胸のつかえ
A子 「ねぇねぇ。胸が苦しいんだけど」
B男 「どうしたの?」
A子 「なんかさ、胸のこの辺りが締めつけられるようで、なんか苦しい」
B男 「なんか変なもん食べた?」
A子 「もしかしたら、コイ、かも……」
B男 「え、恋したの!?」
A子 「ううん、鯉飲んだの。つるんと」
B男 「なにしてんの!?」
A子 「いや、ちょっと、やんごとなき理由がありまして」
B男 「どんな理由があったか知らんが、なぜ飲んだ?」
A子 「ほら、よく言うじゃない『鯉すする乙女』」
B男 「すするんじゃねぇよ! 『恋する乙女』!」
A子 「似たようなもんじゃない」
B男 「全然違うわ!」
A子 「あ、似たようなものって、鯉を煮たわけじゃなくて……」
B男 「分かっとるわい! だから、なんで鯉をつるんと飲んだんだよ!?」
A子 「実は、とあるお金持ちの家にお呼ばれした時、庭の池に鯉が沢山泳いでたのよ」
B男 「お金持ちの庭には欠かせないもんな」
A子 「で、その中の1匹が私のことを見つめていたの」
B男 「ほぅ、何かを訴えかけてきたわけだな」
A子 「そう! 微動だにせずに、ただただジッと私を見ていたの」
B男 「それで?」
A子 「チャンス! ガシィ! ザバァ! ごくん!」
B男 「それがおかしい!」
A子 「いや、お金持ちの家にお邪魔する時の礼儀かなと思って」
B男 「無礼極まりないわ!」
A子 「それ以降、ずっと胸の辺りが締めつけられるようで……」
B男 「食道に詰まってんじゃねぇの?」
A子 「胸が苦しい……」
B男 「二つの意味で胸が痛かろう」
A子 「これが、コイ?」
B男 「あぁ、まさしくそれが鯉だよ!」
A子 「まさかこんなに苦しいなんて……。鯉なんてすするもんじゃないわね」
B男 「全くだ!」
A子 「苦しい……」
B男 「自業自得だろうが」
A子 「私が何をしたの?」
B男 「鯉を飲んだんだよ! 人ん家の!」
A子 「あの時はああするしかなかったのよ!」
B男 「そんなことあるか! だいたい、鯉がジッと訴えかけていたクダリはどうなったんだよ?」
A子 「鯉がね、私を見つめてこう言うの、『こんな狭い池で泳ぐのはもうイヤだ』って。だから私は仕方なく!」
B男 「余計狭くなってんじゃん! 詰まってるしね!」
A子 「鯉をすすったことのないあなたに、私の気持ちは分からないわ!」
B男 「うん、全く分かんねぇ」
A子 「鯉をすするとね、自然とため息が増えるのよ。例えるなら、そう、胸の奥に何かがつっかえているような感じ」
B男 「何かじゃなくて鯉ね。間違いなく鯉だから」
A子 「いつの日か、あなたが大人になったなら、今の私の気持ちが理解出来るようになるわよ」
B男 「うん、出来ない自信がある」
A子 「うっ!」
B男 「おい! 大丈夫か!? 吐きそう?」
A子 「ん~……ペッ! はい、金魚!」
B男 「なんでだ!?」
A子 「ビックリ人間のマネ!」
B男 「出された金魚の方がビックリしとるわい! 鯉を飲んでなんで金魚になって出て来るんだよ!?」
A子 「進化」
B男 「進化なのか退化なのかよく分かんねぇよ」
A子 「はぁ、でも少しだけ胸がスッとしたわ。胸のつかえが取れたみたい」
B男 「みたいじゃなくて取れたんだよ、鯉が、何でか金魚になって!」
A子 「ごめん、言ってる意味がよく分かんない」
B男 「俺はお前そのものがよく分かんねぇよ!」
A子 「もしかしたら私は、鯉に恋してたのかもしれないなぁ」
B男 「それ意味違うからね」
A子 「それが分かっただけでもたいしたもんよ。やっぱり女は鯉をすする度に大人になるのね」
B男 「だからすするんじゃねぇっての! もういいよ」