第86話 咢愚連隊
耳をつんざくような爆発音が轟く。
真っ赤な閃光は爆炎となって円状に広がり、周囲に黒煙を撒き散らす。炎の衝撃が地面を揺らし、熱が風を焦がし、音が空気を震わせる。激しい業火は爆心地を焼き尽くして、それでも有り余る余波が衝撃となって周囲の建物を破壊した。
一つの研究施設が、一瞬にして爆散し、炎と煙の中に消え去る。
夏も終わりが近づき、北からの涼しげな風が舞い込むラス共和国の、首都にほど近い場所にある、第七魔術技研の敷地内で、その施設の一つが突然爆散し、青々とした空に黒煙が立ち上っていた。
轟々と唸りを上げて燃え盛る爆炎の中から、飛び出して来る影が二つ。
大股開きで宙を舞い、両腕をバタつかせる大と小の人影は、華麗とはとても言い難い慌てた素振りで、地面へと着地した。
ハイネス・イシュタールとアカシャ・ツァーリ・エクシュリオールの二人だ。
地面に降り立った二人は、涙目で同時に走り出す。
「ちょっと! 幾らなんでも激しすぎでしょ。ってか、タイミングがギリギリすぎて、もう少しであたしら黒焦げのローストビーフよ!」
「う、うむ。流石の私も、今のは死ぬかと思ってしまった」
背中に大きなリュックを背負って、アカシャも鼻をグズグズ言わせながら走る。
施設破壊の為に用意した爆炎の魔石だったのだが、想定していた物より大分上質だったらしく、思いの外、盛大な花火がぶちあがってしまった。
おまけにタイミングも失敗し、危うく爆発に巻き込まれるところだった。
幸いなことがあるとすれば、あの施設に人は残っていなかったので、巻き込まれた人間がいないことくらいだろう。
「でも、これだけ派手にやったんだから、注意を引っ張れればいいんだけど……」
「残念だが、そんなに甘い相手では無さそうだ」
アカシャの言葉と共に、視線を進行方向に向ける。
前方には武装した軍人達が、まるで図っていたかのよう待ち構えていた。
軍服の上にプロテクターを身に着け、頭には口元まで覆ったヘッドギアを装備している。
彼らはハイネス達の姿を確認すると、槍や剣などの武器を構えた。
「アカシャ。足を緩めないで、このまま走り抜けるわよ!」
勢いよく言葉を発し、ハイネスは腰の双剣を逆手で握ると、下に押すようにして引き抜いた。
瞬間、上体を低くして加速し、軍人達が反応するより早く集団に突っ込む。
「――ッ!?」
「――遅いッ!」
驚き視線を向ける軍人にそう言い放つと、逆手に持った双剣を巧みに操り、武器を弾きながら軍人達を、左右からの連撃で斬り伏せた。
何が起こったのかも理解出来ぬまま、斬撃を受けた軍人達は、飛ばされ背中から地面に叩きつけられる。
一瞬にして数人を倒され、軍人達の間に動揺が走った。
身を低くしたハイネスは、逆手に持った双剣を投げ、握りを持ち変えた。
「動揺しすぎ」
呆れたように呟き、身体を横に回転させながら周囲の軍人達を飛ばした。
無作為に密集していた所為で一人後ろに飛ばされれば、ドミノ倒しで軍人達は倒れ簡単に道が開けていく。
「ふっ。流石だな、ハイネス」
「はいはい、ありがとさん」
剣を振るいながらニカッと笑い、ハイネスはアカシャの為の道を切り開いた。
事前に察知し逃げ道を塞いだまでは良かったが、その後がお粗末すぎる。
簡単に切り抜けたハイネスは視線を細めて、態勢を立て直そうと怒号を張り上げている軍人達を、走りながら一瞥した。
「嘆かわしいわねぇ……戦争が終わったからって、負抜け過ぎでしょう」
「まぁ、そう言うなハイネス。人は安寧に溺れるモノ……だが、それは決して悪いことでは無い。平和こそ世の普通なのだから、なッ」
言いながら、アカシャは背後に米粒ほどの、赤くキラキラ光る宝石のような物を投げた。
それが地面に落ちた瞬間、態勢を立て直し、今まさに追いかけようと走り出した軍人達の目の前で破裂。小さな火柱を立てて行く手を遮った。
背後から驚きの混じる悲鳴を聞いて、ハイネスは横を走りながら、ドヤ顔を向ける少女に、ジト目を送った。
「……アンタもここ一年とちょっとで、随分とえげつなくなったわね」
「ふふっ。それはきっと、ハイネス達の教育の賜物なのだろうな」
ため息交じりの言葉も気にせず、むしろアカシャは自慢げに胸を張った。
アカシャの放った魔石のおかげで、背後からの連中もすぐには追ってこれない。
その隙に二人は走る速度を上げ、一気に研究所の敷地外を目指した。
背後から再び爆音が轟く。
恐らく、最初の爆発で巻き起こった炎が他に施設に引火し、誘爆を引き起こしたのだろう。爆発音に交じり、施設の研究者達の逃げ惑う声も聞こえて来る。
非戦闘員への人的被害が、無ければいいのだが。
「……なんかあたしら、すげぇ悪いことしてるみたい」
「客観的に見れば、完全にテロ行為じゃないか……むむっ。正直、遺憾だ」
「そうねぇ。こりゃまた、新聞にいらんこと書かれるだろうなぁ……いやはや、我らが咢愚連隊の、更なる悪名が轟きますなぁ」
「おかしい。咢愚連隊は、義賊の集団の筈なのに」
不本意な知名度の上がり方に、アカシャは不満を漏らす。
確かに結果だけ見れば、アカシャ率いる咢愚連隊が、共和国の研究施設を爆破した、ということになる。これは、何も知らない人だけが聞けば、テロ行為だとしか思わないだろうし、共和国側は一般市民にそう喧伝するだろう。
きっと明日、首都で配られるであろう号外の見出しは、こう書かれるに決まっている。
悪辣。咢愚連隊、国家施設に爆破テロ。許されざる卑劣漢達。
本来の目的とは全く異なる事実だが、世間とはそういうモノ。与えられる情報が常に正しいわけでは無い。
権力者と戦うということは、そういった情報との戦いでもあるのだ。
今回に限って言えば、想定内の爆破をしてしまった手前、あまり否定できない気もするが。
そうこうしている内に、何とか施設の外へと続く塀まで辿り着いた。
「アカシャ。あたしが先に行く」
返事を待たずに跳躍し、右手で壁の上を掴み、空いた左手をアカシャの方へ突き出す。
「ふっ!」
飛び上がったアカシャの手を取り、ハイネスは右手で自らの身体を懸垂で持ち上げながら、同時に左手で掴んだアカシャの手を、塀の上にまで引っ張り上げる。
アカシャが塀にぶら下がったのを確認すると、今度は両手で捕まり、勢いをつけて一気に上までよじ登る。そして再びアカシャの腕を掴んで持ち上げると、その小柄な身体を抱きかかえて、塀の上から飛び降りた。
ハイネスは人一人抱えても、軽々とした足取りで、音も無く着地する。
目の前には、申し訳程度の草花が顔を覗かせ、ゴロゴロと大きな岩が転がる荒野が広がっている。後ろからは相変わらず爆発音と、人々の悲鳴が。いや、誘爆する音を聞く限り、騒動はかなり大きくなっているだろう。
やりすぎの光景に、申し訳ないと内心で思いつつ、抱えていたアカシャを下した。
「はぁい、無事脱出」
「……と、言うわけには、いかなそうだな」
塀の反対側から、地響きと共に蹄が地を駆ける音が聞こえて来る。
「――ッ!?」
僅かに遅れて気配を察知したハイネスは、確認する前に素早い判断で、アカシャの手を取って走り出した。
「――テロリストを逃がすなッ。追え!」
怒気に満ちた男の声が、背後から飛ぶ。
蹄の音は一つや二つでは無い。複数。少なくとも、十以上はいるだろう。
「騎兵隊まで常駐してたの!? ちょっとアカシャ。アンタの作戦、連中に読まれてたんじゃないの!?」
「そうなことは無い……と、言いたいところだけど、ここ最近は立て続けに作戦行動を起こしていたから、そうかもしれない……引き際を、一歩間違えたみたいだな」
「ハハッ。キリッとした顔で言ってんじゃないわよこのお馬鹿!」
掴んでいた手を離し、二人はまたまた並んで走り出した。
とは言え、追手は馬に乗った騎兵隊。追い駆けっこをして勝てる相手では当然無く、補足されるのは時間の問題だろう。
十ぐらいの相手なら、ハイネス一人でも十分に渡り合えるが、相手が騎馬となるとちょっと面倒。回り込まれ逃げ道を塞がれると、戦闘能力が小動物並のアカシャを、守りながら戦わねばならないので、かなりのハンデとなるだろう。
出来れば、アカシャを危険に晒したくは無い。
瞬く間に蹄の音が近づいてきて、こりゃヤバイかもと思い始めた時、横を走るアカシャは視線を此方に向け、心配するなと笑みを唇に浮かべた。
「問題ない。手は打ってある」
先を見透かした、自信に満ち溢れた態度で、そう言い切る。
理由を問いかける為に口を開くよりも早く、正面から空気を裂き、風を切る音を纏った二つの矢が、ハイネスの真上を駆け抜けた。
「――グッ!?」
「――ガッ!?」
二人の頭上を何かが掠め、通り過ぎたかと思うと、一番近くまで接近していた、騎兵隊の先頭二人の喉や眉間に矢が突き刺さり、短く苦悶の声を上げて落馬していった。
「矢の狙撃? ……こんな芸当が出来るのって」
ハイネスは視線を細めて、矢の飛んで来た正面を見据えると、枯れた木の上に立って弓を構える人影が見えた。
遠すぎて見え辛いが、黒い衣装を身に纏った姿には、見覚えがあった。
喪服のような黒い衣装に、ベールハットを被った目付きの鋭い女性が、弓を射った態勢のまま、咥え煙草をした口からふわっと紫煙を吐き出す。恰好や佇まいもさることながら、何よりも目を引くのは、横に伸びた長い耳だ。
弓を構えた女性は、紛れも無くエルフだった。
「――ファルシェラ!」
目を輝かせて、アカシャが叫ぶ。
ファルシェラと呼ばれた、エルフにしては退廃的な雰囲気の女性は、矢を添えると続けて三射目を放つ。
風を纏って飛ぶ矢は、寸分の狂いも無く追手の騎兵隊を撃ち抜いた。
「おー。流石はエルフ。飛び道具の扱いじゃ、人間様は足元にも及びませんなぁ」
「茶化している場合か……もしもの時を考えて、迎えに来るよう指示を飛ばしていたのだが、上手くことが運んだようだな」
「さっすがアカシャ、痒いところに手が届く。まぁ、この程度のピンチくらい、あたし一人で十分に切り抜けられたけどねー!」
続けて飛ぶ矢の音と、背後からの苦悶の声を聞きながら、余裕を取り戻した二人は軽口を叩き合った。
正面からも蹄の音が聞こえる。
しかし、これは敵では無く味方。道と呼べる道が無い荒野を、今にも分解しそうなほど派手に揺れながら、幌の無い一台の馬車がこちらに向けて爆走してきた。
馬車の上には二人の男。
その内の一人、荷台に乗ったバンダナの男が、此方に向けて大きく手を振る。
大きく肌の露出したノースリーブのシャツを着た、軽薄そうな笑顔が目につく青年の姿を見て、ハイネスはうげっと嫌そうな顔をした。
「おお~い! 皇女様、ハイネス!」
「ぐっ。ロックスター……あの馬鹿も来たのね」
嫌そうな声を漏らしていると、ちょうど馬車は二人の目の前まで迫り、横向きになりながら土煙を上げて急停車する。
同時に荷台から飛び降りたロックスターは、立ち止まった二人に向かって一礼する。
そのまま地面に片膝を付き、キザな素振りで右手を差し出した。
「お待たせしました、我が麗しのお姫様方。もう心配ありませんよ、この共和国一の伊達男、ロックスター様が来たからにゃ、あんな不貞な輩共に、姫様方の柔肌に指一本触れさせませんとも」
朗々と語るうざったい口上に、ハイネスは気持ち悪そうに舌を出す。
が、敬われることは嫌いじゃないアカシャは、ご機嫌な様子で笑みを向ける。
「うむ。出迎え、大義であった」
「いえいえ、忠臣としては当然のこと。礼ならばお褒めの言葉だけで無く、なんかこう、具体的なぁ……」
「くぅおらぁ! くだらんこと言ってる場合かこっのキザ野郎ッ!」
状況に対して余裕をかますロックスターに、馬車の上から男性の罵声が飛ぶ。
声の主は、馬車の御者である四十代ほどの大男。
服の上からでもわかる、パンパンに膨れ上がった筋肉。歴戦の猛者を思わせるよう、顔や露出した肌には、刃の物と思われる傷跡が無数に残っている。ただ、残念かな、勇猛な外見ではあるものの、頭頂部の部分は若干、寂しげなことになっている。
涼しげな頭頂部を、伸ばしたサイドの髪の毛で隠しているさまは、何だか酷く物悲しい。
上から濁声による罵りを受けて、ロックスターは舌打ちを鳴らし、腰に巻いてある鉄球に手を伸ばした。
「アカシャ。頭、下げた」
「うわぷっ!?」
透かさずハイネスはアカシャの頭を掴み、無理やり下へと押し付ける。
「うっせんだよゲンゴロー! ハゲがごちゃごちゃと、こうすれば文句ねぇだろッ!」
立ち上がり、手に持って鉄球を正面に投擲。
細いワイヤーで繋がれたそれは、一直線に迫って来た騎兵の顔面に炸裂する。しかし、それだけで終わりでは無く、ロックスターがワイヤーを横に引くと、めり込んだ鉄球は横に移動。そのまま、横にいた騎兵の側頭部を打ちつけた。
「おらおらぁ! こうすりゃ、文句はねぇだろうがハゲ!」
「ハゲてねぇよ薄毛なだけだぁ! ……んんッ。失敬。お嬢、早く乗ってくだせぇ」
「ありがとう。ゲンゴロー」
差し出された腕を掴むと、片手で軽々と持ち上げ、後ろの荷台へアカシャを乗っけた。
その瞬間、横に影が差し、ロックスターの鉄球をすり抜けて回り込んだ騎兵が一体、馬車の横につけて手槍を構えていた。
「――喰らえッ、テロリストど……ッ!?」
「――フンッ!」
言い終わる前に、御者台の上から身を乗り出して拳を振るったゲンゴローの一撃が、騎兵の鉄仮面を打ち砕き、真後ろへと大きく殴り飛ばした。
下半身が安定していない、いわば拳に十分な力が伝わらない状態で繰り出した打撃の筈なのに、重い装備を纏った騎兵は大きく弧を描き、まるで壊れた人形を投げ捨てるが如く、十数メートル後方へと飛ばされ、落ちて行った。
爆発でもしたかのような音を響かせ、鉄仮面をも砕く強力な打撃に、周囲は静まり返る。
「よぉうし! ここらが潮時、逃げるぜぇ!」
ロックスターがそう言うと、近場の敵を鉄球で薙ぎ払い、馬車へと飛び乗る。
皆が取り込むのを待たず、ゲンゴローは馬を操り馬車を動かす。
「――ハイネス! 急げ!」
身を乗り出したアカシャが声と共に、再び赤い魔石の欠片を投げつけた。
向きを変え反転して、徐々に加速する馬車を追い駆けるハイネスの背後で、魔石が火柱を上げて炸裂。追撃しようとした騎兵達の動きを止めた。
「よっ、ほっ、ハッ!」
二、三歩大きく踏み込んだハイネスは、三段跳びの要領で、正面に跳躍し手を伸ばす。
「手ぇ貸すぜ、ハイネス!」
荷台からロックスターが手を伸ばす。が……。
顔を顰めたハイネスは届きかけた手を引込め、かわりに跳躍を勢いに変え、四歩目で今度は更に倍の高さでジャンプ。悪路で揺れる荷台の上に、バランスを崩しながらも、両足で着地した。
「あらぁ?」
「悪いけどあたし、簡単に男の手を取るほど軽い女じゃないの」
長い黒髪を掻き上げ、ハイネスはにひっと笑った。
ロックスターは何も掴めなかった手を、何度か開閉すると「俺様、残念」と自分の顔をぴしゃりと叩いた。
そんな男の純情は無視して、ハイネスは後ろに視線を送る。
「さぁて、こっから逃げ切れるかしら」
「余裕だ……と、言いたいが、こっちは四人も乗っとるからな。機動力の高い騎兵隊相手じゃ、分が悪いだろうな」
「テメェのデカい図体は、二人ぶんだからなぁ……いや、皇女様の重さが半分だから、ちょうどいい塩梅なのか?」
「ハイネス。これは、私が馬鹿にされているのだろうか?」
「無視しなさい。こいつ、基本馬鹿だから」
呑気に寝そべっているロックスターに、女子二人の冷たい視線が突き刺さる。
けれど、そんな心配は杞憂に終わる。
追手の騎兵達はある程度は追い駆けてきたものの、どういうわけか途中で馬を止めると、反転して戻って行った。
「ありゃ? 帰っていく……諦めたのかしら」
「姉御の矢がきつかったんじゃないのかい? あれは、中々えげつないから」
「……この馬鹿と同じ意見なのは気に入らんが、まぁ、そうかもしれんなぁ」
「だろぉ?」
ロックスターの言葉にゲンゴローが同意した。
その所為か調子に乗って、ロックスターは余計な言葉を続けてしまう。
「いやぁ、あの矢の狙撃。正確無比って言う以上に、執拗な執念深さを感じるよね。ジメッとした粘着質っつーの? 底意地の悪さが滲み出てると言うかぁ」
「そりゃ単純に本人の悪口で、弓の技術とは関係無いだろうが……まぁ、否定は出来んが」
「――貴様ら、聞こえているぞ」
底冷えのするような声色と共に、何かが真横から跳躍してきて、ストンと軽い足取りで荷台の上に飛び乗る。
喪服姿のエルフ、ファルシェラだ。
ファルシェラは弓を肩に担ぎ、咥えていた煙草を手に持って、紫煙を吐き出しながら、ナイフのように鋭利な眼光を男衆二人に向けた。
さっきまで調子よく喋っていたロックスターは、うげっと表情を青ざめさせたから、素早く正座の態勢に入る。ゲンゴローは何事も無かったかのよう、大きな背中を丸めながら、真っ直ぐと正面を見据えて、馬車を操ることに集中していた。
その姿を一瞥して、ファルシェラは嘆息した後、咥えていた煙草を口から離す。
「陰口を叩くんなら本人に聞こえないよう、便所の奥でコソコソと垂れるんだな……ふっ、まぁ別にいい」
特に制裁される様子も無く、男二人は安堵に胸を撫で下ろした。
ファルシェラはその厳しい視線を、アカシャとハイネスに向けた。
「無事だったようだな……目的の物は?」
「ああ。確りと、手に入れてある。ついでに、施設も一つ破壊しておいた」
「……そいつぁ重畳」
ドヤ顔のアカシャに、クッと笑みを零した。
そうしてまた煙草を咥え、気怠そうに紫煙を吐き出した。
感情の起伏が少ないところは、長寿のエルフらしい特徴が出ているけれど、それ以外は全くエルフらしく無いだろう。いや、外見的な美しさはあるが、人を寄せ付けない冷徹な雰囲気は、見惚れる隙も許してはくれない。
神秘的と言うより退廃的、知的なクールと言うよりタフなハードボイルド。
森の民故に火を嫌うエルフなのに、煙草を愛飲しているあたり、筋金入りのアウトローと言えるだろう。
「それにしても、助かったわよファルシェラ。いやぁ、流石に騎兵隊と鬼ごっこするのはキツイからさぁ」
「気にするな。オレはただ、自分の仕事をこなしただけだ。この馬鹿共までついて来たのは、予定外だったが」
ギロッと男二人は睨まれるが、前を向いて素知らぬ振りをする。
ふんと鼻を鳴らした後、また視線をアカシャ達に戻した。
「まぁ、いいさ。だが、騎兵隊に見つかるなど、今回はらしくなかったな」
「予想外に爆炎の魔石が盛大に作動したからねぇ……立て続けに作戦が成功して、気が抜けてたんじゃないの?」
「ふむむ。油断、と言われればそれまでだが、私の考えては今回の作戦行動、読まれていた気がしてならない」
アカシャの言葉に、顎に指を添えて、ハイネスは後ろに視線を送る。
「確かに。あのタイミングで騎兵隊が引いたのも、少しばかり引っかかるわね」
「考えすぎじゃないの? 俺らの力に、ビビっただけだって……な~んて単純な理由じゃ無いんだろうなぁ。ちょいと面倒なことになる気がするぜ」
軽い態度が目につくが、ロックスターとて馬鹿では無い。これが何らかの思惑を含んでいることくらいは、ちゃんと想定に入れてあるらしい。
それは誰もが察知しているらしく、皆の表情は厳しくなる。
とりわけ、咢愚連隊のリーダーであるアカシャは、難しい顔をして腕組みをしていた。
ゆっくりと息を吸い込み、アカシャは黙って言葉を待っている頼もしき仲間達を、ゆっくりと見回した。
「咢愚連隊を結成して約一年……非力な私の手足となって、皆が懸命に戦ってくれたおかげで、何とかやってこれた。吹けば飛ぶような少数勢力の私達が、ミシェル・アルフマンと渡り合えたのは、君達の尽力が大きい……だが、ある意味でここが限界だと、私は判断している」
諦めとも受け取れる、意外な言葉を口にした。
ハイネス以外のメンバーに、僅かだが動揺が走る。
「お、おいおいお姫様! なぁに言っちゃんてんのさ。俺ら、まだ全然これからだって!」
「ロックスター。黙って話を聞きなさい」
冷静な口調で窘められ、ロックスターは渋々口を噤む。
他の二人、ファルシェラは煙草を吸い、ゲンゴローは馬車の操作に集中しているが、思っていることはロックスターと同じだろう。アカシャ達がアルフマンと戦っているように、彼らにもまた、共和国に潜む闇と戦う理由を持っている。諦めると言われて、はいそうですかと納得出来るわけは無い。
そしてそれは、アカシャも同じことだ。
「当然、戦いを降りるつもりは無い。だが、動きが読まれ始めた現状で、これまでと同じ行動を取るのは、危険だと判断する」
アカシャは背負ったリュックを、荷台の上に降ろす。
「今回の一件がもし、何らかの思惑を含んでいたとしたら、手に入れた人工天使計画に関する資料は、重要性が薄いと判断される……そうなるといよいよ、敵に我らの正体が知れ渡る可能性が出て来た」
その一言に、緊張感がグッと増す。
咢愚連隊の強み。それは個々の強さと少数の機動性の高さだけでは無い。
正体不明という得体の知れなさ。規模も、正体も、目的も不明な集団と戦うのは、事情を知らない人間達にとって、底知れない恐怖と不安を募らせるだろう。そのミステリアスさが、僅かながら対峙する相手の動揺を生み出していた。
が、種が割れれば不安は一転、安堵へと変わる。
単純なようだが、常に綱渡りで戦わねばならない咢愚連隊にとっては、命取りにもなり得るだろう。
「故に、私は次の一手に打って出る」
「へぇ。そいつは興味深い……どうするつもりなのかしら?」
「近衛騎士局局長、シン・ハーン・エクシュリオールを我らの味方につける」
力強い言葉に、その場にいた全員は思わず言葉を失う。
困惑気味に顔を見合わせる皆に、アカシャは自信ありげな笑みを浮かべた。
普通に考えれば、無謀とも思える考え。だが、この一年以上、彼女の打ち出す無謀なハードルを飛び越え続けて、何とか今までやってこれた。それを一番よく知るハイネスは、続く言葉に困る仲間達に率先して、お決まりの言葉を口にした。
「OK、ボス。オーダーは何かしら?」
髪を掻き上げながらの問いかけに、アカシャは満足げに頷いた。
咢愚連隊とミシェル・アルフマンとの戦い。
夏の終わりに来て、一つの兆しを迎えようとしていた。
だが、それが吉兆か凶兆か。それを知る者は、まだいない。




