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文学の黄昏  なぜ、現代文学はつまらないか。  まだ終わってない「文学」への弔辞

作者: 舜風人



小説、あるいは文学全体の衰退が言われて久しい。


かって昭和時代、、。


文学全集全盛時代がありましたね?

各出版社がこぞって「世界文学全集」なんてのを

全80巻とかそんな膨大な全集本を発行していたのです。

それで予約を取り、、毎月とか隔月とかに


一冊づつ予約者に月報とともに届ける、、配本する。


そんな時代もあったのです。


いま?


ありえないでしょ?


出版業界は構造不況業種?とさえ言われる時代ですよ。


そんな全集出したって売れるわけがありませんよ。


いま、かろうじて?売れているのは


雑誌と、文庫本くらいでしょ?


堅い本、、古典文学なんて売れるはずもないです。


まあこうした文学の衰退も時の流れ?


今、、映像文化全盛時代に、活字を眼で追って


意味を咀嚼して、、理解し


脳内にその文字から得られた情報を構成して


小説世界を再現する、、という


これが文学ですよね?

確かに面倒ですよ。


文字の意味が分からなければ辞書引かなければならないし、、


こんなことするくらいなら

アニメ映画でも見たほうが


そのものずばり、


座って眺めてりゃあいいだけですからね。

白い紙にびっしり並んだ活字を目で追い、、


意味を理解し


そこから自分の脳内に、小説の世界を再現するという面倒さはないですからね。



まあこうした映像娯楽、、映画、テレビ、ネットゲーム、などなど、


今更、、文学など面倒なだけ、、という結論でしょう。


ただし、こうした時代背景以外にも、


文学自体の自己崩壊も?あると、私は思うのですよ。


文学の本質はその(物語性)だと私は思うのですね。


文学は高等文芸だと威張ってみても、


所詮は「お話」であり『物語』が本質なのですよ、


それをいわゆる、「現代文学」は、、否定しようとして、、


物語性の否定という暴挙?に出たと私は思うのです。


その結果、、文学は、、根底から崩壊してしまった?


(と、私は思うわけです)


古代中世までは文学なるものは


まさに物語その物であり、


「何とか物語」であり、


「何とか奇譚」であったわけですね。


それがそんな物じゃあダメだといって


現代文学はもっと難解に?


もっと高尚に?


した挙句、、

自己崩壊してしまった


(と、私は思うのです)



私は個人的には、ドイツロマン派を持って、文学・小説なるものはある意味の絶頂期をむかえて、


その後写実主義が巻き起こって


一気に衰退し、


さらには、自己満足だけの、、難解さのための難解さを追求した?現代文学に


よって完全に終焉したと思っているので、はっきりいってどうでもいいことではあるが、



しかし、


改めてここで、なぜそうなのか?をより詳しく?再述しておきたいと思う。




そもそも、文学、あるいは物語といってもいいだろう。

それが発生したのは、歴史的記述としては、なじまない、ジャンル

つまり、伝説、噂話、空想、ほら話、願望、伝説、夢、異国譚などを、

記述するために始まったといってよい。

であるからして、そもそも、それは人の興味を引くような、珍しい話であるべきものだったのだ、

西暦0000年、どことどこが戦ってどこが勝った、では歴史であって文学ではない。

人はその例えば噂話に、自分の願望やら理想やらも付け加えたりもした。


そして、面白くするためさらに奇譚として脚色もした。

かくして滔滔たる物語文学の流れができて、読者は胸躍らせて読みふけり、ひと時の世の憂さを忘れて、

物語世界に浸り、あるいは、自己に引き比べて、胸なでおろしたり、主人公の薄倖に涙したりもできたのだった。

そうして物語はやがて、小説としてより体裁を整えていったが、しかし、その原型は物語性であり続けた。物語性、が小説の本質なのだ。


フランス語のロマンというと洗練された純愛物?っていうイメージ?だが、


ドイツ語のエアツエールンクというのはもっと泥臭い本当は怖い?民話系の

語り物っていう意味だろう。


それを如実にあらわしているのがまさにグリム童話集初版である。


そうした民話系の泥臭い、残酷な?モノを昇華して?


創作メルヘンとして、芸術化?したモノがドイツロマン派のメルヒェンだろう。


語り物としての


その最高形態がドイツロマン派であると思う。物語性、伝奇性、天馬空を行くその夢想力、どれをとっても、ハイレベルに高められていた。


しかし、

その後、リアリズム、自然主義が台頭し、文学はあらぬ方向へとゆがめられ、文学の衰退をまねいてしまったのだ。


そもそも、事実をそのまま述べることが文学でありえない。事実を、例えば、哀れなフランス下層階級の

女の一生を述べたいなら、ドキュメントとして述べれば良いことであって文学形式を借りる必要はないのだ。延々と続く、悲惨な、女の一生の記述に、読者はどうしたらいいのだろう。

気は滅入り、これでもかこれでもかという、悲惨に、じゃあどうしろってんだとでも叫びだすしかあるまい。、プロテストがあるなら、小説ではなく、ドキュメントとしてやればいいことだ。


あるいは市井の、こまごました日常を述べたいのなら、日記でいいではないか。


しかし、さらに、現代文学は、実験文学と称して、やたらこむずかしい、理屈を捏ね回すだけの小説なるものまで登場して、よりいっそう、小説の衰退を招いてしまったのである。


ジェームスジョイスの難解?小説、[ユリシーズ」今そんな物を誰が読むだろうか?というより、そんなもの、てにとりもすまい。実際読んでも、メタメタで、チンプンカンプン、ばかばかしくなって破り捨てたい衝動を抑えるのが精一杯だ。


そんなものを誰も求めていないのに作家の自己満足や一人よがりで、

やたら小難しく何を言っているのかも分からないような小説が1部の評論家によって持ち上げられていったのだった。


しかし読者は誰もそんな物求めていない。

読者は、聞いたこともない、珍しい話を聞きたい。

見たこともない国の珍奇な話を読みたい。

あるいは、心優しい、少女の感動譚を読みたい。

因果応報の、話で、自己を正したい。


しかし、作家は、わけも分からぬ、文学実験に身をやつしているばかり。

その乖離が、現代小説の衰退の原因だ。

そして、結果、小難しいだけの現代文学なんて誰も読まなくなった。


なぜって、単純につまらないからだ。


涙さそう感動もないし、心躍る冒険もないし、あるのは言葉の羅列化、無意味な言語実験ばかり。


しかし、今その反動からか、自然主義リアリズム全盛期には、捨て置かれた、

ファンタジー文学が近頃は脚光を浴びている。

すなわち、


トールキンの指輪物語であり、


CSルイスのナルニア国物語であり、


ハリーポッターであるのだ。


そこには感動があり、冒険があり、夢があり、涙があり、天馬空を行く、ロマンがあるのだ。


何のことはない、これはまさにドイツロマン派のテーマの再来ではないか。


結局はドイツロマン派こそ文学の最高点でありそれを超えることはできないのだ。


これが私の偽らざる結論である。


今のファンタジー文学全盛とは?


また、、ただ難解だけの言語実験みたいな現代文学へのノンを突き付けているということだろう


(と私は思う)


確かに文学の現状は


衰退としか言いようもないが、


それでも


こうしたファンタジー文学という、、一種の先祖がえり?で



いささかは、息をついているという現状だろうか?


しかし、


これからもっともっと


映像文化は興隆してくるし、

その中で活字文化が


活況を呈するなんてことは


まずこれからはあり得ないだろうことは


断言できるのではないだろうか?


文学のたそがれ、、


文学の衰退、、。



文学の終焉。



この流れを止めるすべはあるのだろうか?



ファンタジー文学に一縷の



かすかな


一条の希望のともしび?はあるかもしれない、



しかし


全体的な流れ、、潮流は


文学、


活字文化の


衰退という


奔流をとどめるすべはない。


(と、私は思う)



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― 新着の感想 ―
[一言] 要するに小説が売れなくなったのはって話ですよね? 少子化。それだけ。 いやほんと、肝心な理由ですよ。 みんな目をそらすけど。
2020/02/06 13:25 退会済み
管理
[一言] 日本という国家そのものが魅力をなくしてしまった。ゆえに、それらを主題に据えた芸術もまた価値を失った。日本しかり、日本人にしてもしかり。文学が黄昏時を向かえたのではなくて、題材である現実こそが…
[一言] 正しい指摘、ポップミュージックでない、現代音楽と同じことですよ。
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