第105話 男嫌いと野良犬騎士
アルトがトイレの為に席を外している間、ヴィクトリアの部屋に残った面々は、ガールズトークに花を咲かせていた。
「へぇ~……三人共、好きな人がいるのね。とっても素敵!」
宝石のような瞳をキラキラ輝かせ、ヴィクトリアは感激するように声を上げる。
年頃の女の子、と呼ぶにはヴィクトリアの容姿は幼すぎるが、自分でレディだと名乗るだけあって、恋愛の話題には興味津々らしい。特に、ガーデン内ではまず話題にならない、男女交際に関して話が及ぶと、彼女の瞳は更に輝きを増した。
とは言うモノの、話し相手はロザリン、ハイネス、テイタニアの三人。他人に対して自慢げに語れる恋愛経験などあろう筈も無く、気が付けば三人揃って現在進行形の恋愛事情を赤裸々に、ヴィクトリアに語り聞かせていた。
「ねぇねぇ、どんな人で、どんなところを好きになったの? トリーに教えて!」
無邪気なおねだりに嫌とも言えず、まずは仕方なしに軽く語る羽目に陥った。
テイタニアの場合。
「う、うちの場合は単純やで。最初は、まぁ、そんな大した興味も無かったんやけど、戦って見たら、もう一撃でメロメロや。腕っぷしの強さも勿論なんやけど、なんちゅうのかな。魂がごっつ強いねん、男前やねん………メッチャ恥ずかしいんけど、その男臭さが、うちの好きなところなんや」
照れ照れと頬を赤らめて、テイタニアは「もう、勘弁やぁ!」と頭を掻き毟る。
しかし、期待していた甘い話題とはかけ離れていた為か、ちょっぴりヴィクトリアは残念そうな表情をしている。
「う~ん。トリー、喧嘩とか苦手だから、よくわからないけど、ご本で読んだことがあるわ。こぶしでわかりあう。って言うのよね!」
「拳でわかり合う。つまり、SMのことだな。素晴らしい趣向だテイタニア。何を隠そう、我はお嬢様の泣き顔が、何よりもゾクゾクッとする」
「……ツッコミどころが多すぎて、逆にツッコめへんわ」
余計な一言を添えるクルルギに、テイタニアは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「他の二人は、どうなのかしら?」
皆の視線が自然とハイネスに集まる。
「あ、あたし!? ……しょ、しょうがないなぁ」
嫌そうに眉を顰めるが、どうやら断れる雰囲気でも無さそうなので、羞恥を感じながらも咳払いを一つする。
ハイネスの場合。
「初めて会った時、彼はあたしの理解が及ばない存在だった。あたしの価値観とは正反対なんだけど、何でかそれが凄く気になっちゃって。気が付けば視線が彼の姿を探すようになってた……色々あって、長らく離ればなれだったんだけど、久しぶりに再会したら再確認しちゃったんだ……やっぱり、あたしは彼のことが好きなんだなって」
嫌そうな顔をした割には、いい女風の語り口調で、遠い目をしながらハイネスは喋る。
けれど、甘いお菓子の香りがするお茶会には、いい女風のムーディな雰囲気なちょっぴり不釣り合いだった。
「ん、ん~っ。大人の恋愛って、難しいのね。同じ話題を共感出来ない関係なんて、トリーはちょっぴり苦手かも」
「バーとかが似合いそうな恋愛観だな。貴公は、アレだ。普段、高目の女を気取ってるが、駄目男に引っかかって堕落していくタイプだな」
「――違うもん! 彼はとっても素敵な人なんだもん!」
小馬鹿にされて、ハイネスは瞳に涙を浮かべ、若干の幼児退行を起こす。
視線が、最後の一人に注がれる。
年齢も近い為か、ヴィクトリアが向ける視線のも期待が籠る。
「……んじゃ」
お茶を一口飲み、表情を変えぬまま語り出す。
ロザリンの場合。
「私の好きな人は、年上の人。意地悪で、口が悪くて、女の子に優しくない、とっても変わり者。何時も、さっさと前を歩いて、後ろから追いかける私を、振り返りもしない……けれど、私は知ってるの。私の先を行く背中は、何時だって、私を気にかけてくれる。歩く速度だって、決して、私が追いつけない速さじゃない。そんな不器用な優しさが、とっても大好き」
最後に、ニコッとロザリンは淡く微笑む。
静かで飾りっ気のない言葉だが、一途な思いが伝わり、ヴィクトリアの大きく開かれた瞳がキラキラと輝いた。
「素敵! とっても素敵だわ! 年上の男性との、淡い初恋……何よりも素敵なのは、その人のことを語っているロザリンの姿が、とってもとってもキュートだったの!」
「ふむ。語る口が少女ならば美しい恋物語だが、悲しいかなこれが逆だった場合、底はかとない犯罪臭がするな。つまりはロリコン」
「ろりこん? ねぇ、クルルギ。ろりこんとは、何かしら?」
「病気です」
「まぁ!?」
キッパリと言い切った言葉に、ヴィクトリアは口元を押さえて驚く。
ハイネスとテイタニアは、おいおいと困り顔をしていた。
すっかりロリコンを病気だと勘違いしたヴィクトリアは、気の毒そうな表情をロザリンに向けた。
「気を落とさないでね。女神様のお力では、病気を治すことは出来ないけれど、大丈夫。きっと良くなるわ」
「ん。大丈夫。私が、大人になって、大きなおっぱいで癒すから」
「? よくわからないけれど、頑張ってね」
何かが通じあったのか、通じ合ってないのか。とりあえずは、仲良くなったらしい二人は、テーブル越しに握手を交わした。
その姿を見て、クルルギは満足そうに頷く。
「色恋もさることながら、友情も美しいモノだ……ああ、そうだ。貴公の想い人に、我がお嬢様を近づけないようにしなければな」
チラリと、クルルギは部屋の出入り口を流し見た。
どうやら、ロザリンの好きな人は、アルトであると気づいたらしく、本人のいない間にロリコン認定されてしまったらしい。
ただでさえ竜姫の関係者ということで敵視されているのに、これでまた一つ、クルルギに睨まれる理由が出来てしまった。
何も出来ないハイネスとテイタニアは、こっそりと合掌する。
「ふぅ……皆、外の人達は恋をしているのね。羨ましいわ」
話も切が良いところで、ヴィクトリアは羨ましさからため息を漏らす。
全体的には微妙だった、ロザリンのコイバナに概ねご満足頂けた様子。
まぁ、一番問題なのは、先ほど彼女達が語った相手が全て、同一人物だと言うことだろうが、それはヴィクトリアには関係の無いことだ。
「ヴィクトリアは、どんな人がタイプなのかしら?」
すっかり打ち解けてきて、ハイネスも敬語では無く、親しみを込めた口調で問いかける。
問われたヴィクトリアは、顎に指先を添えて小首を傾げた。
「どうなのかしら? 自分でもよくわからないわ」
「まぁ、そうか。男の人と会ったことが無いんだもんね」
それではタイプも何も無いかと、ハイネスは頬を掻いた。
「でもでも、クルルギが男の子だったら、トリーは好きになってたかも」
「我は同性でもウェルカムだ、お嬢様。何せ、二刀流だからなっ!」
「ドヤ顔でなに言うとんねん」
清々しい笑顔で、相変わらずクルルギはすっ飛んだことを言う。
「男の子を会うのは、アルト君が初めてよ。ちょっと乱暴そうで怖いかなって思ったけど、何だか不思議とホッとする雰囲気を持ってる……とっても変わった方ね」
ニッコリと、ヴィクトリアは微笑んだ。
「もっと男の子のことを知りたいのだけれど、アルト君、見た目に反して随分とシャイみたいだし……早く戻ってこないかしら」
「男の子を知りたいって、お嬢様はおませさんやなぁ」
ケラケラと、テイタニアが笑う。
笑われたことに対して、ヴィクトリアは頬をぷくっと膨らませた。
「むぅ、酷いわテイタニア。トリーのこと子供扱いして」
「いやぁ、すんません。でも、今の発言、ニィナ辺りが聞いたら卒倒してまうで」
「ああ、あの娘ね……確かに、そうかも」
広場での一件を思い出し、ハイネスも苦笑いで同意した。
と、そこでロザリンが視線を入口の方へ向けてポツリと呟く。
「そういえば、アル、戻ってこないね」
「ほんまやね。トイレに行って帰って来るだけなら、とっくに戻って来とる筈やのに」
道に迷っているのだろうか?
そうは言っても、さほど複雑な作りをしているわけでは無いし、この部屋からトイレまでは廊下を真っ直ぐ一本道だ。迷う筈が無い。
皆が疑問に思った瞬間、大きな衝撃が校舎を揺らした。
「――キャッ!?」
「お嬢様っ」
小さな悲鳴を上げるヴィクトリアを、後ろから支えるようにクルルギが手を肩に添える。
振動は直ぐに治まった。
「一体、何だってのよ」
驚きながらハイネスが視線をさ迷わせると、窓の外に見えた光景に、我が目を疑った。
窓の外。ちょうど、校庭になっている場所に、槍と剣を構えて対峙する人影が二つ。
アルトとニィナだ。
★☆★☆★☆
振り抜かれた槍の一撃が、トイレの壁を打ち抜く。
アルトは咄嗟に腰の剣を抜き、ニィナが突き出した木製の槍を阻んだが、拘束で突っ込んで来た勢いまでは相殺出来ず、身体を後ろに持って行かれ、突き破られた壁を飛び出て、三階ほどの高さに舞う。
空中で剣と槍を交え、ニィナは血走った眼光を向ける。
「殺す……絶対に殺すッ!」
柄で刃を弾き、旋回させながら、頭上目掛けて振り落す。
剣でそれを受け止めるが、ニィナの方が高い位置にいる為、突き抜ける衝撃のまま、地面へ叩き付ける。
「――グッ!?」
何とか両足で着地するが、衝撃にビリビリと膝まで痺れた。
「――死ねぇぇぇッ!」
透かさず槍の切っ先を向けて、ニィナが落下してくるのを、痺れる足で無理やり地面を蹴り、後ろに飛んで回避する。
落下した衝撃で、地響きと共に砂埃が舞い上がった。
アルトは素早く立ち上がり、剣を構えながら叫ぶ。
「待て待て待てぇっ! お、お前、本気で殺す気で来てんじゃねぇかよ!」
「本気で殺す気に決まってるでしょうこの変態、変態、大変態ッ!」
槍で舞い上がる砂埃を払い、ニィナは真っ赤な顔で、目に涙を浮かべて怒鳴る。
「へ、変態って、事故じゃねぇかよッ! そもそも、今は授業中の筈だろ? しかもあそこは普段、生徒は使わねぇって聞いてたぞ!」
「く、クルルギと戦った時、ちょっぴり怪我したから、保健室の寄って遅くなったのよ! 今日の授業は三階の移動教室だったから、その途中でトイレの寄っただけ! ……って、何を言わせるッ!」
地面を蹴り、怒りに任せて槍を叩き付ける。
木製だから刃で受け止めても火花は散らないが、見た目よりも硬く、金属音に近い音が鳴り響く。
「お前が勝手に喋ったんだろうがッ! そもそも、鍵を忘れたのはお前の方じゃねぇか!? 命狙われるほど、悪いことした覚えはねぇぞ!」
「そ、それは……た、確かに私の方に過失があったことは、認めるわ」
根が真面目な為か、感情的になっていても、自身のミスは確り認めているようだ。
槍を握る力と気勢が緩み、こりゃ何とかなるかと思うアルトに、ニィナはキッと鋭い視線を浴びせた。
上目遣いで、ちょっぴり恥ずかしげに呟く。
「……で、でも、見たんでしょ?」
「み、見てません。あんな不毛地帯」
ピキッと音を立てて、ニィナの表情が固まる。
余計な一言を口走ってしまったことに後から気が付き、表情を青くするアルトに、身をぷるぷると震わせるニィナは、怖気がするほどの殺気を激情に任せ、全身から陽炎が立ち込めるよう昇らせた。
血走りすぎて、真っ赤に染まる眼光で、アルトを穿つ。
「……殺す」
「――ひっ!?」
激情を押し殺した純粋な殺意の漲る言葉に、流石のアルトも恐怖を感じ、口から小さな悲鳴を漏らした。
完全な自爆。こればっかりは、アルトの自業自得だろう。
押し込むようにアルトの身体を弾き、仕切り直す気なのか、ニィナはバックステップで間合いを離した。
槍を右手で振るい、直立したニィナはアルトを睨み付ける。
「やはり男なんて破廉恥な生き物、このガーデンには害悪しかもたらさないわ。もう、出て行けなんてまどろっこしいことは言わない。この場で、断罪します」
怒気が漲る口調で、アルトを指差す。
露骨な敵意に、アルトは小さくため息を漏らす。
「こりゃ、説得は無理そうだな。色々と申し訳ねぇとは思うが、殺すと言われてはいそうですかと、頷いてやれるほど聖人君子でもねぇんでな」
アルトは剣を上に放り投げ回転させ、落ちてきたそれを再び右手で掴むと、その切っ先をニィナに向けた。
「アンタが力づくで来るってんなら、悪ぃが抵抗させて貰うぜ」
「ふん。望むところよ。私も、男子相手とは言え、無抵抗な人間を殺すのは趣味では無いわ」
槍を両手で構え、腰を落とす。
「ガーデンの序列三位を相手に、何処まで抗えるか……貴方の程度というモノを、我が槍で計ってあげる」
構え、睨み合う視線に火花が散る。
暫しの静寂の中、互いに動かず出方を伺っていると、騒ぎを聞き付けたのか、校舎からぞろぞろと女生徒達が姿を現した。
校庭の真ん中で武器を構え、睨み合う二人を見て、戸惑いと驚きにざわめく。
その中には、ロザリン達の姿もあった。
★☆★☆★☆
「ちょ、ちょっとちょっと!? 何がどうなってんのよ!」
人垣を作る生徒たちを掻き分けて、ハイネス達が校庭に降りてくる。
続いてロザリン、テイタニアが。そして生徒達の頭上を軽く飛び越え、メイド服姿のクルルギがストンと舞い降りる。
状況を眺め、顎を摩りながらふむと頷く。
「状況を察するに……トイレで鉢合わせし暫く硬直した後ブチ切れたニィナが壁をぶち破り校庭へと躍り出たところで俺は悪く無いと主張し一度は冷静になりかけるが結局は余計な一言が逆鱗に触れ関係修復が不可能になった……というところか」
「凄い、一息」
「い、いや、そういう問題なのかしら?」
推測とかそういうレベルでは無い断言に、困惑顔のハイネスに向かって、クルルギはクールに指を振る。
「この程度の状況も察せないようでは、完璧な究極メイドさんとは言い難いのだよ」
わかるようなわからないようなクルルギの言葉に、ハイネスは首を傾げていると、背後から肩を叩くテイタニアが「気にしたらあかん」と一言。
とりあえず、それは置いておいて、ハイネスはハッと血相を変える。
「そんなことより、早く止めないと……!」
「まぁ、待て」
本格的に戦いが始まっていない今なら、まだ止められると、ハイネスが二人のところまで進み出ようとするが、クルルギに肩を掴まれて無理やりに止められた。
邪魔するなとばかりに睨み付けるが、クルルギは珍しく真剣な眼差しを返す。
予想外の視線に、ハイネスは軽く驚いた。
「色々と不幸な行き違いはあるだろうが、根底にあるのはガーデンに蔓延する男に対する不信感だ。そしてその際たる者がニィナであり、予想より早かったとはいえ、あの男がガーデンに留まる限り、遅かれ早かれこうなるのは必然だった」
「どういう、意味」
話を聞いていたロザリンが、首を傾げる。
「見ろ。生徒達は最初こそ戸惑っていたが、ニィナに向ける視線には期待が籠っている。つまりは、ニィナのあの行動はガーデンの総意なのだ。男がいる。ただそれだけで恐怖や不安を感じ、それを排除しようと望む……慈悲深いお嬢様が見れば、とても悲しむ光景だ」
眉間を指で押さえ、クルルギは首を左右に振る。
今、この場にヴィクトリアはいない。
随分と心配していたが、クルルギが部屋で待っているようにと、お願いという名の命令をしてきたからだ。
恐らくは、他人を力づくで排除しようとする生徒達を、晒したくは無かったのだろう。
「んじゃ、どうすんのよ?」
理解はしたが、納得はしていないハイネスが、不満げに問う。
クルルギは、指をパチンと鳴らす。
「簡単だ。溜まったガスは、抜けばいいだけのこと……あの男がニィナにボコボコにされれば、ガーデンに満ちる不満も少しは治まるだろう。なぁに、激昂はしていてもニィナは、真面目で堅物な女。殺す殺す言っていても、本当に殺しはせん……多分な」
不穏な言葉に、ハイネスは訝しげな顔をする。
「ずげぇ不安なんだけど……ってか、竜姫の知り合いだから、助けたく無いってのが本音なんじゃないの」
「失敬な。当たり前では無いか!」
「……あっそ」
堂々と言いきられると、逆にもうどうでもよく感じる。
「でも……」
と、ロザリンが口を挟み、クルルギを見上げた。
「その目論み、失敗するよ。アルが、勝つ」
「ふむ。序列三位相手にあり得ぬとは思うが、あの男は竜姫の関係者。万が一ということもあり得るか……そうなった場合、余計にガーデンの男嫌いが加速するな」
「それも、大丈夫」
キッパリと断言し、クルルギはほう? と興味深げな表情をした。
見上げるロザリンが、確信の籠った瞳で見返す。
「アルは、強いだけの、男の子じゃ無い」
「なるほど。その心は?」
「すっごく、格好いい!」
力強い一言に、流石のクルルギも目を丸くする。
馬鹿な。と言いかけて、口元を押さえ頷く。
「……それも一興か。まぁ、いいさ。では、お手並み拝見といこう」
不敵な笑みを浮かべ、両手を腰の後ろに回し、クルルギは校庭の中央で睨み合う二人に視線を注いだ。
★☆★☆★☆
睨み合う二人。
呼吸を読まれぬよう、慎重に息を吸いながら、互いに踏み出す切っ掛けを探る。
アルトがまず注目したのは、両手に構えるあの木製の槍だ。
木製。一見すれば練習用の、非殺傷兵器に思える。
しかし、数度打ち合ってわかったのだが、あの木は並の金属よりずっと硬くて頑丈。その上、弾力のある撓りまで持ち合わせていた。
切っ先の部分も恐らくは、かなりの切れ味を誇るのだろう。
ただの木製の槍だと思って挑めば、偉いことになる。
そして勿論、ニィナの佇まいも忘れてはならない。
槍を構える態勢にしては、腰を落とし過ぎていて随分と低い状態で構えているが、トイレで実感した通り、そこから後ろ足を蹴って繰り出される突進力は、とてもじゃないが女性のモノとは思えなかった。
「迂闊に踏み込むのはヤバイか……けど」
視線を動かして、ニィナの持つ槍に集中させる。
金属のように硬いようでも、やはり木製。斬り結んだ感触から察するに、重量は大分軽いのだろう。
アルトは得意の脇構えの態勢を取り、軽く膝を落とす。
「……なら、意外に行けるかな?」
そう呟き、強く地面を蹴り込む。
先手をアルトが取ったことに、周囲の女生徒達はざわつく。
真っ直ぐ、一直線に走るアルトにニィナは視線を細めると、構える槍の切っ先を向けた。
「凡策ね。リーチ差がある長柄を相手に先手を取る何て、少し甘く見過ぎないかしら?」
微笑を浮かべ、間合いに踏み込むタイミングを狙い、槍を打ち出した。
右手に握った槍のリーチを最大限に生かし、空を裂いて突き出した槍は、ちょうど間合いに一歩踏み込んだベストタイミングで、アルトの眉間に襲い掛かる。
寸分の狂いも無い一撃。
だが、そんなこと、アルトは百も承知だ。
「――よっと」
迫りくる殺気の塊を受け流すよう、身を横に傾け、正面から飛んで来る槍をギリギリのところで回避した。
空気を裂く音が耳元を掠め、ビリビリと震える空気が頬を打つ。
狙いを射抜くことなく突き出された槍は、握る右腕を伸ばしっぱなしにする。
つまり、その内側に入ったアルトに、無防備を晒しているということだ。
ニィナは、フッと口元に笑みを零す。
「対した反応速度ね。けど、初撃を避けた程度で、調子に乗らない方がいいわ」
「……わーってるよ」
次の瞬間、武器がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。
横に薙いだ槍と、透かさず身体との間に差し込んだ刃がぶつかった音だ。
金属と違い軽量なだけあって、突き出してからの切り替えしが早い。が、逆を言えば重量が無い分、一撃を受けた時の衝撃が軽い。
アルトは刃で槍を受け止め、そのまま柄の部分を滑らせるようにして、更にニィナの懐へと踏み込む。
金属と硬い木が擦れ合う嫌な音が響き、女生徒達が顔を顰めて耳を覆う。
「長柄の重量は欠点じゃなく利点だ。軽くて扱いやすいのはいいが、点の動きだけじゃ俺は止められねぇぜ?」
柔軟なバネもあって、突きや突進は驚異だ。だが、それらは全て直線的な点の動き。曲線を描くような線の動きになった場合、扱いやすい軽量の武器は利点では無く、欠点にしかならない。
つまり、強引でも押し込んでしまえば、ニィナは手が出せたいとアルトは踏んだ。
思った通り槍を封じられ、ニィナは一歩後ろ下がる。が、表情に浮かべる微量の笑みは、まだ消えてはいなかった。
「確かに、軽いというのは、槍にとって欠点となるだろう……だが」
言って、ニィナは握った槍を手の平の中で後ろに滑らし、真ん中辺りを持つと、腰を落として槍を旋回させながら、石突きの部分でアルトの膝を打つ。
「――痛ッ!?」
「まだまだぁッ!」
膝への一撃で動きが止まり、もう一歩後ろに下がって距離を調整したニィナは、膝を打った石突きを掬うようにして、アルトの顎を下から狙う。
「――危ねッ!?」
顎を逸らしギリギリのところで回避するが、それだけでニィナの攻撃は終わらず、強引な前蹴りでアルトの身体を突き放すと、素早く打ち降ろした槍の一撃が、今度は回避しきれず左肩を裂いた。
「――ッ!?」
顔を苦痛で顰め、これは不味いと慌てて、アルトは間合いの外へ退避する。
肩の傷は服を裂き、軽く皮膚を傷つけただけ。血も薄らとしか出ていない。
ニィナは追撃せず、槍を旋回させて構えを取ると、挑発するような笑みを覗かせた。
「これぞガーデンの序列三位が技。貴様ら腑抜けた外の男が、まぁ、よく回避出来たと褒めてあげるわ」
「そりゃ、どーも……っか、槍術って言うより棒術に近いな、ありゃ。クソッ。だったら、軽いあの槍の方が扱いやすいか」
読みが甘かったと、アルトは舌打ちを鳴らす。
今の一撃で調子が上がって来たのか、ニィナは更に全身から気迫を漲らせると、旋回させた槍を左右に回した。
「さぁ、我が槍棒術の妙技、ここからが真骨頂よ!」




