第38話 ラサラとミューレリア
オークション会場に騒ぎが広がっている頃、シーさんは一人、会場の裏手にいた。
ここは、ラサラが攫われた植木で作られた迷路の真ん中にある噴水。
その場所にシーさんは一人……いや、正確には、シーさんと一人、噴水のすぐ側に腰を下していた。
バトルフックを操る、蠍と呼ばれた偽ハウンドの一人だ。
しかし、その喉元は鋭利な刃物でパックリと斬り裂かれ、白目を向いて絶命していた。
血の乾き具合からみて、死後、そう時間は立っていないだろう。
「……一体、何があったの?」
シーさんは険しい顔で死体の側に寄ると、黙祷を捧げ、蠍の開いた目を手で閉じる。
ここに来たのは、外で待機している最中、奇妙な気配を感じたから、念の為に様子を見に来てみた。まさか、死体を見つけるとは、予想をしていなかったが。
軽く死体を調べ、周囲の様子を見まわす。
暗くて視界は悪いけれど、争ったような形跡は見られない。
「背後から忍び寄り、喉を斬られた。いや、抵抗する間も無く一瞬にして……どちらにしても、生半可な手練れでは無さそうね」
シーさんの表情が、更に険しさを増す。
偽ハウンド達は、一般的に見れば腕が立つ方だし、頭の切れも悪くは無い。それが、何と抵抗も無く殺されるなんて、正直、少しばかり信じ難い気持ちがあった。
問題は、誰が彼を殺したのか。
彼らはミューレリアの扱う手駒。まさか、ラサラがそんな手段を取るとは考え辛いし、可能性から言えばミューレリアと協力関係にあり、何やら裏のありそうなボルド・クロフォードが怪しのだが。
「追い詰められて邪魔になった、ミューレリア達を始末するつもりなのかしら?」
考えて、いや、と首を左右に振る。
「あのお嬢様が、元々あの偽ハウンドと繋がりがあったとは、考え辛いわ。恐らく、彼らと橋渡しをしたのはボルド。なら、元を辿れば偽ハウンドの本当の親は、ボルドということになる。ミューレリアを一人消すならともかく、偽ハウンドごと殺しにかかる理由がわからないわ」
だとすれば、可能性はまだ見ぬ第三者の介入を匂わせる。
だが、偽ハウンドを容易く、しかも自分達に気づかせない内に始末する人間となると、王都では限られてくる。
そして、彼らを始末する理由に、さっぱり見当がつかない。
「一体、誰がこんなマネを……?」
考え込んでいると、不意に気配を背後に感じた。
だが、シーさんは振り向かず、冷静な言葉を投げかける。
「シエロ。気配を殺して忍び寄るのは悪趣味よ」
「あれ、驚かないの? くやしいなぁ」
呆れたため息を吐いて振り向くと、背後にいたのは糸目でにこやかな笑顔を見せる、友人の姿があった。
恰好は私服やサーコートでは無く、軽装の戦闘用装備だ。
つまり、彼は戦う為に、ここに来たということになる。
「まさか、貴方な?」
「ち、違う違う!? そんなことしないよ!」
険しい視線を向けられ、シエロは慌てた様子で首と手を左右に振った。
そしてキリッと、表情を真剣なモノにする。
「……さっき、会場の中でも死体を見つけたよ。蜥蜴の刺繍が入った、筋肉質な男の死体。察するに、君やアルトが接触したハウンドの一人だよね?」
「蜥蜴……あの男ね」
ウォーピックを二つ持った、男の姿が脳裏に思い出される。
これで二件続けて。
万に一つも、偶然で片づけられる話にはならなそうだ。
「ところでシエロ。貴方は、何しに来たのかしら」
「勿論、仕事だよ……ただ、この一件、思ったより根が深いかもしれない」
シーさんは眉を顰める。
「僕の報告を受けて、総団長はすぐに案件を議会に上げてくれたんだ。しかし、そこで横槍が入ってね」
「横槍……保守派の連中ね」
シエロは頷く。
「これがまた、結構強引な横槍でね。おかげで案件が受理されるのが遅くなった上、僕の第七特務は動かせない……決定的な証拠が挙がるまでね」
「その証拠を調べるのが、特務の任務でしょうに」
「そうなんだけどね。でも、このオークションには商業ギルドだけで無く、各国の有力者が多いに関係してくる。外交関係の理屈を盾に取られると、流石に総団長も無理を通し辛いらしくてね」
戦時中や戦前ならいざ知らず、現在の騎士団は国内の安定を守る為に存在している。
もし、騎士団の行動が外交問題を引き起こし、戦争にでも発展しようモノなら、七年前の悪夢が再び舞い戻ってくる。
流石にこれは極端な例えだが、実際、大きな戦争を終えた後だけあって、無用な火種は極力させたいというのが、誰もが胸の奥に秘める本音だろう。
騎士団長の立場にいるとはいえ、まだ若い二人には縁遠い、腹黒い政の世界だ。
「その辺りのことは、総団長にお任せしましょう。私達は、私達の仕事を……えっと、私はただの一般人のシーさんなので、何の関係も無い事柄ですが」
「……まだその設定、続けるの?」
ビーバー帽を直すシーさんに、困った顔を向ける。
緩みかかった気配が、次の瞬間、ピンと張りつめる。
「「――ッ!?」」
二人が同時に跳躍する。
数秒遅れて、二人がいた場所に、数本のナイフが突き刺さる。
「――敵ッ!?」
「そんな、僕が気配を感じなかったなんて!?」
唐突な襲撃に、二人の気が乱れる。
けれど、流石は百戦錬磨の騎士団長。
すぐに気持ちを立て直すと、武器を手に取り迎撃に移る。
シーさんは重そうな両手剣、シエロは短剣を二振り両手に持つ。
視線を巡らせるが、蠍の死体以外に人の姿は無く、気配は無い。
が、突き刺すような殺気が、ヒシヒシと伝わってくる。
不可視の気配が動く。
「――ハッ!」
「――シッ!」
シーさん、シエロが同時に武器を振るう。
気配は丁度、二人の間を駆け抜け、激しい金属音と火花を散らした。
散った火花に照らされ、一瞬だけ襲撃者の姿を照らしだす。
偽ハウンドの物と酷似した黒衣。
それだけしか、確認出来なかった。
そして、襲撃者が生み出しだのは音と火花だけでは無い。
「……なに?」
シーさんのメガネ、真ん中のブリッジが斬り裂かれ、地面へと落ちる。
遅れて、シエロが左手に持っていた筈の短剣が、背後へと突き刺さった。
「…………」
動かないよう、シエロが手の平を向けてシーさんを止めると、気配を探るように意識を周囲に巡らせた。
殺気はまだ消えていない。
闇に紛れた猛獣のように、虎視眈々と二人のことを狙っている。
殺気に縫い付けられるように、二人は動けない。
「随分と、凶暴なネズミが紛れ込んだようね」
「冗談言ってる場合じゃないよ。これじゃ、動けない」
相手から仕掛けてくる様子は無いが、突き刺す殺気は、動けば狙い撃ちすると警告している。
百戦錬磨の二人を相手に、気配を読ませないどころか、動くことも許さない実力者。
表情には出さないが、内心で焦りを感じる。これでは、アルト達と合流出来ない。
不幸中の幸いとして、確認されている偽ハウンドの内、二人は殺されているので、数の上では問題無いだろう。
が、何事にも不測の事態は存在する。
今は何としても、この場を切り抜けることが先決。
二人は視線でそう頷き合い、武器を構え直して、殺気の出所を探り始めた。
★☆★☆★☆
人気の無い最上階のフロアを駆け抜けて、アルトとラサラは、屋上へと続く階段を昇る。
さほど長くは無い階段を昇り切り、開きっぱなしの扉を潜ると、視界が一気に開けた。
屋上は簡単な庭園になっている。
庭園と言っても大げさなモノでは無く、花壇や生垣などが植えてある、広い公園のようなイメージだ。
高さがある所為か、吹きすさぶ風が強く、大河の街独特の湿った空気が、少しばかり肌に寒い。
夜と言うこともあり、気温が昼間より低いことも関係しているのだろうが、この屋上に満ちた独特の寒々しさが、余計にそう感じされるのかもしれない。
満天の星空の下、月明かりを浴びて、ミューレリア・アルバはいた。
「……ミューレリア」
睨み付ける視線を向け、ラサラが近づこうと一歩踏み出す。
「――ッ!? 危ねぇッ!」
瞬間、ミューレリアが手に持っている物に気がついたアルトが、飛びかかるようにして生垣の向こうに、ラサラを押し倒した。
「――キャッ!?」
倒れると同時に、生垣を掠って真上に何かが高速で通り過ぎる、風切り音が聞こえた。
ハラハラと、数枚の葉っぱが、舞い落ちる。
「な、何が起きたんですか!?」
「馬鹿ッ、顔を出すなッ」
生垣からラサラが顔を上げようとするのを、頭を押さえつけ無理やり押し止める。
並んで座り生垣の下、レンガになっている部分に身を隠すと、アルトはそっと向こう側の様子を伺った。
「ボウガン、だな。顔を出した瞬間、狙い撃ちされるぞ」
「そんな物まで持ち出してきましたか……でも、それなら一発撃てば、彼女の腕力では、すぐに次の矢は装填出来ないと思いますけど」
「次の矢はな。チラッと見えたが、あのお嬢様、後ろに大量のボウガンを用意してやがるぜ
」
暗かったのではっきり見えなかったが、ミューレリアの後ろには台座があり、既に装填済みのボウガンが、複数並んで置いてあった。
何とも用意周到なことだと、呆れてしまう。
競り合いに負けてアレだけ青い顔をしておきながら、チャッカリと負けた場合のことも、想定しておいたようだ。
蛇野郎の姿は見えないが、恐らく何処かで状況を伺っているのだろう。
「やれやれ。何処かの社長様も、アレくらい用意周到なら、俺の竜翔白姫も無事で済んだんだけどな」
「しつこい男ですね。ボクの計画性と、あの女の陰湿さを一緒にしないでください」
「陰湿具合なら、お前も負けて無いだろうさ」
余計な一言を受けて、ラサラは拳でアルトの頬を殴る。
非力な娘なので、それほど痛くは無い。
「それにしても、随分と恨まれているじゃねぇか。一体、何をやらかしたんだ」
「心当たりはありません……けど」
軽く俯いて、意を決したような視線を、アルトに向けた。
「雇い主として命令します。ボクがミューレリアと話す間、ボクを守りなさい」
「……あいよ」
深く理由を問うマネはしなかった。
金を払うのはラサラ、命を張るのもラサラ。
ならば、雇われボディガードは、ラサラの身の安全を守るだけだ。
頷き合い、ラサラは立ち上がり、生垣から姿を晒す。
その瞬間、狙い澄ましていたボウガンの矢が、ラサラ目掛けて飛翔する。
矢が胸元に届く寸前、アルトが振るった剣によって、大きく上へと弾かれてします。
飛んでくる矢を斬るのは容易いが、それだと勢いが殺せず破片がラサラに刺さってしまう。なので、あえて斬らず、上へと弾き飛ばした。
矢を弾かれ、ミューレリアは思い切り、不機嫌そうに顔を顰めた。
用意しておいた、新しいボウガンを構え直すミューレリアを、真っ直ぐとした視線でラサラは見据える。
「無駄なことは止めなさいミューレリア。貴女も、アルバ商会ももうおしまいです。観念なさい」
凛とした言葉を受けて、ミューレリアはにっこりと見慣れた笑顔を覗かせて、ようやく口を開いた。
「あらぁ、貴女にしてはお優しいお言葉ね。でも、泥棒猫の分際でわたくしに命令しないでくださらない?」
「泥棒猫? 意味がわかりません。貴女が持っている物で、ボクに必要な物など皆無です」
「嘘つき」
笑顔で、そう断言する。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき。嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきッ!」
早口で捲し立てる。
最後は笑顔を消して、怒気の籠る口調を叩き付けた。
唐突な変化に、ラサラも驚いた様子で、言葉に詰まってします。
「知ってる。知っているのよラサラ。貴女がわたくしから、ボルド様を奪おうとしていたこと。ボルド様の気を引こうと、躍起になっていたこと」
「……? 何を、言っているんです?」
心当たりの無いことに、ラサラは本気の困惑を見せる。
だが、否定すればするほど、ミューレリアは大きく髪を振る乱し、言葉を聞き入れようとはしない。
「嘘つき嘘つき! だってわたくし聞きましたもの、ボルド様が貴女と親しくしているって。だって、見ましたもの。貴女がボルド様と仲睦まじくお喋りしているところを。あの、わたくしがお茶会で先に帰ってしまった時もそう!」
お茶会で先に帰った時とは、アルトが彼女達と初めて会った日のことだろう。
けれど、アレは一方的にボルドが言い寄っていただけで、ラサラから彼を誘っている様子も、それどころか、仲の良い雰囲気にも見えなかった。
ラサラもそれをわかっているから、余計に困惑を深くする。
「そ、そんなの誤解も甚だしいです! ボクは彼に興味なんてありません。誰に何を吹き込まれたか知りませんが、全部、貴女の勘違いです」
「いや、嘘よ。嘘に決まっているわ。わたくしは、貴女の言葉なんて信じない」
涙を溜め、イヤイヤと首を左右に振る。
頑なにラサラの言葉を認めようとしない彼女は、追い詰められた小動物のように、心細そうな表情をする。
そして、ラサラもそんな彼女の言葉に、苛立ちを覚えてきた。
「信じないって、そんな勝手なッ! 散々、友達だ何だと、ボクのことを振り回してきた癖に、今になって信じられないだなんて、一体、どういう了見なんですか!」
「だって貴女! わたくしが一番辛い時、苦しい時に、お父様とお母様が殺されたあの日、わたくしの側にいて下さらなかったじゃないッ!」
「――ッ!? そ、それは……」
ラサラは口ごもる。
ミューレリアの両親が殺された日、重要な取引があってラサラは王都にいなかった。
その後も商業ギルドから、オークションの責任者に指名されたりと、多忙な日々が続いていた所為もあって、訃報を知ったのは事件から一週間ほど立ってからだ。
急いで駆け付けた時は、ミューレリアの様子が普段と変わらなかったので、僅かに違和感を覚えたが、それ以上に安堵したのを覚えている。
「ボルド様がいてくれたから、わたくしはわたくしを保てた。ボルド様のおかげで、わたくしのような小娘が、両親の残してくれたアルバ商会を引き継げた。邪魔する人も、意地悪する人も、皆、皆、あの御方の用意してくれた人達が、消し去ってくれたわ!」
両目を見開き、狂ったように笑い始める。
その姿に、もはや正気は無い。
「……ミューレリア」
変わり果てた友人の姿に、ラサラはギュッと拳を握りしめた。
ラサラは知っていた。人と距離を作りながら生きる自分に、彼女は何時だって、変わらず接してくれていた。
口汚く罵っても、次の日には笑顔でまた、他愛の無い話をしてくるミューレリアの、屈託の無い優しさを。空気を読まない彼女に、苛立つことも多かった。けれど……。
失ってから気づいてしまった。
ミューレリア・アルバの笑顔に、ラサラは何度となく、助けられていたことに。
小さく震える肩に、アルトはソッと手を乗せる。
「下がっていろ。ここからは俺の仕事だ」
「……アルトさん」
見上げていたラサラは、目元を拭い、うんと頷く。
言われた通り、後ろに下がるラサラに、ミューレリアは血走った瞳を向けた。
「何処に行こうというのかしら、わたくしを置いて行かないでラサラ」
「おっと」
視線を遮るように、アルトが前に立つ。
ミューレリアの表情が、途端に険しくなる。
「……邪魔をしないでくれるかしら?」
「悪いが、邪魔するね……よう、お嬢様。アンタ、炎神の焔なんざ奪って、何をしようってんだ?」
「炎神の焔? ……ああ」
ミューレリアはその場に屈むと、無造作に、地面の上に置いてあったらしいソレを、片手で掴み上げた。
必死で手に入れた割には、随分と雑が扱われ方をしているモンだ。
「これのことですわよね? 何をするかは、わたくしは存じません。全ては、ボルド様の御心のまま。ボルド様がお求めになるのなら、どんな手段を使っても手に入れる。それがわたくしのボルド様に対する愛ですわ」
恥ずかしげも無く、愛と言い切った。
瞳に正気の光さえ宿っていれば、素晴らしい名台詞だっただろう。
あの目付きには見覚えがある。
ボルドと対立した日、周囲がアルトに向けた視線にそっくりだ。
盲目的なまでの信頼。カリスマなどという言葉では表現しきれない、呪いにも似た依存心が、ミューレリアの瞳からは滲み出ていた。
この状態では、こちらの言葉は届かないだろう。
アルトは両足を広げ、腰の剣に手を伸ばす。
殺気を高める姿を見て、ミューレリアはフンと鼻を鳴らした。
「蛇!」
叫んだ瞬間、何時の間にいたのか、ミューレリアの背後から帽子を被った黒衣の男が、闇の中から姿を現す。
彼は落ち着いた足取りで、ミューレリアを守るよう前に立つと、楽しげな視線を、アルトに浴びせかけた。
「クカッ。ようやく、決着がつけられるなぁ、野良犬」
「蛇野郎が。こっちはとっくに、テメェの顔なんざ見飽きてんだよ」
鼻の上に皺を寄せ、アルトは睨み返した。
隠すこと無い殺気を浴びて、偽ハウンド……いや、蛇は歓喜に満ちた含み笑いを漏らす。
二人は視線を交わしながら、無言で横に移動する。
そして生垣や植木などが無い、広い空間まで来ると、足を止めて再び睨み合った。
同時に、腰の武器を抜く。
アルトは使い慣れた片刃の片手剣。
蛇は何度見ても奇妙な、波打つ刃のフランベルジュをそれぞれ抜く。
互いに得意な構えを取ると、蛇はまた、含み笑いを漏らす。
「待ちかねた。待ちかねたぞ……戦争が終わり、用済みとなった我ら日陰の者。だが、血の味を覚えた毒虫達に、安息など退屈でしかなかった。我が望むのは命のやり取り、すなわち闘争。それこそが、我を心の底から痺れさせてくれる、甘露な毒なのだ……貴様にならわかるだろう?」
「さあな。知るか、そんなモン」
ゆっくりとした口調だが、熱の籠った言葉に、アルトは憮然とした表情を返す。
だが、蛇はククッと笑う。
「戦場の闇を生きる我らに、ただの闘争など物足りぬ。野良犬。貴様のように、北方戦線とう地獄を生き延びた者こそ、我を満たす毒に相応しい」
カチッと、蛇は剣の切っ先をアルトに向けた。
「さぁ、楽しませてくれ。幾多の骸を積み重ねても満たされぬ我を、貴様の持つ毒の全てで潤してくれ!」
「ああ、そうかい……」
「――ッ!?」
瞬間、アルトの姿が消えた。
蛇の表情が驚きに崩れると同時に、胸元がバッサリと斬り裂かれ、鮮血が噴き出した。
軽く跳ねただけのように、ストンと、蛇の背後にアルトが降り立つ。
刹那の一瞬。目にも止まらぬとは、まさにこのことだ。
横に薙いだ剣を、そのまま肩に背負い、アルトは振り返る。
「ようするにテメェは、俺に殺されたいっつーことだな?」
睨み付けると、唖然としていた蛇の表情に再び笑みが宿る。
蛇も振り返り、また対峙する形になると、胸の傷に手を押し付け、強引に止血する。
「クカカッ。面白い……面白いぞ野良犬! さぁ、もっとだ。もっと我を潤してくれッ!」
「いいぜ。ただし、テメェの血でなぁッ!」
二人は同時に剣を振り上げ、刃を正面から叩き付けた。
満天の星空に、赤い火花が混じる。
真正面からぶつかり合う視線と視線。
「来いよ蛇野郎。地獄に堕ちる準備は整ったか?」
お決まりの台詞が口を突き、蛇は当然と答えるように、不気味な笑みを見せた。
野良犬と蛇。
三度目の激突が、今、始まった。




