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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち
150/162

第150話 宿命の親友






 既に死している肉体に、体感する寒さなど僅かでしかない。

 いや、きっと感じ取ることの出来る寒さなど、生者である頃の名残、錯覚なのだろう。


 死者であり魔剣である女性、レイナ・ネクロノムス。

 廃城の中で一際高く聳え立つ尖塔の頂上で、一人外から吹き込む寒風を浴びていた。

 外壁もボロボロの、今にも崩れ落ちそうな尖塔の最上階は特に何も無く、グルリと周囲を取り囲む数本の石柱が尖った屋根を支え、吹き抜けになったフロアをただ石畳が広がっているだけだった。


 手摺すらないギリギリまで足を寄せ、腕を組みながらレイナは眼下を見下ろす。

 何の用途で作られたのかすら定かでは無い、高いだけの尖塔だが、ここからの眺めは悪くない。朽ち果ててはいるが歴史を感じさせる建造物が足元に広がり、後はひたすら乾いた荒野が広がるばかり。後数ヶ月もすれば、一面の雪景色が楽しめるだろう。

 首都のゴチャゴチャした景色より何倍も、レイナの心を落ち着かせてくれた。


 廃城の城門を少し出た辺りでは、砂煙が上がり、僅かだが剣戟の音も聞き取れる。

 既に前線では、反アルフマン派達との戦いが、始まっているのだ。

 本来ならレイナは、この廃城の責任者として、前線に立ち剣を振るう役目がある。


 けれど、レイナは動くことなく、ただ黙って先頭に一人残り続けていた。

 理由はただ一つだけ。

 待っているのだ……彼女を。

 一際強い寒風が、吹き抜けのフロアを駆け抜ける。

 レイナは表情一つ変えずに、ただ組んでいた両腕を下におろした。


「……ようやく来たようね」


 ポツリと呟く。

 独り言では無い。確かに、誰かに聞こえるよう、レイナは言葉を発した。

 背後の、フロアの中央にある階段から足音が聞こえ、同時に女性の「へへっ」と笑う声が反響して響いた。


「えらく待たせてもうたみたいやな……堪忍やで」


 謝罪の言葉を述べながら、大きなハルバードを担いだ女性が、フロアに姿を現す。

 足音が止まると、レイナは唇にニヤッと笑みを浮かべ、待ちかねたとばかりに振り返った。


「遅いわテイタニア。思えば貴女は、何時だって約束の時間に遅れて来たモノね」

「そういうアンタは、何時だって三十分前には待ち合わせに来とったな。ハッキリ言うとくけど、それ早すぎやで?」


 肩に担いだハルバードを下ろし、褐色の肌の女性は明るい笑みを見せた。

 テイタニア。かつて、レイナの親友だった人物だ。

 ガーデンで戦った時は、剣を抜くまでもなくレイナにアッサリと地に伏せられた。

 再戦の誓いを交わし、今日対峙するこの時まで、相当の修練を積んだのだろう。健康的な色合いをした肌には、無数の傷痕が残っている。中にはまだ治り切って無いのか、生々しい傷をしたモノまであった。


 だが、たかだか十数日の特訓で、埋められるような実力差では無い。

 それにレイナ……ネクロノムスもまた、魔剣として、更に研ぎ澄まされている。

 絶対の自信を表すように、レイナは堂々とした態度で腰の細剣、魔剣ネクロノムスを抜き放つ。

 勢いよく正面を一文字に薙ぎ払い、刃を返してから、静かに切っ先を向ける。


「思い出話に花を咲かせたいのはやまやまだけれど、今の私達に問答は無用。語り合うべきは、剣戟の調べのみ……そうでしょう?」

「……ああ、せやな」


 真剣な顔で頷き、テイタニアもハルバードを頭上で旋回させてから、腰を落として構える。


「戦う覚悟も理由も、互いに全部出し尽くしたわ……ウチらは武芸者。それでも文句があるっちゅうなら、腕っぷしで解決するしかないなぁ」

「是非も無い」


 短く答えて、レイナはスッと視線に細め、鋭い殺気を宿した。

 対峙する二人。

 刃を交えるより早く、迸る殺気が鍔迫り合いを演じる。

 互いに遠慮なくぶつけ合う殺気は本物で、そこに友人であった頃の思いやりや優しさが、介入する隙などありはしなかった。


 睨み付けるのは敵。刃を向けるのは敵。

 テイタニアもレイナも、互いに互いを敵と認識している。

 共通の認識はただ一つ。

 命尽きるその瞬間まで、力の限る武を振るう。それだけだ。

 互いに出方を伺う中、最初の一歩を踏み出したのは、レイナの方だった。


「――ふっ!」


 石畳を蹴り、レイピアを振るう。

 一足でトップスピードまで加速させたレイナは、空気を突き破り、瞬きをする間も無く一直線に間合いを詰める。

 突貫する速度を刃に乗せ、レイナは柄にも無く力任せにレイピアを叩きつけた。

 慌てず落ち着いた様子で、テイタニアはハルバードを構え、刃を阻む。

 鋼鉄の柄と刃がぶつかり合い、激しい火花が舞った。

 正面から見つめ合うテイタニアは、僅かに眉を顰めた。


「……随分と、らしくない戦い方や無いか、レイナ」

「……ふっ」


 答えず、レイナは薄笑みを浮かべる。

 戦闘能力はレイナの方が、各段に上。それは、テイタニアが幾ら特訓を重ねようと、短期間で埋められるような差では無い。しかし、単純な力比べなら別。人より優れた腕力を持つテイタニアが唯一、レイナに勝る能力だろう。


 グッと力強く柄に押し込まれ、レイナはレイピアを両手で握り締める。

 力比べでは分が悪いことはわかり切っているのに、レイナは一向に離れようとしない。

 頭や技の切れで戦うレイナからは、想像もつかない戦い方に、テイタニアは奇妙さから眉間に寄せる皺をドンドン深くしていった。


「レイナ……何の真似や」


 馬鹿にしているのかと言いたげな、テイタニアの不機嫌な口調に、レイナはギリギリとハルバードを押さえる腕を震わせつつ、薄笑みを浮かべて断言した。


「テイタニア……貴女は私より弱い」

「な、なんや、いきなりッ!」


 キッと眉を吊り上げると、突き放すように柄を前に押し出し、無理やりレイナを後ろへと飛ばす。

 開いた間合いに透かさずハルバードを振るい、レイナも合わせるよう斬撃を放った。

 耳障りな金属音が響き、二つの刃が噛み合う。

 が、今度は力が拮抗しているのか、噛み合ったままピクリとも動かない。


「な、なんやてッ!?」

「ふっ、ふふふ。これが証明よテイタニア」


 驚く姿にレイナは満足そうな笑顔で、唇の端を愉悦に吊り上げた。

 テイタニアは両手で、重量兵器であるハルバードを振るった。

 それをレイナは、細いレイピアの刃で、しかも片手で易々と受け止めて見せた。

 技術な云々とか、そんな問題では無く、確実にテイタニアは力負けしているのだ。


「テイタニアぁ。確かに腕力だけならば貴女は、クルルギにも匹敵するかもしれない。けれど、よぉく目を見開いて確認してごらんなさい。貴女の一撃は、この私の、しかも片腕で容易く止められてしまった」

「こ、これはまだ、うちの全力とちゃうッ!」

「全力だとしても同じことよ」


 認めない言葉を厳しい口調で、バッサリと切り捨てる。

 片手で受け止められている時点で、レイナが本気を出していないのは明白だ。


「ネクロノムスの真価は、その成長速度。誰が握っても究極へと至れるその根源は、力と経験の共有よ……何十人というネクロノムス隊の経験が、常に魔剣ネクロノムスの糧となる。つまりね、テイタニア。魔剣ネクロノムスは、通常人が体験出来る経験の倍の数を、倍の速度で積み重ねることが出来る」


 ギリギリと少しずつレイピアに力を籠め、一歩前へと足を進める。

 その剣圧と気迫に押されるよう、テイタニアは逆に一歩、後ろへと後退した。


「貴女が寝ている時も食事をしている時も、私は絶えず成長を続ける。一度差がついた時点で、貴女が私に勝てる可能性は永遠に失われてしまった」

「……ぐっ、ぐぐッ!? そ、そないなこと、あらへん!」

「あるのよテイタニア」


 言葉を遮るよう言い切り、更に一歩踏み込む。


「私は今、最速、最短の距離で最強の頂きを目指している。いいえ、最早魔剣ネクロノムスは最強の二つ名に、指が届きかけていると言っていいわ」


 三歩目。レイナが強引に、身体を押し込む。

 歯を食い縛り耐えるが、無情にも靴底は石畳の上をズリズリと滑り、強引な形でテイタニアは後ろへと下がらされた。

 背後は尖塔の端っこ。柵も何も無いので、このまま押されれば落下してしまう。


「あの敗北もまた、私の糧となった。死の恐怖すら克服し、強さへと変えた私はクルルギと同等、いや、それ以上の力を得ることに成功した! 次は負けない。次こそは勝利をこの手に納める。最強の名を、本物にする為に!」

「な、何を、寝ぼけたこと言ってんのや、こっのド阿呆がッ!」

「……むっ?」


 滑るように身体を押し込まれ、尖塔の縁ギリギリまで運ばれたテイタニアは、あわや落下寸前と所でその足を制止させた。

 唾を飛ばし怒鳴りながら、テイタニアは額に血管が浮き出るほど力を籠め、全力でレイナの圧力に抵抗している。

 ジロッと、血走った瞳をレイナに向ける。


「アンタの喧嘩相手はクルルギやない……このうち、テイタニアや……舐め腐るのも、大概にせいや、このド腐れがッ!」

「――なッ!?」


 レイナの表情が、驚きに崩れる。

 何とテイタニアは身体をギリギリで押し留めただけで無く、逆に今度はレイナの身体を反対方向へ押し始めたのだ。

 ハルバードを握る両腕には、筋肉が限界まで隆起している。

 レイナが知るよりずっと強大な腕力に、慌てて対抗しようとレイピアを両手で握るが、数歩足を進め加速し始めた所為で、押し留めることが出来ない。

 テイタニアはハルバードを握る手を、それぞれ反対に滑らせ間隔を空けると、奥歯を砕け散らんばかりに噛み締めた。


「――ッッッ! どぉぉぉッせえええぇぇぇッッッ!!!」


 ハルバードをレイピアに押し付けたまま、全力で横に薙ぎ払おうとする。

 これは不味いとレイナは刃に角度をつけ、ハルバードを受け流そうとするが、押し付けられる圧力が強すぎて、レイピアを上手く操ることが出来ない。

 瞬間、レイナの足がフワッと、石畳の上から浮いた。


「――し、しまっッ!?」

「――潰れてまえぇぇぇッ!」


 掬い上げるようにハルバードを大きく上へ持ち上げると、その真下に目掛け、浮いたレイナの身体を、石畳の上に思い切り叩きつけた。

 激しい衝撃が、尖塔を大きく震わせる。

 石畳は砕け、巻き起こった砂埃が、吹き抜けから外へと飛び出していく。

 外から尖塔の光景を見れば、まるで火事にでもなったのかのように、モクモクと砂煙をあげているだろう。


「はぁはぁはぁ……」


 額から汗を流し、テイタニアは荒い息遣いで肩を上下させていた。

 吹き抜けから飛び込んで来る寒風で、瞬く間に砂煙は散らされていく。

 中から現れたのは当然、両足で割れた石畳の上に立つレイナの姿だった。

 尖塔が崩れるかと思うほどの衝撃であったが、レイナは僅かに額から血を流すだけで、他に外傷を負っている様子は無い。

 テイタニアも効果があるとは、思ってなかったのだろう。驚いてはいなかった。

 額からドロリと流れる血を、レイナは指先で拭う。


「……見ろ。この、私の血を」


 指先に付着した血に視線を落としてから、レイナは静かな口調で言う。

 言われてテイタニアも額の血に視線を向けると、驚くように鼻から大きく息を飲んだ。


「アンタ、その血……」

「人の血は赤いモノだ。何十、何百と人を斬ってきた私も、赤い血以外のモノを見た試しは無い。それは人や亜人種、魔物も同様……しかし、見てみろこの私の血を」

「……黒い。ほんま、泥みたいに、真っ黒や」


 動揺するように、テイタニアは呟く。

 一方のレイナはククッと、何処か寂しげな笑みを零す。


「クルルギとやりあった時は、普通に赤い血やったのに……まさか、アンタ、身体に限界が……?」

「その通りだ」


 誤魔化すこと無く、レイナは素直に認めた。


「我が身は既に死んでいる。人としての器では、剣精ネクロノムスには不十分なのよ。既に肉の殆どが食い尽くされ、血すらも腐り始めている」

「そ、そうまでして、アンタは、まだネクロノムスに固執してんのか!?」

「剣の打ち手も、誤算だったのでしょうね。人の身で最強に至ろうとすれば、人の身を逸脱しなければならない……これ以上、進化を続ければ私の肉体は変質化し、あの人工天使達と近しい存在へ昇華されるでしょう」


 テイタニアは息を飲む。

 見つめる視線に、光は無かった。まるで、あの人工天使達と、同じように。


「でも、でもまだ、私は人を止めるわけにはいかない……ッ!」


 力強い言葉を吐くと、レイナの瞳に光が宿る。


「まだ、私にはやりのこしたことがある」

「それは、なんや?」


 問いかけに、ほんの僅かだが、レイナは唇に笑みを宿した。


「テイタニア。貴女との決着……貴女は私の敵では無い。戦った所で、大人と子供の喧嘩よ……けれど、貴女こそ私の弱さの象徴!」


 言い切って、レイナは静かにレイピアを構える。


「テイタニア。貴女を殺し、私は弱い自分を殺す。レイナという弱く、哀れな女の存在意義を全て消し去って初めて、ドルフが望み、私が目指した最強の魔剣、レイナ・ネクロノムスが完成に至れるのよ!」

「……レイナ」


 何も知らないモノが聞けば、彼女の狂気しか伝わらないだろう。

 だが、テイタニアは違う思いを感じていた。

 純粋な渇望。武芸者として最強の高見に至りたいという、誰もが抱く願い。愛する者を約束し、犠牲にしてまで至った高見は高く、既に降りることなど許されない。だからこそ、レイナは突き進むのだ。

 行き着く先が破滅でも、彼女は女の前に、武芸者なのだから。

 キュッと唇を噛んでから、テイタニアは浮かびかけた涙を、手首で擦るように拭う。

 そして、強く握り締めたハルバードを構えた。


「なら、こっからが本番やレイナ……アンタは、最強にはなれへん」


 覚悟を決めた視線が、レイナを射抜く。


「アンタはこの場で、うちに殺されるんやからな」

「……ふっ」


 レイナは微笑む。

 そして、顎を軽く上げて、


「望むところよ」


 不敵に言い放った。

 数秒に沈黙の後、二人は同時に一歩を踏み出した。




 ★☆★☆★☆




 その様相は、まるで固い岩盤を削り取る掘削機のようだった。

 皇家の墓攻略を開始した、エンフィール騎士団。

 スズカの采配により援軍は無く、彼ら単独による任務なのだが、皇家の墓を防衛している部隊に比べ、騎士団の総数は一割にも満たなかった。


 僅か百五十ほどの騎士達に対して、混合とは言え、防衛隊は三千を超えている。

 普通に考えなくても、無謀にしか思えない数の差だ。

 これが籠城による守備側というのなら、まだ話は分からなくない。だが、今回は攻め。一割以下の戦力で、三千の敵に突貫していかねばならない。これが如何に無茶な作戦かは、子供だって容易に想像がつくだろう。


 一般的に、拠点を攻める側は守る側より、三倍の兵力が必要と言われている。

 まぁ、戦場において必ずしも、それが正しいとうわけでは無いが、定石であることは間違い無いだろう。


 しかし、ことエンフィール騎士団に限っては、そのような常識は当てはまらない。

 皇家の墓を守るよう、文字通り肉壁となる魔物の群れ。

 そのど真ん中を、鏃のような尖った陣形を作り引き裂く、騎士団の軍勢があった。

 土煙を上げて、魔物の大軍を斬り裂く、騎士団の陣形。圧倒的な物量差を前にしながら、怯むことなく果敢に前へ前へと進む姿は、勇敢だとか蛮勇だとか、そんな陳腐な言葉すら凌駕していた。


 まさしく、修羅の如、騎士達は一直線に、大軍を打ち貫こうと突き進む。

 理性の無い魔物や、ただ命令を実行するだけのゴーレムですら、まるで恐れ戸惑うように、次々と騎士団に蹂躙されていく。

 数が幾ら上回ろうと、質の高さは圧倒的に、騎士団の方が上回っているのだ。


 一人一人が阿吽の呼吸で、口に出さずとも互いの意図を読み取り、瞬時に最善策を組み込む。

 一人が騎士団の、騎士団が一人の力になれば、三千の数など烏合の衆に過ぎない。

 何よりも騎士団の原動力となっているのが、鏃の最先端。前線で剣を振るう、四人の姿に他ならなかった。


「だぁぁぁッ! 面倒クセェったらありゃしねぇ! どんだけ敵がいやがるんだよコンチクショー!」


 泣き言にも似た叫びを上げながら、アルトの剣が正面の魔物を数人、まとめて斬り裂く。

 圧倒的な力を見せつけられても、対峙するのは魔術により恐怖や本能が奪われた、魔物達の群れ。一人二人斬っても、大中小様々な大きさの魔物が次々と、浜辺に打ち寄せる波の如く襲い掛かってくる。


「泣き言なんて聞きたくないわ」


 アルトの右側から、クールな言葉が返ってくる。

 瞬間、辛うじて目視出来た斬撃が数回、宙を舞い、今まさに襲い掛かろうと足を踏み出した魔物達が、バラバラの肉片と化した。

 剣に付いた血を振るい落として、シリウスは涼しげな横目をアルトに向けた。


「統率力が無いぶん、ただ切り払えばいいだけだから、私は楽だと思うけれどね」

「そりゃお前は、そうだろう……よッ!」


 正面から来た剣を持つオークの一撃を柄で叩き落とし、バランスを崩した脳天に刃を打ち下ろした。

 その隙に、シリウスは三体の魔物を斬り伏せていた。

 そしてまた、チラッとアルトに横目を向ける。


「……その微妙なドヤ顔止めろよ、ムカつくなぁ」

「これは失礼」


 言い合って、二人は同時に刃を正面に振るった。

 会話を交わしながらも、振るう剣と進む足を止めない二人。

 右手に持った短剣で戦う、シエロの姿だ。

 そんな二人を微笑ましい表情で見守る男が、アルトの左隣にいた。


「なんだか、懐かしい光景だね。三人で戦場に出てた頃を思い出すよ」

「そうかぁ? あの時は喋ってる暇なんか無かっただろうよ。つか、思い出したくねぇ!」

「同感ね」

「ハハッ。まぁ、いい思い出にするには、かなり苦すぎるからね」


 笑いながらもシエロは、少しだけ寂しそうな顔をする。

 迫りくる魔物達をステップワークだけで回避し、首筋などの急所を狙って、確実に一撃で仕留めていく。

 アルトやシリウスに比べ、地味で迫力にかける戦闘方法だが、高い技術を伺わせる。


「……お前、相変わらず労力を使わねぇ戦い方してんなぁ」

「ふふっ。僕は二人と違って、才能が無いからね」

「どの口がほざくのかしら」


 アルトとシリウス、二人からジト目を向けられても、シエロはニコニコとした笑顔を崩さず、最低限の行動で魔物達を屠っていく。

 全く持って余裕の三人に、後ろをついていく騎士達も、驚愕を通り越して苦笑いを浮かべていた。

 そしてそれは、三人のすぐ後ろを走る、ロザリンも一緒だった。


「……三人共、凄い」


 ロザリンは初体験となる、戦場の空気。

 独特のひりつくような緊張感の中、常に身を斬るような殺気が周囲を取り囲んでいる。

 四方八方敵だらけ。生まれて初めて経験する戦場にしては、あまりにハード過ぎるだろう。

 けれど、正面を走る三人の背中の、何と頼もしいことか。


「ロザリン。怖いか?」


 振り向かず、アルトが真後ろにいるロザリンに問いかける。

 ロザリンはぷるぷると、首を左右に振った。


「怖くない」

「そりゃ結構」


 背中越しに、苦笑している気配が伝わった。

 別に強がっているわけでは無く、事実ロザリンは、戦場に恐怖を感じていなかった。

 年齢の割には幾多の修羅場を潜った経験と、左腕に刻まれた焔ミュウの力があるのもそうだが、三人の気の抜けたようなやり取りが、緊張感をいい意味で和らげてくれたのだ。

 恐怖どころか、余計にやる気が湧いてくる。


「よぉし」


 ロザリンは気合を入れるよう、鼻息を荒くして左腕を翳す。


「焔みゅ……」

「お前は何もするな。本番は墓に突入した後なんだから、ぶっ倒れても知らんぞ」

「……しゅん」


 やる気を出した瞬間に釘を刺され、腕を下ろしたロザリンはガックリと肩を落とす。

 暴れられないのが不満らしく、騒ぎ立てるミュウの気配が、腕の文様から伝わってくる。

 焔ミュウの力は確かに強力で、魔物の群れ如きなら、一瞬にして消し炭にしてしまえるだろう。しかし、消費する魔力が膨大過ぎる為、継続的な戦闘には向かないという、大きな欠点もある。


 アルフマンが何か仕掛けているとも限らないし、魔女であるロザリンの知恵と魔力は、ギリギリまで温存して置きたかった。

 落ち込んだ気配を見せるロザリンに、アルトは戦いながら軽い声を出す。


「なぁに。まだまだ、前座も始まってねぇんだ。後になったら、嫌って言うほど働いてもらうから、そこで我慢してろ」

「……うん。珍しく、頑張ってるアルを、後ろから、応援してる」

「珍しくは余計だ」


 ロザリンの一言に、アルトは思わずガクッと肩を落とした。

 瞬間、左右にシリウスとシエロに、ピリッとした緊張感が走る。


「……どうやら、その前座がお出ましのようね」


 空を見上げるシリウスの口調に、真剣味が帯びる。

 視線を追うようにアルトも空を、皇家の墓の方を見ると、彼方から太陽とは違う輝きを見せる何かが、此方を威嚇するように、天高くを舞っていた。

 見間違える筈も無い、人工天使の姿だ。

 アルト達だけで無く、光を目視した騎士達全員に緊張感が走る。

 アルフマン討伐戦第一班は、いよいよ最初の山場を迎えようとしていた。






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