A子の嘘~お嬢様は心配性?~
「私、エイズにかかっています……。それでも愛してくれますか?」
「もちろんだよA子! 僕のことを思って告白してくれたんだね。ありがとう、君のその優しさが大好きだよ」
「A男さん……」
「A子……」
ある日、A男は彼女であるA子にエイズであることを告白された。付き合ってから三か月目、二人っきりの部屋でいい雰囲気となっていたところのできごとだった。しかしA男が微笑みを絶やすことはなかった。
それもそのはず、A男はA子の肉体を目的として付き合っているわけではなかったから。そのため、二人の間でエイズは大した問題となることはなかった。肉欲ではない、もっと純粋で強い繋がりの下でA男とA子は付き合っていた。
そのようなことを、A男が喫茶店でA子の親友であるB子に告げたところ、彼の汚れなき愛情に彼女は泣き出してしまった。
それから二人は性交渉を経ずとも、仲睦まじく過ごし、やがて婚約するに至った。その間、A男はA子の肉体を求めることは一度もなく、その優しさと健気さにA子は彼のプロポーズを了承したのだった。
そんな幸せだったある日、事件が起きた。
婚約から数ヶ月後、A男の親友であるB男がエイズで死んでしまったのだ。
なぜ? いや、答えは決まっている。A子が浮気したとしか考えられない。A男は友の死と愛する者の裏切りに苦悩した。
さらに数か月の内に、A男にとって特別な友人であるH男、O男、M男、O男の弟までもが、エイズで死んでしまった。
結婚を控えていたというのに、A男はA子の浮気の連続にとうとう我慢できなくなった。いや、浮気だけならピュアな彼は許しただろうが、特別な友人の命まで奪われたのだから黙っていられなかった。
「A子……っ、よくも僕を裏切って浮気してくれたな! 君は僕の友人を食い物にしたんだ! 君がエイズなのは、君自身が分かってるだろうに……最低な女だよ!」
「ま、待ってくださいA男さん! 浮気だなんて、それは何かの間違いですよ。私はあなたと一生を添い遂げようと決めたのですよ? そんなことするわけありません」
「うるさい、嘘を吐くんじゃない! エイズで死んだんだぞ? 君以外に誰がいるっていうんだ!」
A子は嘘を吐いているのだ! と、A男は彼女の釈明を聞くこともなく婚約の破棄を突き付けた。そして二人は生きて会うことは二度となかった。
別れが原因か、それ以来A男の周りで不幸が連続した。特別な家族であるA男の父、兄、弟もエイズで死んでしまったのだ。
A男は、これがA子の復讐であると考えて震えあがった。
「A子だ……一方的に別れたから、きっと恨まれているんだっ。ど、どうしよう……」
A男はいつA子が自分に牙を剥くのか、と日々恐怖した。だが、とうとうA子がA男の前に現れることはなかった。家族の死から、それほど待たずしてA男も死んでしまったのだ。
A男の葬儀にA子は参列した。彼女がA男を愛していたのは嘘ではなかったから。それにA子は浮気などしていなかった。親友のB子と共に、彼の死に頬を濡らす彼女の涙に嘘はなかった。
「彼のことは残念だったわねA子。些細な誤解が原因だったのに、こんな結末なんてあんまりよ。A男くんの馬鹿……っ」
「やめてくださいB子さん……私が最初に嘘を吐いたことが悪いんですから……」
「そうだね。昔、財産が目当ての男に乱暴されて男性恐怖症ではあるけど、エイズではないものね」
「はい……。A男さんには悪いことをしてしまいました。お優しいA男さんにならお父様のグループの跡取りを任せられると思っていたのに……うぅ」
A子が生前のA男を偲んでいると、A男の母親がやって来た。
「A子さん、A男のためにわざわざ来てくれてありがとうございます」
「いえ、こちらこそ勝手にお邪魔してすみません」
軽く挨拶を交わしたところ、A男の母がひそひそとA子に耳打ちする。
「実はねA男も……エイズが死因みたいなのよ。あ、いや、あなたのことを疑っているわけじゃないのよ? ……変なこと言ってごめんなさいね」
母親は作り笑いを浮かべ、A子の元から立ち去った。
余談だが、葬式が行われている近くの団地でA男の特別な友人がまた死を迎えようとしている。