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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち
118/162

第118話 強襲。ジャンヌ・デルフローラ






 北街にある奈落の社の本拠地で、一夜を明かした翌日。

 事態は予想よりも早く、急変した。

 朝から今後どう行動するべきかと、ハイドなど協力者達を交え、アカシャは朝から色々と議論や作戦を練っていた。


 前提条件として、ハイネスの帰還を待たねばならないのは絶対だが、彼女の帰りに合わせ、すぐさま行動が起こせるよう、今の内に様々な仕込みを組み立てて置かねばならない。本音を言えば、試練で苦労しているハイネスを、一時でも休ませてやりたいのだが、状況がそれを許してくれないだろう。


 一先ずは、大まかな道筋を立てて、それを頭取など、各地の協力者に伝えることにする。

 協力者達にも事情があるので、今日組み立てた作戦全てに、許可がおりるわけでは無いので、こうして早め早めに行動していかねばならない。


「こうなってくると、身動きが取れないのが、煩わしくなってくる」


 会議の途中、アカシャは申し訳なさそうに呟いた。

 アカシャを狙う者がいる以上、大手を振って外を歩くというわけにはいかない。

 本来ならアカシャ自らが協力者達の元へ出向き、頭を下げて助力を願うのが筋なのだろうが、今回は好意に甘えて、書状による挨拶で済ませた。


 心苦しくはあるが、以前のように後ろ暗く感じることは無い。

 何故ならば、今のアカシャには、確固たる決意が形成されつつあるからだ。


「全てが終わった時、改めて皆に感謝を伝えねばな」


 そう力強く言える程度には、アカシャは成長していた。

 話し合いをしつつ書状をしたため、各地に使者を走らせるなど、忙しく作業に追われていると、気が付けば外の景色は薄らと赤らんでいた。


 そろそろ、夕刻か。

 皆が何気なしに、そう思った瞬間、窓ガラスが何か巨大な物で突き破られた。


「――な、なんだぁ!?」


 窓際に立っていたハイドが慌てて飛び退き、帽子を押さえながら振り返ると、窓を破って突き刺さっていたのは、卑猥なポーズの女性が描かれた看板。奈落の社が取り仕切る、娼館に使われている物だ。

 大人二人が、横に大きく手を伸ばしたサイズの看板。

 応接間は館の二階にあるので、どんな強風が吹いたところで、こんな大きな看板が飛んで来る筈が無い。

 考えられることと言えば、何者かが投擲してきたか。


「おいおい。どんな怪力自慢だよ」


 立ち上がりながら、ハイドは呆れ気味に呟く。

 外が随分と騒がしい。

 異変を察知して、奈落の社の荒くれ者共が、外へと飛び出して行ったのだろう。

 慎重に窓辺へと寄り、ハイドは割れた窓から外を伺う。


「……どんな化物かと思ったら、女が一人、か」

「えっ?」


 ハイドの言葉に反応したアカシャも、窓辺へ近づき外へと視線を向ける。

 窓のちょうど正面の通りに、手に武器を持った大勢の男達に囲まれる、一人の少女の姿があった。

 見覚えのあるその姿に、アカシャは戦慄を覚えた。


「誰? あれ」


 同じく様子を見に来たカトレアが、訝しげな声を漏らすと、アカシャはゴクリと一回喉を鳴らして、その名を口にした。


「ジャンヌ・デルフローラ。ラス共和国近衛騎士局騎士長の一人だ」

「――ッ!? あのお嬢様がか!?」


 驚きの声を上げたハイドは、もう一度外の少女を確認する。

 ドレス姿をした、見るからにお嬢様と言った風貌の少女が、怒号を張り上げる男達に涼しげな笑みを向けていた。

 強面達に囲まれて、あの余裕は豪胆だと思うが、それでも信じ難かった。


「いや。そういや、俺達の周りにも、べらぼうに強い女子が多いっけか」


 と呟き、ハイドは認識を改める。

 一方のアカシャは、青い表情をして、固まっている。

 ジャンヌの率いる部隊によって、隠れ里が壊滅に追い込まれたのは、聞き及んでいた。

 昔、父親に連れられたパーティで、彼女とは挨拶を交わしたことがある。その時も礼儀正しいという印象が強かったが、まさか数年たった現在、追う者と追われる者に別れるなんて、想像もしていなかった。

 気配に気が付いたのか、ジャンヌは窓の方に顔を向け、ニッと邪悪な笑みを見せる。


「――ひッ!?」


 壊滅させた現場に居合わせたわけでは無い。

 が、アカシャの心に恐怖を与えるには、十分なインパクトがあった。


「アカシャ」

「か、カトレア?」


 後ろに立ったカトレアが、そっと両肩に手を添える。

 身体を震わせ、怯えた視線で見上げるアカシャに、カトレアはニカッと歯を見せて笑った。


「大丈夫よ。この程度のピンチはねぇ、王都じゃ日常茶飯事なんだから」

「まぁ、ここ最近は、色々と盛り沢山だったからねぇ」


 思い出し、ハイドは苦笑いを浮かべた。

 肩に置かれた体温と言葉を感じて、不思議とアカシャの縮こまった心が解れる。

 長く息を吐き出し、心を落ち着ければ、自然と震えは止まった。


「ありがとう。すまない、カトレア」

「なぁに。いいってことよ」


 そう言って、カトレアはパチッと片目を瞑った。

 外から打撃音と、くぐもった声。

 直後に、こちらに向けて呼びかける、ジャンヌの大声が響いた。


「皇女殿下。こちらにお出でなのは、わかっていましてよ! これ以上、我儘を通して隠れ続けるのなら、少々、強引な手段を取らねばなりません」


 窓を覗くと、何時の間にやられたのか、ジャンヌの足元には、男達数人が倒れていた。


「おいおい。一応、襲撃に備えて、そこそこ腕の立つ連中を置いといたんだけどな」

「相手がそれ以上に強いってだけでしょ……どうすんのよ?」

「どうするったって……どうしよう、ねぇ?」


 困り顔で、ハイドは帽子を目深に被る。


「アンタまさか、大人しくアカシャを引き渡すつもりじゃないでしょうね?」


 ギロリと睨まれて、ハイドは困ったように肩を竦める。


「俺としては、それで面倒事が片付くんならありがたいんだけど……この商売、渡世の義理ってのは、時に世の中のしがらみより重いからな」

「んじゃ、何か方法があるってこと?」

「あるにはあるが……流石に相手の行動が早すぎ。最終手段の準備が、整ったって連絡が来て無い」


 万が一の状況を見越して、王都を脱出させる算段は、頭取の提案により組んでいた。

 今日中にその準備が整う筈だったのだが、予想以上にジャンヌの来襲が早く、使いに出してある人間からの連絡がまだ届いていなかった。

 それを聞いたカトレアは、視線を窓の方へ向ける。


「なら、もう少し時間を稼げばいいってことね」

「……アンタに何かあったら俺、本気で兄弟の前で腹斬ることになるんだが」


 サングラス越しの視線と口調に、真剣味が宿る。

 カトレアは拳を鳴らし、身体を解すよう準備運動をし始めた。


「もしもの時は、そうして頂戴な」

「ふ、二人共? 何の話をしているんだ?」


 不穏な二人の会話に、嫌な予感がしつつ、アカシャは交互に視線を向けた。


「ま、まさか戦いを挑むつもりなのか?」


 上擦る声で、カトレアを見上げる。


「見た目は幼いが、近衛騎士局の騎士長なんだぞ! お願いだから、無茶なマネは止めてくれ」

「やぁねぇ。あたしはただの可愛いウエイトレスさんよ? そんな騎士様に喧嘩売るようなこと、しないって」


 鬼気迫る言葉に、カトレアは笑顔で軽く手を振り否定する。

 そして、窓に突き刺さる看板を見つめ、


「ちょ~っとだけ、足止めするだけ、よッ!」


 勢いよく右足を振り上げ、押し出すようにして、看板を蹴り飛ばした。

 思い切り外へと飛び出した看板は、表の通りへと落ちて行く。

 派手な破壊音と男達、そしてジャンヌが驚きの悲鳴を上げる中、唖然とするアカシャを尻目に、カトレアは窓ガラスが無くなった窓辺へと駆け寄る。

 片足を縁にかけ、アカシャの方を振り向く。


「心配しないで待ってなさいって」

「や、止めろカトレア!? 相手がどれほど強いか、君は理解してないんだ!」

「……わかって無いわねぇ」


 悲痛な叫びを上げて制止しようとするアカシャに、しみじみとした声でカトレアはハッキリと言い切る。


「一人でカチコミをかけてくるような舐め腐ってる奴にね、簡単に背中見せたら、女が廃るってモンよ」

「そんな単純な理屈で……!?」

「馬鹿っぽいけどさ。あたしもその馬鹿に感化された一人なのよ」


 苦笑気味に言って、視線をハイドに向ける。


「後、頼むわよ。連絡が来たら教えて。速攻で逃げるから」

「了解。あんま、無茶するなよ」


 ハイドの言葉に答えず、不敵に笑うだけだった。


「――カトレア!」


 踏み出そうとした直前、アカシャが再び声をかける。

 また止められるのかと思い振り向くと、アカシャは真剣な眼差しを向けて、一礼した。


「ありがとう。そして、死なないで」

「……オッケー」


 親指を立てエールに答えると、窓の縁を蹴って表へと躍り出る。

 スカートを押さえながら、膝のクッションを使い、通りへと上手に着地した。


「――ッ!? 女?」


 突然目の前に降り立ったカトレアの姿に、ジャンヌは散らばった看板の破片を蹴り飛ばて、訝しげな表情をする。

 多少、足に痺れを感じながらも、立ち上がりジャンヌを見据えた。

 此方に向ける視線を細め、悠然と立つジャンヌの姿は、思っていた以上に小柄。ロザリンより少しだけ、背が高い程度だろう。

 周囲には落下の衝撃で砕けた看板の破片と、ジャンヌにやられたらしき男達の姿が。


「ああ、貴女でしたのね。わたくしのプレゼントを、盛大に外へと放り投げてくれたのは」


 笑顔を交え、ジャンヌはゆっくりとした口調で語る。

 お嬢様っぽい外見らしい、落ち着いた口振りだが、何故だろう。嫌な気配をビンビンと察知して、見た目通りの印象が、どうしても受け入れられなかった。


「ノックはドアに、手でするもんよ。窓にでっかい看板をぶん投げるのが、共和国式の挨拶ってわけ?」

「まさか。そんな非常識なこと、あるわけ無いじゃありません。面白い方ね」


 朗らかに笑う。

 明らかに此方を馬鹿にする意図のある言い回しに、カトレアは苛立ちから額に軽く青筋を浮かべた。


「お嬢様らしいのは見た目だけか……まぁ、看板ぶん投げられるような馬鹿力の持ち主が、まともなわきゃないか」

「その看板を表に一声かけることなく蹴り飛ばした貴女も、すこしばかり頭の中に筋肉が付き過ぎているのではありません?」


 ほぼ間を空けずに交わされた会話の直後、重苦しい沈黙が流れる。

 互いに笑みを浮かべ、睨み合う。

 視線がバチバチと火花を散らし、傍で見ている奈落の社の構成員達は、会話に割り込むことすら出来ない。

 睨み合いが数秒続き、一瞬だけ二人が表情を緩めたと思った次の瞬間、空気と表情が一変した。


「――テメェ、舐めてんだろクソアマッ、ああッ!」

「――上等切ってんじゃないわよエセお嬢がッ!」


 とても女性の口から発せられたとは思えない怒号が、周囲へと響く。

 互いに鬼の形相に睨み合い、どちらからとも無く歩み寄り、間合いを狭めると、視線を一切逸らさず額をぶつけ合った。

 身長差があるので、カトレアの方が、少し前のめりになる形になる。

 接着した額をグリグリと押し合い、二人は間近に迫る視線を一切逸らさない。


「雑魚の小娘が、随分と調子に乗った物言いじゃねぇか……弁えろよこのブスがッ」

「やっぱり猫被ってやがったのね……ハン。底が浅いったら無いわ」


 ほぼ同時に、互いに向けて暴言が飛ぶ。

 一瞬だけ間が空き、睨む視線に力が籠る。


「――誰の底が浅いだとッ!」

「――ブスって誰のことよッ!」


 また、同じタイミングで怒鳴り合い、睨み合う。

 二人の発する怒気に気圧され、北街の荒くれ者共も、間に割って入れない。

 暫しまた、無言の睨み合いが続く。

 重苦しい沈黙を先に破ったのは、口元に僅かな笑みを浮かべた、ジャンヌの方だった。

 突き合せた額を離し、どかすようにカトレアの肩を押しのけた。


「おっと、いけないいけない。雑魚のペースに乗せられるところでしたわ。熱くなりやすいのが、わたくしの欠点ですわね」


 取り繕うように、お嬢様らしい笑顔を作り、コツンと自分の頭を軽く叩いた。

 あからさまな猫かぶりに、カトレアは表情を顰める。

 随分と面倒臭い性格をしているようだが、油断するわけにはいかないと、軽く距離を取ってカトレアは警戒感を露わにした。

 その動きを見て、ジャンヌは顎を上向きにする。


「へぇ。このわたくしの戦うつもり?」

「こっちから先に手を出す気は無いわよ……けど、アンタがその気だってんなら」


 両足を広げ、握った拳を構える。


「やってやろうじゃんか」

「勇ましいわねぇ……でも」


 お嬢様らしい表情が一転、鬼のような形相でカトレアを睨み付けた。


「身の丈も理解出来てねぇ雑魚がッ! 一端の口を聞いてんじゃねぇぞこのドブスのアバズレがぁぁぁッ!」


 全身から発する気迫に、周囲の荒くれ者共は飲まれ、ヒッと身を強張らせた。

 空気が震えるほどの迫力の、流石のカトレアも僅かに怯んだ様子を見せたが、負けん気の強さを発揮し、キッと睨み返す。


「そりゃ、楽に戦える相手じゃないってのは、理解しているわ。何せ、水晶宮の連中が出し抜かれて、アンタを外に出さざる得なかったくらいだもんね」

「……むっ」


 何気なく発した一言に、何故だかジャンヌの気勢が緩む。

 微妙な空気を纏った、沈黙が流れる。

 露骨に雰囲気を変え、気まずそうな表情をするジャンヌに、カトレアはまさかとジト目を向けた。


「アンタ。強引な手段で出て来たわね」

「――うぐっ!?」


 カトレアの言葉に、ジャンヌの頬に一筋の汗が流れた。

 水晶宮における、ジャンヌ包囲網は思いの外完璧だった。

 謀略渦巻くエンフィール王国宮廷内で、狡猾な貴族派の古狸達と長年渡り合ってきた、国王夫妻にゲオルグ総団長を相手に、才能はあってもまだまだ若さの残るジャンヌには、少しばかり荷が重かった。

 我慢比べをして、徐々に逃げ道を潰して行けば、大手を振ってアカシャを探しに行けたのだが、短気なジャンヌには耐え切れなかった。


 ガチガチに固められたスケジュールによるフラストレーションもあって、昼頃それを爆発させたジャンヌは、私室の壁を破壊しこっそりと? 外へ脱出。物見遊山で王都内をふら付いていたところ、ネクロノムス隊の報告を受けて、北街へとやって来たのだ。


 つまりは、ジャンヌがこの場にいるのは、ただの偶然に他ならない。

 このことが露見すれば、本国にクレームが入り、ジャンヌ自身のも軽くは無いペナルティが課せられるだろう。


「う、うるさいうるさいッ!」


 駄々っ子のように、ジャンヌは喚き散らす。


「要するに、あの糞皇女をとっ捕まえりゃ、とりあえずの建前が立つんだ。皇女捕縛の件は、事前の王国の貴族共とナシはついてんだから、結果さえ出せば後からゴチャゴチャ言われようと関係ねーんだよッ!」

「……なるほど。そういった背景があるわけね」


 勢いに任せて余計なことを口走ってしまい、ジャンヌはあっと口を押える。

 今更言ってしまったことは取り消せないと、舌打ちを鳴らして、深呼吸で気持ちを切り替えた。


「ふん。エンフィールの野蛮人共のご機嫌を伺うつもりなんざ、はなっから無かったんだから別にいい……アカシャ・ツァーリ・エクシュリオールの身柄を寄越せ……そうすれば、命だけは助けてあげますわ」


 最後は取り繕い、お嬢様らしい笑顔を見せた。

 当然、カトレアの返答は決まっている。


「いやよ」

「……でしょうね」


 思った通りの反応に、ジャンヌは大きく息を付いた。

 そして視線を真っ直ぐカトレアに向けると、ニヤリと頬を吊り上げて笑う。


「ちょうどわたくしも、慣れない外交の仕事で身体が鈍っていたところ……退屈させるなとは言いませんけれど、汗を掻く程度には、楽しませてくれるんだろうなぁ?」

「そりゃ、こっちの台詞よ」


 言って、カトレアは突き出した手の平を上に向け、招くように数回指を折り曲げた。


「アンタは、天国に逝く資格は十分かしら?」


 お決まりの言葉に、ジャンヌはフッと鼻で一笑した。

 構えは取らない。両腕を組み、仁王立ちでカトレアに受けて立つ。


「吠えるなよドブス。だからテメェは雑魚なんだ」

「――ッ!?」


 油断する気は無い。ならば、遠慮はいらないと、カトレアは駆け出し、大きく拳を振り上げた。

 様子見するつもりは皆無。

 鋭く、素早い一撃がジャンヌの顔面を狙う。

 不敵な笑みを浮かべたまま、動かないジャンヌに戸惑いを覚えるが、構わず右拳の一撃を振り抜いた。

 人の肌を、骨を殴り抜く感触が、拳から伝わってくる。

 手応えは十分。が……。


「おいおい。この程度じゃ、眠気覚ましにもなんねぇぞ」

「――ッ!? そ、そんな……!?」


 額に拳を受けたジャンヌは、表情一つ変えていなかった。

 手加減するつもりなど、欠片も無い一撃。石壁にだって罅が入る打撃を、真正面で受けたのに、まるで効いている様子が無い。


「わたくしは本来、剣の使い手なのですけれど……」


 手首を握り捻ると、カトレアの身体はいとも簡単に宙へと浮いてしまった。


「――うわッ!?」

「貴女には剣を抜くまでも無いようですわ」


 腕を掴まれ、ジャンヌの頭上で上下逆さまにされたカトレアは、そのまま地面へと背中から叩きつけられた。

 激しい衝撃に、カトレアは激しく咳き込む。


「ま、まだよッ!」


 走る激痛を強引に抑え込み、カトレアは掴まれた腕を引き抜くと、地面を叩き身体を回転させながら足払いを放つ。


「まぁ」

「アンタも砂埃に塗れなさいッ!」


 刈るような踵の一撃が、ジャンヌの軸足を捕える。

 しかし、まるで鉄柱でも蹴ったかのような頑丈な衝撃に、放った足払いは弾かれてしまう。


「癖の悪い、足ですわね」


 そう言って、弾かれた足を爪先に引っ掛けると、掬い上げた足首を手で握り、そのまま上へと持ち上げた。

 抵抗する間も無く引き摺られ、カトレアは逆さ吊りの状態になる。


「わわっ、と!?」

「あはッ! 良い恰好だわ」


 逆さになった所為で捲れ上がるスカートを、カトレアは慌てて片手で押さえる。

 身長差があるので完全に宙吊りにはならず、頭ともう片方の腕は地面に突いた状態だ。


「は、離しなさいッ!」


 掴まれていない方の足で、顔を狙い蹴りを放つが、体重の乗っていない一撃が利く筈も無く、あっさりと阻まれてしまう。


「おっと。ふふっ。折角のサービスシーンなのに、押さえてたらギャラリーが楽しめないじゃない……わたくしが、もっと見やすくしてあげますわ!」


 そう言って、ジャンヌはスカートを掴むと、力任せに無理やり引き裂いた。


「なっ、ちょ……!?」


 ビリビリと音を立てて、カトレアの着ているエプロンドレスが破かれる。

 繋がっている一枚の生地の為、スカートから一気に裂け目が胸元まで届く。

 慌ててもう一方の手で服の裂け目を掴むカトレアに、嗜虐的な視線を向けるジャンヌは、掴んだ足を放り投げた。

 地面を転がるカトレアは、手で弾き態勢を立て直す。


「――あっ!?」


 身体を起こすと、完全に服は縦に裂けてしまったようで、滑り落ちようとする生地を慌てて両手で掴んだ。

 とんでもない握力と腕力だ。

 一瞬、下着が露わになって、周囲の男達からどよめきが漏れる。


「――おいお前ら! 目ぇ反らして置かないと、兄弟にぶっ殺されるぞ!」


 二階から響いたハイドの怒号に、男達は慌てて視線を逸らす。

 その様子にジャンヌは、つまらなそうに舌打ちを鳴らした後、頬を赤らめるカトレアに、ニヤケた視線を向けた。


「さっきまでの威勢はどうしたのかしら? いや、ドブスにも、人並の羞恥心があったようですわね」

「クッ。セコイやり方して……アンタも騎士だってんなら、もっと真っ当な戦い方出来ないの!?」


 抗議の言葉に、ジャンヌはクスクスと笑う。


「何とでも吠えればいいじゃない負け犬。むしろ、裂かれたのが服で感謝して欲しいくらいですわ」


 反論出来ず、カトレアは悔しげに唇を噛む。

 武術を嗜む者として、自分とジャンヌの戦力差くらいわかる。

 相手は以前に戦った、雀蜂以上の猛者。とてもじゃないが、どう逆立ちしても勝てる相手では無い。

 戦う前からわかっていたことだが、こうハッキリと実力差を突きつけられると、流石にショックが隠しきれない。


「とはいえ、今更引くわけにもいかないしなぁ」


 単純な実力差もあるが、引き裂かれた服も煩わしい。

 いざとなれば、下着姿で戦うことも視野に入れねばならないが、カトレアとて乙女、恥じらいがある。元貴族だ何だを抜きにしても、好いた男以外の前で肌を晒すのは、勘弁願いたいのが本音だ。


 幸い、ハイドの一言で、周囲の男衆は視線を逸らしている。

 チラッと二階の方を見てみると、アカシャだけが心配そうな眼差しで、カトレアのことを見守っていた。


「……格好つけた手前、恥ずかしいとか言ってる場合じゃないか」


 呟き、内心で気合を入れ直す。

 不幸中の幸いか、ジャンヌの表情を見る限り、下着姿で戦う度胸など無いと高を括っている。

 逆に考えれば、先手を取るチャンスかもしれない。

 服を押さえ、屈んだ状態でカトレアは視線を細める。


「チャンスはそう無いわね。足止めなんてケチなことは言わないわ。仕留める気で行く!」


 裂けた服を使えば、目くらましも出来る。

 覚悟を決めて攻勢に転じようとした、その時。

 周囲に金属音のような耳触りな音が響いた。


「――ッ!? な、なに!?」


 驚き、カトレアは耳を押さえる。

 周囲の男達も同様。

 最初はジャンヌの攻撃かとも思ったが、同じよう表情を顰めて、耳を押さえている様子を見る限り違うのだろう。


「い、一体、何だってのよ!?」


 まだ鳴り止まない音の出所を探すよう視線をさ迷わせ、音は自分の頭上から聞こえていることに気が付いた。

 顔を上げると、ちょうど真上の空間が、陽炎のように歪む。


「……え?」


 驚きの声を漏らすと同時に、陽炎はぽっかりと空間に穴を開け、そこから落下するように数人の男女が降って来た。


「――っでぇ!?」

「――キャッ!?」


 避ける間もなく、カトレアは落下する人物達と衝突。

 絡み合うようにして、地面へと倒れ込んだ。


「痛ってて……ったく、何だってんだよ。落下するなんて、聞いてねぇぞ」

「い、痛いのはこっちよ!? 早く退きなさい!」


 上に圧し掛かられた苦しさから叫んだ後、カトレアは聞き覚えのある声に、閉じていた目を見開いた。


「……えっ?」

「お。カトレアじゃねぇか」

「あ、アルト?」


 目の前にいたのは、頭に包帯を巻いたアルトだった。

 間近で見つめ合い、二人は暫し制止する。


「ん?」


 何か違和感を覚えたのか、アルトが右手をゴソゴソと動かすと、何かを掴んで引っ張り上げる。

 同時に、カトレアの肌を、冷っとした風が撫でた。


「――ひゃん!?」

「んんっ?」


 アルトが手に握った何かを見ると、それは見覚えのある服の生地。

 視線を下に組み敷いているカトレアに向けると、何故だろう。ここは表で往来の筈なのに、彼女は服を大きく肌蹴け、下着姿で固まっていた。

 無言のままアルトは、上から下までカトレアを観察する。

 節約家の彼女らしく、色気の薄い木綿の下着を見て、アルトはふむと頷いた。


「……まぁ、人の趣味はとやかく言わんが、露出狂するんなら、もう少し派手な下着にした方いいんじゃねぇ……」

「――ッ!? ~~ッ!?」


 顔を真っ赤にして、アルトの顔面に拳を叩き込む。

 そして素早く握った手から裂けた服を奪い取ると、自分の身体に巻き付け、殴られた衝撃で後ろ向きに倒れるアルトへ馬乗りになり、涙目で拳を振り上げた。


「し、死ね! 本気で死ね!」

「いやいや!? 俺怪我人だからッ、マジで死んじゃうから!?」


 悲痛な叫びを上げて、マウントポジションから振るい続ける拳を、必死で避けながらアルトが叫ぶ。

 状況がさっぱり呑み込めない周囲の人間達は、ジャンヌを含め、暫くその光景を茫然と見つめていることしか出来なかった。





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