第33話 ガールズ・カウンターアタック
率直に言うなら、ミューレリア・アルバの仕掛けた罠に、まんまと嵌ってしまったわけだ。
ラサラが責任者の立場から更迭を受け、商業ギルドから除名されてしまった理由。
先日のオークション会場襲撃事件と、警備態勢の不手際を指摘され、その責任を取らされた形だ。
特に問題視されたのが、警備体制の不手際。
どうやら商業ギルドの上層部は、ラサラ側と第一騎士団側が揉め、ラサラが一方的に騎士団を警備から外してしまった、という認識になっているらしい。
その所為で商業ギルドには大きな被害が出たと、幹部連中は怒り心頭。裁判沙汰にまでなるところだった。
それを押し止めたのが、ミューレリアとボルドの二人だと言う。
彼らの熱心な嘆願に幹部連中は心を打たれ、内々で処理をすることで決定し、ラサラカンパニーは商業ギルドから除名、それ以上の責任は問わないという形で落ち着いた。
書類を持ってきた商業ギルドの使いは、厭味ったらしい口調で「アルバ商会の二人に、感謝するんだな」と吐き捨てると、ラサラに顔を合わせること無く、早々に帰って行ってしまった。
あの態度を見る限り、もうラサラカンパニーとは関わり合いになりたく無いのだろう。
一方のアルバ商会側は、商業ギルドの中では英雄扱い。
外されてしまった第一騎士団の代わりに、素早く別の騎士団と連携を取り、警備態勢を立て直した。
襲撃事件を納めたのも、後から来た、アルバ商会と第六騎士団ということになっている。
正義感の強いライナ・マクスウェルのことだ。
利用されたと知ったら、そうとう激怒することだろう。
一夜明けてみれば、ラサラカンパニーは全ての事件において、蚊帳の外に置かれてしまった。
そして、一番の問題は、寝起きにその報告を聞いた、ラサラのことだ。
★☆★☆★☆
ドアを開いて、カトレアが応接間に入って来る。
普段から鍛えているだけあって、随分とタフになってきているらしく、一晩ぐっすり寝ただけで体力も回復、もう普段通りに戻っていた。
ソファーに座っていたアルトが視線を向けると、カトレアは首を左右に振った。
「駄目、何の音沙汰も無し」
心配げな表情をして、肩を竦める。
昼を告げる鐘の音が鳴ってから、もう随分と時間が立つ。
来客があった直ぐ後、起きてきたラサラに書類と共に事情を説明すると、彼女は無言のまま身を翻し、私室に入ると鍵をかけて籠ってしまった。
それから、昼も食べずにずっと、閉じ籠りっぱなしだ。
時間にしては、まだ数時間だから、普通なら何の心配もしないのだが、状況が状況。杞憂かもしれないが、少しばかり気を揉んでしまう。
アルトは普段と変わりはしないが、ロザリンとカトレアは頻りに心配そうな表情で、ソワソワと落ち着かない様子で、立ったり座ったりを繰り返していた。
「全く。人が訪ねてきたというのに、事態は随分と急転直下したモノね」
そしてアルト以外にもう一人、普段と同じ様子の人物が。
通りすがりの地方貴族の三女、シーさんだ。
いや、恰好と名前は、本来のモノとは違うのだけれど。
相変わらずのビーバー帽に眼鏡にドレスと、派手な恰好ではあるが、デザインは昨日の物とは違っていた。
アルト的には、こんなオシャレに気を使うタイプだったかなぁ? と微妙に首を傾げてしまう。
カトレアは何か言いたげな視線をシーさんに向けながら、お茶の用意をするとそれぞれの前に置き、自分はアルトの左横に腰を下す。
右にはロザリン。そして、左側にある別の座席に、シーさんが座っていた。
正面はラサラの定位置なので、そのことに配慮したのだろう。
「ま、アイツも色々と思うところがあるんだろうさ。今は、そっとしておくしかねぇだろう……ところで」
アルトは視線をシーさんに向ける。
「お前、昨夜、何か気になることがあるって、言ってたよな。わかったのか?」
「そんなにすぐ判明することじゃないわ……けれど、一つ確証を得たことがあるわ」
三人の視線が集まる。
シーさんは皆を見回し、ハッキリとした口調で断言した。
「あの、オークション会場を襲った連中。私は見てないのだけれど、アルトが何度か戦った、蛇の刺繍の男も含めて……彼らは本物のハウンドでは無いわ」
「「――ええっ!?」」
「ま、そうだわな」
ロザリンとカトレアは驚きの声を上げるが、アルトは予想がついていたらしく、したり顔で頷いた。
「調べたところ、ハウンドが複数人いるという記録は無いわ。ハウンドの仕業とされる、可能性の戦い事件は全て、単独による行動よ」
「そもそも服装からしておかしいだろう。猟犬って名乗っておきながら、何で刺繍が蛇や蠍なんだよ」
確かにと、雀蜂と対峙したカトレアは頷く。
「それなら、彼らは、何者?」
「そこまではわからないわ。けれど、ハウンドでは無いとしても、彼らが腕の立つ殺し屋であることに違いは無いわ……油断は、しない方がいいわね」
視線は、真っ直ぐとカトレアに向けられていた。
「むっ、なぁんであたしのこと見んのよ」
「別に。深い意味は無いわ」
棘のある態度で、シーさんは帽子の位置を直した。
キッとカトレアは視線を細めるが、食って掛かるようなマネはしなかった。
横目でそれを見たアルトは、意外な反応に少し驚く。
「まぁ、それはそれとして、貴方達はこれからどうするのかしら?」
シーさんの問いかけに、三人は顔を見合わせた。
「どうするったってな。依頼主が引き籠ってちゃ、動くに動けん」
「それに、何かしようにも、商業ギルドから除名された現状じゃ、もう、この事件に関われない」
悲しげな表情で、ロザリンは俯く。
ミューレリアが何かしら、ラサラに恨みを懐いているのなら、これで終わりとは思えないけれど、ロザリンの推測ではそれは二次的なモノらしい。
本命はやはり、オークションと炎神の焔。
彼女の優先順位は恐らく、そちらの方が上だろう。
「多分、予想以上に、私達が邪魔になったんだと、思う。だから、強引な理由をつけて、私達をこの一件から、外へと置いた」
「ミューレリアにとっちゃ、邪魔者を一掃できた上に、ラサラに一泡吹かせられるから、一石二鳥ってわけか。気に入らないぜ」
不機嫌な態度で、アルトはソファーの背もたれに肘を置く。
ラサラの歯に衣着せぬ毒舌と、ボルドのカリスマ性が、商業ギルドの評価をわけたのだろうが、それ以外にも幾つか細工がされていそうだ。でなければ、こんなに早く、しかも本人に申し開きの場も与えられず、一方的に除名を言い渡されるのはおかしい。
「話を聞く限りでは、炎神の焔も、相当に危険に代物らしいわね。王都の結界が破壊されるなんて、冗談でも笑えないわ」
「偽ハウンドなんざ操ってる連中に渡すには、ちょいとばかり危なすぎる玩具だな」
「……ひょっとしてさ、これって、物凄くヤバイ状況なんじゃないの?」
引き攣った表情のカトレアが放った一言に、場がシーンと静まり返った。
あのシーさんですら、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
「……騎士団の方から、オークションを中止に追い込めねぇのか?」
「決定的な証拠が無い以上、総団長が頷かないわね……私は騎士では無いから、わからないのだけれど」
「それに、あまり強引な手段を取ると、あっちも、無茶をするかもしれないから、危険」
ロザリンがそう付け足す。
確かに、もうダース単位で人が死んでいる。無理をすれば、事態がどう転がるか予想がつかない。
「下手に突っつくのは危険ってわけか……流石にお手上げだな」
嘆息しながら、アルトは両手を広げた。
そして、再び沈黙が訪れる。
さて、八方塞で打つ手は無し。
そもそも、アルトの仕事はラサラを守ることなので、ミューレリアの野望を打ち砕く義理は無い。
逆に言えば、忙しく王都のあちこちを駆け回るより、屋敷の中に引き籠っていた方が、守りやすいというモノだ。
アルトの心情的には、納得できはしない。
未だ療養中で意識を取り戻していないレオンハルト。攫われたラサラ。手酷くやられたカトレア。そして、偽ハウンド、蛇野郎から胸に受けた一撃。
返すべき借りは、山ほどある。
それに、ここまでコケにされて引き下がるのは、アルトの性に合わなかった。
ポケットに手を突っ込んで、アルトは立ち上がる。
「どこ、行くの?」
「ラサラんとこ」
それだけ言って、アルトはドアの方へ向かって行く。
少し考えて、ロザリンも立ち上がり、アルトの後ろにくっ付いて行った。
ドアが閉まり、二人が出て行き、二人が応接間に残った。
暫しの沈黙の後、シーさんは横目でカトレアを見る。
「貴女は、行かないのかしら」
「いかない」
短く言って、カトレアは立ち上がると、シーさんの方に身体を向けた。
「アンタに、お願いがあるの」
「お願い? アルトでは無く、私に?」
意外な言葉に、軽く驚いて首を傾げるシーさんに向けて、カトレアはおもむろに頭を下げると、腰を九十度に曲げた。
「あたしに、戦い方を教えて欲しいッ!」
必死の色が、声に宿る。
シーさんは黙って、頭を下げるカトレアを、厳しい視線で見つめる。
「それは、何故かしら?」
「あの雀蜂って女に、勝つためよ」
頭を下げたまま、カトレアは力強く言い切った。
ふぅと、シーさんは短く息を吐く。
「武術の心得があっても、プロの互角に戦えるようになるのは、容易なことでは無いわ」
「できれば、オークションの日までに、出来る限り」
もう一度、今度は深く息を吐く。
「付け焼刃の教えで勝てる相手では無いわ。それは、手合せした貴女が、一番良く知っているでしょう?」
「おっしゃる通り。でも、あたしはやる。やらなきゃならないの」
「……なぜ? アルトなら、普通に戦えばあの程度の手合い、まとめて相手しても勝てるわ。いざとなれば、私やシエロもついている。素人の貴女が、無理に戦いに出る必要性は皆無よ」
シーさん。いや、シリウスとしての忠告だろう。口調は、大分厳しい。
騎士として、力無き人々の剣として戦う彼女にとって、戦うという言葉を、軽々しく使って欲しくは無いのだろう。
けれど、カトレアも引かない。
「わかってる。無茶を言ってるのも、迷惑をかけてるってのも。でも、でも! ここで引いて、アイツの背中に隠れたら、あたしはアイツと対等じゃいられなくなる……それだけは、絶対に嫌なの」
カトレアは顔を上げて、真っ直ぐとシーさんを見据える。
「女には女の矜持があるの。だから、あたしが受けた借りは、あたし自身が返す」
「…………」
「…………」
睨み合う女性二人。
シーさんの視線は厳しい。
睨まれれば、大の男でも怯んでしまう眼光を真正面から浴びても、カトレアは絶対に視線を外そうとはしなかった。
やがて、根負けしたように、シーさんが大きく息を吐きだした。
「……わかったわ」
「ほんと!?」
カトレアが顔を上げて、パッと表情を明るくする。
そんな彼女の姿を、シーさんがギロリと睨み付けた。
「戦い方は教えるわ。でも、勝つ方法は自分で学びとりなさい。命がけでね」
厳しい口調で言うと、シーさんは立ち上がる。
「来なさい。早速、手ほどきをしてあげるわ」
「えっ? 今から?」
「当然。今日出来ることは、今日する主義なの。どうせ暇なのだから、問題は無いわよね」
挑戦的に視線に、カトレアは下腹部に力を込めて、勢いよく立ち上がった。
「やってやろうじゃない。女の意地ってヤツを、見せてあげるわ」
「それは重畳。せいぜい、特訓の最中に死なないで貰いたいわね」
バチバチと視線に火花を散らして、二人は応接間から出て行った。
★☆★☆★☆
ラサラの私室に続く扉を数回ノックして、少し待つが、中からの応答は無かった。
朝から数えて、これで五度目の訪問になる。
見上げる心配げな表情のロザリンに、アルトは肩を竦めた。
ラサラの心は、ポッキリと折れてしまったのだろうか?
ラサラカンパニーという大きな会社を、数年で、しかも一人で築き上げた彼女の才覚は、まさに天才と呼んで差支えは無いだろう。
だが、その代償として支払ったのは、幼少期の思い出だ。同時に、信じて積み重ねてきた物を、子宝に恵まれた両親によって否定されてしまった。
ラサラにとって商売を営むということは、自分の人生を歩むことと同義なのだろう。
何も持たない彼女が、それを失ってしまったら、立ち上がることは困難かもしれない。
そして、彼女の唯一の理解者であったレオンハルトは凶刃に倒れ、言葉にはしていないが、友人だと思っていたであろうミューレリアは、彼女を裏切った。
失ったモノは、想像以上に大きい。
本当に心が折れてしまったのなら、このままそっとしておくのが、一番なのかもしれない。
そう思い、ドアの前を離れようとするが、アルトの足は動かなかった。
代わりに脳裏に浮かんだのは、風呂で聞いた、レオンハルトの言葉だ。
『アルト様。どうか、お嬢様をよろしくお願いします』
歯痒い気持ちが胸に湧きだし、アルトは不機嫌に舌打ちを鳴らす。
閉ざされたドアを睨みつけると、ドンと、強く拳を打ちつけた。
「おい、聞いているかラサラ……聞けよラサラ・ハーウェイ!」
言葉を叩き付ける。
「お前、本当にこのままでいいと思ってんのか? このままで終わらせるつもりなのかよッ!」
返答は無い。
だが、構わずアルトはドアを叩き、言葉をぶつける。
「俺は冗談じゃないね。舐められっぱなしで終わるなんて、俺の主義にあわねぇ。お前はどうなんだ? お前を裏切ったミューレリアと、お前の大事なモンを傷つけた蛇野郎に、キッチリ落とし前をつけずに終わる気かッ!」
もう一度、ドンと、思い切りドアを殴りつける。
振動がドアだけでなく、廊下全体を揺らした。
横にいるロザリンはただ、固唾を飲んでその状況を見守っている。
「答えろラサラ! 全部キッチリ答えを出してから、それから引き籠りやがれ!」
瞬間、ドアが勢いよく開かれた。
危うく顔面を打ちつけるところだったアルトは、寸でのところでかわす。
見ると、寝間着姿で不機嫌な表情をしているラサラが、ギロッとアルトを見上げてきた。
「……ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあと、やかましいんですよ駄犬が」
少し掠れた低めの声色で、ラサラは真っ赤に晴れた両目を三角にして睨みつけて来る。
アルトはニヤッと、片方の頬を釣り上げた。
「泣き虫毛虫の引き籠りが、えらそうな口を叩くじゃねぇか」
「えらそうではありません。えらいんです、可愛いんです、天才なんです」
徐々に、声に活力が戻って行く。
「盛りのついた犬のように吠えずとも、アルバ商会はボクが潰します。ついでに、ボクをないがしろにした商業ギルドにも、そのツケを払って貰います」
「出来んのかよ」
「貴方方には無理です。ボクには、可能です」
力強く言い切る。
胸を張ってドヤ顔を見せる姿は、何時ものラサラに戻っていた。
「上等……で、どうする?」
問いかけに、ラサラは率直に答えた。
「わかりません。だから、今から考えます」
「今からって、時間はねぇぞ」
「わかっています。だから、一日」
ラサラは指を一本立てる。
「今日一日だけで、何とか状況を打開する方法と、コンディション作りを終わらせます」
「わかったよ。んじゃ、俺らはその間、どうする?」
「屋敷の掃除でもしておいてください。レオンハルトが戻った時に、屋敷が荒れ果てていたら、卒倒しかねませんから」
「わかっ、た」
シュタッと、ロザリンが手を上げる。
最後に微笑を見せると、ラサラは再び私室へと戻って行く。
ドアが閉まる直前、声は出さなかったが、微かにラサラの唇が動く。
ありがとう。
そう唇を呼んだアルトは、苦笑して閉まるドアを見送った。
★☆★☆★☆
次の日の、同じ時間。
昨日より綺麗になった応接間でアルト、ロザリン、カトレアが待っていると、約束通りラサラは姿を現した。
直前に風呂へ入って来たらしく、昨日のように赤く腫れあがった目はしていない。
小奇麗な恰好に戻っているが、一晩寝ずにずっと考え込んでいたのか、目の下にはくっきりと隈が浮き上がっていた。
だが、それ以上に酷い様子なのは、カトレアの姿だった。
顔には絆創膏。首筋や腕など、肌が露出している場所には、痛々しい青あざが出来ている。
横に座るアルトが、ジト目を送る。
「お前、どうしたんだよ?」
「女の勲章」
よほど悔しい思いでもしたのか、口ではそう言いながらも、不機嫌そうにむっつりと黙り込んだ。
ラサラは挨拶もそこそこに、定位置である正面のソファーに腰を下す。
「よお。準備は万端かい?」
挑発的な問いに、ラサラはフッと頬を釣り上げる。
「当然です」
自信満々にそう言って、並んで座る三人を見回す。
「三日後のオークションの日、その日に、生意気にもボクに楯突いたミューレリア・アルバを叩き潰します……報酬を弾みますから、貴方達も手伝ってください」
僅かだが、心配そうに言葉を揺らすラサラ。
真っ先に手を上げたのは、カトレアだった。
「あたしはやるよ。負けっぱなしは、嫌いなの」
「ま、金に困ってる身としちゃ、断れねぇな」
「私も、頑張る」
三人の言葉に、一瞬だけ瞳を潤ませて、ラサラはゴシゴシと袖で目を擦る。
そして改めて、三人を見回した。
「んで? どんな作戦を考えたんだ?」
「単純です。ミューレリアが第一に目的にしているのが、炎神の焔なら、ボク達がそれを手に入れてしまえばいいんです」
「手に入れるって、どうやってよ? まさか、盗む気?」
ラサラはジト目を向けて「馬鹿ですか?」と否定する。
「勿論、正攻法で頂きます……つまり、三日後のオークションに参加して、それを競り落とすんです」
「そりゃ確かに正攻法だな。だが、それでどうする? 炎神の焔を手に入れたからって、全部が丸く治まるわけじゃないぞ。それに、オークションが始まる前に、奪われちまう可能性があるんじゃないか?」
「後者に関しては、それはありません」
キッパリと言い切る。
「以前までならともかく、現在、オークションの責任者はミューレリ一人。その状態で、一番の売りである炎神の焔を出品出来ないのは、かなり心証を悪くします。アレを手に入れるには、正攻法でオークションに挑むしかありません。余程のことが無い限り、ね」
「つまり、その余程のことを、起こすって、こと?」
ロザリンの問いに、ラサラは頷いた。
「ボクに考えがあります。理由は不明ですが、ミューレリアはボクに深い憎しみを懐いている様子。なら、逆にそれを利用させて貰います」
一晩立っただけで、随分と強気な発言をするモノだ。
だが、アルトは気づいてしまった。膝に置いたラサラの手が、ギュッと硬く握り締められたことに。
それをアルトは、見ないフリをする。
「ボクの作戦が成功した場合、次にミューレリアは強引な手段に打って出るでしょう。下手をすれば、偽ハウンド達だけでなく、第六騎士団も敵に回るかもしれません。その相手はアルトさん。貴方にお願いします」
「無茶苦茶言うねぇ。いいぜ。蛇野郎共には、キッチリと借りを返してやるさ」
「お願いします……ですが」
言葉を区切ると、ラサラは表情に影を落とす。
「この作戦を実行する為には、一つだけ大きな問題があります」
「問題?」
ロザリンが首を傾げる。
「オークションは国外の貴族や富豪、商家に向けたモノですから、基本的にエンフィール王国内の人間には通知を出していません。大陸中の掘り出し物が集まりますから、大っぴらに宣伝すると、国内の人間で埋め尽くされてしまいますからね」
「ああ、それは前に聞いたな」
「ですので、国内の人間が参加するには、一つの規定があるんです」
意味深な前振りに、嫌な予感が募る。
三人は、ゴクリと喉を鳴らした。
「オークションに相応しい名品を、一つ出品すること」
その一言に拍子抜けしたのか、三人は「なんだぁ」と安堵の息を付く。
しかし、ラサラは指を左右に振る。
「残念ですが、商業ギルドが代々的に宣伝を諸外国に打ったオークションです。生半可な物では、審査すらして貰えません。そして、審査の一人にはミューレリアもいます」
「それって、応募してもミューレリアの一存で、落とされる可能性があるんじゃないの?」
眉を潜めるカトレアの発言に、難しい表情で頷いた。
「可能性は高いです。ですが、審査員には商業ギルドの古参幹部もいるので、一方的な振るい落としは出来ない筈……満場一致で名品だと言わせられる物であれば、ミューレリアとて、意を唱えることは出来ません」
「そんなモン、お前、持ってんのか?」
「持ってません」
あっさりと答えられ、思わず耳を疑ってしまう。
白い眼を向けられ、慌てた様子で、ラサラは言い訳を口にする。
「だ、だってボクは骨董品とかを収集する趣味はありませんから、仕方が無いじゃないですかぁ!」
「まぁ、そういうのは、お金持ち云々とは、また別の話だからねぇ」
元貴族なりに、何か思い当る節があるのか、カトレアは足を組んで頷く。
「今から、何か、探す?」
「お金で解決出来れば問題は無いのですが、そうなると、商業ギルドから外されたのが痛いですね。流通関係からは締め出しを喰らってしまうでしょうから。ツテを使えば、何とかならないことも無いですが、時間がかかるかもしれません」
「お前らは? 家に何か転がって無いのか?」
「あたしん家は、没落した時に全部売り払っちゃったからなぁ」
「魔術関係なら、実家に戻れば、あるかも。でも、多分、そんなに高い値段はつかない」
それ以前に、魔女の遺産を表に出すのは危険すぎる。
なので、ロザリンの案は却下だ。
「ったく。そうなると、シリウスやシエロ辺りか、頭取に頼んでみるか?」
「言っておきますが、ミューレリアを無条件で黙らせるボーダーラインは、炎神の焔と同等かそれ以上の品ですよ」
「……ハードルが高すぎるだろ」
神様の名のつく名品と同等など、大陸、いや世界でも数えるほどしか無いだろう。
とてもじゃないが、身近にそんな国宝級のお宝を持っている人間が、いるとは思えない。
「とにかく、手当り次第に探してみるしかないか」
「人に聞いてばかりですが、アルトさんは何か持ってないんですか?」
ラサラの言葉に、何故かカトレアが大きく肩を竦めた。
「この貧乏人に、んな価値のあるモン持たせたら、三日と持たずに質屋へ流されちゃうわよ」
「それもそうですね。ボクとしたことが、全く無駄極まりない質問をしてしまいました」
そう言い合って、二人はわっはっはと笑った。
完全に馬鹿にされていると、アルトは拳を握り、ぷるぷると振るわせる。
だが、言っていることは事実なので、否定することも出来ない。
「……ん?」
ふと、頭の隅に何かが引っかかった。
最近、似たようなことを、誰かに言われた気がする。
てっきり怒鳴り散らすと思っていたカトレアは、何やら考え込み始めたアルトを不審に思い、眉根を潜めて顔を覗き込む。
「……なによ、急に黙り込んで。もしかして、本気で怒った? ごめんごめん、ほんの軽い冗談じゃな……」
「――あーッ!?」
大声を張り上げて立ち上がると、驚いたカトレアが仰け反る。
アルトは思い出した。
「あったぞ。炎神の焔に匹敵する、いや、それ以上の名品!」
「マジですか? 冗談では無く?」
疑わしげな視線を向けるラサラに、力強く頷いてみせる。
「ああ、あるぜ。英雄竜姫の残した遺品『竜翔白姫』だ」
エンフィール王国最強の英雄。
彼女の残した美しき白亜の剣が、炎神の焔に負ける筈が無い。
まさかの発言に、ラサラは暫し茫然とする。
そして、驚きの声が、屋敷全体を震わせた。




