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第54話 計略と謀略






 ロザリンが心強い仲間を得た翌日。

 早朝から、一同がアルトの家に集結していた。

 ロザリン、カトレア、ランドルフ、頭取、プリシア、クランド、ウェイン。改めて見ると、バラエティ豊かな顔ぶれだ。

 顔を出していないラヴィアンローズは、上の階でまだ眠っている。

 彼女の仕事はロザリンの護衛だからと、国崩し攻略には無関心だし、いなくても問題は無いだろうという判断で、起こさずにそのまま寝かせておいた。

 テーブルを囲い、人数分のお茶を用意し、まず口火を切ったのは最年長の頭取だ。


「では、作戦会議を始めましょう。進行は僭越ながら、私が務めさせて頂くわ……プリシア」

「はい」


 促され、プリシアは丸まった大きな紙を持ち出すと、テーブルの上に広げた。

 王都の地図だ。それも、ロザリンが持っている物より、かなり精度が高い。


「これはギルドかたはねが、独自に測量して制作した地図の最新版。大きいから少し嵩張るのだけれど、その分、精度は保証するわ。これを使って、作戦を練りましょう」

「しかし、作戦と言いましても、何をどうすれば良いのか……まさか、天楼に殴り込みをかけるわけにもいきませんし」


 挙手しながら、クランドが問う。

 確かにその通り。国崩しの正確な概要がわからなければ、対策の立てようが無い。

 仮に原因である天楼と対決するにしても、相手はタフネスな北街住人の上に、青い宝石によってブーストされた、黒衣の男達もいる。

 それに、不用意に北街へ足を踏み入れれば、静観している奈落の社も敵に回す可能性もある。


「その点はやはり、専門家の意見を聞きましょう」


 頭取の言葉に、全員の視線がロザリンに集まった。

 注目され身体をビクッと震わせたロザリンは、緊張気味に喋り始める。


「ど、ども。魔女です」


 コホンと咳払いをして、気合を入れ直す。


「まずは、これを、見て欲しい」


 ロザリンは、テーブルの中央に青く輝く宝石を置いた。

 昨日、地下水路で入手した、結晶体の中心核だが、調べる過程で削り取ったのか、三分の一のサイズになっていた。


「この結晶体をリーディングして、わかったこと、なのだけれど、この王都には複数の、大きな魔力溜りが、あるの」


 ペンを片手に、そのポイントにバツ印をつけていく。

 その数は王都全土に、計十三か所だ。


「……多いっすね」

「ううん、結界術式を使って、この規模の都市で考えるなら、少ない。考えて、街づくりをしている証拠」


 ペンを置くと、ロザリンは椅子へと戻る。

 地図を眺めながら、カトレアが挙手した。


「でもさ、これで何がわかるわけ?」

「この魔力溜りには、多分、私が昨日確認したのと違って、完全に結晶化した状態で、この青い宝石が、かなりの量、あると思う」

「それをブースターとして使って、兵力を増強しようってわけかい?」


 ランドルフが煙草を取り出しながら口を挟むが、横に座っている頭取にひょいと取り上げられ、諦めるように肩を竦めた。


「ブースターは、副産物。本命は、違う」


 そう言って、再びペンを手に取り、地図に線を引いて行く。

 注目を集める中、幾つもの線が伸び、それぞれが一つに結ばれる。

 十三か所の魔力溜りが、全て一つの線で結ばれると、地図上には星の形に似た奇妙な図形が完成した。


「これは、魔法陣?」


 小首を傾げるプリシアの感想に、ロザリンは頷いた。


「これを機動させると、ブースターの効果により、溜まった魔力が暴走。鉄砲水となって、街の水路を覆い尽くす」

「それって、街が水害で沈むとか言うんじゃないでしょうね!?」


 驚くカトレアに、首を左右に振って否定する。

 それに安堵の息を漏らすが、次の言葉に、この場にいた全員が凍りつく。


「一時的に、魔力は高まる。けれど、反作用でその後、水路の魔力は急激に消失する筈……結界ごと」

「け、結界って、王都の結界が全て消え去ってしまうということですか!?」


 思わずクランドが立ち上がる。

 けれど、一人ウェインだけが、意味がよくわかっていない表情で挙手をする。


「あの、オイラ、頭が悪いからよくわからないんすけど、結界が消えると、何か問題があるんですか? いやいや、問題なのは流石にわかるっすけど、結界が消えたからって、それだけで騎士団の人達を倒せるわけじゃ無いですし……」

「私も同意見ね。戦力が拮抗しているのなら、城の中に籠城出来ない以上、騎士団が不利になるでしょうが、天楼の戦力を考えて、も……?」

「お婆様?」


 黙り込んだ頭取は、何かを考えるように思案すると、暫くして納得したように頷き、視線をロザリンの方に戻した。


「なるほど。その手があったわね」

「うん」


 二人は視線を合わせ頷く。


「おいおい。二人だけで納得してないで、オジサンにもわかるよう説明してくれるかい?」


 他の皆も頷く中、ロザリンが改めて説明する。


「結界の意味は、王都を守ることもそう、だけど、一番の存在意義は、水神リューリカが眠る、寝所を守護すること」

「結界はエンフィール王家とリューリカに間に結ばれた、契約の一つ。結界を無効化することは、契約を無効化することと同意義なの。つまり……」


 補足する頭取の言葉に、ロザリンが結論を述べる。


「天楼の目的は、結界を一時的に無効化して、水神リューリカと、再契約を結ぶこと」


 その言葉に、誰もが息を飲み込む。


「そ、それはもしかして、かなり不味いのでは無いですか?」


 動揺するクランドに、頭取が渋い表情をする。


「不味いなんてモノでは無いわね。国家神が前提となっている国の契約者が変わるのだから、王位継承が行われるのと同じこと。文字通り、この国の国家体制が崩されてしまうでしょうね」

「そ、そんなぁ、たかだか、その程度で……」


 冷や汗をかきながらも、事態の重要性を把握しきれてないウェインが問うが、誰もが暗い表情を隠せないでいた。


「ま、政治の中枢と関係ないウェイン君には、実感が無いだろうね……けど、神と契約する上で成り立っている国家というのは、その契約が何よりも重要なんだよ」


 ランドルフが、珍しく真剣な顔付きと口調で言う。


「水と共に生まれ、水と共に育ち、水と共に逝く。エンフィール王国に伝わる古い言葉の通り、この国の人間は水、つまり水神リューリカの加護無しには成り立たないのさ」


 返す言葉も無く、ウェインは黙り込んだ。

 彼もまた、水と共に生活するエンフィール王国の民。実感は無くとも、彼の心身奥深くにあるモノが、その言葉に意味を深く理解させているのだろう。


「国崩しの正体は、結界消失による契約破棄と、天楼による水神リューリカとの、再契約を行う計画」


 ロザリンがそう改めて結論付けると、室内の緊張感は一気に高まる。

 机上の上の推論ではあるが、材料が揃ってしまった以上、国崩しをもう絵空事だと笑える余裕は無くなった。


「じゃあ、その結晶体ってヤツを破壊すれば、天楼の目的も阻止出来るんすよね?」

「そんな、簡単な話じゃ、ない」


 ウェインの言葉を、ロザリンが否定する。


「完成された結界を、破壊すると、その反動が怖い。下手をすれば、王都そのものが、水没する可能性も、ある」

「す、水没っすか」


 想像したのか、ウェインの表情が青ざめる。

 不完全な結晶体の暴走で、あれだけの激流を生み出したのだ。完全な結晶体、それも十三か所のそれが同時に暴走すれば、被害は王都だけでは済まないかもしいし、そうなった場合、国内だけでなく国外の動向も怖い。

 和平が結ばれたとはいえ、まだ戦後から十年も立って無いのだ。

 甚大な被害に見舞われれば、諸国が不穏な行動を取らないとも限らない。


「じゃあ、どうするのよ? このまま黙って見てるわけ?」

「勿論、違う」


 カトレアの言葉に力強く返答すると、地図上に記された十三か所の魔力溜りに、ロザリンは数字を振っていく。

 身を乗り出した頭取が、ロザリンを上目で見る。


「これは、何かしら?」

「魔法陣の配列から予測した、魔力の通り道。国崩しの魔法陣は、この順番に、結晶体を機動されることで、魔力を倍々に増やしていく」


 ペンを走らせ、魔力溜りを結ぶ線を濃く塗り潰していく。

 そしてロザリンは、一同を見回した。


「皆、反計術式って、知ってる?」


 聞き慣れない単語に、皆は一様にハテナマークを浮かべた。

 やはり年の甲と言うべきか、その中で頭取だけが挙手をする。


「ある魔術に対して、それを無効化したり、反射したりする防衛に特化した魔術式のことね」

「うん」

「けれど、術式の構成がかなり複雑な上、相手の魔術式の発動を待った後打ちの魔術。かなりタイミングは難しいと聞くから、一発勝負のこの状況ではリスクが大きいわね。それに、国崩しの規模を考えると、大掛かりでとても準備が間に合うとは思えないわ」


 流石は頭取。反計術式の利点を知った上に、ちゃんと弱点まで把握している。

 一瞬、皆の顔に希望が浮かびかけたが、頭取の指摘にすぐさま落胆に変わった。

 しかし、ロザリンの本題はここからだ。


「だから私は、裏ワザを、逆計術式を使おうと、思う」

「逆計、術式?」


 今度は頭取も聞き覚えが無いようで、首を傾げた。


「系統としては、反計術式と同じ。けれど、逆計術式は、魔術効果を逆転させた上で、効果を発動させる、特性がある」

「つまり、どゆこと?」


 腕を組んで難しい顔をするカトレアは、首を傾げながら問う。


「この、逆計術式の法則で、国崩し術式を発動させれば、暴走する危険無しに、結界と王都を守ることが出来る」


 国崩し術式は結界を破壊する術式では無く、魔力を高めながら暴走させ、魔力の本流で結界を吹き飛ばすのが目的。なので、逆計術式でそれを逆転させると、魔力を高めていくのでは無く、魔力を弱めていくことになるのだ。


「なるほど。それなら、魔力溜りを消費することにもなりますし、天楼がリベンジする可能性も低くなりますね」


 クランドがポンと手の平を叩く。


「ただ、この術式を、完成させるには、まだ時間が、必要」

「どれくらい?」

「……完璧に、仕上げるなら、丸一日は」


 カトレアの問いに答えると、皆は黙り込んでしまう。

 国崩しの決行日がはっきりわからない以上、この一日が明暗をわけるかもしれない。

 そう考えるとどうしても、希望より不安が先だってしまう。


「決行日は、太陽祭当日よ」


 不意に割り込んだ声に、皆が一斉に階段の方を見た。

 のろのろとした足取りで、階段を下りてきたラヴィアンローズが、マイペースに大欠伸をする。


「……古巣への義理は、よろしいのかしら? 元天楼のラヴィアンローズさん」


 頭取の厳しい口調に、ラヴィアンローズは眠そうな顔で肩を竦めた。


「構いませんでしょ。マイダーリンアルトにも教えていますし、確実な予定というわけでもありませんしね」

「早まる可能性は、あるんですか?」


 手を上げてプリシアが問いかけると、ラヴィアンローズは少し迷いながらも、どういう風の吹き回しか、素直に口を開いた。


「状況次第でしょうね。ボルドのことですから、下手に突っつけば、予定を繰り上げる可能性もあるかもしれません。けれど、何事もなければ確実性を重視して、太陽祭当日を狙う筈ですわ」


 ラヴィアンローズの言葉を受けて、頭取はこめかみに手を添え思案する。


「……そういうことなら、今日はこれで解散しましょう」

「で、ですが頭取!」


 王都の危機にジッとしていられないのか、身を乗り出す熱血漢のクランドを、落ち着かせるように頭取が、ニコリと温和な笑顔を見せた。


「勿論、黙って準備が整うのを待つわけじゃないわ。ロザリンが術式を組む間、私達も出来ることをしましょう。けど、何処で誰が監視しているかわからないから、密かに、秘密裏にことを運ぶ必要があるわ」


 頭取の言葉に、皆は頷いた。

 納得を得て、頭取はそれぞれに視線を送る。


「クランド君は警備隊に戻って、マグワイヤ隊長に今日の話を伝えておいてちょうだい」

「はい。それと、明日動かせる人員も確保しておきます」

「カトレアとランドルフは、町内にそれとなく話を通して置いて。勿論、秘密厳守で」

「わかった、やってみるよ」

「人の口に戸は立てられないと思うけど、まぁ、あたしも頑張ってみるわ」

「私は他の町内や、南街、西街にも協力を要請してみるわ。その間、ギルドのことはプリシアに任せるわね」

「任せてください」

「ウェインは、プリシアのお手伝いを、お願いね」

「は、はい! 頑張ります」


 流れるように指示を出す頭取の姿に、ロザリンは驚きながらも、輝く瞳で憧れるような視線を向けていた。

 森の中で暮らし、何でも一人でやってきたロザリンにとって、このように人を使う能力は物珍しく、単純な言い方をすればとても格好よく見え、何より自分に一番欠けているモノは、こういうところだろうと強く実感させられた。


「ロザリン」

「ん」


 名前を呼ばれ、自然とロザリンの背筋が伸びる。

 何処か緊張気味のロザリンに、頭取は優しく微笑みかけてくれた。


「この王都の命運は、貴女の魔女としての才覚にかかっているわ。頑張ってね」


 笑顔でプレッシャーをかけられた。

 優しいだけで無く、こういうシビアなところも憧れるが、自分がその的になると胃の辺りがムズムズしてしまう。

 これも頭取なりの、激励の仕方なのだろう。


「……頑張る」


 その期待に応える為に、ロザリンは力強く頷いた。

 具体的な目標も出来たことで、一同の士気は決戦に向けて高まる。

 ただ一人だけ、壁際に背を預けその光景を見ていたラヴィアンローズは、眠そうに欠伸をしながら呟く。


「さて。騎士団やアルトが動けない状況で、どれだけ抗えるのやら……」


 ふと落とした視線に、普段の飄々とした笑みは無く、真剣な色を宿していた。


「……あの狂犬。アルトに興味を示したことが、裏目に出なければよろしいのだけど」


 不穏な言葉を呟く。

 天楼の狂犬ミュウ。

 彼女が本格的に動けば、騎士団が介入しない限りは、ロザリン達に勝ち目はない。

 実力で負ける気は無いが、あの異常回復がある限り、正攻法でラヴィアンローズがミュウに勝つのは難しいだろう。

 けれど、ラヴィアンローズもまた、己の矜持に生きる女。例えこの王都を守る義理は無くとも、アルトと約束を交わした以上は、ロザリンを守り抜かねばならない。

 気紛れな薔薇乙女も、愛する者には誠実でありたいのだ。

 例えその結果、命と引き換えになろうとも。

 密かに決意を固めながらラヴィアンローズは、少しは動いて欲しいと睨むロザリンに、美麗な笑みとウインクを送り、嫌な顔を返されていた。




 ★☆★☆★☆




「何だか、二人がかりで世話されると、自分が爺になったみたいだな」


 アルトの言葉に、彼の傷口に薬を塗ったり、新しい包帯を巻いたりしているシーナとエレンが苦笑を漏らした。

 奇妙なミュウとのデートもどきから一夜明け、相変わらずシーナのボロ家で居候しているアルトは、食事を手に様子を見に来たエレンに、甲斐甲斐しく世話をされる始末。小柄な身体で、せっせと動き回る姿を見ていると、ウェインはいい嫁を貰えるモノだと、少し羨ましく思えた。

 昨夜は酒を飲んだ上に、ミュウに連れ回されたモノだから、夜はぐっすりと眠れた。

 正確には怪我の所為で、大分体力が落ちていたのもあるが、まだ三日ほどしか立っていないのに、不思議と痛みはかなり和らいでいた。


「天楼は、濃い魔力が満ちているから、その影響だと思うよ」


 疑問を察して、シーナが消毒液で湿らせた脱脂綿で、傷口を撫でながら答えた。


「王都に満ちる魔力の基本は、水属性だから。癒しの効果がある水属性魔力が、さらに濃い場所にいるおかげで、自然治癒力が高まっているんだよ。アルト君、魔力耐性が低いみたいだし、余計に効果があるのかもしれないね」

「なるほどね。ま、怪我の治りが早いのは、いいことだな」

「ふふっ。そうですね」


 古い包帯を片付けているエレンが、そう微笑んだ。

 不意に、エレンは表情に影を落とし、小さく息を吐く。


「……ウェインのこと、気になるのか?」


 アルトの問いかけに、エレンは頷く。


「国崩しのこともそうですけど、事情を聞いたらきっとウェインは、首を突っ込むだろうなって思って」

「アイツもアレで、ガキの癖に義理堅いからな」

「危ないことをして欲しく無いのは本音です。でも、誰かの為に頑張るウェインが好きだから、どうしたらいいのかわからなくて」


 一時は自分の為に無茶ばかりするウェインから、離れようとしたこともあるエレンは、彼の言葉を受け入れ、信じることで、やはりそんなウェインが好きだという自分に気がついたのだろう。

 自分の気持ちを受け入れても、ウェインを心配する気持ちは変わらない。

 俯くエレンに、どんな言葉をかけてやればいいのかと、アルトは頭を掻きながら悩み、とりあえずポンポンと、少女の頭を軽く叩くように撫でた。


「アルト、さん」

「ま、あっちにはロザリンの他にも、世話を焼くのが生き甲斐みたいな連中が沢山いるから、大丈夫だろ。それなりに、頼りになる奴らだからな」

「……はい」


 安心させたいアルトの気持ちが伝わったのか、エレンはニッコリと笑って頷いた。

 新しい包帯を二人掛かりで巻き直し、怪我の治療は完了。全身を矢で貫かれとは思えないほど、身体の具合はかなり回復しているのが実感できた。


「無茶しなければ、明日には抜糸できると思いますよ」

「本当に早いなぁ。ま、夏場に包帯ぐるぐる巻きだと熱くて敵わねぇから、それはいいことなんだけどよ……ただ、その後が問題だな」

「ミュウさん、ですね」


 名前を呟き、エレンは不安げに表情を曇らせる。

 何の気まぐれか、アルトを気に入っている様子で、地下から連れ出し怪我の治療まで命令したミュウ。好戦的なのは相変わらずだが、怪我が治り切ってないことを告げれば、不機嫌になるものの、素直に矛を納めてくれる。

 彼女を知る天楼の人間なら、誰もが驚くべき光景だ。

 しかし、怪我が治ったと知れば、もうミュウは遠慮しないだろう。


「正直、やり合いたくねぇのが本音だな」


 珍しくアルトは、後ろ向きな発言をする。

 一応の恩があり、女性であるミュウとは戦いたく無い……と、言う意味では無く、勝算の薄い相手故に、正面切って戦うのは二の足を踏んでしまう。

 あの異常回復力。あれの仕掛けがわからない以上、消耗戦で先に自分が潰れる。

 恐れを知らない玉砕戦法と致命傷すら回復する能力。この噛み合せの良さは、厄介過ぎるだろう。


「なら、怪我が良くなったこと、黙って置くかい? それなら彼女も手出しは……」

「悪巧みはもっと小さな声でした方がいいんじゃない?」


 不意に響いた声に、三人は一斉に入口の方を振り向いた。


「でないと、殺されるわよ。私に」


 何時の間に現れたのか、入口の壁に寄りかかって、ミュウがニヤリと嫌な笑みを浮かべていた。

 話を聞かれていたことに、シーナは顔を顰める。

 バツが悪そうなシーナを威嚇するような表情で一睨みし、視線をアルトに戻して、またニヤニヤと笑みを見せた。


「明日には、戦えるようになるみたいねアルト」

「いやぁ、明日は多分無理。風邪を引く予定だし」

「楽しみにしているわ。アンタとの殺し合い……逃げたらそこの二人を殺すわ」


 殺気の籠る低い声で、シーナとエレンの二人を指差す。

 二人は緊張から、ゴクリと喉を鳴らした。

 アルトは舌打ちを鳴らし、肩を竦めた。


「……わぁったよ。だったら、首を洗って待ってろ」


 睨み付ける視線を正面から受けて立ち、ミュウは楽しげに「キヒッ」と笑う。

 用はそれで済んだのか、クルリと背を向ける。


「それじゃ、明日を楽しみにしてるわ」


 それだけ言い残し、ミュウはさっさと帰って行ってしまった。

 姿が見えなくなると、緊張感を解すように、三人は一斉に安堵の息を吐く。

 頭をバリバリ掻きながら、開けっ放しの入り口を見てアルトが呟く。


「ったく、アイツ。何しに来やがったんだよ、タイミング悪ぃなぁ」

「……あれ? 下に何か、置いてありますね」


 エレンが立ち上がり、入口のすぐ側に置いてある包みを取り、アルトの方へと戻って行く。

 包みを開くと、大皿に乗せられた肉料理が、豪快に乗せられていた。

 下処理が不完全で、ただ焼いただけの生臭い肉の香りが漂う。


「……私、あの人のこと、よくわかりません」

「同感だな」


 困った表情のエレンに同意して、アルトは肉を一切れ掴み口の中へ放り込む。

 塩の味しかしない、生臭い肉に顔を顰める。


「んぐんぐ……ま、やるしかないか」


 避けられない戦いなら、四の五の言っている暇は無い。これくらいのピンチ、何も初めてというわけでは無いのだ。

 前回とは違い、切り揃えられた肉を食べながら、アルトは不安げな表情を向けるエレンに、ニヤッと自信ありげな笑みを向ける。

 どうやら、明日は気合を入れて望まないと、本気でヤバそうだ。




 ★☆★☆★☆




 近年、稀に見る上機嫌で、ミュウは鼻歌混じりに通りを歩く。

 すれ違う住人は、それがミュウと知って、驚きの表情で二度見してしまうほどだ。


「ふんふふ~ん♪」


 ズボンのポケットに両手を突っ込み、猫背でフラフラと道を行く。

 ミュウの心は、かつてないほどに弾んでいた。

 気まぐれでシーナの家に様子を見に行ったが、何とタイミングの良い話題を聞いてしまったことかと、溢れる笑みを奥歯で噛み殺す。


 いよいよ、アルトとやり合える。

 人を殺め、血を浴びることが日常であるミュウにとって、心躍ることは少ない。

 親兄弟を含め、誰もがミュウのことを狂った殺人鬼と蔑むか、憐憫の目を向けるばかりで、誰も本質に触れようとはしない。

 ミュウは己の本能に従っているだけ。

 獣が空腹を満たすように、縄張りを犯す邪魔者を排除するように、ミュウは純粋に血を求めている。

 人の営みにはそぐわない性質。

 治まらない殺戮衝動、破壊衝動は最早、ミュウの存在意義そのもの。人の枠から外れてしまった者が、他人から理解を得られるわけが無い。その証拠が、異常回復力であり、青い毒に犯されたのこ身体そのものだ。

 それをただの狂気と捉える者に、ミュウは一生理解出来ないだろう。


「アルト……アイツは面白い」


 キヒッと、ミュウは不気味に笑う。

 誰もが黙り込み、視線を逸らす中、あの男だけが真っ直ぐにミュウを睨み付ける。

 恐怖や殺意、憐み以外の感情を向けられたのは、随分と久し振り、いや、初めてかもしれない。

 あの男はミュウを狂った化物としてでは無く、一人の人間として自分を見ている。

 興味深い。馬鹿で無ければ、あれこそ本物の狂人だ。

 理屈では無く感情が、本能が、アルトとの対決に気分を高揚させていく。

 他人に興味を持ったのが初めてなら、他人に自分を知られて悦びを感じるのも初めて。もっと深く、もっとどん底に、もっと貪欲にアルトを求める感情が、日に日に存在感を増していく。

 アルトを想えば心が高ぶる。それは良い意味でも、悪い意味でも。

 初めて体験する言いようの無い感情の揺れに、ミュウは心地よい戸惑いを覚えた。


 不意に、それまで上機嫌だったミュウの表情が曇り、不機嫌さが充満する。

 行く手を遮るように現れた、腹違いの兄ボルドの所為で。

 ボルドはにこやかな笑顔で、腹違いの妹に手を上げて挨拶をする。


「やぁ、ご機嫌じゃないかミュウ」

「ええ、ご機嫌ね。何処かの馬鹿が調子に乗った所為で、濡れ鼠で帰ってきたと聞いて大爆笑したからね」


 嫌味を返され、ボルドはグッと言葉を詰まらせるが、何とかにこやかな対面は保った。

 こいつも悪い意味でよくわからない男だと、ミュウは目を細めた。


「何の用よ。私は今、ご機嫌なの。それを損ねるような面をぶら下げてるってことは、殺されても文句は言わないわよねぇ」


 胸の辺りまで持ち上げた右手を、バキバキ鳴らして拳を作る。

 威嚇して追い払おうとするが、ボルドは逃げる様子も無く、逆に挑戦的な笑みを浮かべた。


「君のお気に入りであるアルトは、君の物にはならないよ」

「……あ?」


 途端に、ミュウの全身から殺気が漲る。

 不穏な空気を察知してか、通りの人間達は怯えるよう足早にその場を去り、店先にいた店員は奥へと消え、震えながらこの嵐が立ち去るのを祈っていた。

 ミュウは首をグルリと回し、もう一度ボルドを睨み付ける。


「ごめん、ボルド……よく聞こえなかったわ」

「アルトは気にも物にはならない。アルトを君が手に入れることは出来ない。アルトと並ぶことは、君には不可能なんだよ」

「……よく聞こえたわ」


 ギリッと歯を鳴らし、漲る殺気にどす黒さが増す。


「つまり、私に殺して欲しいってことね」

「でも、一つだけ彼を手に入れる方法がある」


 今にも飛びかかってきそうな、猛獣染みたミュウの殺気に、臆すること無くボルドは淡々と言葉を続けた。

 その一言に、僅かだが、ミュウの殺気が揺らぐ。

 些細な変化に気がついたボルドは、気付かれぬよう、こっそりとほくそ笑んだ。


「野良犬騎士アルトは、騎士であることを止め、一度は全てを捨てた身。けれど、そんな彼が守り、大切にする存在……それを潰せば、アルトの心が憎悪に染まる。彼の全身全霊が、全て君に向けられることとなる」

「……ッ」


 言葉通り想像した瞬間、全身に言いようの無い感覚が走り、肌が粟立つ。

 未知の刺激に、黙り込むミュウ。

 ボルドは染み込むような口調で、慌てず、急かさず、淡々と、子供に寝物語を聞かせるように、言葉をミュウの心の隙間に塗り込んでいく。


「ただ約束を果たすだけの戦いで満足かい? 沸騰するような血が、肉が、憎悪に黒く染まった瞳が、全て君の物になる……興味は無いかい?」


 少しずつ、少しずつ熱の籠る言葉の小波に、ミュウは自然と耳を傾けてしまう。


「能天気通りに住む、彼の特別と呼ばれるただ一人の少女……彼女を殺せば、アルトの全ての感情を、君に向けることが出来るんだよ?」


 息が止まるようなボルドの言葉の後、流れたのは長い沈黙だった。

 乾いた唇をペロリと舐めて、ミュウは握っていた拳を解き、下へおろした。


「……くだらない」


 ポケットに手を突っ込み、背中を曲げて不機嫌な表情で、ボルドの横をすり抜けて行く。

 ボルドは振り向かない。

 ただ、確かに刺した棘の感触に、密やかにほくそ笑んだ。






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