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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第70話 赤毛の武芸者





 エンフィール王国の夏は熱い。

 水の都だけあって、常に清潔で冷たい大河の流れが空気を冷やし、基本的に涼しく過ごしやすい時期が多いのだが、何故だか一定の期間だけ酷く熱い日が続く。

 今がちょうどその時期で、熱せられた地面から、陽炎が立ち込めている。

 往来する人々は、照りつける日光に恨めしそうな顔をして、滝のような汗を流していた。

 王都の住人は東西南北問わず、こんな極端な気候を苦手とするから、行き交う住人の足取りは重く、気怠い雰囲気を感じさせた。


「……はぁはぁ」


 そしてここにも一人、王都の熱さに当てられている人物が。

 燃えるように真っ赤な、ボリュームのある髪の毛を後ろに結び、背中を丸めてフラフラと通りを歩く少女。

 年の頃は二十歳……いや、十七、八だろう。

 ヘソだしのシャツにホットパンツ。上にマントを羽織っているからと言っても、スラリと伸びた手足に程よく小麦色に焼けた肌は、目のやり場に困るというか、健康的な中にあるエロスが、周辺男子の視線を釘付けにしていた。

 手頃な大きさの胸も、ツンと上向きで、弾力も良さげだ。


 これだけの美少女が一人、通りを歩いていれば、声をかける男は一人や二人では済まない筈なのだが、周囲の男達は遠巻きに鼻を伸ばしているだけで、近づこうとする人間は一人もいなかった。

 原因は、彼女が右手に担いでいる大物。

 太陽の光に晒され煌めく、大きなハルバードだ。

 少女が担ぐには大きすぎる。

 いや、男だってよっぽどの大男でなければ、持ち上げることも叶わないであろう大きな得物を、少女はその健康的な肢体から伸びる細腕で、軽々と担ぎ上げていた。

 汗だくで少女は死にそうな顔をしているが、単純に熱さにやられているだけでは無く、勿論、ハルバードの重さに耐えかねているわけでのも無い。


「はぁはぁ……アカン。こりゃ、流石にしんどいでぇ……」


 荒い息遣いで呟き、爪先が道のでっぱりに引っかかる。

 つんのめり、前方によろけたところを、ハルバードの石突きで地面を押さえ、何とか身体を支えたが、全身に上手く力が入らず、ズルズルと柄を滑るようにして、熱の籠る地面の上に膝を下してしまう。


「駄目、や……もう、げんか、い……」


 力無く呟きグルンと白目を剥くと、少女の身体は地面へと倒れ込んだ。

 遅れて倒れたハルバードが重々しい物音を立て、周囲の人間が驚きの声を上げ、どよめきが広がる。

 それと同時に、ちょうど彼女が倒れた建物のドアが開かれ、中から住人が顔を出した。


「……ん?」


 顔を出したのは、前髪で右目を覆い隠した少女。

 家には看板が立ててあり、『R&A探偵事務所』と書かれていた。

 魔女にして探偵事務所所長(仮)のロザリンは、家の真ん前で大の字になって倒れる少女をジッと見つめ、可愛らしく首を傾げた。


「行き、倒れ?」


 返事をするように、盛大な腹の音が、能天気通りに響き渡った。




 ★☆★☆★☆




 太陽祭から一ヶ月が過ぎた。

 しかし、アルトはまだ、帰って来ない。

 住人が一人帰らなくても、能天気通りの日常は続いて行く。

 大きなイベントが終わった倦怠感から、十日ほどは普段より静けさに満ちた日々だったが、一ヶ月も立つと喧騒は戻って来て、太陽祭以前の賑やかさに包まれて、すっかり何時の能天気通りが戻って来た。


 けれど、何処か物足りなく感じてしまうのは、ロザリンだけでは無い。

 口には出さないが能天気通りの人間は、未だ帰らないアルトのことを口にしては、少し寂しげな表情を見せる。

 それは能天気通りの人間に限らず、他の街の住人、特に太陽祭以前の事件で関わった人々は皆、何かと理由をつけて自宅を訪ねては、暑中見舞いと称して大量のお土産を置いていく。

 おかげで、ここ数日食費が浮いて大助かりだ。


 国崩しや神崩しなど、国家を揺るがす大事件を解決し、平和を取り戻した王都だが、それで日常の騒がしさが無くなったわけではない。

 大小問わず、王都では様々な事件やトラブルが巻き起こっている。

 それは、ここ能天気通りでも例外では無い。

 ただ今現在、ロザリンの目の前では、そのトラブルが遠慮なく猛威を振るっていた。


 まいどお馴染みかざはな亭。

 昼時で賑わう店の隅に、食事を楽しむ客の、視線を集めるテーブルが一つ。

 二人の女子が座るテーブル席の上には、空いた皿がうず高く積まれ塔を作っていた。


「がつがつがつがつ……!」


 皿に盛られた料理を、次々と口の中に放り込む、小麦色の肌をした少女。

 両手にそれぞれフォークを持ち、噛んでいる時間も惜しいとばかりに、食べ物を詰め込んでいくモノだから、頬がパンパンに膨れ上がっている。

 対面に座るのはロザリン。

 普通だったら彼女の豪快な食べっぷりに、唖然としてしまうのだろうが、食欲に関しては人一倍旺盛なロザリン。動じる事なく、むしろ負けるかとばかりに、落ち着いた手つきで見る間に料理を消費していった。

 厨房で料理を作っているランドルフが、腱鞘炎にならないか心配になってくる。


「がぐがぐがぐ……んぐっ!? ……ぐっ、み、みみ……!?」

「はい、水」


 食べる手は止めず、青い顔をする彼女に、水の入ったコップを渡す。

 胸を叩きながら一気に飲み干した彼女は、大きく安堵の息を吐きだし、満足した様子でパチンと両手を叩いた。


「ふぅ~……ごっそさんでしたぁ。いやぁ、久しぶりにまともな飯にありつけたわぁ。ホンマ、ありがとな」

「どう、いたしまして」


 お互いに、ペコリと頭を下げ合う。


「そや。まだ、自己紹介してへんかったな。うちはテイタニア。旅の武芸者や」


 朗らかな笑顔で名乗って、テイタニアはキラッと白い歯を輝かせた。

 独特なイントネーションの喋り口調に、少々面を喰らったが、不思議と耳心地が良く聞こえるのは、非常に軽快なテンポで言葉を発しているからか。

 その独特の訛りから察するに、彼女はエンフィール周辺の人間では無いのだろう。


「私は、ロザリン」

「そかそか、ロザリン。よろしゅうな、いや、ホンマ助かったで」


 笑顔のまま、テイタニアは右手を差し出した。

 ロザリンは少しだけ戸惑うけれど、迷うことなく右手を握り返す。

 距離感のつめ方が異様に早いが、悪い人間では無さそうだ。

 自己紹介を終えた二人の席に、見知ったウエイトレスが近づいてくる。


「しっかし、随分と食べたわねぇ……このご時世に、空腹で行き倒れってのも珍しいけど、アンタ食べた分の代金、ちゃんと払えんの?」


 水のお代わりを持ってきたカトレアが、訝しげな表情で問いただす。


「食い逃げすると思われてるんか? そりゃないで姉ちゃん」

「カトレアよ。その口振りだと、お金は持ってるみたいね。だったら、何でぶっ倒れる前に手頃な店に入らなかったのよ」

「いやぁ」


 テイタニアは照れ臭そうに後頭部を掻く。


「うち、ガサツに見えるかもしれんけど、ちょっち食い物にはうるさくてなぁ。ほら、その上大食いやろ? 食費も馬鹿にならんし、折角王都の来たんやさかい、美味いモンたらふく食おうと吟味しとったら、腹の方が限界を迎えてしもうたみたいで。いや、お恥ずかしい」

「……本当に恥ずかしいわね」


 呆れ顔で、カトレアは呟いた。

 証拠を示すように、テイタニアは布袋をテーブルの上に置く。

 口紐を解くと、中にはキラキラと光り輝く金貨が詰まっていた。

 覗き込む二人も、目を輝かせる。


「おおう」

「こりゃ絶景ね。でも、ここらで使われている金貨じゃ、無いわね」


 袋からカトレアは、一枚指で抓み取る。

 ロザリンも一枚手に取って見るが、確かに王都で流通している金貨では無いようだ。

 それに、他にも気づいたことがある。


「これ、色々な金貨が混ざってる」


 ロザリンの指摘する通り、袋に入った金貨をよく見ると、刻まれている紋章や文字に統一性が無い。

 見覚えのある周辺諸国のモノから、何処の国の物か定かでは無い金貨まで多種多様だ。


「うちは年がら年中、大陸のアチコチを旅しとるさかい、旅先で路銀を稼いでると、自然そないな風になってしまうんや。ま、これも旅の思い出っちゅうヤツやな」

「ふぅん。ま、代金が頂けるんなら、あたしは何でも構わないけどさ」


 通貨では無くとも、金貨は金貨。支払い能力は十分にある。

 ピンと親指で弾き、金貨を袋の中へ戻した。


「あらら。ドライな姉ちゃんやで」


 テイタニアは苦笑する。

 水を置くとまだ仕事が残っているカトレアは、軽く手を振って離れて行ってしまう。

 残された二人。ロザリンは、改めてテイタニアから話を聞くことにした。


「テイタニアは、何処から来たの?」

「正確に何処と聞かれると、少し困ってまうな。うちは物心ついた頃には、旅暮らしをしとったモンやから。生まれた場所が、辛うじて南方ってだけで、他はなぁんも覚えとらん」


 あっけらかんと、軽い口調で答えた。


「ま、それでも一時期、長く世話になった場所があるんやけどな。やっぱ、一か所に留まっとんのが肌に合わんようで、こっそりと飛び出してきたんや」

「心配、してないの?」

「いやぁ、どうやろ?」


 困ったような顔をする。


「確実に怒っているやろなぁ。恩を仇で返したモンやし……でも、心配しとるかと聞かれると、微妙かもしれんなぁ」


 ちょっとだけ懐かしげに、テイタニアは視線を細めた。

 これ以上は、踏み込むべきでは無いと判断し、ロザリンは話題を変えることにした。


「それで、王都には、何をしに?」

「そりゃ、決まっとるやろ」


 そう言って右腕を折り曲げると、二の腕の部分を左手でパンパンと叩いた。


「うちは武芸者や。己の腕を磨く為、強い奴を探しに来たんや」

「強い、奴?」

「そや。なんせエンフィールの騎士は、精強で名が通っとるからな。特に英雄シリウスは、めっちゃ強いらしいやん。一武芸者として、し合うてみたなるやん」


 鼻息を荒くして、テイタニアは語るが、ロザリンは「はぁ」と生返事。

 多少なりとも、ロザリンも修羅場を経験してはいるが、根は生粋の魔女、学者気質な為か、この辺の感覚にはいまいち同調出来ない。

 そう思っていると、不意にテイタニアはポンと手の平を叩いた。


「そや、ロザリン。アンタ、この街には詳しいんか?」

「えっと、まぁ、それなりに」


 以前の事件の時に、散々王都の地図と睨めっこしていたので、街の地理という意味でならそれなりに詳しい。

 頷くと、テイタニアの表情がパッと華やぐ。


「だったら、うちにこの街のこと、案内してんくれんか? ついでに、強い奴が集まる場所を教えてくれると、嬉しいんやけど……」


 上目遣いで、探るような視線を向けてくる。

 どうするべきかと、ロザリンは少し考えるが、断る理由は特にない。


「うん。私で、よかったら」


 頷くと、身を乗り出してきたテイタニアが、ロザリンと手を握り締め、上下にぶんぶんと振り回した。



「ありがとなぁ! いやぁ、ホンマ、人情が染みわたるでぇ!」

 腕を振り回し、テイタニアは満面の笑顔で何度も礼を述べる。

 されるがままの状態で、ロザリンは苦笑を漏らしながら、探偵の業務として有料で引き受ければよかったかな? と脳裏に掠めるけれど、本気で嬉しそうな顔をしているテイタニアを見ていると、とてもそんな言葉は切り出せなかった。


「これも、能天気通りの心意気、だよね」


 結局、無料でテイタニアに付き合うこととなった。




 ★☆★☆★☆




 街の案内と言っても、ロザリンも王都に来てからまだ二ヶ月足らず。

 地理の面では大分詳しくなったモノの、テイタニアの望む強い連中が集まる場所。何て抽象的な場所に、心当たりがある筈も無かった。

 単純に強い相手というだけなら、シリウス、フェイ、ラヴィアンローズがいる。


 水晶宮に住むシリウスは、向こうから出向かない限り、ロザリンの方からコンタクトを取ることが出来ない。とすればフェイとラヴィアンローズなのだが、この二人も北街を離れて以降、自由気ままな生活を送っている所為か、何処に行けば捕まるのか、正確な場所が判断出来ないでいた。

 フェイが毎日、ラヴィアンローズに振り回されている。という噂もあるが。

 なのでここは潔く、そういった場所に詳しそうな人を訪ねることにした。

 の、だけれど……。


「誰も、いない」


 情報といえばルン=シュオン。ルン=シュオンの根城といえば、北街にある階段通路だ。

 薄暗く他の場所とはヒンヤリと空気が違う階段通路も、この時期は熱が溜まってしまうのか、じっとりとした蒸し暑さに満ちていた。

 普段だったら気だるげな姿で階段に座るルン=シュオンと、遠巻きに彼女を守る取り巻き達がいるのだが、何故だか今日は誰の姿も無かった。

 ハルバードを担いだテイタニアは、興味深げにキョロキョロと通路を見回す。


「随分と妙な気配なところやね。ここに、詳しい人がおるん?」

「その筈、だったんだけど」


 宛が外れたように、ロザリンは眉根を顰めた。

 彼女のことだから、足を踏み入れた瞬間に「待っていたよ」と出迎えてきそうなモノなのだが、今日に限ってはもぬけの殻。少し待っていればひょっこりと姿を現すかと思い、テイタニアにそう提案するより早く、階段の上から男の声が聞こえた。


「待ってても無駄だぜ嬢ちゃん。ルン=シュオンは、今は王都から少し出ている」

「――ッ!?」


 驚いて二人は、顔を声の方へと向ける。

 階段の上に立っていたのは、サングラスをかけたソフト帽の男。奈落の杜の頭領であるハイドだ。

 流石に暑いからか、ファー付きのコートは着ていなかった。


「誰や?」


 独特の雰囲気故か、テイタニアは警戒心の滲む視線をハイドに向ける。

 その視線に気がつき、ハイドは肩を竦めた。


「知り合い。信用できるかは、わからないけど」

「おいおい、酷ぇなぁお嬢ちゃん。これでも俺はお嬢ちゃんや兄弟には、感謝してるんだぜ?」

「ふん」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすロザリンに、ハイドは苦笑してソフト帽を押さえた。

 ロザリンからしてみれば、彼が動かずアルトに全てを押し付けた所為で、大怪我した上に未だ帰って来ない、原因を作ったも同然の人物。勿論、彼の立場から考えれば仕方のない部分もあったのだろうが、感情としてはまだ許し難いモノが残っていた。

 ハイドもそれがわかっているから、辛辣な言葉に反論しようとはしない。

 一人、事情を知らないテイタニアだけが、難しい顔で唇をと尖らせている。


「なんや。うちにはようわからん事情があるみたいやけど、まぁええわ。他人が踏み入っていい話でも無さそうやし」

「へぇ。話のわかる姉さんじゃないか」


 気風の良い言葉に、ハイドは感心したような声を上げる。


「そんな、ことより。ルン=シュオン、王都に、いないの?」

「ああ」


 ハイドは頷く。


「何でも北の方で大きな動きがあるとかで、その情報を仕入れる為に動いているらしい。かなりデカい情報らしいから、もう数日は戻らないと思うぜ」

「……そう」


 話を聞いて、ロザリンは漠然とした不安を胸に抱く。

 北の方と言われて真っ先に思い浮かぶのが、ラス共和国だ。

 和平を結んだとは言え、数年前までは帝国を名乗りエンフィール王国と、何度も戦争を繰り広げてきた軍事大国。王都の情報屋であるルン=シュオンが動くということは、外の事件がこの王都に、何らかの影響を及ぼす可能性があるのかもしれない。

 何か良く無いことの前触れのように思うのは、気にし過ぎだろうか。

 どちらにしても、今は考えても仕方のないことだ。


「それより、ルン=シュオンがいないと、わかっているなら、ハイドは何しに来たの?」


 仮にも奈落の杜の頭領。こんな場所に一人で散歩に来るとも思えない。


「ん? 俺かい? いや、部下からお嬢ちゃんが北街に顔を見せたって聞いてね。天楼が潰れて以来、この辺りも大人しくなってきたんだが、ほとぼりが冷めてきた所為か、また馬鹿が騒ぎ出してきたんで、巻き込まれやしないかと、様子を見に来たのさ」


 格好つけるように中指でサングラスを押し上げ、ニヒルに笑って見せる。

 しかし、女性陣二人には受けなかったらしく、白っとした視線を向けられてしまった。

 心配してくれたこと自体は、ありがたい話なのだが。

 微妙な空気を誤魔化すように、ハイドは咳払いを一つ。


「んで、お嬢ちゃん達は何の用でルン=シュオンに? お嬢ちゃんや兄弟にはデカい借りがあるからな。奈落の杜に出来ることなら、相談に乗るぜ?」


 ハイドの言葉に、二人は顔を見合わせた。


「どないするの? うちはようわからんから、ロザリンに任せるけど」

「ん。そだね」


 判断を任され、少し思案するが、まぁ考えるまでも無い。

 人間的には好きでは無いが、その義理堅さはロザリンも認めるところ。

ここは、彼の申し出を素直に受けるとしよう。


「実は……」


 ロザリンはテイタニアの目的を、ハイドに説明した。

 階段に腰を下して話を聞いていたハイドは、腕を組んでう~んと顎を上にあげた。


「腕試しを、ねぇ……なら、ちょうどいいのかもな」

「なにか心当たりがあるんか?」

「最近、夜になると、元天楼の縄張り付近じゃ、ちょっとしたイベントが開催されてるんだよ。勿論、非公式な上に俺達奈落の社の息もかかっちゃいない」

「その、イベント、て?」


 ハイドはピンと、指を一本立てる。


「ストリートファイトさ」


 あまり聞き慣れない単語に、二人は顔を見合わせた。


「ん? 知らないのかい? 裏の世界じゃ、割とポピュラーな稼ぎ口なんだけどなぁ」


 思ったより反応が悪かった所為か、拍子抜けしたように、ハイドは頬を掻く。


「要は賭け決闘さ。一対一で喧嘩して、観客はどっちが勝つか金を賭ける。最近は抗争もあって下火になってたんだが、ここ最近になって復活したらしい」

「へぇ、面白そうやん。強い奴とかおんの?」


 興味深げな表情で問う。


「集まってんのは、何処の組織にも属さないゴロツキ共だから、まぁ、基本的には似たり寄ったりだな……けど、ここのチャンピオンってのは別格らしい」


 勿体ぶったように、ハイドは間を持たせる。

 焦れるような二人の視線に、スッと顔を寄せた。


「ストリートファイトのイベント開催から百戦無敗。どうやら、他国からの流れ者らしいんだが、騎士団長クラスの実力者って噂だぜ?」

「そんなに? でも、それじゃ、賭けが成立、しないんじゃ」

「ああ。だから、そいつはグランドチャンピオンとして、勝ち抜いた参加者が多額の賞金を懸けて戦うらしい……もっとも、それでも勝てないモンだから、徐々に参加者は減ってるって話だがな」


 話を聞いて、テイタニアは感心したような顔で、胸を仰け反らせた。


「へぇ~。面白ろい話やないか。腕試し出来る上に、金まで貰えるなんて、風来坊のうちにはうってつけやないの。なぁ、ロザリン」

「うん」


 頷いて、ロザリンはハイドの方を向く。


「それ、何処でやってるか、時間も含めて、詳しく教えて」


 問われたハイドは、バツが悪そうに後頭部を掻いた。

 その姿に、ロザリンは頭にハテナを浮かべ首を傾げる。


「いやぁ、教えておいてなんだけど、正直あんまお勧め出来ないんだよねぇ。危ないし。ウチや他の組織の開催ってんなら、俺が睨みを利かせてやれるんだけど、相手は本物のゴロツキ集団だ。何が起こるかわからんぜ?」

「わかってる。でも、教えて」


 頷いて、平然と場所をせがむロザリンに、ハイドは苦虫を噛み潰したような表情をする。


「本当に、危ないんだぜ? まぁ、正直な話をしちまうと、アンタに何かあってこの話をしたのが俺だってバレたら、激怒した兄弟に今度は奈落の社が潰されちまう。義理人情を別にしても、あの兄弟とまともにやり合うのは、勘弁願いたいんだよ」


 ソフト帽を押させ、本音を白状する。

 本当にアルトが激怒してくれるなら、ちょっと嬉しいと思いながらも、引く気の無いロザリンは力強い視線で、ジッとハイドを見上げた。

 やがて、根負けしたのか、ハイドはため息を吐いて、大きく肩を竦めた。

 ハイドはサングラス越しに、テイタニアの方を見る。


「姉さん。腕前の方は?」

「うちか? まぁ、そこそこやれる方やで。とりあえず、この街に入って以降、影で殺気飛ばしとるような連中に、負ける気は無いわな」

「……ま、それなら大丈夫かな」


 グッとソフト帽を深くかぶり直す。

 恐らく殺気の主は、奈落の社の監視だろう。

 身内相手に負ける気が無いと言われ、僅かだがハイドから不機嫌な気配が伝わる。

 それを表に出さない辺りは、流石は暗部組織のボスと言ったところか。

 ジャケットの内ポケットを探ると、中から折り畳まれた小さなメモが。ハイドはそれをロザリンに手渡した。

 開いて中を見ると、イベントが開催している時刻と場所が記されていた。


「随分と、用意がいいね」

「ま、奈落の社としては、北街で好き勝手やられるのは面白くないんでね。何か起きた時の為に、調べておいたのさ。まさか、こんな使い方をするとは、思わんかったがね」


 そして再び、テイタニアの方へ視線を送る。


「ほんと、頼むぜ姉さん。アンタが死ぬ時が、北街が死ぬ時と思ってくれ」

「な、なんや大袈裟やなぁ。まぁ、ようわからんけど、うちに任しときぃ……ってか、別にうち一人でそこに行けばいいんとちゃうん?」


 テイタニアの言葉に、ハイドは名案とばかりに手を叩くが、ロザリンは首を左右に振る。


「駄目。依頼は、最後まで見届けるのが、私の流儀」

「あはは。流儀と言われてしもうたら、断れんなぁ。諦めてんか大将」

「……やれやれ」


 能天気に笑うテイタニアに、ハイドは苦笑しながら不安げな表情を見せた。

 即席の妙なコンビが出来上がったモノだ。と、心の中で呟く。

 そんなわけで、出会ってまだ一日も立っていないデコボココンビは、ゴロツキ集団が開催する,ストリートファイトの会場へと向かうことになった。






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