第90話 薔薇は再び舞い踊る
昼頃までは普段と同じ平穏に包まれていた、咢愚連隊の本拠地である谷間の隠れ里は、ほんの数時間ほどで、壊滅状態に陥っていた。
木造建ての家屋には火が点けられ、各方面から黒煙が立ち上っている。
退路を塞ぐよう、吊り橋や梯子などは破壊され、唯一の出入り口は既に襲撃者達によって押さえられてしまった
天然の強固な要塞であった筈の谷間は、今や逃げ場の無い牢獄と化していた。
しかし、そこは抜け目のない咢愚連隊の面名。
谷間に踏み込まれれば、退路が無くなることは、事前にわかっていたことで、アカシャ達は前々より、万が一の状況を予測し、秘密の隠し通路をちゃんと用意していた。
最奥の館の前に、咢愚連隊の幹部達三人と、二十名ほどの兵隊が集まっている。
全身を武装した彼らは、激しい戦闘を示すよう皆、満身創痍だ。
「村人達の避難状況は?」
両手にメリケンサックを嵌めたゲンゴローは、館の奥から走って戻って来た兵士の一人に、厳しい表情で問いかけた。
「はい。殆ど、隠し通路を抜けて外へと脱出しました。幸い、囲まれている様子もありません」
「そりゃよかった……つっても、まだまだ絶賛大ピンチだけどな」
頬の傷を触り、痛みに顔を顰めてロックスターが言う。
館の奥には古い坑道があり、そこを抜けると谷の外へと出ることが出来る。
共和国の恐らくは近衛騎士局の連中に、奇襲を掛けられる直前、包囲に気がついたファルシェラが、 すぐさま村を放棄して撤退するように指示を出した。
そのおかげで非戦闘員である女子供、老人達に被害は出なかったが、彼らを逃がす為に戦った兵隊達にはかなりの数、被害が出てしまった。ロックスター達も率先して戦ったが、異様な恰好をした騎士達は、高い戦闘力と統率力を誇り、防戦が精一杯だった。
今は仕切り直しの為か、騎士達を下がらせているので落ち着いているが、すぐに第二波がくるだろう。
今度は流石に、守り切れない。
「クソッ。何なんだよアイツら。強いとか弱いとか、そんなレベルじゃねぇぞ」
苛立ちを隠しきれず、ロックスターがそう吐き捨てる。
「確かに、妙な連中だな。強いのは強いのだが、何と言うか……同じ人間とばかり戦っとると言うか、まるでゾンビの大群とやりあっとる気分だ」
「言いえて妙だな」
咥え煙草のファルシェラが、弓の具合を確認しながら視線を二人に向ける。
「奴らからは魂の鼓動が感じない」
「何だよ。マジで連中、ゾンビなのか?」
「いや、肉体は生きている。死人なら、もっと死臭がする筈だからな」
「なら、何かに操られとるとかか?」
「それも違うだろうな……まぁ、見ただけではハッキリと断言出来ん」
ペッと煙草を吐き捨てる。
「少なくとも連中はまともな手合いじゃあない。何らかの魔術的な強化を使っているのは確実だ」
「そいつは、面倒だなぁチクショウ」
疲れたようなロックスターの言葉を聞きながら、ファルシェラはまだ思案していた。
「強化魔術……しかし、僅かだが、精霊の気配も……」
「どうした、ファルシェラ?」
「いや、何でも無い」
訝しげなゲンゴローに首を振り、一本煙草を取り出し、火を点けて煙を吸い込む。
わからないことが多いが、これ以上、ゆっくり考えている暇は無さそうだ。
紫煙を吐き出しながら、ファルシェラは空に視線を向ける。
「ともかく、二人が心配だな。こっちがこのザマじゃ、向こうも碌なことになっていないだろう」
「んだなぁ。念のため、早馬は走らせておいたけど、無事でいてくれることを祈るぜ」
状況もあってか、この時ばかりはロックスターも真面目なトーンだ。
統率の取れた動きから察するに、この襲撃は事前に綿密な計画が練られている。そうなれば当然、会談に行った二人を待ち受けているのは、手荒いでは済まない歓迎なのだろう。
「辛気臭い顔するな二人共!」
重い雰囲気になりかけたところを、ゲンゴローが鼓舞する。
「我らの中で一番腕が立つハイネスが側にいるんだ。滅多なことにはなりゃせん。それに、連中も確かに強いが、絶望的な戦力差があるわけでは無いだろう。数自体は少数、村人達も逃がしたし、ここで踏ん張れば連中を押し返せるかもしれん」
ゲンゴローが力強く言うと、暗い顔をしていた兵士達に明るさが宿る。
が、それも一瞬のことだった。
俄かに活気づき始めた矢先、兵士の一人が顔面蒼白で、道の先を指差した。
「げ、ゲンゴローさん。あ、アレを……」
「……何だ?」
異変を察知して、ゲンゴローを含めた三人が振り返り、指先を追うようにして視線を向けた。
途端、僅かな絶望感が胸を刺す。
「これは、不味いな……絶望的戦力差が、向こうからやってきた」
紫煙と共に、皮肉交じりの言葉を吐きだす。
他の二人も、表情を強張らせながらも、何とか気丈を装っている。
視線の先には、一人の少女が立っていた。
青いドレスを身に纏い、付き人のように、先ほどの一団を指揮していた女性に日傘を持たせていた。戦場と化す谷間の村において、不釣り合いな様相を持った美少女は、剣呑な雰囲気を滲ませる三人に、首を傾げてニコリと、邪悪は笑みを向けた。
「ジャンヌ・デルフローラ……隊長格直々のお出ましだなんて、マジかよ」
ロックスターの茶化す言葉が、僅かに震えた。
散歩でもするような足取りで歩み寄るジャンヌの側には、日傘を差す指揮官……レイナ・ネクロノムス以外、誰も連れ立っていない。それに対して、咢愚連隊側は、まだ十人以上の兵隊が残っている。
普通だったら、圧倒的に有利な状況だ。
なのに、余裕の態度を浮かべる立場は、全くの逆だった。
足を止め、睨み付けるよう戦闘態勢を取るロックスター達を視界に捕え、ジャンヌは不思議そうに小首を傾げた。
「あらぁ? まだ害虫駆除が済んでいないようね」
「ハッ。申し訳ありません。こちらの予想を超えて、連中の動きが迅速だった故、潰し損ねました」
「謝る必要はないわ。害虫って、動きが素早くて本当に嫌になるもの」
おっとりとした口調で、毒を撒き散らす。
声のトーンから、明らかに咢愚連隊側に聞かせるよう喋っているのは明白だ。
「チッ。あの女ぁ、好き放題言ってくれるぜ」
「今は押さえろロックスター。隊長格の中で四番手とはいえ、迂闊に手を出せば、あっという間に全滅だぞ」
ゲンゴローがそう釘を刺した、その瞬間。
「――なッ!?」
崩れた家屋の柱らしき物体が、ゲンゴローの目の前にまで迫っていた。
慌てて飛び退くと、空を切った木製の柱は、背後にあった館の壁をぶち抜き突き刺さり、木片となって砕け散る。
柱を投げたのは、一転して鬼の形相を浮かべているジャンヌだった。
「誰が四番手だぁこの腐れハゲがッ! ボケたこと抜かしてるとミンチにすっぞ!」
「お嬢様。お言葉が乱れています」
「……ッ!? コホン。失礼、取り乱しました」
取り繕うように咳払いをして、またおっとりとした笑顔を見せた。
明らかにジャンヌが投げたにしては、大きくて重い柱。アレをゲンゴロー達が、ギリギリまで視覚出来ないほどの速度で投擲するなんて、普通じゃ考えられない。避けられたのだって条件反射で、奇跡のようなモノ、二度は出来ない。
素知らぬ顔で、ジャンヌは微笑む。
どんなに可愛らしく優雅な笑みを浮かべても、最早恐怖の対象にしか見えない。
この恐るべき少女を目の前にして、どう動くべきか三人が思案していると、ジャンヌはそんなこと全く気にも留めず、余裕綽々の態度で横のレイナに話しかける。
「害虫駆除はやはり、元の元から断たねばならないわよね……レイナ。害虫の親玉は、どうなっているのかしら?」
「確認します」
そう言ってもレイナは動かず、開いている手を腰の剣に添え、軽く目を瞑るだけ。
暫くジッとその態勢を保っていたかと思うと、唐突に目を開いた。
「……シン局長は、逝去なされたそうです」
「――ッ!? ……そう」
一瞬だけ目を見開くと、ジャンヌは僅かだが、悲しげに視線を伏せた。
しかし、直ぐに顔を上げる。
「それで?」
「アカシャ・ツァーリ・エクシュリオールとハイネス・イシュタールの両名が、現場に居合わせていましたので、ヨシュア様が拘束に乗り出しましたが失敗。現在は逃走中の模様です」
レイナの報告が聞こえて、ロックスター達は安堵の息を漏らした。
対してジャンヌは、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「あの男、とんだ失態じゃねぇか、クソッ。戻ったらイビリ倒してやるッ」
「お嬢様」
「おっと……いびり殺して差し上げますわ」
慌てて取り繕うが、漲る殺気は全く隠せていない。
「現在、他の剣達が二人の行方を追っています。捕捉されるのは時間の問題でしょう」
「そう……なら」
ジャンヌは視線をロックスター達に向ける。
その視線に、凄惨な色が宿った。
「わたくしは目の前のゴミ屑共を処分しましょう……レイナ。貴女は手を出さないでね?」
「御意」
レイナは一礼して、後ろに一歩下がった。
この言葉に、面白くない顔をしたのはロックスター達。
「テメェ……たった一人で、俺様達とやり合おうってのか? そいつは余裕ぶっこきすぎだろう。油断してると、痛い目みるぜ」
「油断? 油断と言ったか?」
ロックスターの言葉にジャンヌは大きく瞳を見開くと、馬鹿にするようにケタケタと腹を抱えて笑った。
しかし、向けられる瞳は、全く笑ってはいなかった。
大きく息を吸い込み、殺気の籠った怒号を叩き付ける。
「身の程を弁えろよ糞虫共! 油断や隙を突いた程度でなぁ、テメェらに勝てる可能性なんてゼロどころかマイナスなんだよッ!」
そう叫んで、ジャンヌは自分の首に親指を立て、掻っ切るジェスチャーをする。
この言葉には、流石にロックスター達も怒りの表情を見せる。
「そうかい。んじゃ、口の悪い小娘を躾けてやるとしますかね……おい、ゲンゴロー。テメェ、相手が女子供だからって、手ぇ抜くんじゃねぇぞ!」
「抜かせ。そんな次元の相手じゃないわい!」
それぞれ、鉄球と拳を構える。
視線で、他の兵士達には下がるよう指示を出す。
一人に対して大人数で囲むのを嫌がったわけでは無い。単純に、彼らの力量では人数がいても、ジャンヌの相手は務まらない。むしろ、数が多い分だけ邪魔になる可能性があったからだ。
俄かに殺気立つ空気が心地いいのか、ジャンヌはニヤッと顔を歪める。
その眉間を狙い、矢が風を切って飛ぶ。
が、鏃は目標を穿つことは無く、直前でジャンヌに受け止められてしまった。
「……チッ」
短弓を構えたファルシェラは舌打ちを鳴らし、次の矢をつがえた。
「クソエルフが。面白いじゃないか……精々、わたくしを退屈させないで下さいね?」
お嬢様らしい笑顔で、ジャンヌは可愛らしく言った。
瞬間、それが切っ掛けとなり、ロックスターとゲンゴローは同時に地面を蹴る。
近衛騎士隊長ジャンヌ・エルフローラと、咢愚連隊の三幹部達の死闘が始まった。
★☆★☆★☆
シンの別邸を飛び出し、何とか近衛騎士局の包囲網か抜け出したハイネス達は、谷間の隠れ里へ戻る為、荒野を馬に乗って疾走していた。
馬は近くの村の厩舎から拝借したモノ。
申し訳ないとは思うが、代金として金貨を置いて来たので、それで勘弁願いたい。
「――ハッ!」
抱きかかえるように、アカシャを前に乗せて、ハイネスが手綱を握って馬を操る。
鞍が無いのでバランスが悪いが、気性が大人しい馬のおかげで、何とか乗りこなすことが出来た。しかし、揺れる度にナイフで刺された腹部が痛み、表情に出さないよう無理して堪えている為、ハイネスの額にはびっしりと脂汗が浮かんでいた。
傷自体は深く無いのに、相変わらず焼け付くような鈍痛は治まらない。
「ハ、ハイネス」
胸に抱くアカシャが青ざめた表情で、不安げな声を漏らす。
「村は、皆は、大丈夫だろうか? 大丈夫だよね?」
「大丈夫よ」
不安から声と口調が幼くなるアカシャに、キッパリとそう言い切った。
本音を言えば、確証は無い。けれど、この場で馬鹿正直にそんなことを、口にする必要は無いだろう。
「ファルシェラもゲンゴローもいるんだから、何があったってきっと、上手いこと切り抜けてくれるわよ」
「……うん。うん。そうだな。そう、だよな」
自分に言い聞かせるよう、アカシャは何度も頷いていた。
やはり余裕を無くしていて、思考が回っていないのだろう。普段だったら必ずあるツッコミが無く、そこがハイネスを不安にさせた。
「くっそ……マジで無事でいなさいよ」
願いを込めて、ハイネスは小さく呟く。
ある程度馬を走らせていると、岩山が近づいている所為で荒野に高低差が出てくる。
左右を木々が取り囲んだ山道に入り、地面の起伏が増してくると、馬の走るスピードも落ちる。それが内心の焦りにも繋がり、傷口の痛みもあってか、自然とハイネスの意識は散漫になっていた。
急に真横の林から飛び出してきた人影に、馬は急停止。嘶きながら前足を大きく上げ、倒れ込む人影の直前でギリギリ停止した。
倒れているのは、軽装の鎧を着た傷だらけの青年。
血と泥で真っ赤に染まった顔に、ハイネスは見覚えがあった。
「――ッ!? 貴方!?」
馬を止めると、ハイネスは飛び降り、慌てて倒れた青年に駆け寄る。
アカシャもヨロヨロと、ふら付く足取りで近づき、血塗れの青年を確認し、口元を押さえて絶句した。
その青年は、咢愚連隊の兵士だ。
抱えられた青年は、苦しげな息遣いをしながら、細めでハイネスを見上げた。
「よ、よかっ、た……お二人、共。ご無事、だったの、ですね」
「あまり喋らないで。すぐに手当を……」
「い、いえ。お伝え、しなければ、ならない、こと、が」
苦しげな口調で、ハイネスを押し止めた。
ハイネスは唇をキュッと噛み、浮かしかけた腰を元に戻した。
「村は、襲撃を、う、受け、陥落寸前、ですっ。で、です、が。幹部の、方々の指示で、村人達に、ひ、被害は、なく……全員、無事に、脱出し、しまし、た」
その言葉に、ハイネスとアカシャは安堵の息を吐いた。
「か、幹部の、方々は、皆が逃げる、じ、時間を稼ぐため、残り……ました」
徐々に声はか細くなっていく。
抱える身体からも、手に伝わる熱がゆっくりと抜けていく。
傷の深さの割に、出血量が少ない……いや、もう既に、多量の血が抜けた後なのだろう。
もう助からない。その事実を感じて、ハイネスは自分の無力さから、奥歯を割れんばかりに噛み締めた。
けれど、青年は笑顔を浮かべたまま、言葉を止めようとはしなかった。
「お二人は、に、逃げて、下さい。お二人が、無事、なら……咢、愚連隊は、負けてませ、んか、ら……」
「もういい! 喋るな!」
「にげ、て……逃げ延びて、くだ……」
最後まで言い終える前に、ゆっくりと瞼が落ち、全身が、脱力した。
ハイネスは言葉を発さず、目を見開き、強く息を吸い込んだ。
「お、おい……」
フラフラと、背後からアカシャが歩み寄る。
両膝を地面に落とし、アカシャは眠るように事切れる青年の肩を掴んだ。
「起きろ。な、何を寝ているんだ……き、君は一ヶ月前、入隊したトマスだろ? 汚職議員の手で、人買いに売られた姉を助けるんだって息巻いていたじゃないかっ!」
叫び、強く肩を揺らす。
声色は悲痛で、目尻には薄らと涙が溜まっていた。
「ねぇ、起きてよ! 死ぬなんて嘘だッ! 君はこんな場所で死ぬべきでは……!」
「――アカシャ!」
一喝して、強く揺らす手を握って制止する。
「もう、眠らせてあげて」
「……ッッッ!?」
振り向いたアカシャは、くしゃっと顔を顰め、ボロボロと涙を溢れさせた。
ハイネスは青年の亡骸を、そっと地面に横たえて、嗚咽交じりに涙を零すアカシャの身体をギュッと抱き締めた。
言葉が出ない。だから、代わりに抱きしめる手にだけ、力を込めた。
抱き締めるアカシャの身体から、力が抜けていくのがわかる。涙は流しているが、泣き声は聞こえない。
茫然自失。そう言うべきか。
ゆっくりと休ませてやりたいと思うが、状況はそれを許さなかった。
風切り音と共に、何かが投擲。馬が悲鳴のような鳴き声を漏らし、ズシンと地面へと倒れ込んだ。
「――ッ!?」
視線を向けると、馬の身体に数本の刃が突き刺さり、倒れた状態で痙攣していた。
「しまった!?」
ハイネスがそう叫ぶと同時に、林の中から五人ほどの人影が飛び出して来る。
現れたのは鳥を模した嘴付きの仮面を被り、剣を片手に持った人物達。腕章から、近衛騎士局の騎士だということはわかった。
仮面の騎士達は、確認するより早く、剣を此方へと向けた。
「目標確認。これより、排除を開始する」
無感情な声に反応して、ハイネスは迅速に動く。
素早くアカシャを背中に隠し、腰の双剣を抜いて戦闘態勢を取ろうと立ち上がった。
が、膝をあげようとした瞬間、鈍痛が傷口から全身に走り、ガクッと身体が落ちる。
「くっ。視界が、揺れる……なによ、これッ」
呻きながら、腹部の傷を押さえる。
傷自体は深くは無い。血だってとっくに止まっていた。しかし、痛みは一向に治まる気配を見せず、むしろ焼けた鉄の棒を突っ込まれたように、熱く鈍い痛みが緩慢に身体を蝕んでいく。
全身にゆっくり根を張るような痛みに気を取られ、初動が遅れてしまった。
「――ハ、ハイネス!?」
目の前で人の死を目の当たりにしたからか、過剰に悲痛な声が背後から飛ぶ。
「アカシャ。あたしを置いて、森の方へ逃げなさい!」
「い、いやだ! ハイネスを置いて行くなんて、出来るモノかッ!」
縋り付くよう、背後から服を掴んでくる。
完全にアカシャは取り乱している。
普段の彼女だったら、迷うことなく指示に従っていただろう。
不利な状況下で、人一人を守りながら戦うのは容易では無い。ましてや怪我をしている現状では余裕が無いので、この場は逃げて貰った方が後ろを気にせず戦える。
だが、意図を汲んでくれなかったのなら、このままの状態で戦うしか無い。
「……本隊の方と鉢合わせしないだけ、マシってことにしときましょうか。アカシャ、絶対にその場から動かないで」
片膝を突いたまま、ハイネスは双剣を構える。
五人組の仮面騎士達は、特に意思疎通する素振りも見せないのに、まるで打ち合わせでもしたかのよう、直ぐには攻め込まずハイネスを取り囲んで、グルリと陣形を作り逃げ場を無くした。
初手で馬を潰したあたりで予想はしていたが、仮面の騎士達は、かなり戦い慣れした手練れのようだ。
そして無言のまま、一斉に襲い掛かる。
木を背にしていたので、背後には回り込まれなかったが、前方と左右から突き出される刃を捌くのは容易では無い上、下手に避ければ背中に隠すアカシャを傷付けてしまう。
「――ふッ」
短く呼吸を発する。
逆手に持った双剣を同時に振るい、避けられる刃、避けても問題の無い刃だけを瞬時に見極め、それ以外の刃を双剣で受け止めた。
受けた刃から火花が散り、すり抜けるよう避けた剣が僅かに触れ、所々から赤い血が滲むが、どれも決定的な傷を与えていない。
「――ッ!?」
仮面騎士の一人が、驚いたような声を漏らす。
「でぇいッ!」
身体を捻りながら、突き出された刃を全て同時に弾いた。
仮面騎士達は剣戟に付き合わず、さっさとバックステップで距離を取ってしまう。
人数では上回っているのに、随分と消極的な攻めだと眉を顰めるが、すぐに彼らの狙いに気が付き、あっと声を漏らした。
「――後ろかッ!?」
僅かに殺気を感じ振り返ると、同時に隠れていたのか最初から狙っていたのか。六人目の仮面騎士が木々の影から、剣を構え飛び出してきた。
切っ先はアカシャを狙っている。
ハイネスは判断に迷う。
迎撃に向えば、残り五人が一斉に襲い掛かってくるだろう。
「……それなら」
「――えっ?」
アカシャの背後から抱き着くよう、ハイネスは覆い被さる。
数か所、斬撃を受ける覚悟でアカシャを守る。
最初の一撃さえ凌げれば、後は何とか優位な位置取りをすれば、まだ何とか戦える筈。
「や、止めろハイネス!」
悲痛な叫びを上げるアカシャを無視して、来るであろう斬撃に意識を集中する。
が、刃を向けた六人目はその剣を突き出すことは無く、ズルズルと走る勢いを弱め地面へと崩れ落ちた。
足音が鳴り、ふわりと視界に、花開くようスカートが舞う。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。とってもムカつく光景を目にしてしまったから、思わず見ず知らずなのに全力でぶった斬ってしまったわぁ」
聞こえてきたのは、優雅な語り口調をした女性の声。
視線を向けると、大太刀を片手に持った赤と金を基調としたド派手な、袖口の広いフリルがふんだんに使われたドレスを纏った、茶髪の美女が、場とは全くそぐわない煌びやかな佇まいで、悠然と笑顔を湛えていた。
突然の乱入者に、仮面騎士達の間にも動揺が走る。
驚きのあまり声を出せないのは、ハイネス達も同じだ。
女性は陶酔するような表情で、大仰な素振りで両手を広げ、クルリとその場で一回転した。
「問われてないけど名乗ってしまうわ。わたくしの名前はラヴィアンローズ! 可憐にして優美な天才美少女剣士よ!」
謳うように名乗り上げ、ラヴィアンローズは高らかな笑い声を発した。




