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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち
138/162

第138話 決戦への序曲






 パスカリス・グレゴリウスの死去は、直ぐにラス共和国全土に広まった。

 下手人は咢愚連隊の協力者ということもあり、すぐさま各地で残党狩りの粛清が提案される。しかし、直後にセント・ピーリス大聖堂が、パスカリス・グレゴリウスは人工天使計画に関わっていたと暴露し、下手人達を擁護したことにより、状況は一変する。


 和平の条件として破棄された研究を、現在も行っていて、しかも高い地位にいた人間が関わっていたとなれば、それは国内外に問わず由々しき事態だ。

 そして、パスカリスを擁護することは、人工天使計画を肯定すると受け取られかねない。


 そういった事情もあり、昇りかけた粛清論は、間もなく鎮火。

 同時に、パスカリスと繋がりがあると噂されるアルフマンに対し、反アルフマン派のみならず、アルフマンを支援する議会の人間達も、僅かながら不信感を募らせつつあった。


 が、残念なことに、アルフマンと繋がる決定的な証拠は無かった。

 一連の流れは今回の一件を受けて、スズカが描いたシナリオ。

 流石にアルフマンに届くとは思ってなかったが、植えつけた疑惑は確かな足枷となる筈だった。

 しかし、決断力に長けるアルフマンは、身動きが取れなくなる前に次なる一手を打つ。

 パスカリスの訃報から三日後。バスホーン刑務所のすぐ側にある処刑場で、咢愚連隊の幹部、ロックスター、ゲンゴロー、ファルシェラの三人の処刑が、異例とも言える速さで、処刑が正式決定された。




 ★☆★☆★☆




 処刑当日の早朝。

 何の前触れもなく下された、処刑命令は、彼らにとっても寝耳に水と言えるだろう。

 一度決定されれば、後はもう坂道を転がる丸石が如し。お役所仕事とは思えない速さで、様々な必要事項は本人達に知らされる間も無く処理され、人間三人分の人生が終焉する最後の場は、モノの数時間で完璧に整えられた。


 前日に護送用の馬車で移動させられたロックスター達三名。

処刑場の地下にある薄暗く、湿気の帯びたかび臭い空気が充満する牢獄の中で、死刑囚として粛々と終わりの時を待っていた。

 ……筈なのだが。


「ハグハグハグハグハグ!」

「バグバグバグバグバグ!」

「…………(もそもそ)」


 あと数時間でこの世からお別れだと言うのに、三人は牢獄の中で輪になり、一心不乱に大量の食事をかっ込むという、何とも和やかな光景が広がっていた。

 最後の食事ということで、共和国側が用意した様々な料理。肉から魚から、共和国では割と高価な野菜や果物まで。流石に酒などは不許可だったが、本人達の希望もあり、大量に地下の牢獄に運ばれていた。

 これだけの量と質の料理を、首都で食べようと思えば、それなりに値は張るだろう。


「……こいつら、気は確かなのか?」


 見張りの兵士が、呆れ気味にそう零す。

 蝋燭の明かりだけがぼんやりと周囲を照らす、薄暗い地下牢。その一角にある鉄格子に阻まれた牢獄の中で、ロックスター達三人が一心不乱に食事を取っていた。

 鉄格子の前には、監視役の三十代後半ほどの兵士が一人、槍を持って立っている。

 この処刑場に長らく務める兵士だが、こんな光景見たことが無い。


 死を間近にする死刑囚達の反応は、大体二つに分けられる。

 諦めと達観で、ジッと静かに死刑の時を待つ人間。もしくは、往生際悪く泣き叫び、許しを請う人間の二種類だ。どちらも用意された最後の食事に手を伸ばすこと無く、食べてもほんの少量だった。

 なのに、


「ガツガツガツガツガツ」

「ンガグッンガクッンガグッ」

「…………パクパク」


 こんな風に、遠慮なく体力に食べる死刑囚など、例外にもほどがある。

 自棄になっている風にも見えない。むしろ、事情を知らなければ、普通の食事風景にしか見えず、悲壮感は皆無だ。


「コイツら、まさか諦めてないのか?」


 この期に及んでと、兵士は訝しげな顔をする。

 下っ端とはいえ、彼もラス共和国の兵士。咢愚連隊の悪名は聞き及んでいて、彼の知り合いも愚連隊との戦闘で怪我を負っている為、良い印象を抱いていない。

 処刑されると聞いて、さぞ気落ちしているだろう。ざまぁみろという気持ちで、監視役の任についたのだが、予想とは裏腹に、彼らは平然としていた。呑気とも思える彼らの姿に、兵士は苛立ちすら覚える。


「……おい、アンタら」


 堪らず、兵士は振り向きロックスター達に声をかける。

 しかし、三人は食事に夢中で聞こえてないのか、反応する様子を見せない。

 兵士は苛立つように舌打ちをする。


「……おい、聞こえて無いのかッ!」


 ガンガンと鉄格子を叩くと、ようやく気が付いた彼らは、食事の手を止める。

 食事を中断させられたことが気に入らないのか、ロックスターが汚れた口元を袖で拭い、睨み付けるような視線を兵士に向けた。


「うるっせぇなぁ……飯時ってぇのはなぁ、無駄口叩かず一心不乱に食うモンなんだよ、邪魔すんな」

「おっ。食わんなら、そのローストビーフを貰うぞ」

「おい。そこのモツ煮込みを寄越せ……クソッ。酒が飲みたくなるな」

「って、テメェら俺様の前の皿から食い物持ってくんじゃねぇ!?」


 視線を外した隙に、皿の料理に手を伸ばす二人を、木製のフォークを振るってロックスターが牽制する。

 まるで大家族の食卓……いや、大人なんだから、もう少し行儀良くてもいいだろう。

 兵士は呆れ半分、苛立ち半分でまた鉄格子を叩く。


「俺の話を聞けッ!」


 大声を張り上げると、今度は三人共食事の手を止め、一斉に視線を向けた。

 死刑囚でありながら、この堂々とした態度に、兵士は舌打ちを鳴らす。


「……お前ら、後数時間もすれば処刑だっていうのに、怖くは無いのか? それとも、恐怖のあまり、頭のネジが吹っ飛んじまったのか?」


 皮肉めいた言葉を吐く。

 三人は目をパチクリさせると、顔を見合わせてドッと笑いを漏らす。


「な、何がおかしいっ!?」

「いや、まぁ、普通に考えりゃそうかのう」


 苦笑しながら、ゲンゴローがコップに注がれた水を一気に飲み干す。

 ぷはぁと満足そうな息を吐き、視線を兵士に戻した。


「怖いかと聞かれれば、怖いさ。死ぬのは誰だって怖い。それは、俺はやファルシェラ、ロックスターだって同じだ」

「ふん。俺様は別に怖くねぇけどな」


 両腕を組み、憮然とした顔で茶々を入れる。

 そんなロックスターの後頭部を、ペシッと叩きつつ、ゲンゴローは言葉を続けた。


「俺らがもし、自棄になってるように見えるなら、そりゃきっと間違い。お前さんの、勘違いだ」

「勘違いだって? だったら、アンタら、何でそんなに余裕そうなんだ?」

「信じとるからよ。仲間を」


 迷うことなく答えた言葉に、兵士は呆気に取られた。

 流石に、今の一言は気障だったかと自分でも照れるよう、ゲンゴローはごつい指先で鼻の頭を掻く。


「俺らの仲間……お嬢やハイネスが生きとるなら、きっと俺らのピンチを見逃す筈が無いだろう」

「助けに来るって言うのか? 馬鹿な。この処刑場の警備は万全な上、今日は普段より相当数の兵隊が……まさか」


 何かに気が付いた兵士が、言葉を途中で止める。

 おかしいとは思っていた。

 世間を賑わすテロリスト集団の幹部三人の処刑とはいえ、首都から送られてきた警護の数が多すぎる。いや、数だけでは無く装備も過剰で、まるでこれから戦争でも起こるのかと、常駐の兵士達の間で囁かれていたくらいだ。


「も、もしかして、上層部もこの厳重な警備体制の中、助けに飛び込んでくると?」


 信じられないと言った風の言葉に、三人の表情が真剣になる。

 ロックスターは皿の上に、プッと鳥の骨を吐き出す。


「……ま、正直、愛しのハイネスや皇女様に、んな危ない橋、渡って欲しくねぇんだけどな」

「だが、来る……あの二人は、そういう人間だ」


 クールに、しかし何処か嬉しそうな表情で、ファルシェラが呟いた。

 何だコイツらは?

 兵士は理解不能だった。

 彼とて気の許せる仲間達はいるし、もし彼らが、謂れのない罪で投獄されるようなことがあれば、出来る限りのことはするだろう。けれど、それとこれとは、全く別の話。そいった次元の問題では無い筈だ。


 厳重な警備網を敷かれ、更に罠まで用意されたこの場に飛び込むなんて、正気の沙汰とは思えない。

 至って普通の判断。普通の常識から考えて、兵士は「あり得ない!」と声を張り上げる。


「――馬鹿げてる! 不可能だ、絶対に! 助けになんて、来る筈が無い!」


 兵士の言葉に、三人は口々に言う。


「来るね」

「来るさ」

「来るだろうな」


 ロックスター、ゲンゴロー、ファルシェラの言葉に、兵士は絶句する。

 コイツら、頭がおかしい。で、無ければ、何か妙な魔術でもかけられているのだ。

 そう言いかけた時、通路の方から女の声が響いた。


「いやぁ、照れるわねぇ。そんなに信じられちゃったらお姉さん、ちょっと気合を入れたくなっちゃうじゃない」

「――ッ!?」


 驚き、兵士は振り返る。

 何時の間に忍び寄ってきたのか、兵士の真後ろには同じ警備隊の鎧を着た、黒髪の女性兵士が立っていた。

 当然、彼女の顔に、見覚えなんて無い。


「――きっ、きさ……ッ!?」

「はぁい、ストップ。大声出されると困っちゃうから。少し黙っててね」


 兵士の口元を右手で鷲掴みし、ウインクと共に、強制的に黙らせる。

 細見の腕からは想像もつかない、強力な握力に兵士は青ざめると、カクカクと頭を上下させた。

 しかし、何故か女は動く様子を見せない。


「……むふん」


 ニンマリと悪戯っぽく笑い、左手の平を上にして、前に突き出す。

 暫し何のことか理解出来ず沈黙するが、何を思いついた兵士が目を見開き、慌てて腰のベルトを弄ると、そこに繋げられていた鍵の束を手渡す。


「はい、ありが、とッ!」

「――んがッ!?」


 礼を述べてから右手を離して、兵士の首筋をトンと叩き、一瞬にして気絶させる。

 グルンと白目を剥いて通路に倒れ込む兵士に、ゴメンねと手を合わせてから、女は鍵束の輪になった金具に指を通し、グルグルと回しながら、鉄格子の中を見た。


「お待たせ皆。ハイネスお姉さんが、助けに来てあげたわよ!」


 そう言ってウインクをパチッと飛ばすと、鉄格子の中から(主にロックスターの)歓声が暗い牢獄の中に響いた。




 ★☆★☆★☆




「お~ッ!? 俺様の愛しい愛しいハイネスちゃ~ん! 危険を顧みず助けに来てくれるなんて、俺様マジ感激! さぁ、喜びのハグをしようじゃないか……!」


 鍵を開けて牢屋の中から真っ先に飛び出したロックスターは、気色の悪い笑みを浮かべながら、大きく両腕を開いてハイネスに抱き着こうとする。

 が、ハイネスは無視するように、スルッとそれを躱す。


「あら?」

「はぁい、二人とも。遅くなって、悪かったわね」

「なに、問題ないさ」


 ロックスターを回避し、後ろで伸びをして身体を解していた二人に話かけると、ゲンゴローは捕まっていたとは思えないくらい、血色の良い笑顔を向けた。


「そっちこそ、無事でなによりだ」


 ファルシェラも滅多に見せない笑みを、ハイネスに向けていた。

 一方、感動の再会をスルーされたロックスターは、不満げにハイネスの背後から、指先で肩を叩く。


「あのぉ……俺様にもさぁ、もう少し優しい言葉とかあっても、罰は当たらないんじゃないかなぁ? 俺様、他の連中を逃がすのに、結構頑張ったんだよ?」

「……もう」


 仕方ないなぁと、ハイネスは振り向き視線を向ける。


「そんな風に自己主張が強いから、褒める気になんないのよアンタは」

「冷たいこと言わないでさぁ、こう何て言うの? 離れてた分だけ、俺様の大切さに気付いたとか、デレてくれてもいいんだぜ?」

「はいはい。変わらず平常運転で、あたしは安心したわよ」

「くぅーッ! 共和国の冬より冷たいお言葉!」


 ロックスターは腕に顔を押し付け、男泣きする。

 そんな風に相変わらずなロックスターの姿に、ハイネスはこっそり苦笑しながら、何はともあれ、無事でよかったと胸を撫で下ろした。


「再会を喜ぶのは一先ず置いておいて、今は脱出が優先なんだが……お嬢は一緒じゃないのか?」


 ゲンゴローが通路の方に顔を出して見渡すが、ハイネス以外に人がいる様子は無い。

 ああと、ハイネスは頷く。


「流石に罠ってのは見え見えだからねぇ。同じ行動してると、嵌められた時に詰むんで、向こうには脱出経路の確保をやって貰ってるわ。後は、こっちに何があった場合のバックアップ」

「……意外だな」


 思わぬハイネスの言葉に、ファルシェラが少し驚いたような声を出す。

 意外と言われ、何が意外なのかとハイネスは首を傾げる。


「いや。以前のお前達なら、べったりと二人三脚をしているようなイメージだったからな。それが別行動と聞いて、尚且つバックアップまで任せるとは、少しばかり意外だっただけだ」


 ファルシェラの言葉に、他二人もそういえばと同意する。

 言われてハイネスは心当たりがあるのか、ちょっとばかり照れ臭そうに頬を掻く。

 敗北し逃げ延びて以降、色々あった経験が、二人の関係を少し変えたのだろう。


 特にアカシャの成長は、著しい。

 ラス共和国に戻ってきた当初は、海に落ちたアルト達のことを気にして落ち込み、再び潰れかけたのだが、合流したルン=シュオンから無事を聞いた後は、直ぐに気力を立て直し、やるべきことに集中する姿が見られた。


 元より皇族の血筋からか、人の上に立つということに長けた少女。だが、豊かすぎる才能と責任感が、自分で自分を追い詰めてしまう結果となり、咢愚連隊が潰されて一度は、アカシャの心も折れてしまった。

 だが、今のアカシャに気負いは無く、リーダーとしての貫録を見せている。


『後から合流する、アルト達に情けない姿は見せられない』


 そう言って以前から概要だけは作っていた計画を、本腰を入れて実行に移すための準備に取り掛かったのだ。


 布石は既に打ってある。

 情報の仲介役になっているルン=シュオンからは、多少のトラブルはあったモノの、ほぼアカシャや、協力者であるスズカの描いたシナリオ通りに進んでいる。綿密な計画と呼ぶには、運に左右される部分が多かったが、だからこそ、あのアルフマンの先を進むことが出来るだろう。

 後は皆を助け出し、アルト達と合流すれば、いよいよ作戦は大詰め。

 本丸であるミシェル・アルフマンを攻め落とすに足りる、準備は万全に整えられる。


「でも、皇女様一人で大丈夫なのかよ? 百合百合な関係から卒業したってのは、俺様的には喜ばしいことだが、流石にいきなり一人ぼっちってのは厳しすぎない?」

「一人じゃないわよ。ちゃ~んと、頼りになるボディガードが側についてるから……まぁ、多少、いやかなり、性格には問題があるけど」


 自分で言いながら、ちょっぴり心配そうな顔をする。


「……やっぱ、ちょっと変わったよなぁ、ハイネス」


 そんなハイネスの姿を見て、ロックスターがポツリと呟く。

 ハイネスとアカシャは、咢愚連隊が発足した時から、ずっと二人三脚で頑張ってきた仲だ。一緒にいた期間は二年ほどと、長い付き合いと呼べるほどのモノでは無い。が、そのぶん濃密で、二人の間には他人が割って入れない絆が出来上がっていた。

 今日のように分担作業で別行動を取ることは、今まででもあったが、その時は何時だってハイネスはそわそわと、落ち着かない素振りを見せている。


 けれど、今日のハイネスは違う。

 心配する素振りは見えないが、かといって仲違いをした様子も見受けられない。

 信頼している。そう例えるのが、この場は最も相応しいように思えた。


「ふむ。オレも、変わったように思える」

「ん? そうかしら……そうかもね」


 ファルシェラの指摘に、ハイネスは頬を掻き頷く。


「以前はもっとアカシャに対して過保護だった……まるで姉妹のようにな。だが、今は相棒のように確かな信頼を寄せている……仲睦まじい姿もオレは嫌いじゃなかったが、やはりお前達は戦う女。互いに背を預け合う関係の方が、今は相応しいだろうな」


 珍しく饒舌にファルシェラは語る。

 確かに、ハイネスとアカシャの関係は変わったかもしれない。

 ラス共和国、エンフィール王国での経験や、様々な人々との出会いと別れ。その一つ一つが、今へと繋がっているのだろう。

 何よりもハイネスが変わる一番の切っ掛けは、やはりあの人物との再会だろう。


「…………」


 思い出した人物の横顔に、ハイネスは視線を落とし、僅かに頬を赤らめる。

 瞬間、暗い牢獄の雰囲気に、妙な生温かさが宿った。


「ほぉう」

「ふむ」

「なぁ……なぁんですとぉぉぉ!?」


 暗がりでも確認出来る、今まで見たことも無いハイネスの表情に、三人はそれぞれの反応を見せた。

 取り分けロックスターは、頬を両手で押さえ青ざめた顔で絶句している。


「なるほどな。惚れた男が出来たか」


 率直な指摘に、ハイネスは驚き、ぴょこんと跳ね上がるよう振り向く。


「なッ!? ちょ、止めてよファルシェラ! そんなんじゃないんだったら!」

「わっはっは! そうかそうかぁ! その手のことに疎いと思うとったが、ちゃぁんと青春を謳歌しているようで、俺は安心したぞい」


 微笑を浮かべるファルシェラに、豪快に笑うゲンゴロー。

 からかわれたと思ったハイネスは、顔を真っ赤に染めて頬を膨らませている。

 その姿が余計に子供っぽくて、仲間達の笑いを更に誘った。


 しかし、ロックスターただ一人が、地下牢とは思えない和やかな雰囲気に、置いてけぼりにされ、硬直した状態で絶句を続けていた。

 チラッと視線を向けたゲンゴローが、気の毒そうに頭を掻く。


「……あ~、なんだ。まぁ、失恋も一つの経験だと割り切ってだな、諦めろ。どうせ脈は無かったんだから、ここはスパッと男らしく……」

「な……納得出来るかぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 諭す言葉をかき消すように絶叫すると、ロックスターは目にも止まらぬスピードでハイネスに近づき、血走った眼球で顔を寄せ両手を掴む。


「――なっ!? ちょっ!? 手を掴まないでよ!?」


 戸惑うハイネスに構わず、ロックスターは必死の形相で語りかける。


「何処の馬の骨だか知らねぇがそんな男止めとけ! 男ってのはな、どんなに人畜無害を装っていても獣なんだよ狼なんだよ肉食ドラゴンなんだよ! 大方、ハイネスちゃんのたわわなおっぱい目当てに決まってるんだ、そのたわわな、たわわな……」


 視線がチラッと、ハイネスの胸元に向けられる。

 軽装な鎧の上からでもわかる確かな膨らみだ。


「……ハイネスちゃん。また、おっぱい大きくなった?」

「――ふんッ!」

「――ぎゃぼん!?」


 顔面に頭突きを叩き込み、ロックスターはそのまま仰向けに倒れた。

 腰に両手を当てたハイネスはジト目で、鼻を押さ倒れたまま悶絶するロックスターを睨む。

 ゲンゴローとファルシェラも、冷たい視線を向けている。


「馬鹿だのぉ」

「全くだな」

「ぐっ。ぎぎぎ……正直者な自分が、憎い」


 悶絶するロックスターに、いい気味だとハイネスは鼻を鳴らした。


「アンタはもう少し、牢屋の中で頭冷やしてた方がいいんじゃないの? 全く……あたしの王子様を汚さないでよ」

「へっ?」

「むっ?」

「んがぐっ!?」


 不意に見せた、ハイネスの乙女な表情。

 更には普段の彼女からは、想像もつかないような発言を耳にして、ファルシェラとゲンゴローは驚きの様子を、ロックスターは鼻を押さえたまま、絶望に落ちた様子で四つん這いになっていた。

 自分でも似合わぬことを口走ったと表情を顰め、ハイネスは動揺を隠すように、唖然とする皆を先導するよう、足早に通路を先に進む。


「さ、さぁ! さっさとここを出るわよ!」


 足早に薄暗い通路を、出口に向かってハイネスは逃げるよう歩き出す。

 顔を見合わせ苦笑した後、ファルシェラとゲンゴローのその背中に続いた。

 一人、失恋のショックに打ちひしがれるロックスターは、哀れに思ったゲンゴローが戻ってくるまで暫し、暗い地下牢の底でハイネスの出会いから現在に至るまでの、数々の思い出を振り返り噛み締めていた。

 最も、その思い出の大半は、残念なモノなのだが。




 ★☆★☆★☆




 先に結論だけ述べるなら案の定、これは罠だったらしい。

 敵拠点侵入の任務は慣れっことは言え、こうもハイネスが簡単に忍び込めるのは不自然以外の何物でも無い。


 事前の調査で、情報は得ている。この処刑場には首都から、過剰な戦力が投入されたと聞いていた。しかし、実際に訪れてみると、痕跡はあるモノの、駐留していると思しき首都からの部隊は、影も形も見えなかった。


 恐らくは何処かに身を潜め、此方の動きを虎視眈々と伺っているのだろう。

 処刑が、ハイネスとアカシャをおびき出す為の罠なのは、わかり切っている。

 だが、後一手。アルフマンを追い詰めるのに不可欠な一手を得るには、この火中の栗を拾うが如き行為は、どうしても必要だった。


 地下牢を脱出したハイネス達。

 来た道を戻り、アカシャが確保している脱出経路から、さっさと処刑場を後にしようとしていたのだが、安全を確認しておいた筈のルートは、全て魔術結界などで封鎖されていた。

 多少の無駄話をしていたとはいえ、あまりにも迅速な対応。

 侵入するルートは事前に、見抜かれていたのだろう。

 ハイネス一行の正面には、外へと続く鉄製の扉が。

 手を伸ばしノブに触れようとするが、張ってある結界がハイネスを拒むように、バチッと紫電を散らす。


「……ま、想定の範囲内だけどね」


 目を細め、軽く火傷した指先をペロッと舐めた。

 脱出ルートが潰されることくらい、最初から織り込み済みだ。

 まぁ、事前に防げなかったのだから、偉そうなことは言えないけれど、土壇場で慌てふためくよりはよっぽどマシだろう。


「どうするつもりだ?」

「大丈夫よ。アカシャの読みが正しければ……」


 ゲンゴローの問いに、ハイネスは何かを探すよう、キョロキョロと周囲を見回す。

 ここは、地下牢から階段を上った、処刑場の一階。

 忍び込んだ時にはいた見張りの姿は無く、石造りの室内はガランとしていて、場所柄の所為もあり、余計に薄気味悪さを助長していた。

 特に変わったところが無いのを確認し終えて、ハイネスはファルシェラに問いかける。


「さてと……ファルシェラ。この辺りの結界、どの程度か判断出来る?」

「少し待て」


 そう言ってファルシェラは両目を瞑ると、長い耳をピクピクと動かす。

 魔力に対する感知能力が高いエルフなら、結界の張られている範囲がどれくらいか、図ることが出来るだろう。

 数秒、静寂の中にいたファルシェラは、開いた視線をハイネスに向けた。


「恐らくは処刑場全体。かなりの広範囲に渡って、結界が張られているな……が、一部のルートだけ、結界部分が薄い場所がある」


 言いながら、ファルシェラが指さした方向に、皆の視線が集まる。

 一階の通路。その一番奥にある、これ見よがしに大きな鉄製の扉。

 そこ繋がる道筋だけ、結界が張られていないらしい。


「……どう考えても、罠だよな」


 疑わしげな視線で、ロックスターが呟く。

 返事こそしなかったモノの、皆も同じ意見なのだろう。

 罠に誘われているとわかっていても、他に行けそうな出入り口は無い。結界を破壊するには、相応の強力な魔術を用いる必要があり、残念ながらそこまでの魔術に長けた人間は、一行の中にはいなかった。


 一応、手は打ってある。

 この先に待ち構えているであろう人物が、ハイネス達の予想通りなら、何とか逆転の一手に繋げられる筈だ。そして、目の前の脅威を凌ぐことが出来たならば、ついにミシェル・アルフマンを、射程内に捕えることが出来る。

 問題は、それまでハイネスが、持たせられるかだ。


「やるしかないわね……アンタら、気合は十分?」

「「応ッ!」」


 男二人が気合の入った声を出し、ファルシェラはクールに頷いた。

 三人の姿を振り返り一度頷いてから、ハイネスは近づいて行き、両手で重い扉を思い切り押し開けた。


 開かれた扉から差し込む眩い光に、ハイネスは目を細めた。

 白く染まる視界が色を取り戻した先の光景は、だだっ広い屋外の処刑場だった。

 いや、処刑場と呼ぶにはあまりにも悪趣味。

 土の敷き詰められた地面は、円状の広い空間になっていて、三メートルはある高い壁に周囲は覆われている。更にその外周は段々になっており、まるでコロッセオの観客席のように、処刑場を見学出来る作りになっていた。


 最奥には、三人分の断頭台が用意されている。

 そして、ハイネス達の正面に、待ち侘びたとばかりに、並んで出迎える一組の男女の姿があった。

 見覚えのある二人の顔立ちに、ハイネス達の緊張感は一気に高まる。


「待ちかねたぞ咢愚連隊」

「ふふっ。長く続いた薄汚い因縁……ここで断ち切ってあげますわ」


 ヨシュア・ブライドとジャンヌ・デルフローラ。

 近衛騎士局の騎士長二人だ。

 漲る殺気は既に、処刑場全体に広がっている。

 話し合いなど考えるだけ無意味。二人は既に、戦闘態勢に入っていた。

 ハイネスにとっても、他の三人にとっても因縁深い相手を前に、場の緊張感は見る間に膨れ上がっていった。

 咢愚連隊と近衛騎士局。

 処刑場の舞台にして、因縁の戦いが今始まろうとしていた。






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