隣に
A子 「ねぇねぇ。さっきまであなたの隣にいたずぶ濡れの女の人はどこ行ったの?」
B男 「いねぇよ、最初から!」
A子 「いや、でも確かに……」
B男 「怖いこと言うなよ! 誰もいなかったから!」
A子 「ずっと一人だった?」
B男 「ずっと一人だったよ!」
A子 「ずっと一人ぼっちだった?」
B男 「独りぼっちではないけどな!」
A子 「生まれた瞬間からの独りぼっち」
B男 「そんな孤独な人生は送ってないよ!?」
A子 「おかしいなぁ。誰かいたと思ったんだけど」
B男 「お前、なんか変な物見えるタイプなのか?」
A子 「あなたの顔ならばっちりと見えていますが?」
B男 「誰の顔が変な物か!?」
A子 「もしかしてあれかな、虫かなんかを見間違えたのかな?」
B男 「ずぶ濡れの女の人に見える虫ってどんな虫だよ!?」
A子 「無賃乗車虫」
B男 「いないよ、そんな虫!? 確かに、ずぶ濡れの女の人はよくタクシーを無賃乗車するけども!」
A子 「なんかそういうこと言われたことない? ファミレスとかで」
B男 「お水が一個多かったりか?」
A子 「いや、店員が一人余計に注文聞きに来たり」
B男 「何その迷惑な店員!?」
A子 「『ご注文、もう一度お伺いしま~す』」
B男 「お伺いしてんじゃねぇよ!」
A子 「『先ほどのご注文、もう一度繰り返しま~す』」
B男 「繰り返さなくていいから!」
A子 「『全品、ふたつずつお持ちしま~す』」
B男 「だから余計なことすんなってのに!」
A子 「『お断りしま~す』」
B男 「ムカつくなぁ! 店長にクレーム入れてやる!」
A子 「『お呼びでしょうか? 庶民のお客様』」
B男 「サラッと見下すな! お前んとこの店員がムカつくんだけど!?」
A子 「『え、ウチにはそんな店員おりませんが……』」
B男 「ここで来るのかよ、見えない感じの人!?」
A子 「みたいなことはよくあるよね」
B男 「ねぇよ! 今初めて経験したわ!」
A子 「何かを見間違えることってあるよね」
B男 「前に、木の上に人がいると思ったら、エプロンだったことがあってな。凄いビックリしたよ」
A子 「『うわっ、エプロン初めて見た!』」
B男 「見たことあったよ、それ以前に!」
A子 「『うわぁ~、これがエプロンかぁ』」
B男 「そんな珍しいものでもないしね、エプロン!」
A子 「『あ、それエプロンじゃなくて利尻昆布だよ』」
B男 「間違えるか! 『人か』と思ったら『なんだエプロンか』と思ったら『利尻昆布だった!?』、ってさすがにねぇわ!」
A子 「夜道でナイロン袋がカサカサしてると猫に見えたりしてね」
B男 「あぁ、アレくらいのサイズで白いのが動いてたら見間違うかもな」
A子 「近付いてよく見てみると……『……お父さん』」
B男 「小柄だね、随分と!?」
A子 「『どうしたの、こんなにシャワシャワしちゃって!?』」
B男 「ホント、どうしちゃったんだろうね!?」
A子 「『え? ファミレスに来てたお客さんに、いもしない店員のクレームをつけられた?』」
B男 「さっきの店長さん!?」
A子 「その時のストレスで、こんなシャワシャワに……」
B男 「ストレスでなるの!? ナイロン袋みたいな感じに!?」
A子 「なんてひどい客だ! 見つけたら、海から揚げたばかりの利尻昆布を顔面に貼りつけてやる!」
B男 「やめて、磯臭いから!」
A子 「お前が犯人か!?」
B男 「確かに俺だけども、それに関しては俺たぶん悪くないから!」
A子 「開き直ったな!?」
B男 「開き直ってんじゃねぇわ!」
A子 「もう、あなたからも言ってやって……って、あれ? さっきまであなたの隣にいたずぶ濡れの女の人はどこ行ったの?」
B男 「だから怖いこと言うなってのに! もういいよ」




