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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち
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第90話 薔薇は再び舞い踊る




 昼頃までは普段と同じ平穏に包まれていた、咢愚連隊の本拠地である谷間の隠れ里は、ほんの数時間ほどで、壊滅状態に陥っていた。

 木造建ての家屋には火が点けられ、各方面から黒煙が立ち上っている。

 退路を塞ぐよう、吊り橋や梯子などは破壊され、唯一の出入り口は既に襲撃者達によって押さえられてしまった

 天然の強固な要塞であった筈の谷間は、今や逃げ場の無い牢獄と化していた。


 しかし、そこは抜け目のない咢愚連隊の面名。

谷間に踏み込まれれば、退路が無くなることは、事前にわかっていたことで、アカシャ達は前々より、万が一の状況を予測し、秘密の隠し通路をちゃんと用意していた。

 最奥の館の前に、咢愚連隊の幹部達三人と、二十名ほどの兵隊が集まっている。

 全身を武装した彼らは、激しい戦闘を示すよう皆、満身創痍だ。


「村人達の避難状況は?」


 両手にメリケンサックを嵌めたゲンゴローは、館の奥から走って戻って来た兵士の一人に、厳しい表情で問いかけた。


「はい。殆ど、隠し通路を抜けて外へと脱出しました。幸い、囲まれている様子もありません」

「そりゃよかった……つっても、まだまだ絶賛大ピンチだけどな」


 頬の傷を触り、痛みに顔を顰めてロックスターが言う。

 館の奥には古い坑道があり、そこを抜けると谷の外へと出ることが出来る。

 共和国の恐らくは近衛騎士局の連中に、奇襲を掛けられる直前、包囲に気がついたファルシェラが、 すぐさま村を放棄して撤退するように指示を出した。


 そのおかげで非戦闘員である女子供、老人達に被害は出なかったが、彼らを逃がす為に戦った兵隊達にはかなりの数、被害が出てしまった。ロックスター達も率先して戦ったが、異様な恰好をした騎士達は、高い戦闘力と統率力を誇り、防戦が精一杯だった。

 今は仕切り直しの為か、騎士達を下がらせているので落ち着いているが、すぐに第二波がくるだろう。

 今度は流石に、守り切れない。


「クソッ。何なんだよアイツら。強いとか弱いとか、そんなレベルじゃねぇぞ」


 苛立ちを隠しきれず、ロックスターがそう吐き捨てる。


「確かに、妙な連中だな。強いのは強いのだが、何と言うか……同じ人間とばかり戦っとると言うか、まるでゾンビの大群とやりあっとる気分だ」

「言いえて妙だな」


 咥え煙草のファルシェラが、弓の具合を確認しながら視線を二人に向ける。


「奴らからは魂の鼓動が感じない」

「何だよ。マジで連中、ゾンビなのか?」

「いや、肉体は生きている。死人なら、もっと死臭がする筈だからな」

「なら、何かに操られとるとかか?」

「それも違うだろうな……まぁ、見ただけではハッキリと断言出来ん」


 ペッと煙草を吐き捨てる。


「少なくとも連中はまともな手合いじゃあない。何らかの魔術的な強化を使っているのは確実だ」

「そいつは、面倒だなぁチクショウ」


 疲れたようなロックスターの言葉を聞きながら、ファルシェラはまだ思案していた。


「強化魔術……しかし、僅かだが、精霊の気配も……」

「どうした、ファルシェラ?」

「いや、何でも無い」


 訝しげなゲンゴローに首を振り、一本煙草を取り出し、火を点けて煙を吸い込む。

 わからないことが多いが、これ以上、ゆっくり考えている暇は無さそうだ。

 紫煙を吐き出しながら、ファルシェラは空に視線を向ける。


「ともかく、二人が心配だな。こっちがこのザマじゃ、向こうも碌なことになっていないだろう」

「んだなぁ。念のため、早馬は走らせておいたけど、無事でいてくれることを祈るぜ」


 状況もあってか、この時ばかりはロックスターも真面目なトーンだ。

 統率の取れた動きから察するに、この襲撃は事前に綿密な計画が練られている。そうなれば当然、会談に行った二人を待ち受けているのは、手荒いでは済まない歓迎なのだろう。


「辛気臭い顔するな二人共!」


 重い雰囲気になりかけたところを、ゲンゴローが鼓舞する。


「我らの中で一番腕が立つハイネスが側にいるんだ。滅多なことにはなりゃせん。それに、連中も確かに強いが、絶望的な戦力差があるわけでは無いだろう。数自体は少数、村人達も逃がしたし、ここで踏ん張れば連中を押し返せるかもしれん」


 ゲンゴローが力強く言うと、暗い顔をしていた兵士達に明るさが宿る。

 が、それも一瞬のことだった。

 俄かに活気づき始めた矢先、兵士の一人が顔面蒼白で、道の先を指差した。


「げ、ゲンゴローさん。あ、アレを……」

「……何だ?」


 異変を察知して、ゲンゴローを含めた三人が振り返り、指先を追うようにして視線を向けた。

 途端、僅かな絶望感が胸を刺す。


「これは、不味いな……絶望的戦力差が、向こうからやってきた」


 紫煙と共に、皮肉交じりの言葉を吐きだす。

 他の二人も、表情を強張らせながらも、何とか気丈を装っている。

 視線の先には、一人の少女が立っていた。

 青いドレスを身に纏い、付き人のように、先ほどの一団を指揮していた女性に日傘を持たせていた。戦場と化す谷間の村において、不釣り合いな様相を持った美少女は、剣呑な雰囲気を滲ませる三人に、首を傾げてニコリと、邪悪は笑みを向けた。


「ジャンヌ・デルフローラ……隊長格直々のお出ましだなんて、マジかよ」


 ロックスターの茶化す言葉が、僅かに震えた。

 散歩でもするような足取りで歩み寄るジャンヌの側には、日傘を差す指揮官……レイナ・ネクロノムス以外、誰も連れ立っていない。それに対して、咢愚連隊側は、まだ十人以上の兵隊が残っている。

 普通だったら、圧倒的に有利な状況だ。

 なのに、余裕の態度を浮かべる立場は、全くの逆だった。

 足を止め、睨み付けるよう戦闘態勢を取るロックスター達を視界に捕え、ジャンヌは不思議そうに小首を傾げた。


「あらぁ? まだ害虫駆除が済んでいないようね」

「ハッ。申し訳ありません。こちらの予想を超えて、連中の動きが迅速だった故、潰し損ねました」

「謝る必要はないわ。害虫って、動きが素早くて本当に嫌になるもの」


 おっとりとした口調で、毒を撒き散らす。

 声のトーンから、明らかに咢愚連隊側に聞かせるよう喋っているのは明白だ。


「チッ。あの女ぁ、好き放題言ってくれるぜ」

「今は押さえろロックスター。隊長格の中で四番手とはいえ、迂闊に手を出せば、あっという間に全滅だぞ」


 ゲンゴローがそう釘を刺した、その瞬間。


「――なッ!?」


 崩れた家屋の柱らしき物体が、ゲンゴローの目の前にまで迫っていた。

 慌てて飛び退くと、空を切った木製の柱は、背後にあった館の壁をぶち抜き突き刺さり、木片となって砕け散る。

 柱を投げたのは、一転して鬼の形相を浮かべているジャンヌだった。


「誰が四番手だぁこの腐れハゲがッ! ボケたこと抜かしてるとミンチにすっぞ!」

「お嬢様。お言葉が乱れています」

「……ッ!? コホン。失礼、取り乱しました」


 取り繕うように咳払いをして、またおっとりとした笑顔を見せた。

 明らかにジャンヌが投げたにしては、大きくて重い柱。アレをゲンゴロー達が、ギリギリまで視覚出来ないほどの速度で投擲するなんて、普通じゃ考えられない。避けられたのだって条件反射で、奇跡のようなモノ、二度は出来ない。


 素知らぬ顔で、ジャンヌは微笑む。

 どんなに可愛らしく優雅な笑みを浮かべても、最早恐怖の対象にしか見えない。

 この恐るべき少女を目の前にして、どう動くべきか三人が思案していると、ジャンヌはそんなこと全く気にも留めず、余裕綽々の態度で横のレイナに話しかける。


「害虫駆除はやはり、元の元から断たねばならないわよね……レイナ。害虫の親玉は、どうなっているのかしら?」

「確認します」


 そう言ってもレイナは動かず、開いている手を腰の剣に添え、軽く目を瞑るだけ。

 暫くジッとその態勢を保っていたかと思うと、唐突に目を開いた。


「……シン局長は、逝去なされたそうです」

「――ッ!? ……そう」


 一瞬だけ目を見開くと、ジャンヌは僅かだが、悲しげに視線を伏せた。

 しかし、直ぐに顔を上げる。


「それで?」

「アカシャ・ツァーリ・エクシュリオールとハイネス・イシュタールの両名が、現場に居合わせていましたので、ヨシュア様が拘束に乗り出しましたが失敗。現在は逃走中の模様です」


 レイナの報告が聞こえて、ロックスター達は安堵の息を漏らした。

 対してジャンヌは、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「あの男、とんだ失態じゃねぇか、クソッ。戻ったらイビリ倒してやるッ」

「お嬢様」

「おっと……いびり殺して差し上げますわ」


 慌てて取り繕うが、漲る殺気は全く隠せていない。


「現在、他の剣達が二人の行方を追っています。捕捉されるのは時間の問題でしょう」

「そう……なら」


 ジャンヌは視線をロックスター達に向ける。

 その視線に、凄惨な色が宿った。


「わたくしは目の前のゴミ屑共を処分しましょう……レイナ。貴女は手を出さないでね?」

「御意」


 レイナは一礼して、後ろに一歩下がった。

 この言葉に、面白くない顔をしたのはロックスター達。


「テメェ……たった一人で、俺様達とやり合おうってのか? そいつは余裕ぶっこきすぎだろう。油断してると、痛い目みるぜ」

「油断? 油断と言ったか?」


 ロックスターの言葉にジャンヌは大きく瞳を見開くと、馬鹿にするようにケタケタと腹を抱えて笑った。

 しかし、向けられる瞳は、全く笑ってはいなかった。

 大きく息を吸い込み、殺気の籠った怒号を叩き付ける。


「身の程を弁えろよ糞虫共! 油断や隙を突いた程度でなぁ、テメェらに勝てる可能性なんてゼロどころかマイナスなんだよッ!」


 そう叫んで、ジャンヌは自分の首に親指を立て、掻っ切るジェスチャーをする。

 この言葉には、流石にロックスター達も怒りの表情を見せる。


「そうかい。んじゃ、口の悪い小娘を躾けてやるとしますかね……おい、ゲンゴロー。テメェ、相手が女子供だからって、手ぇ抜くんじゃねぇぞ!」

「抜かせ。そんな次元の相手じゃないわい!」


 それぞれ、鉄球と拳を構える。

 視線で、他の兵士達には下がるよう指示を出す。

 一人に対して大人数で囲むのを嫌がったわけでは無い。単純に、彼らの力量では人数がいても、ジャンヌの相手は務まらない。むしろ、数が多い分だけ邪魔になる可能性があったからだ。

 俄かに殺気立つ空気が心地いいのか、ジャンヌはニヤッと顔を歪める。

 その眉間を狙い、矢が風を切って飛ぶ。

 が、鏃は目標を穿つことは無く、直前でジャンヌに受け止められてしまった。


「……チッ」


 短弓を構えたファルシェラは舌打ちを鳴らし、次の矢をつがえた。


「クソエルフが。面白いじゃないか……精々、わたくしを退屈させないで下さいね?」


 お嬢様らしい笑顔で、ジャンヌは可愛らしく言った。

 瞬間、それが切っ掛けとなり、ロックスターとゲンゴローは同時に地面を蹴る。

 近衛騎士隊長ジャンヌ・エルフローラと、咢愚連隊の三幹部達の死闘が始まった。




 ★☆★☆★☆




 シンの別邸を飛び出し、何とか近衛騎士局の包囲網か抜け出したハイネス達は、谷間の隠れ里へ戻る為、荒野を馬に乗って疾走していた。

 馬は近くの村の厩舎から拝借したモノ。

 申し訳ないとは思うが、代金として金貨を置いて来たので、それで勘弁願いたい。


「――ハッ!」


 抱きかかえるように、アカシャを前に乗せて、ハイネスが手綱を握って馬を操る。

 鞍が無いのでバランスが悪いが、気性が大人しい馬のおかげで、何とか乗りこなすことが出来た。しかし、揺れる度にナイフで刺された腹部が痛み、表情に出さないよう無理して堪えている為、ハイネスの額にはびっしりと脂汗が浮かんでいた。

 傷自体は深く無いのに、相変わらず焼け付くような鈍痛は治まらない。


「ハ、ハイネス」


 胸に抱くアカシャが青ざめた表情で、不安げな声を漏らす。


「村は、皆は、大丈夫だろうか? 大丈夫だよね?」

「大丈夫よ」


 不安から声と口調が幼くなるアカシャに、キッパリとそう言い切った。

 本音を言えば、確証は無い。けれど、この場で馬鹿正直にそんなことを、口にする必要は無いだろう。


「ファルシェラもゲンゴローもいるんだから、何があったってきっと、上手いこと切り抜けてくれるわよ」

「……うん。うん。そうだな。そう、だよな」


 自分に言い聞かせるよう、アカシャは何度も頷いていた。

 やはり余裕を無くしていて、思考が回っていないのだろう。普段だったら必ずあるツッコミが無く、そこがハイネスを不安にさせた。


「くっそ……マジで無事でいなさいよ」


 願いを込めて、ハイネスは小さく呟く。

 ある程度馬を走らせていると、岩山が近づいている所為で荒野に高低差が出てくる。

 左右を木々が取り囲んだ山道に入り、地面の起伏が増してくると、馬の走るスピードも落ちる。それが内心の焦りにも繋がり、傷口の痛みもあってか、自然とハイネスの意識は散漫になっていた。

 急に真横の林から飛び出してきた人影に、馬は急停止。嘶きながら前足を大きく上げ、倒れ込む人影の直前でギリギリ停止した。

 倒れているのは、軽装の鎧を着た傷だらけの青年。

 血と泥で真っ赤に染まった顔に、ハイネスは見覚えがあった。


「――ッ!? 貴方!?」


 馬を止めると、ハイネスは飛び降り、慌てて倒れた青年に駆け寄る。

 アカシャもヨロヨロと、ふら付く足取りで近づき、血塗れの青年を確認し、口元を押さえて絶句した。

 その青年は、咢愚連隊の兵士だ。

 抱えられた青年は、苦しげな息遣いをしながら、細めでハイネスを見上げた。


「よ、よかっ、た……お二人、共。ご無事、だったの、ですね」

「あまり喋らないで。すぐに手当を……」

「い、いえ。お伝え、しなければ、ならない、こと、が」


 苦しげな口調で、ハイネスを押し止めた。

 ハイネスは唇をキュッと噛み、浮かしかけた腰を元に戻した。


「村は、襲撃を、う、受け、陥落寸前、ですっ。で、です、が。幹部の、方々の指示で、村人達に、ひ、被害は、なく……全員、無事に、脱出し、しまし、た」


 その言葉に、ハイネスとアカシャは安堵の息を吐いた。


「か、幹部の、方々は、皆が逃げる、じ、時間を稼ぐため、残り……ました」


 徐々に声はか細くなっていく。

 抱える身体からも、手に伝わる熱がゆっくりと抜けていく。

 傷の深さの割に、出血量が少ない……いや、もう既に、多量の血が抜けた後なのだろう。

 もう助からない。その事実を感じて、ハイネスは自分の無力さから、奥歯を割れんばかりに噛み締めた。

 けれど、青年は笑顔を浮かべたまま、言葉を止めようとはしなかった。


「お二人は、に、逃げて、下さい。お二人が、無事、なら……咢、愚連隊は、負けてませ、んか、ら……」

「もういい! 喋るな!」

「にげ、て……逃げ延びて、くだ……」


 最後まで言い終える前に、ゆっくりと瞼が落ち、全身が、脱力した。

 ハイネスは言葉を発さず、目を見開き、強く息を吸い込んだ。


「お、おい……」


 フラフラと、背後からアカシャが歩み寄る。

 両膝を地面に落とし、アカシャは眠るように事切れる青年の肩を掴んだ。


「起きろ。な、何を寝ているんだ……き、君は一ヶ月前、入隊したトマスだろ? 汚職議員の手で、人買いに売られた姉を助けるんだって息巻いていたじゃないかっ!」


 叫び、強く肩を揺らす。

 声色は悲痛で、目尻には薄らと涙が溜まっていた。


「ねぇ、起きてよ! 死ぬなんて嘘だッ! 君はこんな場所で死ぬべきでは……!」

「――アカシャ!」


 一喝して、強く揺らす手を握って制止する。


「もう、眠らせてあげて」

「……ッッッ!?」


 振り向いたアカシャは、くしゃっと顔を顰め、ボロボロと涙を溢れさせた。

 ハイネスは青年の亡骸を、そっと地面に横たえて、嗚咽交じりに涙を零すアカシャの身体をギュッと抱き締めた。

 言葉が出ない。だから、代わりに抱きしめる手にだけ、力を込めた。

 抱き締めるアカシャの身体から、力が抜けていくのがわかる。涙は流しているが、泣き声は聞こえない。


 茫然自失。そう言うべきか。

 ゆっくりと休ませてやりたいと思うが、状況はそれを許さなかった。

 風切り音と共に、何かが投擲。馬が悲鳴のような鳴き声を漏らし、ズシンと地面へと倒れ込んだ。


「――ッ!?」


 視線を向けると、馬の身体に数本の刃が突き刺さり、倒れた状態で痙攣していた。


「しまった!?」


 ハイネスがそう叫ぶと同時に、林の中から五人ほどの人影が飛び出して来る。

 現れたのは鳥を模した嘴付きの仮面を被り、剣を片手に持った人物達。腕章から、近衛騎士局の騎士だということはわかった。

 仮面の騎士達は、確認するより早く、剣を此方へと向けた。


「目標確認。これより、排除を開始する」


 無感情な声に反応して、ハイネスは迅速に動く。

 素早くアカシャを背中に隠し、腰の双剣を抜いて戦闘態勢を取ろうと立ち上がった。

 が、膝をあげようとした瞬間、鈍痛が傷口から全身に走り、ガクッと身体が落ちる。


「くっ。視界が、揺れる……なによ、これッ」


 呻きながら、腹部の傷を押さえる。

 傷自体は深くは無い。血だってとっくに止まっていた。しかし、痛みは一向に治まる気配を見せず、むしろ焼けた鉄の棒を突っ込まれたように、熱く鈍い痛みが緩慢に身体を蝕んでいく。

 全身にゆっくり根を張るような痛みに気を取られ、初動が遅れてしまった。


「――ハ、ハイネス!?」


 目の前で人の死を目の当たりにしたからか、過剰に悲痛な声が背後から飛ぶ。


「アカシャ。あたしを置いて、森の方へ逃げなさい!」

「い、いやだ! ハイネスを置いて行くなんて、出来るモノかッ!」


 縋り付くよう、背後から服を掴んでくる。

 完全にアカシャは取り乱している。

 普段の彼女だったら、迷うことなく指示に従っていただろう。

 不利な状況下で、人一人を守りながら戦うのは容易では無い。ましてや怪我をしている現状では余裕が無いので、この場は逃げて貰った方が後ろを気にせず戦える。

 だが、意図を汲んでくれなかったのなら、このままの状態で戦うしか無い。


「……本隊の方と鉢合わせしないだけ、マシってことにしときましょうか。アカシャ、絶対にその場から動かないで」


 片膝を突いたまま、ハイネスは双剣を構える。

 五人組の仮面騎士達は、特に意思疎通する素振りも見せないのに、まるで打ち合わせでもしたかのよう、直ぐには攻め込まずハイネスを取り囲んで、グルリと陣形を作り逃げ場を無くした。

 初手で馬を潰したあたりで予想はしていたが、仮面の騎士達は、かなり戦い慣れした手練れのようだ。


 そして無言のまま、一斉に襲い掛かる。

 木を背にしていたので、背後には回り込まれなかったが、前方と左右から突き出される刃を捌くのは容易では無い上、下手に避ければ背中に隠すアカシャを傷付けてしまう。


「――ふッ」


 短く呼吸を発する。

 逆手に持った双剣を同時に振るい、避けられる刃、避けても問題の無い刃だけを瞬時に見極め、それ以外の刃を双剣で受け止めた。

 受けた刃から火花が散り、すり抜けるよう避けた剣が僅かに触れ、所々から赤い血が滲むが、どれも決定的な傷を与えていない。


「――ッ!?」


 仮面騎士の一人が、驚いたような声を漏らす。


「でぇいッ!」


 身体を捻りながら、突き出された刃を全て同時に弾いた。

 仮面騎士達は剣戟に付き合わず、さっさとバックステップで距離を取ってしまう。

 人数では上回っているのに、随分と消極的な攻めだと眉を顰めるが、すぐに彼らの狙いに気が付き、あっと声を漏らした。


「――後ろかッ!?」


 僅かに殺気を感じ振り返ると、同時に隠れていたのか最初から狙っていたのか。六人目の仮面騎士が木々の影から、剣を構え飛び出してきた。

 切っ先はアカシャを狙っている。

 ハイネスは判断に迷う。

 迎撃に向えば、残り五人が一斉に襲い掛かってくるだろう。


「……それなら」

「――えっ?」


 アカシャの背後から抱き着くよう、ハイネスは覆い被さる。

 数か所、斬撃を受ける覚悟でアカシャを守る。

 最初の一撃さえ凌げれば、後は何とか優位な位置取りをすれば、まだ何とか戦える筈。


「や、止めろハイネス!」


 悲痛な叫びを上げるアカシャを無視して、来るであろう斬撃に意識を集中する。

 が、刃を向けた六人目はその剣を突き出すことは無く、ズルズルと走る勢いを弱め地面へと崩れ落ちた。

 足音が鳴り、ふわりと視界に、花開くようスカートが舞う。


「あらぁ、ごめんなさいねぇ。とってもムカつく光景を目にしてしまったから、思わず見ず知らずなのに全力でぶった斬ってしまったわぁ」


 聞こえてきたのは、優雅な語り口調をした女性の声。

 視線を向けると、大太刀を片手に持った赤と金を基調としたド派手な、袖口の広いフリルがふんだんに使われたドレスを纏った、茶髪の美女が、場とは全くそぐわない煌びやかな佇まいで、悠然と笑顔を湛えていた。


 突然の乱入者に、仮面騎士達の間にも動揺が走る。

 驚きのあまり声を出せないのは、ハイネス達も同じだ。

 女性は陶酔するような表情で、大仰な素振りで両手を広げ、クルリとその場で一回転した。


「問われてないけど名乗ってしまうわ。わたくしの名前はラヴィアンローズ! 可憐にして優美な天才美少女剣士よ!」


 謳うように名乗り上げ、ラヴィアンローズは高らかな笑い声を発した。






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