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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち
132/162

第132話 皇帝に会いに行こう!






 バスホーン刑務所。

 ラス共和国内最大規模の刑務所で、各地の凶悪犯罪者が多数収容されている。

 中でもDブロックと呼ばれる区画は、政治犯、テロリストなど、特一級に記される犯罪者が振り分けられる箇所でもある。


 更にその最奥。

 名だたる受刑者すら恐れをなす、最悪のテロリスト集団の幹部が、そこに囚われていた。

 高い塀に囲まれた刑務所の、更に石壁で囲いを作られた区画にある建物を奥へと進むと、数ある鉄格子の牢屋が左右に並ぶ長い通路へと出る。そこを真っ直ぐ進んで突き当たるのが、分厚い鉄板で作られた扉だ。

 表から中の様子は伺えず、朝昼晩の日に三回、何重もの錠前がかけられた小さな窓から、中へ食事が届けられる。


 この中にいる受刑者は死刑囚だ。

 外に出ること、日に当たることを許されず、刑の執行を迎えるその日まで、この中で隔離され続けている。

 絶対脱出不可能な、まさに堅牢な檻だろう。

 中に囚われるのは、咢愚連隊の幹部達。

 ロックスター、ゲンゴロー、そしてファルシェラの三人だ。


「ふわぁ~……退屈だなぁ」


 石造りの硬く冷たい床に寝そべり、ゲンゴローとカードゲームに興じていたロックスターは、大欠伸と共に、持っていたカードを投げ捨てる。

 正面で胡坐をかいていたゲンゴローは、突然の態度に禿げ頭を掻き毟った。


「お前なぁ。ゲームの最中だぞ? 遊びだからと言って、途中で投げ出すのは許さんぞ」

「んなこと言ったよぉ~。もう、ここに放り込まれて一ヶ月近くは立つんだ? 流石に飽きてきたぜ」

「ん? そうかぁ。まぁ、そうかもしれんなぁ」


 確かにと頷きながら、ゲンゴローは床に散らばるカードを拾い集める。

 巨躯に対して小さなカードの束を、器用な手つきで切りながら、ならばと視線を床にごろ寝するロックスターに向けた。


「次は神経衰弱でもするか」

「――種類の問題じゃねーよ!」


 思わず起き上がり、ロックスターは床を手でバンバンと叩いた。

 カードを気にしながら、皮肉交じりにゲンゴローは視線を細める。


「ほっ。冗談だ。阿呆からかって、退屈を紛らわせただけだよ」

「て、テメェ、この禿げ茶瓶がッ!」

「お? やるかぁ、青二才?」


 互いに拳を突き合わせ睨み合う。

 が、すぐに大きなため息を同時に吐いて、視線を外し拳も下ろしてしまう。


「こりゃ、駄目だ。暇すぎて喧嘩する気力も沸いてこねぇや」

「悔しいが同感だの。こんなせまっ苦しいところに閉じ込められて、いい加減うんざりしてきた」


 また同時に、ため息を吐いた。

 三人は押し込められた独房は、壁から天井まで石造りで出来ている。

 独房というより、ちょっと広めの部屋といった作りをしていて、食事を取る時に使用する木造のテーブルや、就寝用の小さなベッドが一つだけある。窓は無いが天井には魔力灯があり、室内を明るく照らしてくれているが、消灯時間になると、勝手に消えてしまうのが難点だが。


 他にも本棚が備え付けてあり、食事を差し入れる刑務官にリクエストを出して、問題が無ければ本を差し入れて貰えるが、OKが出るのは小難しい哲学書や文学書など、娯楽とは縁遠い書物ばかりだ。

 そして部屋には頑強な扉の他に、木製のドアが一ヵ所あり、中はトイレになっている。

 綺麗付きのゲンゴローがいる為。ピカピカで嫌な臭いとは無縁の綺麗なトイレだ。

 刑務所内の部屋にしては、少しばかりフランク過ぎるかもしれない。


 が、ここに入れられる犯罪者は、死刑囚ばかり。

 最後の一時くらい、人間らしい生活をさせてやろうという、配慮からこのような作りになっているらしい。


 本来なら、座して死期を待つのが、この部屋に囚われた者の定め。

 しかし、人は環境に慣れるモノ。

 捕まった当初は不甲斐なさや申し訳なさで、胸が一杯だったのだが、一ヶ月もこの狭苦しい部屋の中に閉じ込められていると、過去の後悔や未来の恐怖より、現在の退屈極まりない毎日が、精神をゴリゴリと削り取っていた。


「まぁ、そりゃ、処刑が怖くないったら嘘だけどよ。俺らも何気に歴戦の戦士なわけだし。今更、死ぬの生きるので、ジタバタなんかしねぇってなモンよ」

「ほう。青二才にしては、潔いことだな。それでは、来るべき日は、ロックスターが真っ先に、あの世への先陣を切ってくれるんだろう」

「おいおい、馬鹿を言うなよ禿げ茶瓶」


 寝ころびながら、手を左右に振る。


「俺ぁ、こう見えても年功序列は重んじる方だ。地獄への先陣は、アンタに任せるぜ」

「残念だったな。同じ地獄でも、貴様はもっと底の底だろうさ」

「言ってくれるじゃねぇか、この顔面凶器がッ」


 寝ころびながら睨み付けても、いまいち迫力に欠ける。

 カードをボロボロの箱の中にしまいながら、ゲンゴローはハッと肩を竦めた。


「大体、年功序列って言うのなら、儂が一番じゃなかろうが」

「……あっ」


 二人の視線が、この部屋に唯一あるベッドの方へ向けられる。

 ベッドの上には、足を組んで座している一人のエルフ女性の姿がある。

 ファルシェラだ。

 彼女が益体の無い会話を続ける二人など、まるで感心に無い様子で、ただ黙って看守が差し入れた古書を読みふけっていた。


「……ガン無視だの」

「お~い。ここは、誰がお婆ちゃんエルフよ! って、切れるところなんじゃないっすかねぇ~。そういう和を乱す自分主義って、どうなのかなぁ?」

「…………」


 恐る恐る呼びかけてみるが、聞こえてくるのは、ページを捲る音だけ。

 我関せず。

 無言の意思を受けて、二人は顔を見合わせ、盛大にため息を吐いた。

 やることが無さ過ぎて、ため息の回数だけが、無駄に増えていく。

 原因の最たるものは、自分達の死にゆく定めでも、もてあまし過ぎる暇で怠惰な時間でも無い。


「……皇女様とボス、無事でやってっかなぁ」

「ふむ」


 ポツリと零したロックスターの一言に、ゲンゴローも真剣な表情で、石造りの天井を仰ぎ見る。


「便りが無いのは元気な証拠と言うが、なぁんもできん状況下では、無事を確認する証拠も無い。心配だの」


 同意するように、ただでさえ厳めしい顔つきに、皺を深めていた。

 二人だけでは無く、ベッドの上で無関心を決め込んでいるファルシェラだって、内心では同じ気持ちなのだろう。


 死刑囚に対する温情で、ある程度の書物やカードゲームで暇を潰す自由は与えられている。けれど、外の情勢に関わる一切の情報は、彼らの耳には届かない。この高い塀で何重も囲われた、刑務所の最奥で、彼らは粛々と終わりの時を待つしか方法はなかった。


 唯一、希望があるとすれば、捕まったり死んだりという情報が無いこと。

 悪い見方をすれば、それもただ、彼らの耳に届かないだけかもしれないが。


「心配する必要な無い」


 重苦しい雰囲気を打ち払うよう、唐突にファルシェラが口を開いた。

 女性のエルフにしてはハスキーすぎる、渋い口調が狭い独房に響く。

 二人の視線が集まると、読んでいた本をパタと閉じ、鋭い視線を投げかけた。


「風は既に動き出している……オレらはただ、時を待てばいい。無駄に騒いで体力を消費させているな」

「風って、流石エルフ! こんな狭苦しい状況でも、精霊の声が聞こえんのか!」


 だったら早く言えばいいのにと、ロックスターが勢いよく起き上がるが、ファルシェラは「いや」と首を左右に振って、閉じた書物をまた開いて視線を落とす。


「勘だ」

「勘かよ!?」


 もうやだぁと、ロックスターは再び床へと寝そべる。

 ファルシェラに唯一のベッドを占拠されてから、すっかりこの固くゴツゴツする寝心地に慣れてしまった。

 いじけるように敷いてある毛布に絡まるロックスターに、苦笑を漏らしながら、ゲンゴローはポンポンとその塊を撫でる。


「まぁ。幸い時間はたっぷりあるんだ……最後の一時まで、儂らは儂らのボスを、信じ抜こうじゃないか。それが、忠義っちゅうモンだろ?」

「……んなの。俺様だって、わかってらい」


 毛布の中からの不機嫌な声に、ゲンゴローはやれやれと肩を竦める。

 絶望的な状況下にあっても、誰一人悲観的な感情を抱いていない。

 彼らの性格に由来するモノも大きいだろうが、一番はやはり信頼だろう。

 アカシャとハイネスなら、きっと何とかしてくれる。

 一年間、行動を共にした末に得た根拠を胸に、三人は待ち続ける。

 座して受け入れるは、死の運命では無、。反撃の狼煙を上げるまでの雌伏の時だ。




 ★☆★☆★☆




 セント・ピーリス大聖堂。

 水神リューリカを国家神として定め、崇め奉るエンフィール王国と違い、ラス共和国には国を守護する国家神が存在しない。


 エンフィール王国では馴染みが薄いが、大陸全土に広がる宗教の一つに、聖人信仰というモノがあり、ラス共和国もエクシュリオール帝国時代から変わらず、この聖人信仰を昔から崇拝している。

 聖人信仰の示す聖人とは、世界最古の竜の称号の持ち主である『聖竜騎』のことだ。

 大陸に大国が出現するより遥か以前。神代を生きる古神よりその力を認められ、竜の称号を与えられた、歴史的人物の通称である。


 聖竜騎の偉業を讃え、その後の功績に敬意を表したことから始まり、それは何時しか信仰へと移り変わる。更に長い年月を重ね、聖竜騎の存在は神格化され、大精霊の祝福の元死後、本物の上位存在へと生まれ変わった。

 人の身で神となった聖人・聖竜騎。

 まさに人の信仰を一身に受けるのに、これほど適した存在は無いだろう。


 セント・ピーリス大聖堂は、そんな聖人信仰のラス共和国内における本拠地なのだ。

 四方を岩山に囲まれた、高所に位置するその大聖堂は、武骨な岩肌に比例するような美しい建築美で、参拝に訪れるモノの目を釘付けにしていた。


 山を少し下った眼下には、街並みが広がっている。

 周囲は切り立った岩山で、街の周辺も不毛な荒野が広がるばかり。北にある凍土から一年中、冷たい寒気が吹き荒び、それが植物の成長を妨げている。とてもじゃないが、人が住むに適した環境とは言い難い。


 けれど、セント・ピーリス大聖堂への参拝客が、途切れることが無いお蔭で、大聖堂眼下の町は観光収益を得て、思いの外潤っているのだ。

 大聖堂の入り口に続く、長い長い石階段の前に、アルト達三人が立ち尽くしている。

 天然の岩山を切り崩し、その中腹に作り上げられた大聖堂。目の前の石段も天然で、岩山を丁寧に削り作り出されたモノだ。

 その段、実に五千段と言われている。


「……もうちょっと、低い位置に作ろうって発想は無かったのか?」


 階段の遥か上にある大聖堂を見上げ、アルトは引き攣った表情をする。

 横のロザリンも、うんざりといった顔だ。

 ただ一人、スズカだけがドエムだからか、楽しげな笑みを唇に浮かべていた。


「人生は苦難の連続。聖竜騎様の波乱万丈な人生を象徴し、その一端でも信者に共感させようと、大聖堂の創始者が考え、作り上げたのが始まりよ」

「信者以外、には、迷惑、極まりないね」

「全くだ。聖人信仰の信者は、ドエムの集まりか?」

「かくいう私も、聖人信仰の信者よ」

「やっぱりドエムじゃねぇか」


 ドヤ顔で胸を張るスズカに、流れるようなツッコみが入る。

 本当にドエムだとは思ってないが、こんなのが信者にいたら、聖人信仰も体面が悪すぎるだろう。


「ま、とにかくこの長ったらしい階段を、一段一段昇るしか方法はねぇんだが……その後はどうするんだ?」

「はて。どうするとは?」


 アルトの問いかけに、スズカは何故か、不思議そうに首を傾げた。


「とはって、どうやって中に忍び込むかだよ」

「忍び込む? 何故、そんなことをしなければならないのかしら?」


 繰り返し疑問で返され、苛立つアルトが目を三角にし、額に青筋を浮かべる。

 向けられる彼女の横目に笑顔は無く、涼しげで、からかって楽しんでいる様子は無い。

 元より彼女の性質はドエムだ。相手を怒らせて愉悦に浸る性癖は、持ち合わせていないだろう。

 あるとすれば、ワザと怒られたいと思っているかだ。

 しかし、今回に限り、そのどっちでも無いらしい。


「忍び込むという行為は、権利者に無断で建物内、及び敷地内に入り込むことを指す。セント・ピーリス大聖堂の内部は、巡礼に訪れる信徒の為に、一般公開されているから、こそこそと忍び込む必要は無いのよ」


 流暢な説明に、アルトはなるほどと頷いた。


「でもよ。幽閉されてるって噂の、元皇帝のところまでは、流石に公開されてねぇだろ?」

「それは当然ね。ここに皇帝陛下がいらっしゃること自体、公にはされていないのだから」

「……それは、どうやって対処するんですかねぇ?」


 何だか異様に回りくどい会話になり、アルトは面倒臭げに問いかける。

 スズカは軽く髪を掻き上げた。


「まぁ、とりあえず……」


 髪を梳いた手を、そのまま石段の遥か上にそびえ立つ、大聖堂へと向けた。


「今はこの目の前に長く伸びる、辛く厳しい石階段を登り切りましょう」

「……うわぁ」


 改めて見上げ、ロザリンはげんなりと肩を落とす。


「最初は軽快に上り進めていても、中腹に差し掛かれば太腿はパンパン。重くなる足に窒息するような息苦しさ。無理を重ねれば重ねるほど、筋肉は張り、痙攣を起こし始める。昇れど昇れど果ての無い階段地獄が、これから始まると思うと……んむはっ! 興奮がっ、興奮が治まらない!」


 じゅるりと、盛大に涎を啜る音が、神聖な聖地に鳴り響く。


「さて、ちゃっちゃと昇るか」

「そだね。疲れたら、途中で休憩すればいいし」


 最早、ロザリンの前でも、そのドエム性を隠さなくなったスズカを無視して、二人は階段を上り始めた。

 律儀にドエムの相手をするより、階段を上る方がずっと、精神衛生的によろしいだろう。




 ★☆★☆★☆




 果てしなく続く石段を、ようやく登り切り、三人は大聖堂の前へと到着した。


「はぁはぁ……や、やっと着いた」


 最後の一段を踏み越えた直後、アルトは膝に両手を置いて、ぜぇぜぇと肩で息をする。

 続くロザリンも疲れ切った様子で、顔に浮かんだ汗を、マントでゴシゴシと拭っていた。

 ただ一人スズカだけが、二人とは違う意味で、息遣いが荒かった。

 息が整うのを待ってから、顔を上げたロザリンは、改めて周囲を見回す。


「ここ、が、セント・ピーリス大聖堂?」


 石段から真っ直ぐと続く参道の先に、清廉な外観をした大聖堂がそびえ立っている。

 大聖堂へと延びる参道の左右には、小さな聖堂も並んでおり、法衣を来た見習いらしき若い僧侶が、箒を手に掃き掃除をしていた。他にも、巡礼に来たらしき老若男女様々な人間たちが、厳かな雰囲気で祈りを捧げている。

 気候の所為で樹木などは無いが、ここは神聖な雰囲気と、清廉な空気に満ちていた。


「流石は大聖堂。ちょっとばかり、悪さがし難い雰囲気だな」


 王都にも水神リューリカの為に作られた聖堂があって、アルトは足を運んだことこそ無いが、きっとここと似たような空気が満ちているのだろう。


「はぁはぁはぁ……んんっ、ごほん。さて。何時までもここに留まっていると、後続の邪魔になるから、さっさと大聖堂へ行くわよ」


 十分苦しみから来る快感を満足したのか、スズカは表情をキリッと引き締めた。

 締まらないなぁと思いつつも、アルトとロザリンは顔を見合わせ頷き合う。

 三人は並んで、大聖堂へと続く参道を歩いていく。

 大聖堂の前には鎧を着た、神官騎士が槍を片手に、不審者に対して目を光らせていた。

 聖人信仰は、聖竜騎の成り立ちから、神官騎士と呼ばれ武芸を磨くことを推奨されていて、その実力は、並の騎士に負けず劣らないだろう。

 門に近づくと、神官騎士達の鋭い視線が、ジロッと向けられた。

 巡礼者と呼ぶには、三人の恰好は派手すぎるからだ。


「……怪しまれるか?」


 鋭い視線を感じて、アルトは警戒心を強める。

 一応は聖地なので、手荒な真似はしたくないのだが、いざとなれば強行突破も致し方が無い。

 ゆっくりと三人が、大聖堂の門へと近づいていく。

 厳しくなる視線。流石にヤバいかと思いかけたその時、神官騎士が息を飲む。


「――なッ!? あ、貴女様はッ!」

「……は?」


 驚く神官騎士達の視線の先には、平然とした表情のスズカがいた。

 顎をガクンと落とした後、慌てた様子で門を守る神官騎士の二人は、スズカに向けて敬礼をする。


「こっ、これはスズカノ……」

「お仕事ご苦労様。楽になさい」


 何かを言いかける神官騎士の言葉を遮るよう、スズカは一段大きく声を張る。

 労いの言葉を受けて、神官騎士達は恐縮するように、また敬礼をする。


「この度はどのようなご用件で? 生憎とパスカリス神官長は、所用にて大聖堂を空けているのですが」

「それは好都合……いえいえ。今回は、パスカリス老に用件があって訪れたわけでは無いの」

「はぁ……それでは、何用で?」

「天上のご機嫌をお伺いに……意味はわかるわよね?」

「――ッ!? そ、それは……」


 意味深な言葉に、神官騎士は途端に表情を崩す。

 戸惑うように顔を見合わせる神官騎士の二人は、真意を伺うような視線で、スズカに問いかける。


「いかに、貴女様のお言葉でも、パスカリス様の指示も無くお目通しさせるわけには……」

「ふぅん。よく言ったわ」


 一段だけ低い声色で、スズカは顎を上向きにする。

 ゾクリと寒気が走るような殺気に、神官騎士達は「ひっ」と怯えたような声を漏らす。

 今まで見たことも無い、迫力のある凄みを見せるスズカに、思わず横にいるアルト達も身を震わせた。

 キッと視線を厳しくして、佇まいを直し叫ぶ。


「――気を付けッ!」

「「――ハッ!」」


 声に反応して、神官騎士二人は直立不動で敬礼をする。

 背筋をピンと伸ばし、ぷるぷると身を固くする二人の神官騎士に、巡礼に来ていた一般信者達は、何事かと驚きの視線を向けていた。

 それぞれ一睨みしてから、スズカは両手を後ろに回す。


「諸君らは、この私が信用に置けないと、暗にそう申しているのね?」

「い、いえ」

「け、決してそのようなことは!」


 冷や汗ダラダラで、神官騎士達は弁明する。

 けれど、スズカは視線を緩めず、突き刺すような気配を向けて、神官騎士達の精神をゴリゴリと削り取る。

 嫌な光景だと、アルトは傍から気の毒そうに神官騎士達を見た。


 同時に、またスズカに対する疑問が増える。

 ラス共和国の内部に関係のある人物というのは、確定的だとは思うのだが、神官騎士達の恐れるような姿から見て、かなり上位に位置する人間らしい。それも、貴族のような名ばかりの権力者などでは無い、本物の実力者なのだろう。


「それで? 私は天上を仰ぎ見ても、構わないのかしら?」

「……ううっ」


 困り果てた神官騎士二人は、視線で互いの意思を確認し合う。

 しかし、やはり責任問題に発展した場合、責任を取り切れないと思っているのか、何時まで待っても返答をしようとしない。

 ならばと、スズカは向ける殺気を僅かに緩めた。


「二人には迷惑をかけないわ。私は、勝手に迷い込んだ……よろしいかしら?」


 譲歩する言葉に、二人は再び顔を見合わせる。

 短い沈黙の末、神官騎士達はスズカから視線を外した。


「……我らは、何も見てませんゆえ」

「ありがとう」


 黙認してくれる二人に礼を言い、スズカはアルト達をそれぞれ見る。


「では、行きましょう」

「お、おう」


 押しの強さに驚きつつ、アルトは頷き、さっさと大聖堂へと進むスズカに続いた。

 スタスタと、足早に大聖堂の中を突き進む為、スズカに一連の状況について問いかける間も無い。

 恐らくは強引に押し入ってしまったので、面倒な連中と顔を合わせたく無い故の行動なのだろう。アルト達にしても、疑念は募るばかりだが、今は皇帝と会うことを最優先として、余計な問いかけをするのは自重することにした。


 ステンドグラスから差し込む光が、神秘的な情景を作り出す大聖堂の礼拝堂。

 偉大なる聖竜騎を象った彫刻に、祈りを捧げながら、信者達は司祭の説教に耳を傾ける。

 大聖堂の名に恥じない、清貧で厳かな雰囲気に、アルト達も思わず飲み込まれかけ、キョロキョロと周囲を見回してしまう。


 挙動不審なアルトとロザリンの様子に、司祭や警備の神官騎士達は眉を顰めるが、先頭を歩くのがスズカだと気付くと、慌てて一礼し見送る。


「本当に、何者、なの?」

「さぁな。一般ピープルでないのは、確かだけど」

「無責任。拾ってきた、癖に」

「好き好んで拾ってきたわけじゃねぇよ」


 後ろを歩きながら、二人はコソコソと会話を交わす。

 礼拝堂の他にも、歴史的な遺物を展示してあるスペースや、希少本などが閲覧できる図書館まで備えてある。特に図書館には惹かれるモノがあるらしく、ロザリンがうずうずと身体を揺らし、名残惜しそうな視線を向けているが、当然そんなところに寄っている暇は無い。


「諦めろ。面倒事が全部片付くまで、お預けだ」

「しょぼん」


 口で心情を表して、ロザリンは残念そうな顔をする。

 こんなやり取りをしていても、歩くスピードは緩まず、三人はドンドン大聖堂の奥へと進んで行く。

 一般人の立ち入りを禁止している区域には、当然のように見張りの神官騎士が目を光らせている。しかし、ここも入り口と同じよう、スズカの強引な口八丁で押し入ってしまう。すれ違いざま、アルトとロザリンに訝しげな視線を向けていたが、何事も無く立ち入り禁止区画へと踏み入ることに成功した。

 一際大きな扉を開くと、そこは屋外だった。


「ここは、庭園か?」


 軽く見回し、アルトが呟く。

 大聖堂の真裏に位置するだろうこの庭園は、表の参道とは違い、樹木や小さな薔薇園などがある。気候も温暖で、まるでここだけ大聖堂周辺とは、別世界のような穏やかな風景が広がっていた。


 ただ、周囲を高い岩山が取り囲んでいる為か、酷く息苦しい閉塞感がある。

 箱庭の庭園。その言葉が、この場には何よりも似合っているだろう。

 ふと肌に感じた反応に、ロザリンは閉塞感の正体に気が付く。


「ここ、結界が張られている」

「結界?」


 アルトが首を傾げると、前にいたスズカが振り返り「そうよ」と肯定した。


「ここには特定の者を外へと出さないようにする、特別な結界が張られているわ……そしてその対象は、あそこに住んでいる」


 そう言ってスズカは、真っ直ぐ正面の一点を指さす。

 扉からは吹き抜けの渡り廊下が続き、その奥には小さな屋敷が建てられていた。

 大聖堂関係の建物にしては、少しばかり豪勢で生活感のある屋敷。

 そこに誰が住んでいるのか、スズカに問うまでも無いだろう。


「あそこに、エクシュリオール帝国皇帝閣下が、住んでやがるのか」

「そうよ」


 幾分、硬い口調の言葉に、スズカは頷いた。

 いよいよ、仇敵ともいえる人物との初対面。

 今更、皇帝という肩書に何の意味を持たないと理解していても、嫌な緊張感が沸いてくる。

 軽く目を瞑り、深呼吸を数回繰り返す。

 心臓の鼓動が落ち着いたのを確認してから、ゆっくりと目を開いた。

 確認するように、スズカが顔を覗き込む。


「落ち着いたかしら?」

「ああ。問題ない……これで、会った瞬間、頭に血が上って斬りかかる。なんてマネはしなくて済みそうだ」


 冗談めいたことを口にして、覗き込むスズカを押しのける。


「……冗談に聞こえない辺りが、私のドエム心をゾクゾクさせるわね」


 困り顔で、スズカは肩を竦めた。

 心配そうな顔をするロザリンの頭を撫でて、視線を渡り廊下の先にある屋敷に向ける。

 問題は無い。

 そう心に言い聞かせ、スズカに視線を送り、三人は渡り廊下を歩き始めた。





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