第72話 テイタニアの闇
「こっの、ド阿呆ッ! なにしてくれてんねんッ!」
激昂したテイタニアは、破片になったレイピアの一部を掴み上げ、アルトに向かって怒鳴りつける。
いきなり怒鳴られた事情を知らないアルトは、目を三角にして不機嫌を露わにした。
「なんだこの露出狂は? よくわかんねぇけど、そりゃこっちの台詞だこの野郎。オメェがこのチビを連れ回してっから、俺がこんな夜更けに出歩くことになっちまったんだろうが」
「はぁ? 知るかボケッ! それと、だれが露出狂やねん。こっちはまだピチピチのおぼこ娘やっちゅうねん!」
「言うな馬鹿ッ! そういう恥じらいが無い女が、俺は一番嫌なんだよ!」
「サラッと流せやうちの方が恥ずかしくなるやろ! そもそも、アンタ誰やねん?」
「アルトだよ、そこのチビの保護者。テメェこそ、露出狂じゃなけりゃ何者なんだ?」
「テイタニア。旅の武芸者や……それよりこの落とし前、どうつけてくれんねん」
「だから、一体、何だってンだよ」
状況が呑み込めないアルトは、困り顔で頭を掻く。
そんなアルトのコートを、ロザリンがクイッと引っ張った。
「あの、ね。実は……」
ロザリンが熱くなっているテイタニアに代わり、今までの事情を説明する。
一通り話を聞き終えて、アルトは「あ~」と呻り声を上げ、再び頭を掻く。
「いや、悪かったよ。知らなかったんだ、勘弁してくれ」
一応。本当に一応といった謝り方に、テイタニアの頬がヒクッと反応する。
「……あんま、誠意は感じられひんけど、まぁええわ。うちも、カッとなって頭に血が上りすぎたわ。堪忍してぇな、いやいやほんまに」
落ち着きは取り戻した様子だが、ブスッとした表情で軽く頭を下げる。
義理で仕方なく謝罪していますという態度にカチンと来るが、諌めるようにコートを引っ張るロザリンが首を振るので、グッと言葉と怒りを飲み込んだ。
アルトとテイタニア。
初対面の印象は、互いに良いモノでは無い様子だ。
これ以上、会話を続けさせていくと喧嘩に発展しそうなので、ロザリンが話を逸らす。
「ところで、アル。どうして、ここに? 私を、探しに来ただけじゃ、無いんでしょ?」
「お。流石ロザリン。察しがいいねぇ」
アルトはパチンと指を鳴らす。
その調子の良い態度に、テイタニアは両腕を組み、シラケ顔で三白眼を向けた。
「いや、天楼の一件でちょっとばかり暴れすぎてな。色々と無罪放免ってわけにゃいかなくて、ちょいと社会奉仕ってことで、暫く騎士団の仕事を手伝ってたんだよ」
「それが、一ヶ月、帰って来なかった、理由?」
「そゆこと。んで、怪我も完璧に治ったし、最後のご奉公ってことで、面倒臭い仕事を請け負ったわけ。ここに出向いたのは、そのお仕事の関係」
心底面倒臭そうに、アルトは肩を竦めた。
「なんや。この国の騎士も、ドルフをマークしとったんかい」
「いんや」
アルトは頭を掻きながら、否定する。
どういうことだと、テイタニアは眉を顰めた。
「最近、騎士団が拿捕した密輸船から、ヤバイ代物が接収されてな」
「まさか、ネクロノムス分霊の宿った武器か!?」
驚くテイタニアに、アルトは頷いた。
テイタニアの話では、ドルフは腕は立つ方だったが、ストリートファイトのチャンピオンになれるような、ずば抜けた強さを持っているわけでは無かった。
その強さの源は剣精ネクロノムスであり、人間の感情と魔力を糧として、限界を超えた強さを引き出す。そして人間そのものの身体を乗っ取り、廃人にするような武器を、騎士団が放って置くわけにはいかない。
「調査している内に、ドルフって野郎に辿り着いたのさ……ま、あんな様子じゃ、もう話は聞かせて貰えないだろうがね」
「グッ。ドルフのド阿呆が……余計なマネ、しくさりおって」
憎々しく呟くテイタニアに、今度はアルトが問いかける。
「んじゃ、今度はこっちから質問だ。アンタは一体何者で、ありゃなんだ。どうしてその剣精なんちゃらって奴とチャンピオンを追ってる?」
指差した先にあるのは、砕け散ったレイピアの破片だ。
口を真一文字に結び、言いよどむテイタニア。
気まずい沈黙の中、近づいたロザリンは彼女を見上げ、口を開いた。
「私も、知りたい。お願い、テイタニア」
頭の下げる少女に、テイタニアは僅かに目を見開いた。
そして、困り顔で頬を掻く。
「恩人であるロザリンに、そないな風に頭を下げられたら、喋らんわけにはいかへんがな……ま、黙っとってもしゃーないか。隠しとくことでもあらへんし」
嘆息して、テイタニアは担いだハルバードを下す。
そして、憂いの浮かぶ視線で、夜空を見上げた。
剣精ネクロノムス。
その名を持つ精霊が宿るレイピアの持ち主は、レイナという一人の女性だった。
剣士として腕も立ち、真面目で誇り高いレイナと明るく豪放なテイタニアは、性格こそ違えど仲の良い親友同士であった。
互いに競い合い、励ましあい、時には喧嘩をする。他愛のない毎日を送っていた。
何時までも変わらず、そんな日々が続くと思っていた、そんなある日。
レイナは大病を患い、剣士として二度と戦えぬ身体となってしまった。
落ち込むレイナを、テイタニアは毎日のように励まし続けた。剣を握れずとも、共に戦えぬとも、レイナが親友であることに変わりはしなかったから。療養のストレスから罵声を浴びせられても、テイタニアはまた笑顔で次の日には病室に訪れた。
彼女ならこの境遇も、きっと乗り越えてくれると信じて。
だが、テイタニアは気づかなかった。
その優しさこそが、レイナにとって重荷であったことに。
ある朝、病室を訪ねると、レイナはネクロノムスと共に姿を消していた。
慌てたテイタニアはすぐにレイナを追い駆けたが、失踪は計画的で、事前に準備を念入りに済ませていたらしく、足取りを追うことは不可能だった。
けれど、テイタニアは諦めなかった。
各地を放浪し、人の伝聞や噂話だけを頼りに、西へ東へ大陸を飛び回り、ついにレイナの居場所を見つけることが出来た。
が、テイタニアはレイナに、会うことは叶わなかった。
既に死んでいたわけでは無い。
ただ、見知らぬ男と見たことの無い笑顔で、慎ましくも楽しげに暮らすレイナを遠目に見ていたら、とてもじゃないが、声をかけることが出来なかった。
療養中、一度として引き出せなかった笑顔を、見知らぬ男が引き出した。
悔しく無いと言ったら嘘になる。けれど、彼女が笑えているのなら、それで良いとも思えた。
その事実だけを胸に、テイタニアはレイナに会うことなく、その村を後にした。
数か月後、人づてにレイナの訃報が知らされた。
同時に彼女の恋人であるドルフが、剣精ネクロノムスを持って、失踪したことも。
急いで駆け付けたテイタニアが見たのは、既に埋葬された後、彼女の墓だった。
テイタニアは知りたかった。ドルフが何故、ネクロノムスを持って、逃げるように村を出て行ったのかを。レイナの眠る場所に、留まってくれなかったのかを。
足取りを追いながら、町や村で聞く噂は、力を誇示するようネクロノムスを振るうドルフの話ばかり。
許せなかった。
誇り高き親友の忘れ形見を、ただ力を誇示する為に振るわれることが。それを易々と受け入れてしまう、剣精ネクロノムスのことが。
その一念で、テイタニアは寝食を忘れ、ただドルフを追うことに没頭していたのだ。
だがもう、彼の口から真実を聞きだすことは、叶わない。
テイタニアが話終えると、暫し無言の時が流れ、彼女はゆっくりと破片の方へと歩み寄る。
「ドルフにケジメをつけさせて、レイピアだけは取り戻したかったんやけどなぁ」
呟いてしゃがみ込むと、指先で破片を抓み上げては、何かを確認するように見つめる。
短く息を吐く。
「やっぱり。ネクロノムスの精霊石があらへん」
「精霊石?」
アルトが問いかけると、テイタニアが立ち上がって振り返る。
「精霊と人が契約を結ぶと、精霊はその姿を宝石みたいな姿へ変化させるんや。常時、具現化した状態やと、直ぐに契約者の魔力を吸い尽くしてまうからなぁ」
「それが無いってことは、取り外されたってことか?」
「恐らくな。剣精は特殊な精霊や。人の魔力供給無しには、活動することは出来へん。分霊を生み出しとるっちゅうことは、オリジナルはまだ何処かにおるってことや」
置いておいたハルバードを拾い上げ、再び肩に担ぐ。
「次はそいつを探して、剣精ネクロノムスを取り返す……今回のことでわかったわ。アレを放っておいたら、レイナの剣士としての誇りが汚されてまう。そないなこと、うちは絶対許せへん」
力強い言葉。だが、その一本気な想いの中に、アルトは何処か危なっかしさを感じていた。
それはロザリンも同様のようで、心配げな表情でアルトを見上げてくる。
「悪いけど、邪魔させへんで。余計なことするようやったら、ロザリンのツレでも容赦はせぇへん」
「そりゃ、別にアンタが何しようと、俺には関係ないけどな。むしろ、勝手に事件を解決してくれんなら、俺は楽だし願ったり叶ったりだ」
そう言って肩を竦めた後、僅かに細めた視線を向ける。
「でも、俺も仕事なんだよ。サボったら、無料奉仕期間が延長になっちまう」
「……つまり、うちの邪魔をするっちゅうことか?」
睨み付ける視線に、殺気が籠る。
しかし、アルトは両手と首を横に振った。
「んな面倒なことしねぇよ……つまり、さ」
訝しげな顔をするテイタニアに、フッと軽い笑みを零す。
「一緒に行ってみるか? その、オリジナルの持ち主って奴の家に」
★☆★☆★☆
一夜明けた翌日。
アルト、ロザリン、テイタニアの三人は、王都の南街を訪れていた。
南街の特色、それは何と言っても工業、産業地区という一言に尽きる。
多くの工場や工房が立ち並び、多くの職人達が集う技術の街。ここで作られる様々な商品は王都や王国内だけで無く、諸外国にも輸出される。まさに王都の経済を支える基盤となる街と言って良いだろう。
アルト達が訪れたのはその一角、鍛冶職人達が軒を連ねる地区だ。
「な、なんやここ。メッチャ熱いやんけ」
咽返るような熱気に、テイタニアはゲンナリとする。
ただでさえ真夏の太陽光が、ガンガンと地表を照らしているのに、鍛冶屋地区よいう場所柄的に、鉄を溶かす炉があちらこちらで稼働している上、火事になった時に火が燃え移らないよう、一帯を石造りで形成されている為、熱が籠り他の地区より格段に暑くなってしまう。
その熱気は、冬場でも薄着で過ごせるほどだ。
行き交う職人達は、この程度の暑さは慣れているようで、滝のような汗を流しながらも、平然とした顔立ちで歩いている。
「……暑い」
何時も涼しげな無表情のロザリンも、この熱気には当てられたようで、締りの無い顔で蝙蝠傘を日傘として差していた。
「ほんま、こんなところに目的の奴がいるんやろなぁ?」
手の平で顔を扇ぎつつ、テイタニアは疑いの目を向ける。
一夜明けても、まだ不機嫌な様子は治まらない。
いや、ロザリンには普通に接しているだけで、単純にアルトとの相性が悪いのだろう。
ムカつきはするが、ここは大人の余裕で、アルトはまぁまぁ落ち着けと、テイタニアの肩をポンと叩こうとする。
が、寸前でパシッと払われてしまった。
「触んなや暑苦しい」
「はは。すまんすまん」
笑いながら額に青筋を浮かべると、素早く払われた手でテイタニアの頬をギュッと摘み、捻り上げる。
「ああ、悪い。こんなところに悪い口、もとい悪い虫がッ」
「痛たたた! にゃんすんじゃこにょボケッ!」
同じよう額に青筋を浮かべたテイタニアが、アルトの脛を蹴り飛ばす。
「あだッ!? なにしやがるッ!」
響く激痛に飛び上がるが、抓った頬は離さず、笑みを消して表情に怒りを浮かべると、反対の頬も抓り上げた。
ひゃい! と妙な悲鳴を上げながらも、負けじとテイタニアもアルトの頬を抓り上げる。
「こっの暴力女がッ。少しは年上を敬いやがれぇぇぇ」
「うっさいわこの変態ッ。なんやかんや理由をつけて、うちの肌に触れたいだけやろこのドスケベ!」
「はは。ギャグかそれ? 面白いこと言うじゃねぇか」
「ギャグちゃうわ! マジやマジ、大マジで言うとんねん!」
衆目の中、ギャーギャーと二人は騒ぎ立て喧嘩をする。
マントで汗を拭いながら、大人気ない二人を見てロザリンは嘆息する。
暑苦しい気温が、余計に暑苦しくなった。
そんなとりとめのない喧嘩をしている内に、三人は鍛冶屋地区の最奥に辿り着く。
老舗と呼ばれ王都が誕生した当初から、鍛冶職人達が集まる場所……と、言ったら聞こえはいいが、近年は区画整理が進み、ここに店を構える鍛冶屋はほんの僅かしかいない。
ここが、目的の場所だ。
シエロ達特務騎士団の調査報告から聞いた、剣精ネクロノムスのマスターが住む家。
石造りの工房前に立つと、テイタニアが顎をしゃくり、アルトに早くドアをノックしろと急かす。
舌打ちを鳴らし睨み付けてから、アルトは木製のドアを叩いた。
「サイラスさん。鍛冶職人のサイラスさーん! いらっしゃいませんかねぇ」
ドンドンと、数回戸を叩くが、中からの反応は一切無い。
人がいる気配はするので、誰かしらは生きた人間がいるのは確かだ。
諦めず何度もノックを繰り返し、反応を待つが、中からの応答は無い。
暑さもあって、苛立った表情を見えるアルトは、大きく息を吸い込み振り上げた拳に力を込め、殴りつけるよう全力で振り下ろした。
「いるんだろ、ネクロノムスのマスターサイラスッ!」
叩き付けた拳が、木製のドアを真っ二つに叩き割る。
乱暴な行動に、後ろの二人は呆気に取られるが、それ以上に驚いたのは中からの風だ。
チリチリと火に炙られているような、痛いくらいの熱気、いや熱風。
暗い室内から外へと漏れ出て来た熱風を浴びて、悲鳴を上げると、慌てて飛び退いた。
「熱ッチ! アチチチッ!? な、なんやねんこれわッ!?」
「あつ、熱い」
ヒリヒリと赤くなる頬を、ロザリンは涙目で撫でた。
真正面から熱風を浴びたアルトも、思い切り吸い込んでしまって熱かったのか、涙目で鼻を押さえドアの横に退避していた。
「クソッ。何だよこのトラップは……中で蒸し料理でも作ってんのか?」
慎重に室内を覗き込むと、締め切られた室内は真っ暗で、炉の炎だけが明々と熱と共に部屋の中を照らしていた。
石造りの工房を締め切った上、全開で炉を焚いているのだ。この熱風も当然だろう。
信じられないのは、炉の真正面に、胡坐をかいて炎を見つめる上半身裸の男がいること。
サウナというより、窯の中のような工房内に、平然とした様子で男は座っていた。
男はアルト達の存在に気がついたのか、顔を此方に向ける。
「「――ッ!?」」
男の顔を見て、ロザリンとテイタニアは同時に息を飲み込んだ。
目元に真っ直ぐ入った傷口が、完全に男の視界を塞いでいた。
「……客か? 悪いが、今日は休業中だ。また、日を改めてくれ」
「いんや、客じゃないんだが、一つ確認させて貰っていいか……アンタ、鍛冶屋のサイラスで間違いないな?」
問われた男は両の拳を地面に付き、持ち上げるようにして身体の正面を此方に向けた。
「如何にも。俺がサイラスだ」
盲目の鍛冶屋サイラスは、炎に赤く照らされながら、何の迷いも無く頷いた。
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炉の炎を消し、室内の窓を全開にしても、石自体に籠った熱がすぐに冷めることは無く、籠り切った熱気が部屋に充満していた。
それでも、触れただけで火傷しそうになる熱気は大分治まったようで、アルト達三人もこうして熱いながらも、室内に足を踏み入れることが出来るようになった。
我慢できるだけで、それでも汗が溢れて止まらなけれど。
ここは住居では無く工房なので、鍛冶に使う道具や材料以外は、椅子や机すらも無く、床に座を下すサイラスにならって、三人も並んで地面に直接座った。
床も当然石作りなので、じんわりと熱が伝わってくる。
「済まないな。冷たい飲み物でも振る舞ってやりたいのだが、生憎と来客を予想していなかったから、何の準備も出来ていない」
「いや、急に来たのは、俺らの方だからな。気にするな」
昔気質の職人らしく、サイラスは生真面目な対応を見せる。
その真面目さ故にか、テイタニアもいきなり掴みかかったり、乱暴なマネはせず、不機嫌な表情ながらも大人しく座っている。
年の頃は三十代後半。鍛冶職人として、毎日炎や鉄と戦っている恩恵か、羽織った服の上からでも、逞しい肉体美が垣間見え、長い髪の毛を前髪から全部後ろに持っていき、一本に束ねていた。
その体格故に、通常より一回り大きく見える。
「それで? こんなところにまで、俺に何の用だ?」
「それは……」
「待ち」
テイタニアが口を開きかけたアルトを制止する。
「うちから、話させてくれへんか?」
「……お前がぁ?」
いきなり喧嘩腰になるんじゃないかと、アルトは疑わしそうな視線を向けるが、テイタニアの表情は真剣だった。
嘆息して、アルトは口を閉じると、手で言葉を促した。
頷いたテイタニアは、目の見えないサイラスの顔を真っ直ぐ見つめる。
「剣精ネクロノムス……アンタ、知ってるな?」
「ああ、知っているが」
アッサリ認めると、サイラスは自分の後ろを手で探り、置いてあった剣を取る。
小奇麗な剣を鞘から抜くと魔力が迸り、刃が黒いオーラで包まれた。
甲高い金属音が響くと、剣の方から声に似た音が聞こえて来る。
『テイタニアか。久しいな』
「……ネクロノムスッ」
冷静な声色に、一瞬だけテイタニアの表情が怒りに染まる。
サイラスはふむと、軽く頷いた。
「なるほど。君はネクロノムスと既知の様子だな」
「ああ、そうや……それは、ドルフがうちの親友から盗み出したモノや。アンタ、どうやってそれを手に入れた?」
「それは……」
『待って貰おう』
厳しく問い詰めるような口調に、サイラスが口を開きかけるが、ネクロノムスがそれに待ったをかけた。
『その前に、訂正させて頂こう。我はドルフに盗まれたわけでは無い』
「――なんやてッ!?」
意外な一言に、驚いたテイタニアが立ち上がる。
「どういう意味や?」
『我は盗まれたのではない。元の主、レイナが死ぬ間際、我をドルフに託したのだ』
ネクロノムスは何の躊躇や抑揚も無く、ただ真実だけを突きつけた。
一瞬、頭が真っ白になり、テイタニアは次に発するべきことばが見つからず、口をパクパクと開閉させた。
代わりに、ロザリンが続きを問う。
「だったら、何故、ドルフは分霊に、乗っ取られたの?」
「それは彼が、自ら望んだことだ」
今度はサイラスが答える。
「今から一ヶ月以上前、彼は剣精ネクロノムスが宿ったレイピアを持って、この工房を訪れた。そしてドルフは俺にこう告げた『どんな人間でも強くなれる剣を、ネクロノムスと共に作ってほしい』とな」
「――嘘やッ!?」
唐突にテイタニアが叫ぶ。
しかし、後の言葉が続かない。
『嘘では無い。貴様がどう思っているか知らないが、レイナは死の間際まで苦しんでいた。剣士である自分が、もう剣を握れぬことを』
「――ッ!?」
テイタニアは絶句する。
彼女は思い込んでいた。失意の果てに流れ着いた場所で、新たな幸せを見つけ、人生の最後を幸せに旅立って行ったと。
だが、レイナは最後まで剣士であった。
剣に生き、剣に逝く人生を歩む筈の自分が、人並の営みの中で漫然とした死に歩み寄っていく。
その事実に、彼女は最後まで抗い、恐れ、そして絶望していった。
そして彼女は、恋人であるドルフに託したのだ。
剣士として生き抜けなかった生を、剣精ネクロノムスと共に。
『残念だが、ドルフは我を扱うべき器にあらず。故に契約は結べなかった。いや、本来精霊を使役出来るだけの器を持つ人間など、一握りにすぎない。だから、ドルフが素のままの我を振るい、戦い続けていても、その期間はほんの僅かに過ぎない』
剣精ネクロノムスこそ、レイナが剣士として生きた証。
それを振るい続けることで、彼女が剣士として未だ終わっていないことを証明出来ると、ドルフは本気で考えていたのだ。
だが、魔力が枯渇すれば吸い尽くされるのは、人の生命力。
最後に待っているのは、衰弱死だ。
「だから分霊を生み出し、それを他の剣に憑依させることで、魔剣を作り出したってわけか。結局は、魔力ごと精神を食い潰されて、分霊に則られちまったがな。だが、一つわからねぇ。アンタ、何だってそんな馬鹿げた計画に力を貸した?」
アルトはサイラスを睨み付ける。
盲目故にか、睨まれても動じないサイラスは、平静な口調で言葉を発する。
「単純なこと。俺とドルフ、そして剣精ネクロノムス。三者の思惑が一致しただけのこと。ドルフは多くのネクロノムス魔剣を作りたい。ネクロノムスは、武器としての役割を果たしたい。そして俺は……」
僅かに、唇の端を釣り上げる。
「最強の剣を作りたい」
「最強の、剣?」
聞き返すロザリンに、確りと頷いた。
「そう。鍛冶職人を営む者なら、誰しもが一度は夢見ることだ。だが、俺の思い描く剣は違う。文字通り、最強の剣だ」
「意味がわからねぇな」
アルトは胡散臭げな表情をする。
「例えば鍛え抜かれた名剣を持った子供と、食事に使うナイフを持った歴戦の英雄。戦って勝つのはどっちだ?」
「そりゃ、歴戦の英雄の方だろう」
「そうだ。その通り」
サイラスは何度も頷く。
質問の意図が読めず、アルトは眉根を顰めるが、何かに気がついたロザリンは「あっ!」と声を上げた。
「つまり、誰が使っても、最強になれる剣を、作ること」
「はぁ? どういう意味だよ」
ロザリンは、アルトの顔を見上げる。
「例えば、シリウスが持てば、どんな鈍の剣を持ったって、最強の武器になるでしょ」
「そりゃ、まぁ、アイツが使えば、そうなるだろうな」
「サイラスの言う、最強の剣とは、その真逆。誰が使っても、剣のスペックを引き出せる、剣上位のこと。つまり、使い手が、剣を振るうのでは無く、剣が、使い手を振るう武器ってこと」
説明を終えた途端、サイラスが両手を叩き、ロザリンの推理を讃えた。
「その通りだお嬢さん。最強の人間が振るう剣が最強なら、最強の剣を振るう人間が最強になっても構わない筈だ。俺はそれを目指した。使い手など、剣を振るう台座であれば十分なのさ」
生真面目な姿とは打って変わって、熱を帯びた狂気じみた言葉を発する。
「ネクロノムスの前マスターは、重い病により全盛期の力を失った。だが、俺が提唱する剣を持てばどうだ? 例え大病を患った死にかけの人間でも、最強の二つ名を変わらず得ることが出来る」
「――ふざけんなやッ!」
ビリビリと建物全体が震える怒声を、テイタニアは張り上げる。
睨み付ける視線はキツク、ギリギリと音が聞こえるほど、歯を噛み締めている。
「己の腕を磨き、武を昇華させることが剣士の、武芸者の本懐やッ。そんな与えられた最強に、意味などあるかいッ。そんなつまらん妄想で、うちを、レイナの誇りを汚すなやッ」
「誇りだと? ふん。下らん」
怒鳴りつける言葉も、サイラスな冷静に切って捨てる。
テイタニアの眉が釣り上がり、漲る殺気は、今にもハルバードを頭上に振り落してもおかしくないほどだ。
「貴様ら剣士や騎士は、俺の思想を侮辱だと笑うだろう。だが、その誇りに何の意味がある。どんなに言葉を飾っても、剣は人殺しの道具。剣士はそれを使って、人や他の命を絶つ」
見えぬ視線を、真っ直ぐにテイタニアへ突きつけた。
「誇りに生きる騎士や剣士はいいだろう。だが、何の力も持たない人間はどうだ? 力を失ってしまった人間はどうだ? 我が剣を卑怯と罵るなら、俺は武を磨いた貴様らを卑怯と罵ろう」
その瞬間、室内の空気がガラリと変わる。
発せられる言葉は鋭利な刃物のようで、聞くモノの心に突き刺さる。そう錯覚されるような何かが、サイラスの語り口調にはあった。
恐らくは、剣精ネクロノムスの魔力が、サイラスの言葉を魔性へと変化させているのだ。
不味い。
アルトがそう思った時には、既にテイタニアは魔性の言霊に魅入られていた。
「我が剣こそ、弱き人間を、力無き人間を守るに相応しい。貴様の親友が示した筈だ。最後まで、剣士でありたかったと……俺の剣は、その願いを叶えることが出来る」
ブワッと、ネクロノムスの短剣から、黒い魔力が放出され、サイラスの身体を包む。
「そう。俺のネクロノムスなら、貴様の願いもまた、叶えることが出来る……偽りの最強を望む女よ」
「うち、の……なにを、言うとるの?」
向けられた唐突な言葉に、強気なテイタニアが、何故か怯んだ様子を見せた。
感情を操るというネクロノムスの魔力が言葉に宿り、テイタニアの弱さを剥き出しにしたのだ。
嫌々するよう首を振り、既に怒りの行き場を失ってしまったテイタニアは、恐れを抱くように一歩、後ろに下がってしまう。
その様子に腰を浮かせ、アルトはチッと舌打ちを鳴らす。
「なんだよ。あの鍛冶屋も、憑りつかれてんのか?」
「違う。魔力の反応は、二つ感じるから、あの言葉は、本当にサイラスのモノ」
「その通りだ」
ロザリンの言葉を聞いていたサイラスは、怯えるテイタニアを見つめたまま頷く。
「盲目の俺が、再び剣を打てるようになった理由。それは、ネクロノムスの力に他ならない。そしてネクロノムスの特性が、俺に可能性を示してくれた……感情という、刃の可能性を」
ゆっくりと、サイラスはテイタニアを指差す。
彼女はビクッと、身体を震わせた。
「テイタニア。貴様の強さを構成する刃は、劣等感。女故に男社会である剣の道から弾き出され、貴様は流浪の武芸者となった。見くびった者達を見返す。ただ、その一念だけで武を振るい、朗らかな笑顔を浮かべつつも、内心では自分より弱い男達を見下していた」
「ち、違うッ!? うちはただ、強くなりたい、それだけやッ!」
耳を塞ぎ叫ぶテイタニア。しかし、サイラスは言葉を止めない。
「だから、貴様は同じ女剣士であるレイナに入れ込んだ。自分の元から去り、剣の道を捨てて男と新たな人生を歩んだ彼女を、貴様は心の底では蔑んでいた筈だ。所詮は女、自分とは違うと」
「違うッ! 違う違う違うッ!」
「ならば何故、見つけた時に会いにいかなかった。何故、おめでとうと声をかけてやらなかった。彼女の見つけた道は正しい。その道の正しさを言葉で示してやれば、彼女は失意のまま、不完全な剣士として死ぬことは無かったかもしれないのに」
「――ッッッ!?」
その一言に、糸が切れたよう、テイタニアはその場に崩れ落ちる。
アルトとロザリンが二人の間に割り込めないのは、サイラスから吹き出る魔力が室内に流動し、近づくことが出来ないからだ。
地面に両手を付き、テイタニアは嗚咽と共に涙の雫を落とす。
「う、うち、は……うちは、レイナの、ことを、何も、わかって……」
「報いる方法はただ一つ。テイタニア、貴様が証明しろ……レイナが残した剣精ネクロノムスと共に、最強を」
言葉と共にサイラスは、テイタニアの目の前に剣を投げた。
アルトとロザリンが静止する言葉を叫ぶが、魔力の渦に阻まれ声が届かない。
テイタニアが力無い視線を剣に向けた瞬間、魔力の本流が一気に放出され、テイタニアの身体に憑りついた。
渦巻き吸い込まれる魔力に、テイタニアは身を捩らせて声にならない絶叫を張り上げる。
「――テイタニア!?」
「不味いな……ロザリン!」
ロザリンは駆け寄ろうとするが、嫌な悪寒を感じたアルトは無理やり身体を抱き寄せ、横っ飛びに飛ぶ。
瞬間、真っ黒な斬撃が天井から壁を一直線に走り、石造りの工房を斬り裂いた。
落ちる瓦礫からロザリンを庇いながら、アルトは斬撃が飛んで来た方へ視線を向ける。
斬り裂かれた天井の裂け目から日の光を浴びて、左手には剣精ネクロノムスの宿った剣を握り、真っ黒に染まったハルバードを右手で振りおろし、嗚咽も漏らすよう肩を震わせるテイタニアの姿があった。
顔を上げると右半身には真っ黒な模様が走り、赤い髪の毛も半分近くが黒く染まる。
理性を失った瞳からは、止めどなく涙が流れ続けていた。




