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第14話 天楼






 大太刀の刃が鈍色に光り、ラヴィアンローズの笑顔を照らす。

 邪悪な微笑。

 掛け値なしの美女だからこそ、その表情は蠱惑的で恐ろしい。

 対峙すれば理解できる。この女、先週戦った通り魔野郎なんかより、全然強い。


「これだから北街は嫌なんだよ。時々、こんな化物みたいな奴とエンカウントしやがる」

「あら、わたくしのような超絶美少女を捕まえて化物だなんて、ショックのあまり五寸刻みにしてやりたくなりますわ」


 そう言って、ラヴィアンローズは大太刀を上段に構えた。

 極端な上段の構え。

 両手に持った大太刀を、まるで薪割でもするかのよう、大きく上に振りかぶる。

 大太刀の重さで身体が軽くエビ反りになり、大きな胸がより強調されていた。

 構えだけ見れば隙だらけ。

 だからと言って、猛禽類が獲物を見つめるような、爛々とした目を向けられると、どれだけ隙だらけでも、おいそれと飛び込む気にはなれなかった。


「…………」


 アルトは剣を水平に倒し、相手の出方を待つ。

 ラヴィアンローズの唇の端が、大きく吊り上った。

 刹那。

 真っ直ぐ弓矢のように、突貫して来たラヴィアンローズは、お辞儀でもするかの如く上半身を大きく前に倒し、その勢いのまま大太刀を大上段から打ち落とした。


「そんな大振り……!」


 焦らずアルトは回転しながら、左へと避ける。

 重量のある大太刀をまともに受ければ、こっちの剣が折られてしまう。だが、重量のある武器に加え、極端な上段の構え。軌道を読み、避けることは難しいことでは無い。


「……当たるかよッ!」


 回転の遠心力を利用して、横薙ぎの一撃を放つ。

 が、


「あらあら、甘く見られたモノね」

「――ッ!?」


 大きく左足を踏み出し、強引に打ち下ろした大太刀を止めると、低く態勢を沈み込ませ、横薙ぎを回避。

 片刃の剣はラヴィアンローズの頭上を斬る。

 そこからラヴィアンローズは身体を右に捻り、Uの軌道を描きアルトの顎目掛け、今度は刃を打ち上げてきた。

 骨があるのか疑わしく思う、身体の柔らかさだ。


「――あっぶね!?」


 寸でのところで身体を仰け反り、鋭い刃が顎を掠めるだけで済んだ。


「あ、兄貴ッ!」


 ウェインの心配そうな声が飛ぶ。

 後ろに飛んで距離を取ったアルトは、冷や汗混じりに切っ先が掠めた顎を触る。

 恐ろしいほどの動きを見せる。

 一足で間合いを詰める瞬発力。

 振り落した大太刀を強引に止める腕力。

 そして、無理な態勢からも攻撃に繋げられる柔軟性。

 どれを取っても、スラム街のチンピラという枠組みを大きく逸脱していた。

 ラヴィアンローズは笑顔のまま、また同じように極端な上段の構えを取る。


「少しは気合が入ったかしらぁ? いつまでも舐め腐っていると、ぶち殺しますわよ?」


 顔は笑っているが、挑発的な口調が胸に刺さる。

 どうやら、女だからと言って、少し油断していたのを見抜かれたようだ。

 アルトはヘッと笑い、剣を両手で握り腰を落とす。

 脇構えの態勢だ。


「面白いじゃねぇか、ラヴィアンローズ。んじゃ、ちょっくら本気で遊んでいくか?」

「ええ。もちろん、最上級のおもてなしじゃなければ、許しませんことよ?」


 互いに視線を交差させ、笑みを零す。

 そして……同時に走った。

 振り抜いた両者の刃が、真正面からぶつかりあい、金属音と火花を散らす。

 続けて、二合、三合と打ち合う。

 常に大振りから打ち出される、ラヴィアンローズの一撃は強力で、受ける度にビリビリと柄を握った手を痺れさせた。

 単純な腕力勝負なら、アルトの方に分があるのだが、ラヴィアンローズも細腕からは想像もつかない胆力を発している。更には大太刀の重量、振り抜く速度と遠心力が総合して、結果的にアルトの腕力を上回っていた。

 ならばと、アルトは速度で対抗する。

 片手剣の軽さを生かして、剣を持つ手を左右、器用に入れ替えながら、様々な方向から素早い斬撃を繰り出す。

 さながら、曲芸のような立ち回りだ。

 不規則な軌道を描く刃を、全て捌きながらラヴィアンローズは楽しげに叫ぶ。


「エクセレント! 素敵な舞ですわぁ……でも」


 振り下ろした片刃の一撃を柄頭で受け、そのまま刃を上へと弾いた。

 ラヴィアンローズの顔が快楽に染まる。


「こんな軽い打ち込みでは、このラヴィランローズの花びらを、散らすことは不可能ですわ!」


 その流れで上段に構える。

 剣を弾かれたアルトは、無防備な態勢を晒していた。


「なんの。野良犬騎士の真骨頂は、ここからだぜ!」


 剣を握った右手を、跳ね上げられた状態から後ろに回し、背中越しに剣を左手に持ち返ると、逆袈裟斬りの要領で下段から剣を振るった。

 振り落された大太刀と刃が交差し、一瞬だけ静止する。

 ギリッと金属が擦れ、力負けした大太刀がアルトの一撃に斬り払われた。

 今度はラヴィアンローズに隙が生まれる。

 だが、常識外れの柔軟性を持つ彼女のこと。

 この程度の隙では返されると踏んだアルトは、地面を蹴りラヴィアンローズの真横を抜けた。


「――なんですのッ!?」


 驚きに目を見開くラヴィアンローズが、動きを追おうと身体の向きを変えようとするが、もう遅い。

 すれ違いざま身体を回転させて、アルトはその無防備な背中に斬撃を放った。

 完璧なタイミング。

 大太刀を払われ、バランスを崩した状態。

 その上で対処しようと、無理に身体を捻ろうとしているから、もう避けることもできないだろう。

 刃が背に触れる寸前、アルトの本能が警笛を鳴らした。

 ラヴィアンローズが怪しく笑う。


「お出でませ、エーくん」


 瞬間。

 服の中から緑色の毛並をした、ネズミのような小動物が這い出てくる。

 緑色の波紋がラヴィアンローズを守るよう広がり、それに触れたアルトの刃がギィインと耳触りの悪い音を奏でて弾かれてしまった。


「――なんだとッ!?」

「ナイスですわ、エーくん」


 飛んできた大太刀の薙ぎ払いを回避し、アルトは舌打ちを鳴らして距離を取る。

 緑色のネズミはラヴィアンローズの肩を走り回り、甘えるように頬ずりをした。


「なんだ、ありゃ。魔物か?」

「失礼ですわね。この愛らしいエーくんの姿を見て、魔物だなんて」


 ラヴィアンローズは否定しながら、唇を尖らせた。

 何かを感じ取ったロザリンが、声を出す。


「アル。アレ、魔物や、動物じゃない。亜精霊、だよ」

「亜精霊だぁ?」


 アルトは思い切り、戸惑った声を漏らす。

 精霊とは、この世界の根源たる力が形となった存在で、エンフィール王国の国家神、水神リューリカも、最上位の水の精霊に分類される。亜精霊とはその末端。上位精霊が生み出す力の因子が知性を持ち、独自の姿を形作った存在だ。

 小さいとはいえ、元は精霊の一部。

 その身体は魔力で構成されており、時に人知を超えた力を発揮する場合もある。

 今しがた見せた、刃を弾く波紋を生み出したように。

 話を聞いたウェインは、驚きと恐怖からか、顔色を青くする。


「そそそ、そんなモノ、人間に操れるんすか?」

「対価を払い、契約を結べば、使役するのは、難しくない。相手が亜精霊なら、その対価も安く済む、はず」

「ふん。面倒なこった」


 アルトは鼻の下を親指で拭う。


「でも、これでわかったぜ。随分と大胆な構えを取ると思ったら、んな隠し玉を用意してたとは。そりゃ、防御のことなんか考えなくてもいいよなぁ。いや、こりゃ参った参った」


 嫌味ったらしい口調で、アルトは相手を挑発する。

 しかし、ラヴィアンローズは笑みを崩さない。


「あら、良い女というのは、どんな状況でも全力を尽くすモノよ? ましてや、わたくしは超絶美少女ッ! どんな手を使ったって、笑顔一つで全てチャラですわ」


 そう言って、ニッコリと華が咲くように笑った。

 綺麗な花には棘がある。

 この言葉は、彼女のためにある言葉かもしれない。


「……棘だけじゃなくて、毒もついてくるかもだけどな」

「あら、光栄ね。愛と言う名の毒で、貴方をぶち殺してさしあげますわ」


 真っ赤な舌で唇を濡らし、また、極端な上段の構えを取る。

 アルトは親指でグッと、鼻を拭った。


「上等だ。んじゃ……」


 右手に持った剣の切っ先を、ゆっくりとラヴィアンローズに合わせた。


「地獄に落ちる準備は、整ったか?」


 一瞬の静寂の内に、緊張感が高まる。

 そして、


「――ッ!?」


 先に動いたのはアルト。

 目にも止まらぬ速度で、瞬く間に間合いを詰めた。

 早すぎるスピードに、ラヴィアンローズは驚くよう両目を見開く。

 だが、その動きにも確り対応できるのは流石だ。

 大太刀を攻撃から防御に切り替え、盾代わりにアルトの一撃を受け止めようとする。


「ぶっ飛べぇぇぇ!」


 肩の可動域を全て使い、スイングする刃が風を斬り裂いた。

 鋼と鋼がぶつかり合い、耳が痛くなるほど甲高い音が空気を震わせる。

 花火のようなオレンジ色の火花が、大きく散ったかと思うと、大太刀の刃がミシッと鈍い音を立て、ラヴィアンローズの身体が後ろへと押し込まれた。

 驚愕の表情を見せるラヴィアンローズに、刃を左に振り抜いたアルトはどんなモンだと笑って見せる。


「――なんて力なのッ!?」

「まだまだッ!」


 剣を左手に持ち代えて、右足を踏み込むと同時に、今度は反対方向からスイング。


「不味いですわね……エーくん!」


 肩に乗っていた亜精霊が輝き、ラヴィアンローズの前に緑色の波紋が広がった。

 だが、そんなことはお構いなしに、アルトは全力で剣を振り抜いた。

 刃が波紋に阻まれ、火花の代わりに緑色をした魔力の残滓が弾け飛ぶ。


「ふふっ……」


 冷や汗を流しながらも、ラヴィアンローズが余裕の笑みを漏らす。

 が、一撃の勢いは止まらない。

 七分袖から見える腕の筋肉が張り、魔力で作られた緑色の波紋に細かい罅が走ると、次の瞬間、粉々に砕け散ってしまった。


「――ッ!?」


 絶句しながらも、ラヴィアンローズは素早い判断で後ろへと跳躍。

 流石に三度目までは追撃しきれなかったが、アルトは大きく肩を上下させ息を吐き出して、どんなもんだと歯を見せて笑った。

 自然と、ラヴィアンローズの頬にも、笑みが宿る。


「……マーベラス。最初の動きは様子見でしたのね。いけずなお方」

「まだまだ。俺の全力は、こんなモンじゃねぇぜ?」


 不敵に笑うアルトに、舞い上がって服に付着した埃を、手で払ったラヴィアンローズは魅惑的に微笑む。


「ふふっ。薔薇の美しさもまだまだ、七分咲きといったところですわ」


 その瞬間、閃光が幾筋も走る。

 一拍遅れて、ラヴィアンローズの背後にあった廃屋が切り刻まれ、柱に支えられる二階部分だけを残し、一階部分だけが綺麗に倒壊した。

 衝撃が風となって、短いスカートをはためかせる。

 何が起こったのか、ロザリン達には理解出来ないだろう。

 アルトですら刀身は確認できず、辛うじて剣筋だけを見ることが出来た。


「淑女には準備が付き物。許可しますわ。満開に咲き誇る薔薇と、わたくしの美しき妙技に、惚れてよろしくてよ?」


 愛らしく首を傾げる。

 その名が示すように、薔薇の如く美しく、そして鮮烈だった。

 戦争が終わってこの国に平穏が訪れても、時折、こういった戦うために生まれてきたような人物が現れる。

 全く面倒なことだと、内心で呟きながらも、アルトの頬が何故か緩んでいた。

 それはラヴィアンローズも同じらしく、身体中を走り回るエーくんを指であやしつつ、アルトに対して意味ありげな流し目を送った。

 常人のウェインには理解できない様子で、唖然と立ち尽くしていた。


「オ、オイラ。よくこんな人達がいる街で、今まで生き残ってこれたのが不思議っす」

「あの二人を、基準にするのは、間違ってる、と思うけど」


 ロザリンが冷静なツッコミを返した。

 そして熱冷めあがらぬどころか、更に加熱する二人は暫し睨み合い、再び上段と脇構え、それぞれの構えを取る。

 三度目の激突は、前二回の比ではないだろう。

 固唾を飲み込む二人に見守られ、同時に第一歩目を踏み出した。

 と、不意にラヴィアンローズが舌打ちを鳴らす。


「こそこそと覗き見だなんて、優雅とは言い難い所業ですわね。出てらっしゃい!」


 上を向いて、ラヴィアンローズは苛立つよう怒鳴った・

 数秒待って、門の上に何かの影が動く。

 門の上に立った影は人の形をしていた。

 人影は躊躇うことなく飛び降り、対峙する二人の間に割って入るよう姿を現した。

 降り立った人影はまたも女性で、ラヴィアンローズと同い年くらいだろう。

 切れ長の目に、武闘家のようなストイックな服装。

 長い赤毛を後ろで三つ編みにして、一本に纏めている、スレンダーで無駄の無い身体つき。

 装飾過多なラヴィアンローズとは、色んな意味で対極的だ。

 腰の両脇にある蛮刀をガチャッと鳴らし、女性はアルトとラヴィアンローズ、それぞれに鋭い視線を送る。

 途端に、ラヴィアンローズは不機嫌そうに表情を崩した。


「フェイ……わたくし、今とっても楽しいところですの。邪魔をしないでくださる?」


 水を差されたことがよほど気に入らなかったのか、丁寧な口調の中にも禍々しい殺気が宿る。

 しかし、フェイと呼ばれた女性は動じることなく、ため息を吐くとラヴィアンローズに強い眼差しを向けた。


「……貴様に預けた仕事は、門番では無くボスの護衛、だったはずだが?」

「そんな退屈なこと、やってられませんわ」

「こちらは決して安くない報酬を払っているんだ。そんな態度を続けるのなら、契約を打ち切るよう進言してもいいんだぞ。その時は勿論、報酬は無しだ」


 一歩も引くことなく、ラヴィアンローズ相手にそう言い放つ。

 暫し睨み合う二人、

 先に折れたのは、つまらなそうに鼻から息を抜くラヴィアンローズ。

 漲らせる殺気を押さえて、大太刀の背中の鞘へと納めた。

 それを確認すると、フェイは一度頷き、今度はアルトの方へ視線を向けた。


「で、貴様ら。奈落の杜のボスと親しい人間が、天楼の本拠地に何の用だ?」


 向けられる視線は厳しい。

 下手な答え方をすれば、今度は彼女を相手に第二ラウンドが始まるだろう。


「別に親しくはねぇけどな……俺達は、天楼のボスに用があって来たんだ」

「……ボスに?」


 懐疑的な表情をするフェイに、懐から取り出した既に開封済みの紹介状を手渡す。


「紹介状? ……ふむ」


 封から手紙を取り出し、中の文章を確認する。

 今度は大丈夫だろうか。

 とりわけ、ウェインの心配そうな視線に見守られ、読み終えたフェイが手紙を封に戻すとアルトに返した。


「……確認した。通行を許可しよう」


 若干、渋面はしているが、今度は話が通じた様子で、アルトはホッと胸を撫で下ろす。

 ただ、ラヴィアンローズは、何やら不満げな顔をしている。


「あら、ぶち殺しませんの?」

「血判まで押された、正式な紹介状だ。これを破れば、我ら天楼の仁義が疑われる。それに、正式な奈落の杜の関係者というわけでは無いようだしな」


 物騒な言葉にも、冷静な判断を返す。

 それでも天楼の人間として、奈落の杜と近い者を本拠地に入れるのは気が引けるのか、アルトに向けられる顔付きは厳しい。


「……全く。殺してしまっていたら、それを切っ掛けに戦争が始まるところだぞ」

「あらあら、心配する必要は無いわよフェイ。だって彼ったら、わたくしと同じくらい強いんですもの」

「……なに?」


 満面の笑顔と、疑わしげな視線を浴びて、アルトは居心地の悪さに顔を顰める。

 ジロジロと不躾な視線を這わせ、フェイは半笑いで鼻を鳴らす。


「こんな貧乏臭い男がか? ふん。貴様の冗談はあいかわらず笑えんな」

「はっは~。テメェの平べったい胸、腫れ上がるまで捏ね繰り回すぞクソ女」


 引き攣った笑顔で透かさずそう返すと、意外に純情なのか、ボッと顔を赤らめる。


「は、破廉恥なッ。殺されたいのか貴様!」

「先に喧嘩売って来たのは、テメェだろうがッ!」


 売り言葉に買い言葉。額に青筋を浮かべ、互いに睨み合う。

 ウェインはオロオロと戸惑うばかりで、ラヴィアンローズは我関せずとばかりにエーくんと戯れ、鼻歌を歌っていた。

 パンパン。と、柏手が鳴らされる。

 二人の視線が下に向けられ、何時の間にか間に立っていたロザリンが、交互に表情の薄い視線を向けた。


「喧嘩は、めっ」


 気概が削がれ、アルトとフェイが見つめ合い、ふんと顔を逸らした。


「下らないことに時間を取った」


 そう言ってフェイは苦々しい表情のまま、門の前まで近づくと、木製の扉に両手を添える。


「……開閉」


 短く言葉を発すると、ガコンと大きく何かが外れるような音が響く。

 すると両開きの扉が、ゆっくりと押し開かれていく。


「そっか。感じてた術式は、声による自動開閉なんだ」

「ってことは、あのフェイって愛想の悪い女は、魔術師なのか?」


 ロザリンは首を左右に振る。


「多分、違う。扉を開く時に、あの人から、魔力の流れは感じなかったから。あの扉に施されてる術式が、声か言葉に、反応して開く仕組みになってると思う」


 そうロザリンは推測した。

 簡単に開いたように見えたが、アルト達が同じことをやっても開かないのだろう。

 こんな扉を街のど真ん中に立てるなんて、ますます天楼という組織がどういうモノなのか、わからなくなってきた。

 難しい顔をしていると、フェイが「おい」と声をかけてきたので、視線を向けた。


「これからボスのところまで案内する。くれぐれも、問題を起こすなよ?」


 念を押すような強い口調に、アルトは「はいはい」と気の無い返事をする。

 本当にわかっているのかという表情をするが、フェイはそれ以上何も言わず、さっさと門を潜って中へと入って行った。

 ボリボリと頭を掻いて、その背中について行こうと足を踏み出した時、右腕に軽い衝撃と共に柔らかい物が押し付けられた。

 見ると、何故かラヴィアンローズが、右腕に絡みつくよう抱き着いていた。

 ラヴィアンローズは楽しげに目を細め、アルトの顔を見上げてくる。


「ささ、行きましょ。わたくしが自ら、エスコートして差し上げるわ」

「なんだよ急に。さっきまで人のこと、殺そうとしてやがった癖に」

「堅いこと、言わないでくださいな。わたくし、貴方が気に入りましたの。いけません?」


 上目遣いの瞳は、長い睫もあってより色っぽく見えた。

 軽く顎を上げて、少し考える。


「ま、美人に抱き着かれるのは、悪い気分じゃねぇな」


 満更でも無い言い方をしながらも、アルトはスルッと抱き着かれた右腕を引き抜くと、手を振ってさっさと歩き始めた。


「悪いが、積極的な女は苦手なんだ」


 軽い口調に、ラヴィアンローズは自分の小指を噛む。


「んっ、いけずですわ」

「アルは、小さい子が好き、だもんね」


 誤解を招きかねない台詞と共に、小走りで横へ駆け寄ってきたロザリンの頭を無言で叩いた。

 だが、それをラヴィアンローズが聞き逃してくれるはずもなく、


「あら、ロリコンでしたの。いやだわ、変態。性的倒錯者。わたくしのたわわな膨らみの良さもわからないなんて、死んで詫びても足らないわね、さっさと地獄に落ちなさいこの犬畜生♪」

「うるせぇよ、薔薇子。嬉々として人を誹謗中傷するんじゃねぇ!」


 ワイワイ、ガヤガヤと、より一層賑やかになって、アルト達は天楼の本拠地へと足を踏み入れた。

 一人、輪に入りそびれたウェインは、少しだけ悲しげな表情で、邪魔にならないようコソコソとその後を追い駆けた。




 ★☆★☆★☆




 天楼の本拠地は、一言で表せば乱雑だった。

 大通りを封鎖して作られた、いわば街の中にある街。

 元々、ここら一帯は大きな商店の集まりだったらしく、周囲の建物は二階建て以上と、他の場所に比べて非常に高さがある。

 その上、無理に増築を重ねているからか、建物同士は連結しており、より歪で、奇妙な作りをした独特の風景を作り出していた。

 まるでこの本拠地全体が、一つの家のような、そんな錯覚を覚える。


「ほう。結構、人がいるんだな」


 最初に感じた印象を、口に出して喋る。

 人の気配すらなかった、門の外とは違い、一歩中に踏み入れれば、そこには随分と賑やかな光景が広がっていた。

 露店や屋台が立ち並んでいるかと思えば、そのすぐ横で洗濯をしている人間もいる。

 色々とごちゃ混ぜになっている風景だが、不思議とこの街並みにはあっていた。


「メインストリートとは、随分と、雰囲気が違う」


 キョロキョロと見回すロザリンが、そう口を零した。

 単純な賑やかさなら、人の行き来が激しいメインストリートの方が上だろう。

 しかし、この場所の活気はまた独特。

 何処か排他的な雰囲気のある奈落の社とは違い、温かみがある。と言ったら、語弊があるかもしれないが、少なくとも北街を歩く時にいつも感じる、危険な空気感がここだと若干、和らいでいるように思えた。

 勘違いして欲しく無いのは、ここが治安の良い場所、という意味ではない。

 現に今も、何処からかギラギラと警戒するような視線が、向けられている。

 向けられる剣呑な気配に、前を歩くフェイが振り向かず言う。


「ここの連中は鼻が利く。喜べ。少しは腕が立つ男、くらいには、認識されているようだぞ」

「そりゃ、嬉しくねぇな」


 視線の正体をフェイから解説され、アルトは辟易とする。

 先頭を歩くフェイについて行くこと十数分。

 この場所では彼女の顔を知らない者はいないらしく、大通りの真ん中を堂々と直進していても、向こうの方から避けては、歩きやすいよう道を空けてくれる。

 顔を引き攣らせる強面の男達から、仰々しく挨拶をされている姿は、仲間内でもそうとう厳しく、恐れられているのだろう。

 そしてラヴィアンローズに対しては、よほど関わり合いになりたく無いのだろう。

 必死で目を逸らし、早足でその横を抜けて行く姿がちらほら確認できた。

 当のラヴィアンローズは気づいている癖に、素知らぬ顔だから尚、性質が悪い。

 真っ直ぐ歩き続けている内に、通りの突き当りまで辿り着く。

 正面には大きな御殿が立っていた。

 これも増築を繰り返していたためか、妙に不格好な外観をしている。


「こりゃ、派手と言うか何というか」

「美的センス皆無の、美しく無い建物ですわね、いつ見ても」


 言葉に迷っていると、ジト目のラヴィアンローズが容赦のない感想を述べた。

 確かに何とも個性的な御殿に、ロザリンとウェインも目を丸くしていた。

 御殿の手前まで来て、不意にフェイが足を止める。


「……全く」


 アルトが訝しげな顔で覗き込むと、フェイは何やら呆れた様子で額に手を当てていた。

 視線を追って見る。

 御殿の入り口は一階では無く、二階にある。そこに行くには幅の広い、朱塗りの階段を上る必要があり、その階段のちょうどど真ん中に、目立つ人影が座っていた。

 歳の頃は少なくとも、六十は超えているだろう。だが、全身ははち切れんばかりに、筋骨隆々。タテガミのような髪の毛は、揉み上げと髭が繋がっていて、その巨大な体躯との相乗効果か、遠目からも威圧感がヒシヒシと伝わってきた。

 彼は階段に腰を下し、手の平に乗せた本を読んでいた。


「――ボスッ!」


 誰だ。と問う前に、フェイが大声を張り上げた。


「……ん?」


 ボスと呼ばれた男は、恐ろしげな相貌をこちらへと向ける。

 パタンと、本を閉じた。


「どうした? オメェが男連れたぁ、珍しいこともあったモンだ」


 年齢を感じさせないバリトンボイスが、通りに良く響く。

 重低音の声に、フェイは渋い表情をする。


「笑えない冗談ですね……ボスへと客人です」

「ほう?」


 視線が、アルトへと向けられた。


「……ん?」


 僅かに男は眉を潜めるが、すぐにそれを打ち消した。

 フェイに視線を戻す。


「何者だぁ?」

「奈落の杜のボスからの紹介で来た者です。詳しい話は、直接彼らから」

「ほう! ハイドの坊主からかい」


 楽しげに言うと、今度は興味深げな視線をアルト達に向けた。

 男は立ち上がり、大きくその両腕を広げ、堂々とした態度で高らかに叫んだ。


「よく来たなぁ。歓迎しよう! 儂がこの天楼の主、シドだ」


 腹に響く迫力ある声で、自らの名を名乗る。

 直感でアルトは理解した。

 この圧力、この感覚。

 紛れもなくこのシドという男は、人の上に立ってしかるべき、カリスマを宿していた。







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