第63話 嵐の前の晩餐
日付が変わるギリギリの時刻。かざはな亭は、見るも無残な惨状だった。
国崩し阻止のお祝いと、太陽祭の前夜を祝う宴会を同時に行い、今回の作戦関わった全ての人々が参加し、酒を飲み料理を食べ、互いの奮闘を讃えあった。
主役は勿論、今回の作戦立案者であり、ミュウを倒す大金星を挙げたロザリンだ。
飲めや歌えの大騒ぎの中、誰もがロザリンを「流石、アルトの相棒だ」と讃え、それを肴にまた酒を飲む。元々、お祭り好き、宴会好きの多い能天気通りの住人だけに、皆思い思いに楽しんでいた。
アルトの関しても、夕刻にラサラから助け出したという吉報が入り、それが今夜の馬鹿騒ぎに拍車をかけた。
とは言え、明日は太陽祭で、ある意味今日以上に忙しくなる。
二日酔いで動けない。何てことが無いようにそこは自重して、ある程度騒いだ後、疲れを明日に引き摺らないように、それぞれの家へと帰宅していった。
可哀想なのは、宴会場にされた挙句、たんまりと後片付けが残っているランドルフ。慣れない戦闘をした後で、たらふく酒を飲まされていい気分になったところ、悪夢のような現実を突きつけられる。
今年は持ち回りで太陽祭の手伝いをするので、期間中は店を閉めるから、このままでも別に困りはしないのだが、綺麗好きウェイトレスのカトレアに急かされ、疲労困憊の身体を引き摺り、深夜まで片付け作業をする羽目になった。
幸いなのは、明日から店を閉めるので、宿泊客がいないことくらいか。
カトレアと協力して、ようやく片づけを終えたランドルフは、手拭いで汗を拭きながらどっかりとカウンター席に腰を下した。
「やれやれ……やっと、終わったよ。年を取ると、夜更かしがキツクて駄目だねぇ。ふわっ……眠くて堪らないよ」
「店長のはただの飲み過ぎでしょ。はい、水」
エプロンを外しながら近づいてきたカトレアが、カウンターに水の注がれたコップを置く。
「せめて、温かいお茶が飲みたいんだけどね」
「いやよ。もう、全部片付けちゃったんだから」
ボヤキを簡単に流して、カトレアはオバサン臭い呻き声を漏らし、バキバキに張っている肩を回しながら揉み解す。
流石のカトレアにも、表情に疲れの色が浮かぶ。
二人共、昼間の怪我なのか、腕や頭に包帯を巻いているが、掠り傷程度で仲間内に大怪我を負った者はいない。
「それにしても、意外なほどあっさり終わったわよねぇ。これだったら、オークションの時の方がよっぽどヤバかったわ」
「そうだね。僕としては楽なのは良いことだけど、あんまりあっさりしすぎると、何か裏があるんじゃないかって、勘ぐってしまうよね」
「……これ以上の面倒事、勘弁なんですけど」
ぐったりとした様子で、カトレアもカウンター席に座る。
ランドルフとは、一席分空けて。
「……君のそういうところ、お嬢様だよね」
「おほほー。わたくし、貞淑でございますから」
言っておいて、カトレアは豪快にコップの水をがぶ飲みする。
温い水だが、疲れた身体には染みわたる。
一気に飲み干すと、唇の雫を袖口で拭った。
「はは、いい飲みっぷりだ……ところで、ロザリンくんは?」
「二階の部屋に寝かせてきたわ。ふらふらなのに無理して付き合うから、ありゃ朝までぐっすりで、起きないんじゃない?」
「ま、無理も無いか。遠目に見えてたけど、仕掛けありとはいえ、アレだけ大掛かりな魔術を使用したんだ。その場で倒れなかった方が驚きさ」
役に立てたことが余程嬉しかったのか、怪我をしてボロボロなのにも関わらず、ロザリンは宴会に参加して勝利の余韻に浸っていた。カトレアが気づいた時には、床の上で丸まって眠りこけていたので、かざはな亭の二階に運び、以前までアルト達が暮らしていた部屋のベッドに、寝かせて置いたのだ。
隣の自宅でも良かったのだが、肝心のロザリンの私室は散らかっている上に、殆どが魔術の器材なので、勝手に片づけることが躊躇われた。
アルトの部屋に寝かせなかったのは、カトレアの微妙な乙女心だ。
「……ふわっ」
会話が途切れると、カトレアは眠そうに欠伸を漏らす。
「帰らないのかい?」
「もう少しだけ、駄目?」
眠そうな視線を向けられ、ランドルフは苦笑を漏らし、飲み干したコップを持って立ち上がる。
カウンター席に回ると、流し台でコップを軽く洗う。
そして新しいコップを用意すると、オレンジジュースを注いで、カトレアの前へ置いた。
「アルトを待っているのかい?」
「ん。まぁね」
「怪我してるって言うし、今夜はもう帰ってこないかもよ?」
「それでもよ」
眠そうな表情で、オレンジジュースを一口。
顔を顰めるほどの強い酸味が、僅かに眠気を覚ましてくれる。
別に確証があるわけでは無い。けれど、不思議と今夜、アルトがここに帰って来るような気がしていた。
あえて理由を一つ述べるなら、能天気通りの一大事に、アルトがいない何てあり得ない。
どうせ、何時も通りフラフラとした姿で、ひょっこりと現れるに決まっている。
その時にカトレアは言うのだ。「遅い。もう、肝心な時に限って役に立たないんだから」と、嫌味の一つもぶつけてやろう。
ここ最近、おかえりを言う役目を盗られてしまった、せめてもの腹いせだ。
そんなカトレアの想いを察してか、ランドルフは余計なことは口にせず、自分も疲れている筈なのに、こうして店を開けて付き合ってくれている。
眠気と疲労から、二人の間に会話は無くなり、ランドルフはカウンターに片肘をついて、何度も何度も欠伸を繰り返す。
疲労感から、カトレアも瞼が重くなる。
眠りたく無いのに、自然と思考は朦朧としていき、首がコックリ、コックリと船を漕ぎはじめた。
不味い……落ちる。
薄れる意識の中、力が抜けて行き、手に持ったオレンジジュースの注がれたコップが、手の平から滑る。
瞬間、グッと上からコップごと手の平を握られた。
「おいおい。危ねぇなぁ、零すところだったぞ?」
「……へっ?」
聞き慣れた声を耳元に感じ、カトレアの意識が覚醒する。
顔を横に向けると、後ろから覆い被さるよう、手を伸ばしたアルトの顔がそこにあった。
「よう」
「お、おう」
普通に挨拶され、咄嗟に反応出来なかった。
「アルト!? 帰って来たのかい?」
「まぁな。そっちも随分と大変だったようで」
驚くランドルフに、アルトは軽く挨拶して手を離すと、カトレアの背中から離れた。
よく見れば、アルトの身体は傷だらけで、服のアチコチに血が滲んでいる。
驚いたカトレアは、思わず椅子からお尻を上げた。
「け、怪我、治療してこなかったの!?」
「ん? ああ、これは途中でついた傷。別に問題ない」
「途中でって……」
平然とした態度で言われ、カトレアは中途半端に椅子からお尻を浮かせた態勢で、困惑した表情を見せる。
「ところでさ」
急な出来事に驚き、何から言葉を発して良いのかわからない二人に、アルトはバツが悪そうに頬を掻く。
「疲れてるところ悪いんだけど、何か食うモンない? 俺、腹減っててさぁ」
苦笑しながら腹を摩るアルトに、二人は顔を見合わせる。
そして、同時にため息。
夢では無いと確信する。このマイペースさは、まさしくアルトだ。
呆れた顔をしつつも、今までの眠そうな様子は何処へやら。足早にカトレアはエプロンを付け直し、厨房の向こうへと回った。
★☆★☆★☆
ホカホカと湯気を立てる紡錘型のチキンライスを、アルトはスプーンで形を崩す。
酸味のあるケチャップの香りが、すきっ腹に響く。
あまり米を食べる習慣は無かったのだが、ラサラに付き合って食べた焼肉屋のご飯が美味しかったことを切っ掛けに、かざはな亭でもライス料理を食べるようになっていた。
中でも、このチキンライスはアルトのお気に入りだ。
カトレアには「味覚が子供並」と小馬鹿にされるが、正直言って彼女の作るチキンライスは美味い。幼い弟と妹達が好物らしく、度々せがまれ作っている為か、料理上手のカトレアの中でも特に絶品なのだ。
勿論、そんなことを本人に口にしたりはしないが。
スプーンで口の中にチキンライスを運び、ゆっくりと咀嚼する。
「んぐんぐんぐ」
チキンライスの甘味と酸味、鶏肉の香ばしさが口の中一杯に広がり、僅かなピーマンの苦みがアクセントとして、後味をすっきり仕上げてくれる。
美味い。
ゴクリと飲み込み、スプーンを動かし、口へチキンライスを運び続ける。
特に大きなリアクションや言葉は発さず、アルトは噛み締めるようにゆっくり、淡々と食事を進めていた。
食事を作り終え、横に座ったカトレアは、頬杖を付きその横顔をジッと見つめた。
「本当に、それだけでいいの? 材料は残ってるんだから、他にも色々作れるけど?」
「いや、これで……これがいい」
「……あっそ」
ちょっとだけ嬉しそうな顔をして、カトレアは視線を外した。
食事が出来る間、血を拭い簡単な治療を施したので、アルトの恰好は帰った直後より小奇麗になっていた。
黙って食事をする姿は、何処か普段とは違う雰囲気を感じさせる。
普段着ている、季節感の無いコートを纏ってないからかとも思ったが、今日のアルトはどこか穏やか過ぎる気配があった。
まるで、今から戦争にでも行くみたい。
「……あっ」
頬杖から顔を上げるが、開きかけた口を閉じて言葉を引込める。
今思ったことは、口に出すべきではない。不意に、カトレアはそう思ったのだ。
それはランドルフも同じなのか、二人から少し離れた場所に座り、黙って煙草を吸っている。
沈黙の中、スプーンを動かす音だけが聞こえる。
皿に引っ付いた米粒一つまで綺麗に平らげ、アルトは満足そうな息を吐き、スプーンを置いた。
「ごっそさん」
手を合わせて言うと、アルトは椅子から立ち上がった。
カトレアは何か言いたそうに眉を顰めるが、やっぱり何も口にしない。
「アルト」
ランドルフの声に顔を向けると、彼は紫煙を吐きだしながら、上の階を指差す。
「顔くらい、見てったらどうだい。保護者なんだからさ」
「……だな」
頭を掻くと、足を階段の方に向けて歩き出す。
二人の視線を背中に浴びながら、アルトはかざはな亭の二階へと上った。
二階に上がること自体、随分と久し振りのような気がする。
引っ越して以来なので、時間的には差ほど過ぎたわけでは無いのだが、王都で最初の数年間を過ごした場所だけあって、改めて見てみると少しだけ、感慨深い物があった。
他に泊り客はいないそうなので、足音は気にせず廊下を進む。
見慣れた部屋の前に立ち、一応、礼儀としてノックをする。
やはり寝ているのか、中からの反応は無いので、アルトはゆっくりとノブを回し、戸を開いた。
ベッドの上に、泥のように眠る、ロザリンの姿があった。
「…………」
そっと部屋に忍び込み、起こさぬよう足音を殺し、ベッドの横まで来る。
近くにあった椅子を引き寄せ、背もたれを前にして座った。
「……くぅ」
呑気な寝息と共に、ロザリンはモゴモゴと口を動かす。
何か食べている夢でも見ているのだろうと、アルトは苦笑を漏らす口元を、片手で押さえた。
「寝顔は、本当にガキだな」
率直な感想を口にして、暫し寝顔を眺める。
路地裏で出会ってから、一ヶ月とちょっと。
その間、ほぼ毎日顔を合わせ、寝食を共にしていたからだろうか。
何だか、物凄く久し振りにロザリンの顔を見た気がした。
見れば、包帯や絆創膏など、身体の至る所に治療の後が見受けられる。
「あのミュウに勝った、ねぇ……ま、俺の相棒としちゃ、及第点かな」
例え聞こえていなくても、アルトは安易に褒めたりはしない。
内心では驚いたし、ミュウがロザリンを狙っていると聞いた時は、全身の血が沸騰するかと思った。
「嫌だねぇ。風来坊が何かを背負っちゃ、様になんねぇだろうが」
今のアルトを見たら、彼の師であるハルは、何と言うだろうか。
笑うか、怒るか、茶化すか、からかうか。
「全部、だな」
アルトが知る竜姫は、そういう女性だ。
彼女の年齢を追い越した現在、ロザリンと出会って、少しだけ気持ちがわかったような気がした。
ハルも面倒臭いと思いつつ、気が置けなかったのだろうか?
答えを確かめる術は、もう残されていない。
「んんっ……ア、ル……」
起こしてしまったか。そう思ってアルトは身体を少し持ち上げるが、ベッドの上のロザリンは、寝苦しそうに寝返りを打っただけで、目を覚ます様子は無かった。
「寝言、か」
軽く息を吐き、そろそろ行こうと椅子から立ち上がり、ドアの方へと向かう。
ノブに手をかけた時、また微かな寝言が聞こえてきた。
「アル……はやく、かえって、きて」
振り向くと、眠るロザリンの目元に、光るモノが見えた。
アルトは、キュッと唇を結ぶ。
「ああ……もう少し、待ってろ」
そう言って、アルトはドアを開き廊下へ出て行った。
★☆★☆★☆
階段を降りると、片付けが終わったのか、食堂の明りが消されていた。
店主であるランドルフの姿は無く、暗闇の中でカトレアだけが、一人でカウンター席に座っていた。
アルトが降りてきたのに気付き、カトレアは椅子から立ち上がる。
向けられる表情は、少しだけ怒っているように見えた。
ランドルフから何かを聞いたのか、それとも一人で何かを察したのか。
どちらかわからないが、ともかくカトレアのご機嫌は斜めのようだ。
「……一つだけ、約束して」
「あいよ」
「――ッ!」
何かを言いかけて止めると、僅かな逡巡の末、言葉の代わりに吐息を漏らす。
そして、拗ねたような表情で、上目遣いにアルトを見上げた。
「……仕事、ちゃんと見つけて。帰ってきたらでいいから」
「……はいはい」
軽い口調で手を上げる姿を、カトレアはキッと目尻を釣り上げて睨むと、右手を振り上げて何かを投げつけてきた。
反射的に受け取る。それはアルトが普段着ているコートだった。
「それなくちゃ、恰好付かないでしょ。ただでさえ、貧乏臭いんだから」
「サンキュ」
「行って来い、ばーか!」
あかんべーと舌を出すカトレアに見送られ、アルトはコートを羽織り店を出る。
時刻は既に日付が代わり、後数時間もすれば夜が明けるだろう。
流石に人通りは無いが、明日からの太陽祭が始まれば、ここいら一帯もお祭り気分で練り歩く人で埋め尽くされる。
お祭り前の静けさ。独特の空気を鼻から一杯吸い込み、アルトは歩き出す。
真っ暗で人気の無い能天気通りを少し歩くと、誰かが壁に背を預け立っていた。
暗がりでもわかる派手な恰好。ラヴィアンローズだ。
「自殺願望ありとは、意外なご趣味ですわね」
「開口一番、ヒデェ言いざまだな」
「天楼は既に戦闘態勢に突入していますわ。奈落の杜とは話し合いが済んでいて、北街に逃げる場所は無いでしょうね」
「何が言いたいんだよ」
スッと、ラヴィアンローズは向ける視線を細める。
「北街は四方八方が敵だらけ……既に敵と認識されている貴方が、足を踏み入れれば、殺されますわよ?」
「そりゃ恐ろしい恐ろしい」
祈るように両手を摺合せながら、足は止めずラヴィアンローズの前を通り過ぎる。
それが不服らしく、ラヴィアンローズは頬を膨らませた。
「加勢が必要では無くて?」
「いらんいらん」
軽く拒否され、ラヴィアンローズの不機嫌さが増す。
「何故、ですの?」
「報酬を払う金が無い……それに」
「それに?」
足を止め、アルトは横目で睨む。
「男同士の話だ。女が首を突っ込むな」
「ま。前時代的ですこと」
怒るかと思いきや、呆れるように肩を竦めた。
もう話は済んだとばかりに、アルトはそのまま能天気通りを抜けようとする。
その背中に、少し大きめの声で語りかけた。
「頭取さんは、色々と察している様子でしたわよ。もし失敗しても、最悪の結果にはならない方法を徹夜で考えるらしいですわ」
「流石は年の功。頼りになるねぇ……ま、年寄りに苦労をかけるのも悪いんで、俺は俺で頑張ってみるわ」
「そ。ご勝手に。わたくしは帰って寝ますわ。依頼は完了しましたので」
歩くアルトの背中に、ラヴィアンローズは優雅に一礼すると、同じように背を向けて、反対方向へと歩き出す。
「薔薇子」
「何ですの?」
二人とも振り向かず、言葉だけを交わす。
「お疲れさん。助かったぜ」
「――ッ!?」
聞いたことの無い優しい声に、頬を赤く染めたラヴィアンローズは、驚いて思わず振り帰ってしまう。
手を振りながら歩くアルトの背中は、角を曲がって消えて行った。
ラヴィアンローズは胸を押さえ、大袈裟な素振りで膝からペタンと地面に座り込むと、甘ったるい吐息を夜空に向かって吐き出した。
「イケず。乙女をきゅんきゅんさせるのが、お上手なんですから」
常人にはわかり辛いが、何かラヴィアンローズの琴線に触れたらしく、その後一人で通りの真ん中で身悶えしていた。
★☆★☆★☆
歩く足取りは、軽やかだ。
東街の慣れた路地裏をひょうひょうと走り抜け、普段だったら数時間かかる道筋を、一時間足らずで走り抜けてしまった。
久しぶりに、美味い食事を食べたおかげか、それとも別に要因があるのか。
今のアルトは気力に満ちていた。
北街に続く大橋に辿り着くと、アルトは速度を緩め、コートのポケットの手を突っ込むと、普通の足取りで歩き始める。
昼過ぎから数え、日付を超えて王都を一周してしまった。
大橋を渡り、背にした東街の一部には、まだ灯りの点っている箇所が幾つかある。
正面に見える北街にも、複数の篝火らしき灯りが確認出来たが、その意味合いは北と東では全く違っているだろう。
橋を渡り切れば、途端に気配が濃密になる。
街全体を覆っているのは、ピリピリとした殺気と緊張感だ。
それを察知しているのか、普段は明け方まで仕事をしている、娼婦や売人、軒先などで夜露を凌ぐ宿無しの姿も無い。
逆に、招かれざる客の出現に、街を覆う気配は俄かに騒がしくなる。
ここは一応、奈落の杜の縄張り。
暫くは気配だけ向けられ、何事も無く足を進められたのだが、天楼の縄張りが近づくと状況は一変する。
足音と共に、通りの路地から篝火を持った男達が、前後を挟むように現れた、
チンピラ。と呼ぶには、あまりに物騒な姿をしていて、山賊や傭兵と呼んだ方がいい武装を身に着けていた。
天楼の兵隊達。
彼らの瞳は皆、青く発光していた。
背水の陣で神崩しに挑む彼らに退路は無く、士気は限りなく高まっている。
死を覚悟した兵士ほど、戦場で恐ろしい者はいないだろう。
彼らはまさしく、燃え尽きる前の炎。
その意地、その覚悟は、最強の騎士すら打ち貫くやもしれない。
「おうおう。盛大なお迎えだな、テメェら」
足を止めると視線をグルリと巡らせ、口元を笑みで釣り上げる。
大勢で囲まれているのに、余裕の態度を見せた所為か、兵隊達は戸惑った様子を見せたが、問答をするつもりは無いらしく、それぞれ剣や槍など武器を構えた。
アルトはポケットから手を出すと、無造作に腰の剣を抜いた。
銀色の刃が、月明かりに煌めく。
「いいぜ。死にたくなきゃ、何て生温いことは言わねぇ……邪魔する輩は、皆殺しだ」
叩きつけられる殺気に、正面にいた兵隊数名が「ひっ!」と悲鳴を上げる。
その瞬間、踏み込んだアルトが、その怯んだ数名を瞬く間に斬り裂いた。
鮮血が飛び散り、絶叫が木霊する。
瞬間、殺気が雄叫びとなり、集団は一人の野良犬を殲滅する為に群がる。
それが会戦の合図となり、アルト対天楼の戦争が始まった。




