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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第88話 幕開けの日






 近衛騎士局長、シン・ハーン・エクシュリオールが極秘会談に指定した場所は、首都郊外にある、彼の所有する別邸の内の一つ。

 郊外と言っても周囲に別邸以外の建物は無く、密談をするには最適の場所だ。

 更にシンが書状で指定してきたのは、咢愚連隊はアカシャが直接足を運び、護衛も最小限の数で来いとのこと。


 上から目線で書かれた指示に、ゲンゴローは憤慨した様子を見せたが、会談を申し出たのは咢愚連隊からだ。多少、危険はあっても、ご機嫌を損ねるのはよろしくないと判断し、アカシャは了承の返事を、書状を持って来た使いの者に、その場で返した。


 数日後、指定の場所に足を運んだのは、アカシャとハイネスの二人だ。

 少し薄雲がかかった空の下、二人は早朝から乗合馬車などを乗り継ぎ、近場まで来ると後は街道を歩き、ようやく遠目に邸宅が見える場所にまでやってきた。

 ハイネスは足を止め邸宅を眺めると、保ってきた緊張感を解すよう身体を伸ばす。


「んん~ッ……ふぅ。ここまでは、罠は無かったようね」

「気にし過ぎだ。シン殿は公明正大なお方。例え我らを敵視していたとしても、罠に嵌めるような姑息な人間では無い」

「そう? ……組織の長に立つ人間が、そんな清廉潔白とは思えないけどなぁ」


 後頭部を掻きつつ、ぼやいた。

 一応は、敵地に近づいているのだが、横目で見るアカシャは、笑みを湛えてどこか嬉しそうに見えた。


「なに? アカシャ、アンタ、そいつに惚れてんの?」

「はっは~。面白いことを言うな」


 照れた様子も無く、普通に笑われてしまった。


「私は恋愛経験が無いから、はっきりと断言は出来ないが、これは恋心の類では無い。いうなれば、家族の親愛に近い」

「はぁ。んじゃ、何でそんなに親愛を寄せているのかを聞きましょう」


 アカシャの様子を見る限り、随分とシンを信用しているように見える。

 身内に関しては甘いところがあるのを差し引いても、これだけ警戒心が希薄なのは珍しいだろう。


「ふむ。そんなに不思議なことだろうか?」


 逆に疑われているのが不思議なのか、アカシャは腕を組んで首を傾げている。


「ま、あたしは局長閣下の人となりを知らないからね。お飾りの立場から、近衛騎士局を立て直した敏腕ってだけだと、ちょっと安心出来る要素が少ないわ」

「……確かに、そうだな。その面だけ見れば、ハイネスが不安がるのもわかる。だが……」


 当然、と言った風に、アカシャは迷いなく言い放った。


「シン殿とは同じ皇族。つまり、家族のようなモノだ。家族を信じるのは、普通だろう?」


 思わず、ハイネスは言葉を失ってしまった。

 身内に甘い甘いと思っていたが、まさかここまでとは。


「……アンタさぁ」

「ん?」


 呆れた顔をしていると、見上げるアカシャは何故、ハイネスがこんな顔をしているのか理解出来ていない様子で、可愛らしく小首を傾げている。

 これは、少し強く言い利かせる必要があるかもしれない。


「ぶっちゃけ、そんな曖昧な理屈で、敵地に放り込まれるのは勘弁願いたいんだけど」

「曖昧な理屈とは心外だな。人と人の関係は信頼と信用だ。こちらから交渉を願い、足を運ぶのだから、ある程度は信頼感を持って接しなければ失礼というモノ。それに、疑いは態度や言葉尻、視線に出る。聡明なシン殿なら、簡単に見抜くだろうな」


 キリッとした真面目な表情で語る。


「それに、何の根拠も無く言っているわけでは無い。シン殿には幼い頃、何度も遊んで貰った。勉学に関しても、私はあの方に多大な影響を受けている。普段の佇まいを見ても、人間としてこれほど尊敬出来る方はいないと、幼心に思ったモノだ」


 昔を思い出したのか、懐かしむよう遠くに向けた目を細める。

 幾分、アカシャの声色が幼く、柔らかい。彼女の言葉に嘘偽りは無く、純粋にシンを人として尊敬しているのが伝わる。一年以上、ほぼ毎日顔を合わせてきたアカシャが言うのだから、シンの人柄の良さは本物なのだと信じられた。


 人を信じることは素晴らしいことだ。

 だから、信頼を寄せる彼女の言葉でも、まだ疑惑が拭いきれないのは、ハイネスが疑い深いからだろうか。


「悪いけど、捻くれ者のあたしは、そこまで全面的な信頼を寄せることは出来ないわね」


 嫌味にならない程度の厳しさを込めて、ハッキリと意見を述べた。


「仕事とプライベートじゃ、顔が違って当たり前。ミシェル・アルフマンだって、世間では博愛精神に溢れる人間として評判なんだから、シン・ハーン・エクシュリオールにだって、アカシャには見せない素顔があって当然よ」

「それはわかっている。そこは、私の見立てを信じて欲しいとしか、言いようが無い」

「……アカシャ」


 普段通りの冷静な口調だが、見えてしまった僅かな綻びは、指摘せざるを得ない。


「わかってて、それを加味しない発言の上、信じてくれの一辺倒じゃ、上に立つ人間としては失格じゃないの?」

「……ッ」


 厳しい言葉に、アカシャの表情が歪む。


「あたしは、別邸に踏み込んだ途端、近衛騎士達に囲まれる可能性だって、十分にあり得ると思ってんだけど……アンタ、今回はそれ、想定して無いでしょ?」

「……可能性は、考えていた。だが、私は今回、あえてそれを無視した」


 俯き加減に、アカシャは小さく言葉を発した。

 その発言に、ハイネスはやっぱりかという顔をする。


「相手の先手先手を読むお得意の神算鬼謀は、どうしちゃったのよ。前回、思わぬピンチを招いちゃったから、鈍ってんの?」

「いや、そういうわけでは無い。無いのだ……ただ」


 まともにハイネスの顔を見られないのか、アカシャは辛そうな表情で、視線を徐々に近づきつつあるシンの別邸に向ける。


「父や母を始めとして、多くの皇族、家族達はその消息は不明だ。シン殿は唯一、その存在が確認出来る、家族と呼べる存在……だから、疑いたくなかったのだ。あの人が私を、皇族の絆を裏切るなんて、そんな可能性を、どうしても肯定したくなかった」

「……だから、あえて何の予防策も張らなかったのね?」


 アカシャは弱々しく頷いた。

 普段の無邪気で、根拠の無い自信に満ち溢れている姿とは裏腹、今のアカシャは酷く儚げで、年相応の女の子に見えた。

 その姿に大きなため息を付きつつ、ハイネスは手を回して、グッとアカシャの身体を抱き寄せた。


「は、ハイネス!?」

「つまり、アカシャたんはこう言いたいわけだ。もしも、ピンチに陥ったとしても、ハイネス様がいるから大丈夫、と」

「ま、まぁ、ハイネスの力を信頼して、それに甘えてしまったのは事実だ……様なんてつけないけど」

「んじゃ、しょうがない」


 コツンと額を軽く当ててから、ハイネスはニカッと豪快に笑って見せた。


「いい子ちゃんのアカシャが、珍しく我儘言ってんだから、お姉さんとしちゃ、少しくらいは聞いてあげないとね。局長閣下は信じらんないけど、何時だってあたしは、アカシャのことは信じてるんだから」

「は、ハイネスぅ……!」


 ジワッと目尻に涙を浮かべ、アカシャは甘えるよう、ぐりぐりと顔をハイネスの豊かな胸の谷間に押し付けた。

 苦笑しながら、はいはいと肩に回した手で頭を撫でた。

 ここまで来た以上、鬼が出るか蛇が出るか、シン・ハーン・エクシュリオールの出方を見るしか方法は無い。

 アカシャにしても、肉親への情だけで近衛騎士局との共同戦線を提案したわけでは無いし、話に乗っかって来たということは、シンもアルフマンを危険視している可能性は十分にありえる。


「二人だけで行動するのは慣れてるからね。ま、何とかなるか」


 我ながら行き当たりばったりな性分だと、ハイネスは視線を鋭くして正面の別邸に顔を向けた。

 敵になるにしろ、味方になるにしろ、今日の会談が、今後の戦局を左右するだろう。

 若干の不安を孕みつつも、ハイネスは別邸へと向かう歩みを進めた。




 ★☆★☆★☆




 シンの別邸は何の変哲も無い、一件の大きな屋敷だった。

 決して立派でないわけでは無いが、近衛騎士局局長という立場を考えると小さく、ちょっとした金持ちなら、少し無理をすれば手が届く屋敷だ。同じ立場の人間なら、もっと広く大きな建物に住めるだろう。


 しかし、ここは本邸では無く別宅。それを考えれば、十分と言えるかもしれない。

 アーチ状の門を潜り、建物の前まで来た二人は、分厚い扉の前に立つ。

 互いに顔を見合わせて頷き合い、ハイネスが右手を伸ばしてノックする。

 コンコン、コンコンと、数回にわけてノックして、暫く反応を待った。


「……誰も出ないわね」

「ふむ。では、今度は私が……」


 アカシャが手を伸ばし、数回ノックする。

 細い腕だけあって、ハイネスに比べれば音は小さいが、上手く指の関節を利用して叩いている為、甲高く音が響く。

 けれど、やはり中からの反応は無い。

 暫く黙り込んで、ハイネスは腕を組んで一回、大きく頷いた。


「よし、帰ろう」

「却下。さて、どうしたモノか」


 軽くハイネスのボケを流して、アカシャは思案する。


「ったく。人を呼び出して留守ってわけ?」

「そんな馬鹿な。しかし、何の反応も無いのは奇妙だな」

「首都郊外ってのはのどかだけど、こんな何も無い場所で待たされるのはマジ勘弁」


 半目になって何気なく手をドアノブに伸ばすと、思いの外軽い感触で扉が開く。


「アレ? 鍵がかかってない……」


 そのままドアを押して中を覗き込むと、屋敷の内部は窓をカーテンで閉め切られているのか、灯りもなく酷く薄暗かった。


「ん~……どらどら」

「おい、ハイネス。それは些か、礼儀にかけるぞ」

「だって、反応も無いんだもん。このままじゃ、会談の時間に遅れちまうわ」


 咎める声も無視して、ドアを押し開いた。

 顔だけを突っ込み、暗い屋敷内をキョロキョロと見回し、


「すんませ~ん。誰か、いませんでございますかぁ!」

「何だ、その妙な敬語は」


 呆れつつも気になるのか、アカシャも屋敷の内部を覗き込む。

 暗く、ヒンヤリとした空気。まだ、僅かに夏の名残が残る外と比べれば、大分屋敷の中は冷え込んでいて、寒々しいくらいだ。


「こんちわーす! 咢愚連隊ですよーっと!」

「コラ!? 流石にその名前を出すのは不味いんじゃないのか!」


 今度は本気で咎められ、ハイネスは悪びれずペロッと舌を出した。

 二人の叫び声が、暗い屋敷の奥へと残響となって吸い込まれ、消えていく。

 やはり、反応はなかった。

 困り顔をした二人は、顔を見合わせた。どうやら、考えていることは一緒のようだ。


「ま、仕方ないわよね。何の反応も無いんだし」

「私としては不本意なのだが……何事があったのやもしれんしな」


 同時に頷く。

 そして、二人は揃って屋敷の中へと足を踏み入れた。

 同時に、小声で「おじゃましま~す」と呟き、挙動不審に左右を見回す。

 足音を殺すように歩いているのは、他人の家に無断で上り込んでいる後ろめたさを、表しているのだろう。


「な、なんだろう。不思議な罪悪感が、チクチクと胸を刺す」

「なぁによ。潜入作戦は、初めてじゃ無いでしょ?」

「それとこれとは、わけが違うだろう。しかし、妙に静まり返っているな」


 ラウンジをコソコソと歩きながら、静寂に満ちた屋敷内に、居心地の悪さを感じる。

 ひんやりとした空気に、アカシャはブルッと身体を震わせた。

 嫌な雰囲気だ。と、ハイネスは言葉や態度に出さず、視線だけを鋭くする。

 怪しい気配は無い……いや、人の気配すら無い。


「……これだけ大きな屋敷に、使用人一人もいないの?」

「極秘会談を予定していたから、使用人に暇を出しているのかも。人の口には戸は立てられないからな」

「それだと、まぁ、いいんだけどね」


 腑に落ちない感情で、ハイネスは注意深く周囲の気配を探る。

 危険な気配は無い。が、静けさに満ちた屋敷内は不気味で、徐々にハイネスの警戒心を高めていく。

 一階をグルリと巡る。

 とりあえず、歩いてみるだけで、ドアなどで区切られた室内には入り込まなかった。

 特に不審なモノ、目を引くモノは無く、そのまま階段を昇って二階へと上がる。

 長い廊下を真っ直ぐと歩き、突き当りを右に曲がったところで、二人は足を止めて真正面のドアを見つめた。


「……開いている、な」


 アカシャはポツリと呟き、半開きになった奥の部屋に近づこうと足を踏み出す。

 その動きを、後ろから肩を掴んだハイネスの手で止められた。


「ハイネス?」


 振り返り見上げると、ハイネスは厳しい表情で無言のまま、首を左右に振った。


「アカシャ。ここは、あたしが先に行く」

「どうした?」


 問いかけに、ハイネスの視線がより鋭さを帯びた。


「……僅かだけど、血の匂いがする」

「――ッ!?」


 思わず驚きの声を上げそうになり、アカシャは自分で自分の口を押えた。

 嫌な予感が脳裏を過ったのか、アカシャの視線に不安げな影が宿る。

 見上げる視線を受けたハイネスは、落ち着かせるよう軽く笑みを見せ、ポンポンと肩を叩くと無言でドアの方を見つめた。

 平静を装っているが、鼓動は早鐘を打っている。


「ここで少し、待ってなさい」


 頷くアカシャを廊下に止め、ドアに近づくとノブを掴み、半開きの扉をゆっくりと音を立てないよう押し開いた。

 覗き込む部屋の先は、応接間になっているのか、ソファーや豪華な装飾が覗ける。

 屋敷内と同じよう、室内も酷く薄暗い。


 鮮明になる血の生臭い匂い。そして、鼻を突く死臭に、ハイネスは顔を顰めた。

 ドアを潜り足音を殺してゆっくり室内へと踏み込み、額から流れる冷や汗を感じながら、視線と気配を周囲に這わせる。

 絵画や花瓶など、豪華な装飾品が並んでいるが、悪趣味では無いのはセンスが良いからだろう。書物や資料らしき物が並んだ本棚は、きっちりと大きさで分けられているところを見ると、持ち主の几帳面な性格が伺えた。


「……っ」


 妙な薄ら寒さから、背筋がブルッと震える。

 見るべきモノは視界の隅に捕えていた。しかし、本能がそれを拒否する。

 それを見るのは初めてでは無い。が、何度見ても慣れないモノ、慣れてはいけないモノの存在に、本能が無意識に認識するのを拒否していた。

 だが、それも限界だ。

 明確になっていく死の気配を、これ以上は誤魔化しきれず、ハイネスは乾いた喉を無理やり唾液で濡らし、視線をそれに、合わせた。


「……ッ!?」


 言葉を飲み込み、ハイネスは口を押さえた。

 視線の先には、だらりと両手を下に垂らし、壁を背にして座り込む人の死体が。

 喉をざっくりと一突きされ、多量の血を流し絶命する、青年の姿があった。


「――シン殿ッ!?」

「――ッ!?」


 振り向くと、我慢しきれず覗きに来たのだろう。ドアのところに立ったアカシャが、シンの死体を目の当たりにして、ワナワナと震えていた。

 死体はシン・ハーン・エクシュリオール。

 ハイネスは彼の顔をハッキリとは知らないが、アカシャが言うのだから、間違いは無いのだろう。


「シ……ッ!」

「――落ち着けッ!」

「――ッ!? す、済まない……」


 取り乱しかけたアカシャを一喝し、落ち着きを取り戻させると、ハイネスは彼女に戸を閉めるよう指示をし、部屋の隅に待機させた。

 動揺や疑問が胸を渦巻くが、まずは確認すべきことがある。

 ハイネスは壁を背に事切れたシンの側に座り、そっと首筋に手を添えた。


「脈は無い、か……死因は……確認するまでも無いけど」


 あまり痕跡を残さないよう気を付けながら、傷口や血の様子を触って確認する。


「傷は喉元から後ろまで貫通しているわね。凶器は剣か。体温もほとんど無いし、血も大分乾いている。それにこの死臭から考えると、死後それなりに時間が経過しているわね。それと……」


 冷静に観察しているようだが、内心では心臓が煩いくらい鳴り響いている。

 身体を起こし、室内をグルリと見回す。

 室内に荒らされた様子も、争った様子も見受けられない。

 視線を死体に戻し、合掌してから開きっぱなしの瞼を、手でそっと閉じた。


「顔見知りの犯行……暗殺? 近衛騎士の連中、一体なにしてんのよ。職務怠慢なんじゃない?」


 ハンカチで手に付着した血液を拭いながら、ハイネスは思案を繰り返す。

 シン・ハーン・エクシュリオールには敵が多い。

 皇族という血統と、近衛騎士局長という立場から、煙たがる人間は大勢いるだろう。


 だが、暗殺となれば話は別だ。

 精鋭の近衛騎士達が厳重に警備を固めているので、腕が立つ程度の暗殺者を寄せ付ける筈は無いし、シン自身もそれなり以上の実力を兼ね揃えている。こんなに容易く暗殺出来るのなら、とっくの昔に殺されているだろう。

 それにこの屋敷に人気が無いのも、気にかかる。

 このタイミング、偶然と読むべきか?


「と、すると、会談の情報が漏れていた? ……ッ!? アカシャ! 急いでここを出るわよ!」

「……えっ?」


 叫んだ瞬間、ドアの外に感じた気配に、舌打ちを鳴らして、腰の双剣に手を添えながら立ち上がる。


「アカシャ! 早くこっちに来なさい!」


 戸惑いながらも、ハイネスの方へとアカシャが駆け寄ると同時に、戸を蹴破って一人の男がカツカツと足音を立てて、部屋へと踏み込んできた。


「薄汚い溝鼠が二匹。間抜けにも、自分の方から檻の中へ飛び込んで来たようだな」


 この異様な状況の中にいて、部屋へズカズカと無遠慮に上り込んできた男は、仏頂面に睨み付けるような視線を二人に向け、退路を塞ぐよう前へと立った。

 黒い甲冑を着た騎士風の青年は、傲慢な表情を滲ませ、顎を上げるとフッと小馬鹿するように鼻を鳴らすと、腰の剣をカチカチと弄る。

 近衛騎士局の隊長格、ヨシュアだ。

 ヨシュアは鋭い視線をぶつけつつ、興味深げに顎を摩った。


「貴様らが咢愚連隊か? ……ふん。こんな小娘共に後れを取るとは、共和国の軍部もとんだ愚劣揃いだな。いや、悪辣な手段を用いねば、まともに戦えぬ輩共とまともに戦おうとするのが、そもそもの間違いなのだろうな」


 アカシャを自分の背に隠し、ハイネスはフンと鼻を鳴らす。


「いきなり出てきて、随分とデカい口叩くじゃない。昨今の騎士様ってのは、礼節の一つも守れないのかしら? ねぇ、騎士隊長のヨシュア様」

「黙れ。犯罪者風情が、騎士である俺と対等な口を聞けると思うな」


 両腕を組むと、気分を害したようにハイネスを睨みつけて来る。


「我らが騎士局長をその手で殺めておいて、その厚顔無恥な態度。礼節の一つも無いのは、どちらの方だ咢愚連隊!」

「殺めてって、ちょっと待ちなさいよ!」

「ち、違う! これは、我らがやったことじゃない!」


 二人は、とりわけアカシャは身内殺しの汚名を受けたことに、ショックを受けたからか、必死な声を出して否定する。

 しかし、そんな二人の声も空しく、ヨシュアは一笑する。


「笑わせるな。この状況で、テロリストである貴様らが無罪を主張し、騎士である俺がはいそうですかと頷くわけがあるまい」

「待ってくれ! シン殿は私達が到着する以前に、もう殺されていた。これは、調べればわかることだ!」

「だったらどうした? 例えそれが真実だとしても、貴様らが共和国を騒がせる犯罪人であることには変わらない。それに……自らが手を下していないからと言って、貴様らに局長殺しに無関係とは限るまい」

「……どういう意味だ」


 アカシャが不快感を言葉に滲ませると、ヨシュアは不機嫌な表情で睨み付ける。


「貴様ら咢愚連隊と会う。それが理由で、局長が殺されたとしたら?」

「――ッ!?」


 その一言に、アカシャは絶句する。


「馬鹿なッ! 例えそうだとしても、守れなかったのはアンタらの責任よ。体よくこっちに押し付けんな!」

「局長は咢愚連隊との会談の件、我らに一切何の説明もなかった」

「……どういうこと?」


 ハイネスは眉を顰める。


「局長は咢愚連隊との交渉事を、自らの権限を用いて、独断で進めようとしていた。我らに一言の相談も無くな。話を切り出せば、我らが反対することを理解していたのだろう。聡明と言っても所詮は人の子。身内の情に流されるとは、愚かなことだ」


 僅かに、ほんの僅かだが、ヨシュアの言葉に悲しみがあった。

 そして、そのことを聞いたアカシャは、ヨロヨロと足を縺れさせる。


「そ、それじゃあ、まさかシン殿は……」

「あの方は敵が多い。俺が局長を狙う立場なら、一時的にも近衛騎士達を側から全て離した今の状況は、恰好の的だと思うだろうな」

「わた、私の、所為、なのか?」

「そうだ。貴様の所為だ。貴様の浅はかな行動が、完璧だった局長に情という隙を作り出した……貴様の所為で、局長は殺されたのだ」


 ショックで崩れ落ちそうになる身体を、ハイネスが素早く支える。

 そして、言いたいことを言い終えて、満足げな表情をするヨシュアに、ハイネスは殺気を込めた視線を叩き付ける。


「内緒にされてた割には、随分とタイミングのいいご到着じゃない。あたしには、実はアンタが局長を殺しました。って方が、しっくりくるんだけど?」

「ふん、無礼な女だ。貴様らにわざわざ説明してやる義理は無いが、あまり不名誉な妄言を垂れ流されては困るのでな、教えてやろう」


 バチバチと、向けられる殺気にヨシュアは真正面から睨み返す。


「我ら近衛騎士局は共和国首都の防衛を使命とし、その剣を捧げるのは国家国民の為であり、局長個人では無い。故に我ら近衛騎士長は、独断で咢愚連隊と密約を結ぼうとする局長を、裏切り行為と判断し、極秘裏にその動向を探っていた」

「……つまり、シン局長を餌に、あたしらを釣り上げようって腹だったのね」

「ふふっ。まさか、このような場面に出くわすとは、流石に想像してはいなかったがな」


 ヨシュアは腰の剣に手を添える。


「要するに、我らにとっては貴様らが局長殺害の犯人かどうかなど関係無いのだ。もし、仮に違っても後から探しだし、断罪すれば済むこと……我ら近衛騎士は、共和国の敵を悉く斬り払うのみ。そこに、一切の例外は存在せん」


 腰の剣を抜き、切っ先を二人に向けた。

 身を硬くするアカシャに、そっと大丈夫だと耳打ちする。


「とりあえず、何とかこの場ば切り抜けるわよ。なぁに、この程度にピンチ、初めてじゃないでしょ?」


 一瞬、アカシャの表情に笑顔が浮かびかかるが、その言葉が聞こえたからなのか、冷笑混じりに言ったヨシュアの言葉に、表情が凍りつく。


「そろそろ、貴様らの隠れ家にも、別働隊が到着する頃だ。局長に万が一のことがあれば、すぐさま報復処置が取られるよう、予め計画されている」

「「――ッ!?」」


 二人が驚いた表情を見せると、ヨシュアは楽しげに含み笑いを見せた。


「残念だったな。局長と連絡を取り合わなければ、我らは動くことは無かった。共和国最強である、近衛騎士局を敵に回し、動かしてしまった愚かさ、その身に刻め」

「そ、そんな……私の、私の判断ミス、だ」

「――アカシャ!」


 暗がりでもわかるほど、顔面を蒼白にしたアカシャを必死に支え、ハイネスは何とか状況の打開の為、必死で思考をフル回転させる。

 部屋の外や表にも、人の気配を感じる。

 完全に囲まれてしまった。

 谷の隠れ里も気になるが、まずはこの場を切り抜けることが先決。

 焦る気持ちを必死で押さえつけ、ハイネスは腰の双剣を逆手に引き抜いた。





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