保存・消去
A子 「ねぇねぇ。記憶の保存と消去が自在に出来たらいいと思わない?」
B男 「保存はしたいなぁ。度忘れが酷くてさ」
A子 「え、なんの話だっけ?」
B男 「もう忘れたの、今の会話!?」
A子 「あ、そうそう。美味しいゆで卵の専門店があるって話だよね」
B男 「そんな話してねぇし、なんなんだ、その店は!?」
A子 「シェフが腕によりをかけて作ったゆで卵を出すお店!」
B男 「茹でただけじゃん!」
A子 「茹で加減が絶妙なの! 味は変わんないけど」
B男 「じゃあどうでもいいわ、茹で加減!」
A子 「というわけで、本日のお話はここまで。じゃ、またね」
B男 「まだ話の途中たよ!」
A子 「ゆで卵について熱く語るタイプなんだね」
B男 「違う! 記憶の保存と消去!」
A子 「私、記憶力には自信があるんだよね」
B男 「その自信、今すぐ悔い改めろ!」
A子 「保存はともかく、消去が出来ればいいなと思うことは結構あるな」
B男 「知りたくなかったこととか、聞かなきゃよかったこととか、結構あるもんな」
A子 「『私は、あなたの本当の母親じゃないの』」
B男 「そんな事実は聞かされたことねぇよ!」
A子 「『本当は父親なの!』」
B男 「よく隠し通せてたな、今まで!?」
A子 「『よかった。大した驚きもなく受け入れてもらえて』」
B男 「メッチャショックだわい!」
A子 「じゃあ、その記憶を消去してあげよう」
B男 「待て待て! 忘れちゃいけないだろ、その事実は!」
A子 「え、でもご両親的にはあなたのこと、思い出したくもないらしいけど?」
B男 「俺何かしたか!?」
A子 「ご両親の記憶って、必要?」
B男 「必要だよ! 忘れてたまるか!」
A子 「じゃあ、あなたの父親がかつてオリンピック選手だったことも?」
B男 「そんな凄い経歴があったのか!?」
A子 「短距離と砲丸投げの2種目を同時に」
B男 「ちょっと凄過ぎるんじゃね!?」
A子 「でも、砲丸持って短距離走ったら失格になった」
B男 「同時過ぎるだろ!?」
A子 「時間が被ったの! だから、短距離終えたその足で砲丸投げたの」
B男 「メッチャ長い助走になってんじゃん!」
A子 「どちらも世界新記録」
B男 「どんな超人だ!? 各々に集中してたらもっと記録伸びたかもね!」
A子 「でも両方失格」
B男 「もったいなさ過ぎるわ!」
A子 「それから色々あって、現在はあなたの母親」
B男 「一体何があった、元父親!?」
A子 「そこらへんは記憶が曖昧で」
B男 「切実に記憶の保存と消去が出来ればいいなと思い始めたよ!」
A子 「ん? 何か消去したい記憶でもあるの?」
B男 「この一連! なんか知らなきゃよかったって気になってきた!」
A子 「オリンピック選手だったんだよ? 凄いじゃない」
B男 「思いっきり失格してるけどな!」
A子 「オリンピックは勝ち負けが重要なんじゃないよ」
B男 「そりゃそうだけどさ」
A子 「オリンピックは、ウケることに意義がある!」
B男 「ねぇよ! 参加することに意義があるの!」
A子 「参加もしたし、メッチャウケたしモンクなしじゃない」
B男 「メッチャウケたところにモンク言いたいんだが!?」
A子 「みんなの記憶には保存されたよ。オリンピックの歴史からは完全に消去されたけど」
B男 「黒歴史じゃん!? 触れちゃいけない過去になってんじゃん!?」
A子 「その息子であるあなたも、命を狙われる羽目に」
B男 「狙われてたの、俺!?」
A子 「今の部分は記憶から消去しとくね」
B男 「やめい! そこだけは何がなんでも覚えておくよ! 命にかかわるから!」
A子 「何がなんでも覚えておきたいことってあるよね」
B男 「お前も何かあんのか?」
A子 「うん。美味しいゆで卵の茹で加減!」
B男 「だからどうでもいいから、それ! もういいよ」




