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お得意様は魔王様!?  作者: 戸崎 涼
第一章 差し響く思惑
2/5

第二話   魔王の参謀

 * * *


 ――それから、数刻。

 窓のない石造りの部屋に、青い光が満ちた。

 目が眩むほどの光が収まると、微かに発光する魔法陣の中央に、いつの間にかすらりと背の高い青年が一人佇んでいた。

 冷え冷えとした青白い光に照らされたその端正な顔に浮かぶ表情は、晴れない。


「おかえりなさいませ」


 そんな彼を迎える者が一人。

 髪も目も服装も黒一色を纏い、その中で極力晒さないようにした素肌だけが、浮かぶように白い。

 その者は、彼の側近だった。

 ゆるりと礼をするその様子は優雅だが、どこか慇懃無礼な印象を与える。

 案の定にやにやと浮かべられた嫌な笑みを認め、彼は一度苛立たしげに舌打ちをし、髪飾りをするりと解いた。


「おや、無事に留守を預かっておりました配下に向かって舌打ちとは、随分なご挨拶ではございませんか」


「リヴィル、首を刎ねられたいか」


 金属製の髪飾りから解放された癖のないさらりとした長髪は、彼が鬱陶しげに掻き上げると同時に、それまでのありふれた濃灰色から、透き通るような銀色に色を変えた。

 それだけではなく、髪と同色だった瞳は血のように赤く滲み、側頭部からは銀糸を掻き分けて黒檀の角が現れる。ついでにそれまで身につけていた上品ではあるもののどこにでも売っているような一般的な服装も、瞬き一つで派手ではないが上等な仕立ての服へと姿を変える。纏うマントは、漆黒だ。

 そうして彼が魔法陣から抜けてリヴィルと呼ばれた側近の前に立つ頃には、すっかりとその容姿は人からかけ離れたものへと変貌していた。

 わざとらしく臣下の礼をとるリヴィルを凍てつく視線で見下ろす彼が、つい先ほどまで人間領のとある鉱山都市の一角に看板を掲げる小さな魔法石店に顔を出していたということを知る者は、少ない。

 その数少ない内でも、全ての事情を知る彼の腹心は、にやける口元をそのままに顔を上げた。


「報告を」


「はい。……と言っても、こう短時間では何も問題はおきますまい。いつもの如く筋肉馬鹿のゼノンが暴れましたので、少々拘束を行った程度です」


「……離してやれ」


 御意に、と頭を下げたリヴィルがおもむろにその白い指を鳴らすと、微かに部屋の壁が揺れた。建物の地下にあたるこの部屋にまで振動を及ぼす何かが起きたらしい。

 楽しげに肩を揺らしたリヴィルに頭痛を感じるような気がして、彼はこめかみを押さえた。


(この愉快犯的な面さえなければ、有能な部下なんだが)


 そんなリヴィルを側に置くからには、その被害を最も被るのも、彼であった。


「ところで、陛下――いえ、クレイ様とお呼びした方がよろしいでしょうか」


 にんまりとした笑みに、来たかと身構えた彼は、すっと目を細めた。

 普通の生き物ならば(物理的に)息が止まる絶対零度の視線を受け流し、愉しいことが何よりも好きな側近は、口を開いた。


「お目当てのご令嬢との仲は進展いたしましたでしょうか。城を空け人間領に単身乗り込まれたからには、何かしらの成果は得られましたことでしょう」


 嫌味だ。皮肉でしかない。

 さも自分は何も知らないという顔をしながら問いかけてくるが、実際はこの城にいながらにして、のぞき見ていたに違いない。

 一瞬、本当に首を刎ねてやろうかと頭によぎったが、どうせそれもリヴィルには効果がない。

 結果キツく睨み据えながらもリヴィルの発言は黙殺し、彼は脇を通り抜けて石造りの部屋から退出することを選んだ。逃亡ではない、決して。

 カツカツとブーツを響かせて暗い廊下を歩く彼は、人ではない。人と相対する種族だと言われる魔族に属し、それどころかその魔族を束ねる王の座に堂々と君臨する、れっきとした魔王陛下であった。

 魔族は人とは違って完全な実力主義だ。

 さすがに魔王城の膝元では様々な種族が集まり街を成しているが、魔族領に住む魔族の大半は異種族間の交流はほとんどせず、種族ごとにまとまって生活をしている。そのため、王とは言っても人のように一つの国を統治する存在ではなく、彼が率いる組織はどちらかというと軍隊のそれに近い。

 ようは力によって押さえつけ、支配し、まとめる存在だ。魔王という存在は、イコールで魔族で最も強く恐ろしい存在であると言える。ちなみにリヴィルはああ見えて、そんな魔王の右腕、参謀的存在だ。

 そんな同族からも恐れられる彼だが、実は人としての偽名を持っていた。

 ずばり、クレイ・アークライン。

 彼は、数刻前にエレノアの経営する魔法石店を訪問していた、青年商人と同一人物であった。


「冗談はこれまでにいたしまして、実際のところどうなのですか、陛下」


 転移の魔法陣を敷いた地下室に置いてきたリヴィルが、未だその表情を引き締めないまま追って来た。

 一歩後ろに控え、従う様子は従順と言えなくもないが、表情だけが全てを裏切っている。いや、心情も含むか。


「実際のところ、とはなんだ」


「しらばっくれるのはよしてください。僭越ながら遠見の水晶を通し、一から十まで拝見しておりましたが、なんなのですかあの体たらくは」


 主君に向かって体たらくなどと吐き捨てる程だ。最早敬う気などありはしない。

 だが、リヴィルは魔王自身を慕っているわけではないのだと知っているため、魔王は別段咎めるつもりもなかった。さすがに他の者の前でこのような態度を取られれば示しがつかないため罰する必要が出てくるが、そこはさすがにリヴィルでもわきまえている。

 魔王軍には、魔王の人格よりもその圧倒的な力にのみ心酔しているものが多い。

 リヴィルの一見畏まった態度も、単なるお遊びの延長線だ。それをわかっているからこそ、余計に気に障るのだが。

 リヴィルの小言を受け流しつつ、魔王は足を進める。

 じめじめと暗い地下から階段を上ると、城の内部へと続く。適度に採光を考えられた窓が等間隔に並び、内部は意外なほどに明るい。

 魔王が華美な装飾は好まないために、派手に飾り立てられているわけではないが、黒と銀を基調とした城内はシックで落ち着いていた。

 人間が魔王城と聞いて想像する、おどろおどろしい要素は特にない。別に魔族といっても日の光も銀も苦手ではないのだ。


「全く、何も、一切、進展していないではありませんか! 天下の魔王陛下が人間の小娘一人落とせないなんて、なんて嘆かわしい……。こうなったらいっそ攫って来た方が早いのではないのですか?」


 ついにリヴィルは魔王の地雷を踏んだ。

 魔王は足を止めることなく手を横に薙ぐと、後ろにいたはずのリヴィルの首筋に赤い線が走った。

 音もなく裂けた首筋だったが、リヴィルが咄嗟に後ろに飛んだおかげでそれだけで済んだようなもので、本来ならば確実に首が落ちていた。リヴィルは一瞬で廊下の端まで後退している。

 避けられたことにちっとまた鋭い舌打ちを零して、魔王は何もなかったかのように表面上は平然と階段を登る。敷かれた毛足の長い上質な絨毯が全ての音を吸収しているが、先程まで歩いていたような石畳の上では、さぞ硬質で鋭い靴音が響いたことだろう。


「ああ嘆かわしい。こうも短気だから上手くいかないのですね」


「リヴィル……次は本気で狙う」


 見るからに苛々としたオーラを纏う魔王を前に、悪びれることもせずに側近はまた後ろに従う。

 常ならばいくら魔王城とてこれほどまで人気がないわけではない。側仕えをする者や警備をする者など、それなりにすれ違う機会は多い。が、今は魔王の機嫌が底辺だということを機敏に察し、とばっちりを恐れてほとんどの者が身を隠してしまっていた。

 皆が恐れる魔王の逆鱗をつんつんとつついては楽しみ、そのような状況を作り出した張本人には、全く気にした様子はない。

 いい加減辟易した魔王がちらりと背後を睥睨すると、リヴィル大げさに両手で首を庇ってみせた。だが、その手のひらに阻まれた首筋には既に何の痕も残ってはいなかった。


(どうせ死にはしない。積もりに積もった鬱憤を払うためにも、アレを切り落とす権利が私にはあるのではないだろうか)


 などと魔王が若干危険な発想に陥りかけているのはさすがに察したのか、リヴィルは肩を竦めた。


「失礼いたしました。……では、まともに助言させていただきましょう」


「部屋についてからにしろ。ここでは誰が聞いているかわからん」


「ああ、そろそろ筋肉馬鹿が嗅ぎつける頃合でしょうね」


 魔王の一連の反応で満足したらしい。にやにやとした笑みを引っ込めたリヴィルは、ようやく魔王の参謀の顔を取り戻した。

 どこか遠くで、獣が咆哮するような声が聞こえ、リヴィルはハンっと鼻で笑う。ついでに何やら魔法を展開し、工作を施した。


「少々時間稼ぎはいたしましたが、長くはもちませんね」


「揃いも揃って面倒な……」


「同列にしないでくれません?」


 しばらく後に訪れるであろう喧騒の種に、魔王は深々とため息を吐いた。

 筋肉馬鹿とは、魔王の側近の一人を指す。リヴィルが右腕ならば、もう片方の左腕になぞらえられる。が、いかんせんそいつはそいつで非常に面倒臭い奴だった。

 どうにか遭遇することなく魔王城の最上階に位置する自室へと辿り着き、その扉には魔王自らが厳重な封印を施した。

 たった数階分の距離なのに、やけに疲れたような気がする。深紅のソファに深々と座り、うなだれる魔王の表情は、その銀髪に遮られ窺うことはできない。

 リヴィルは再度指を鳴らし、どこぞからティーセットを取り出し、テーブルへと乗せる。淹れたての紅茶は柔らかな湯気をたてていた。


「さて、それでは私の見解を述べさせていただきましょう」


 当たり前のようにリヴィル自身もティーカップを手にし、一口含んでからそう切り出した。一応座ろうとはしないが、なんとも食えないやつである。

 無言で手を振り促す魔王に頷き、優秀な参謀が口を開いた。


「まずは、態度が硬すぎましたね。陛下はあの娘を口説きに通っていらっしゃるのでしょう?商人として取引をしてどうなさるのです」


「仕方がないだろう。そうでもなければ接点など持てるはずがない」


「きっかけはそうでも、いつまでその関係を維持するおつもりですか。既に常連客と言っても差支えのないほど通われて、未だに敬語すら取れていないだなんてもってのほかです」


「……あの娘は真面目なんだ」


 自覚はしていても、第三者から指摘をされればさすがにへこむ。

 申し訳程度に反論をしてみても、リヴィルはますます馬鹿にした顔つきになるだけだ。


「それにあの魔石はなんですか」


「何がだ」


「まぁ大量に仕入れて顔を出す口実を作ったのは評価しましょう。ですが、なんですか、好きにしていいとは、プレゼントのおつもりですか」


 その通りだ。

 開発の足しにしてもらおうと多めに持っていったのに、警戒され、なかなか受け取ってもらえなかった魔石を思い出す。

 これは魔王も予想外だった。普段、楽しげに魔石を加工しているエレノアが、喜ばないはずはないと思っていたのだ。

 あんな石、魔族領にはごろごろしている。魔石加工が発達していないこちらではさほどの価値もないため、本当ならばただで全てをあげてもいいくらいなのだが、あの真面目な子がそれでは受け取らないと思ったからこそ、依頼に紛れてプレゼントしようとしたのに。


「全く女心をわかっていませんね」


 はぁ、とため息を吐かれ、魔王はますますへこむ。どこがいけなかったのか、まるで見当がつかない。

 なんとも情けない主君の姿に呆れながら、リヴィルはパチンと指を鳴らした。紅茶に続いてお茶請けのクッキーまで取り出し、魔王に勧めることさえせずに自分でつまみだす。

 最早完全にくつろいでいる。立ったままでいるのが、かえって不敬だ。


「お前ならわかるというのか」


「私はこれで二児の父ですよ?」


 ぼろぼろと食べかすを零しながら言われても説得力はない。が、どうせそれもわざとなのだ。

 子どもの前でのリヴィルなど見たことはないが、まさかずっとこの調子なのだろうか。将来的にこんなのが三人に増えてはたまらないと、魔王の心労はかさむ。

 これの嫁はまだまともだが、どちらにせよ二人共育児をするタイプにはとても思えない。そもそも恋愛婚だったかも怪しい。

 考え込む魔王をリヴィルがあの笑みで窺っているのに気がついて、愉快犯的側面がまた顔を出す前に、先を促すことにした。


「で、なにがいけない」


「そうですね、まずあんな渡し方だとムードがない」


「ムード……」


 そんなもの、意識したことなどあるわけがなかった。

 世界を恐怖に染めるのが魔王の仕事だ。凍えさせることはできても、とろけさせることができないのは、無理もない。


「おそらく、あのまま受け取られていたとして、施しか何かかと思われますよ。それか、欠陥品を押し付けられたのだと」


「なぜだ」


「なぜって……」


 やれやれと首を振り、リヴィルは空になったティーカップから手を離す。

 もちろん重力に従いティーカップは落ちるが、床にぶつかる寸前でその姿は消えた。

 そして、リヴィルが空いた手でまたもパチンと音を鳴らすと、次に現れたのは紅茶でも、クッキーでも、ケーキでもなく、魔王の瞳の色によく似た真っ赤な石が嵌まった、指輪であった。


「同じ魔石でも、普通プレゼントならばこういったものを差し上げるものです」


 リヴィルに差し出されたそれを受け取り、魔王はまじまじと眺める。

 確かに、宝石として使われているのは高純度の魔石だ。石というより結晶に近いそれは、エレノアの店に置いてきたものとは異なり、極々小さいが内包する魔力は段違いだ。


「だが、エレノアは魔刻士だ。これでは作品として完成してしまっているではないか」


「男と女の贈り物に仕事を持ち出す時点で無粋なんですよ、陛下は」


 だからいつまでも店と顧客の関係を崩せないのだとリヴィルは言う。

 そういうものだろうかと思いながらも、この指輪をあげたとしてエレノアに喜んでもらえるような未来は、魔王にはいまいち思い浮かべられなかった。

 それに、魔王は彼女が真剣な顔で魔石と向き合う姿を好ましく思っていた。それもあって、未加工の魔石を贈りたいと思ったのだ。

 魔族領には、魔石を加工し魔法石にするという技術は発展していない。リヴィルが使用していた、遠く離れた場所を映す『遠見の水晶』など魔具に値するものはいくつかあるが、それらのほとんどは魔力が濃縮された場所に発生した水晶がもともと持っていた固有能力で、わざわざ外部から魔法を刻むという発想はない。

 そもそも魔族は個々の魔力が強大で、どこかに溜めておく必要がないからだ。

 人間は魔力の保有量にばらつきがあり、低い者は日常の家事も魔力に頼ることができない。そのため、少ない魔力を効率的に使用したり、溜めてから使用するという技術が発展したのだった。

 見慣れぬ技術に興味があるのも然ることながら、初めから全てを持っていた魔王からしてみれば、そうして試行錯誤しながら作り上げ、成果を上げていく様は見ていて飽きない。

 更に、加工が上手くいった時のエレノアの満身の笑みは、魔王が思わずくらりとするほど、美しいのだ。


「まあ人間の国において異性に指輪を贈るというのは特別な意味を持つそうですので、まずは後回しでいいでしょう。それよりも、最後のアレです。また食事にも誘えなかったのですか」


 指輪の話は初耳だったが、魔王が口を挟むまもなく流されてしまった。

 次いで指摘されたのは、魔王が城に帰ってからずっと浮かない顔をしている原因だ。

 もちろん魔王はエレノアが作業机にかじりついて、食事を抜いていたのは把握済みだった。それで今日こそは彼女を食事に誘おうと息巻いて向かったのに、どうも上手くあしらわれてしまったのだ。彼女にはおそらくその自覚もないというのが切ない。


「ああなった彼女は満足するまでは梃子でも動かん」


「でしたら、仕事の話の前にお誘いするべきではありませんか。まずは世間話から入り、親睦を深めるのが定石でしょう」


 ぱっと指輪をどこかに消し、リヴィルはやれやれと首を振った。熱中癖があるとわかっていながら、あんな張り切りそうな依頼を出した時点で、間違いだ。

 それは、わかるが。


(人間の娘と魔王が、一体何を話せというのだ)


 如何せん、彼女と気軽に世間話でも、と思っても何も話題が思い浮かばなかった。

 まさか昨日はどこそこの魔族が反逆を起こしそうだったから見せしめに街を破壊した、などと血なまぐさいことを話すわけにもいくまい。

 恋に惚けていても、そこは魔王。世間話のネタに、天気や美味しい店の話といった、当たり障りのない平和な話題は思いつかないらしい。

魔王様はチート不憫。


▽訂正

「魔族領」「魔王領」と表記のゆらぎがあったので、「魔族領」で統一しました。

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