 羅菜がジト目で雫の前に出ると、雫は苦笑いを零す。

「羅菜さん、雫様はそんな節操の無いことはなさいませんよ。そもそも、雫様には美しい妾がたくさ・・・・・・」

「天院っ!!」

 さすがに焦った雫は羅菜と天院の話に割って入る。

「ちぇー、もっと聞きたかったのにぃ」

「聞かんでよろしい!・・・・・・失礼、さぁ、送りましょう」

「は、はぁ・・・・・・」

 何とも言えないというか、話の内容が掴めないよねの背を押す雫。

「よねっ!」

 羅菜はよねを呼び、よねが振り向くと、羅菜は笑顔で手を振った。

「また、皆と一緒に遊ぼうなっ!」

 羅菜の言葉によねは笑顔で返し、雫に促され去っていった。



 去っていくよねを見つめている羅菜に、天院は羅菜の頭に手を置く。

「さぁ、皆が貴女の帰りを待っております。戻りますよ」

 促す天院の、羅菜は横について行く。

「ねぇ、天院さん」

「はい」

「天院さんも雫さんも六無(りつむ)姫も・・・・・・羅雨も、なんで想う人がいるのに許されないのかな?」 

 羅菜は天院の袖を掴む。羅菜の様子に、天院は目を細めて微笑む。

「・・・・・・そうですねぇ・・・・・・。時代、でしょうか。習わしとも言いましょうか、お家が全てで、家督にはそうそう逆らえるものではあれませんね」

 淡々と話す天院に、羅菜は口を閉ざす。




 白い半紙に黒い筆を走らせながら、羅菜はつらつらと自身の考えを募らせる。

 外に出かけるのと同時にほぼ日課となっている事であり、これは朝になると羅雨に見せる事にしている。

 羅菜は今日の文章の一番最後に“六 二”と記すと灯りを吹き消して縁に出る。

「まだ床に就かぬか、羅菜」

 羅菜は返事もせずその場に胡座をかく。

「もう、亥の刻だぞ」 

「・・・・・・羅雨は」

「お主と違って、もうとっくに寝ておるわ」

 羅来は羅菜の隣に腰を下ろして懐から煙管を取り出し、ひと撫ですると煙が流れる。

「・・・・・・お祖母様って、『武器の守護者』じゃ無いですよね」

「そうじゃの。ましてや守護者ではない。わしはもともと渡来してきた所を、谷崎の男に見初められたのじゃ」 

 紫煙をふかす羅来は天を見つめる。

「わしの一族は火を操る遊牧民での。一族の若となる者は名を変えて旅に出るのじゃ。わしは“谷崎羅来”の他にもう二つ名がある」

「え、じゃあ」

「いや、前にも言ったことがあるが、わしには姉がいての。わしは姉について行っただけじゃ。・・・・・・今はもう、あの人はこの世におらんがの・・・・・・」

 羅来が感傷に浸り始めたその時、二人はその場でバッと立ち上がる。

「・・・・・・お祖母様」

「何か感じたのじゃな。・・・・・・集落の方から、火の臭いがする」

 羅来が見る先に羅菜は目を見開き、寝間着素足のまま走り出す。

「っ羅菜っ!!行ってはならぬ!」

 羅来が叫ぶと、羅菜は一旦立ち止まる。

「行くな羅菜。お前がどうこう出来る問題では無い!寝て待っておれ」

 その言葉に、羅菜は激昂する。

「そんな事、出来るわけ無いです!あの方角は・・・・・・よねがいる集落なんですから!よねだけじゃないっ!他にも、生ける人たちがいる!」

 羅菜は塀を軽々と越え、集落へと駆けて行ってしまった。

「・・・・・・っ!あの阿呆小娘!どっかの王女様そっくりじゃ!」

 羅来は地団駄を踏むも羅菜と同じように塀を越え、しかし、羅菜とは逆方向へ走り、その途中で自身の姿を火の玉へと変える。

(火事が起こるなど、一大事に変わりはない!羅菜が行ってしまったのならば、わしが報せに行かなくては・・・・・・!しかし何故、こんな時間に・・・・・・?)




 全速力で道を走っていた羅菜は、途中で何度も躓いてコケたり、足の裏に何かの破片が刺さって激痛が走ったりしたが、舌をかんで何とか耐えながら集落へ向かった。

 走っているとだんだん紅く燃えているのが見えてきて、集落の出口では、数名の人々が難を逃れており、体力の残る男衆は水を組み上げてきては中に入って水を撒いていた。

 羅菜が走って行くと、人々の数名が羅菜に気がつく。

「あんたらっ!一体何があった!?」

 咳切って聞くと、比較的落ち着いている様子の女が羅菜に説明をする。

「それが、やまにちかいいえからきゅうにひがあがったもんで!そりゃぁ、おったまげたもんよ!そのまえに、そのいえにりょうしゅがいらっしゃってな?って、ちょっとあんた!」

 女が説明している途中で、羅菜は火の上がる集落の中へ飛び込んでいった。

 山に近い家は、正によねとその家族の住む場所だ。領主が来たということは・・・・・・

(バレたんだ・・・・・・!よねが、私に米を分け与えた事が・・・・・・!)

 しかしそれならば何故、標的が集落全体になったのか?

 貪欲な領主の事だ。予想できないことではないが・・・・・・。

「生きてる者共!!火を消す前に、己と子を守れ!速くこの場から離れよ!」

 羅菜は全力をきって叫び、逃げる人々とは逆の方へと走り向かう。

「っよねー!!」

 集落はそこまで大きくはない。よねの家があるところまで走り抜くが、そこはもえ、他が燃えているのとは比べ物にならないくらい、火の海と化していた。

 火は山の方にも燃え移っており、動物の鳴き声も微かに聞こえる。

「よねっ!!」

 羅菜は意を決して中に入る。

(・・・・・・っ!ぐっ・・・・・・あ、あつい、あつい!!)

 火によって渇く空気に、身体から涙や汗が出る。息ができない。

 燃える木と炎から舞いでる煙に、むせる。苦しい。

 それでも、叫ぶしかなかった。

「よねぇぇぇぇ!!!っかはっ!!」

 上がる息が鬱陶しい。どこを走っているのか分からない。

 どこが、どこなのだろうか。

 辺りを見渡すと、やっと、人影を見つけた。

 よね、ではなく、よねの家族。

「っ・・・・・・っ!」

 その燃える姿に、羅菜はうちから何かを吐き出しそうになった。

「う、うぅ・・・・・・っ!よ、ね・・・・・・」

 絶望に目がくらみ、羅菜は走るのをやめ、フラフラとゆっくり歩く。

(約束・・・・・・したばっかりなんだ・・・・・・!また、皆と一緒に遊ぶって!!)

 建物が、崩壊し始め、先程まで羅菜がいた場所に落ちる、堕ちる。

 そして、羅菜の上にも。

 燃える材木に、羅菜は包まれる。

「・・・・・・っあぁぁあ!?あ、あづっ!!!」

 痛さに前を見ると、手を伸ばせる位置に、よねが横たわっていた。

「よねっ・・・・・・!」




「じゃあ、私が名前を教えてあげる」

 女の子がそう言うと、少女は目を見開く。

「・・・・・・?」

 少女は不思議そうな顔をして、目を見開いたまま女の子を見つめる。

 女の子は得意げに腕を組み、仁王立ちをして名乗る。

「私は四大守護者一角、東の谷崎!名は菜をとる羅と書き、羅菜という者也!」

 女の子―――羅菜がそう言うと、少女は口をあんぐりと開けるばかりである。

「・・・・・・??」

 少女の様子に、羅菜はムッと顔を顰めた。

「・・・・・・羅菜よ、ら、な!」

「ら、な?」

「そう!私の名は羅菜」

 羅菜の名前が分かると、少女はにっこりと笑い、楽しそうに羅菜の名を何度も言う。

「・・・・・・お前、名前無いんだっけ?」

 羅菜が聞くと、少女は一度首を傾げるも意味を理解して頷く。

「不便だなぁ・・・・・・あ、そうだ!じゃ、次に会う時までにお前の名前、考えといてやるっ!覚えとけよ!」

 羅菜は笑顔で稲を振り、その場から姿を消した。

 残された少女は、一瞬の事に呆けるも、ジワジワくる何とも言えない感覚に笑を零す。

 少女は静かに立ち上がり、籠を背負い直して道を歩いた。




 燃える身体で、羅菜は目の前のよねに手を伸ばす。 

(このままじゃ、もう皆と・・・・・・。でも、やだ・・・・・・!まだ、私は・・・・・・!私は、手は、振らない・・・・・・!)

 羅菜はよねの手の甲に手を乗せ、最期とばかりに笑おうとする。次々と流れる涙に邪魔されながらも、羅菜は何とか笑顔を作った。

「また・・・・・・『あそぼ』・・・・・・」 




 身体を襲う浮遊感に、羅菜は目を覚ます。

「・・・・・・は」

 先程までの熱さがない。炎もないし、上を見ても星が無い。

 しかし、声は出る。身体も動く。服装は寝間着のままで、よく見たらススが付いている。

(んだ、死んだらこういう感じなのか)

 妙に納得していると、四方八方から羅菜を包み込むような気配が現れ、羅菜は身構える。

『目覚めたか、谷崎羅菜』

 その声に、羅菜はこめかみを少しだけ動かす。

「・・・・・・誰だよ」

『オレはこの世の始まりと理の創始者。宇宙とも、星とも・・・・・・神ともとれる何かだ』

 羅菜ははっきりとしない何者かに呆れる。

「漠然としてるな?自分の事が分からねぇのか?」

 羅菜が聞くと、何者かが笑う。

『くく・・・・・・そうだな、オレは自身の事ははっきりとは知らん・・・・・・。本来なら理性も本能も、名も無い存在よ』

「・・・・・・名前」

 羅菜が呟くと、何者かが渦巻く。

『オレは、(ひとえ)に“暗黒”と呼ばれている』

 暗黒は、羅菜に気配を近づける。

「・・・・・・聞かない方がいいらしいな?」

『鋭い(わっぱ)だ、面白い。彼奴(あやつ)に投げ渡されたとはいえ、お前は使える』

 羅菜はだんだんと近いてくる気配に冷や汗を流す。

「おいおい・・・・・・私を食いもんにでもする気?」

『協力せよ、谷崎羅菜。その名を変えて』

「き、協力ぅ?」

 羅菜が聞くと、暗黒が近づく気配が早まる。

『世には、十人十色の魂が存在する・・・・・・。その中で、いつの時代も懲りずに理を乱す阿呆な魂がいるのだ』

「・・・・・・」

『そやつを、“暗黒(オレ)の武器”として、オレを含め、オレの子孫たちと食い止めて欲しい。本来なら、改心するまで転生を繰り返すのだが・・・・・・』

 暗黒がそこで言うのを止めると、羅菜は「ふぅん」と頷く。

「要するに、ヤンチャしてるやつを止めろって話だろ?」

『そうだ。本来なら、理を乱す魂は一対だけあったのだか、その内の一つはとある時代で改心したのでな』

 羅菜は話に頷きはしたものの、引っかかる事が。

「・・・・・・なぁ、私って死んだ・・・・・・よな?」

『ああ。死んだな』

「協力って・・・・・・死人だぞ。どうすんだよ」

 羅菜の的を射た質問に、暗黒は『ふむ・・・・・・』と言葉の相槌を打つ。

『お前の肉体は既に預かり、一度離れた魂と繋げてある・・・・・・。今のお前は、オレの神力が血液のように流れている。生きているのとそう変わりはない』

 暗黒の説明に、羅菜は自身の手を開閉する。

『勿論現世にも出られるが、普通は肉体ごと出られん』

 羅菜は未だ手を見つめる。

「・・・・・・なぁ、私と一緒に、死んだやついなかった?」

 静かに聞く羅菜に、暗黒は言葉を止める。

『・・・・・・知らんな。オレが預かったのは、お前だけだ』

 羅菜はその言葉を受け、手を強く握る。

「・・・・・・そう」

『話を戻すぞ。お前には“暗黒の武器”として役割を与える。今からお前の名は、暗黒武器No.3“あそぼ”、千発必中銃だ。勿論、お前の元の能力である“武器の加護者”の位置は変わらない』

 暗黒から貰った新たな自分に、羅菜は疑問を投げつける。

「じゅうって、何?それに、私は“操術の守護者”よ!」

 羅菜が不満げに反抗すると、羅菜の目の前に、一丁の真っ黒な拳銃が現れる。

 羅菜は反射でそれを掴み、じっと見つめる。

『それが銃だ。正式には、コルトガバメントと言う自動拳銃を暗黒(オレ)の色一色に染めた・・・・・・と言ってもわからんか』

 暗黒が説明を投げた時、銃声音が鳴り響く。

『・・・・・・お前の能力は本来、“初めて手に持つ武器でも難なく扱い、小さな小石でさえも武器へと変え、扱える”というものだ。そして、お前の時代で言う“守護者”というのは、ある時代からは“加護者”と呼ばれる』

 銃口からは、一筋の煙が登り、羅菜はそれを吹き消す。

 そして、表情の見えない顔で一言。

「―――分かった」




 その場にもう一発、銃声が響いた。

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