プロローグ
冒険者だ。
剣を振るう男の姿を一目見て、ロランは思った。目の前の男は探し求めていた冒険者だ。そうに違いない。思いが胸の内に熱を生み、それが足の痛みを押し流していた。転んだ際にできた膝の怪我のことも忘れ、ロランは立ち上がって男を見つめた。
泥鬼の群れのただ中で、男は両刃の長剣を振るっていた。片手半剣とも呼ばれるバスタードソード。振り下ろせば泥鬼の腕が両断され、振り上げればその首が飛んだ。人型の汚泥の化け物を相手に、怯む様子はかけらもない。無骨な刃が敵を斬り伏せ、鮮やかな軌跡が宙に描かれる。無駄な動きはなく、一振りごとに確実の泥鬼の数を減らしていく。剣を己の手足以上に操る姿はまるで剣士のようだ。だが男は剣士ではない。剣士であるはずがないと、ロランは思った。
二体の泥鬼が同時に男に飛びかかった。右からの一体を男は斬り捨て、左のもう一体に向けて振り向きもせず短剣を突き出す。短い刃は泥鬼には届かず、だが泥鬼は次の瞬間には切り刻まれ地に落ちていた。その瞬間、短剣の刃が、そこに刻まれた魔術文字が輝いたのをロランは見逃さなかった。複雑な魔術文字が刻まれた魔法の道具、それを使いこなす様はまるで魔術師のようだ。だが男は魔術師ではない。魔術師であるはずがないと、ロランは思った。
危なげなく戦う男の足下には、ロランの背丈を優に超す大きさの弓が落ちていた。ただ一度、ロランに襲いかかった一体を撃つのに使われた弓だった。男の放った矢は泥鬼の後頭部を貫き、矢尻がわずかに額から突き出ている。正確なその一矢で、泥鬼は絶命していた。その一矢が泥鬼の命を奪うまで、ロランは男の存在にまるで気がつかなかった。息を潜め、気配を感じさせず、必殺の一矢で獲物を仕留める。その腕はまるで狩人のようだ。だが男は狩人ではない。狩人であるはずがないと、ロランは思った。
勝ち目がないことを悟ったのか、五体にまで減らされた泥鬼が逃げようと男に背を向けた。身を屈め駆けだす泥鬼を、だが男は逃がさなかった。斜めに傾いだ木の幹を台にして、泥鬼の上を飛び越えていく。着地すると同時に振り向き、剣を振るって二体を斬り捨てた。残った三体は慌てて向きを変えようとするが、男はそれも許さない。木の根で盛り上がった大地に足を取られることもなく、泥鬼に肉薄する。森の地形を熟知し、足を乱さないその動きはまるで野伏のようだ。だが男は野伏ではない。野伏であるはずがないと、ロランは思った。
最後の一体を斬り伏せた男が、大剣を振るい、泥水のような泥鬼の体液を払った。泥の固まりと区別のつかない死体にはもう一瞥も与えず、剣を背の鞘に収める。戦いと呼ぶにはあまりに圧倒的だった。その強さに、ロランの興奮は冷めることなく増すばかりだった。ほんの十数メートル先を歩く男から目が離せない。戦いは終わり、男は自分の弓を拾おうと歩いているだけだ。だがその姿すら、ロランにとっては伝説の一場面を見ているようであった。今や胸の熱は全身に行き渡っている。その熱がロランの体の動きを奪い、そしてその熱がロランの口を動かしていた。
「冒険者だ……」
意識せずに放った声は思いの外大きく、男の耳に届いたようだった。男は弓を拾おうとしていた手を止め、顔をロランへと向けた。男と目が合った。頑健な体を持った、無骨な顔つきの男。髪も髭も乱暴に切り揃えられている。歳は自分の父よりも、四年前に亡くなった祖父に近いのではないだろうか。だが体に刻まれた年齢は、男を衰えさせるよりもむしろ鍛え上げているように思わせた。歴戦という言葉が自然と脳裏に浮かび、歴戦の冒険者だと言葉を繋げた。
冒険者が目の前にいる。大剣を振るいながら剣士ではなく、魔法の道具を使いながら魔術師ではない。尋常でない弓の腕を持ちながら狩人ではなく、地形に熟知していながら野伏ではない。それは即ち、
「冒険者だ」
今度は自分でも意識して、ロランは言った。胸の内の興奮を、全身を燃やす熱を伝えようとするかのように、ロランはその言葉を口にしていた。
その興奮を、その熱を、男の一声がかき消していた。忌々しそうに、苦々しげに、憎しみすら感じさせる声で放たれた言葉が、ロランの言葉を否定した。
「俺は、冒険者じゃない」




